9.選択


 ギルドを出て、数分ほど歩いて辿り着いた場所はヴェルミナの馴染みの冒険者がよく利用する酒場寄りの飲食店であった。客が入りやすそうなアットホームな雰囲気の店だとカイトは一目見てそう感じた。

 そんなカイトの今の格好は血まみれの格好を見かねてギルドの職員が貸し出ししてくれたので、ゲームに出てくる村人のような簡素なシャツとズボンになっている。


「えーと……俺、金持ってないですよ?」

「大丈夫ですよ。今日は私が奢らせてもらいますから〜」

「はあ……」


 自分が此方の世界の通貨を一切持っていないということもあり、気後れするカイトだったが、ヴェルミナにそう返事をされて、渋々といった様子でカウンター前の席に座った彼女の隣に座る。


「ユリア先輩!今日のオススメを2つ!」

「はいよ。これでも飲んで待つんだね」


 カイトが座ったのを見るとヴェルミナは流れるようにカウンターを挟んで向かいにいる店員に注文してしまった。

 カイトはどうせ言っても聞かないのだろう、と彼女の好意に甘えることにして差し出されたレモン風味の炭酸系の飲み物をちびちびと飲む。


「さて!では改めまして。カイトさん、この度は大事な生徒達を救っていただいたいて、ありがとうございました。これはほんのお礼の気持ちです」

「えっと、これって……っ!こ、こんなもの貰えませんよ!!俺はあの子達のおかげでダンジョンから出れた!これ以上、何かを返されても困ります!」


 ヴェルミナは深々と頭を下げ、懐から小さな袋を取り出した。中身を見たら金色の、恐らく本物の金で出来ていると思われる硬貨が30枚ほど入っている。

 これがさっきヤタちゃんが話してたお金、レグティア金貨ならここからずっと宿屋に泊まっても、三ヶ月程度は持つくらいの大金だ。……日本で三食付きのホテルに三ヶ月も泊まったらとんでもない値段になるだろうし、大金でいいのだろう。多分。

 流石にこれを受け取るわけにはいかない。彼女と自分たちの間にはちゃんと取引があって、既にそれは履行された。これ以上、自分が何かを受け取るのはフェアじゃない。カイトはそう考え、その袋を返そうとする。


「大丈夫ですよ〜。これは元々、あの子達を助けるためのクエストの報奨金ですから。貴方がこれを受け取ることに引け目を感じることはありませんよ?」

「それでも……」

「それにこれは手切れ金、という意味もありますから。貴方がこの件でこの先、あの子達を脅したり。そういう事がないようにこれでこの件は終わりにして欲しいって取引みたいなものです」

「……そういうことなら」

「それに話は聞きましたがこれから大変でしょう?記憶喪失だなんて……」

「ああ、うん。そうだった。そうですよね……わかりました。有難く頂きます」


 ヴェルミナにそう言われ、自分がついた嘘を思い出す。

 よくよく考えたら、記憶喪失で無一文の人間とか厄介事のタネにしかならないわ。そりゃほとんどの人は関わりたくないって思うだろうなあ。

 それにまあ、これからの事を考えると多少のお金はやっぱり必要になってくるだろうし……うん。向こうは見るからに怪しい人間と縁が切れて、自分はお金が貰えるのだ。ウィンウィンの関係なんだしいいじゃないか。

 カイトは金貨が入った袋を受け取った。女の子を脅すかもしれないと思われているのは誠に遺憾だが、その疑惑を断ち切れるならこれでいいのだろう。


「はい、出来たよヴェルミナ」

「わあ〜、今日も美味しそうですね〜」


 ちょうど袋を受け取った時に、食事がカウンターに乗せられる。フランスパンに似た生地のパンとクリームシチューのような煮込み料理。豚っぽい肉のステーキにサラダと向こうでは完全に洋食の分類に入るメニューだ。カイトは試しにシチューのようなものを口にする。


「……美味しいっすね」

「でしよ〜。ユリア先輩の作る料理は最っ高に美味しいんですよ〜」

「先輩はやめろっての。まったく……私はもう冒険者は引退したんだから……」


 濃厚なコクと旨味、そして暖かさが口の中に広がる。さっきまで命がけで戦っていた身に染みわたるようだ。冒険者のための料理といった感じだろうか?神経をすり減らして戦った後のこの料理は最高だ。カイトは素直にそう感じた。どうやらこの世界にはメシマズの文化は無いようで一安心だ。

 どうやらさっき目の前で応対し、今、ヴェルミナさんに煽てられて呆れた顔をしている人は元冒険者だったらしい。この料理もスキルによる力なのだろうか?

 取り留めもなくそんな事をかんがえながらカイトはヴェルミナは少しの間、軽い話をしながら料理を食べ進めていた。


「とりあえずこれであの子達を助けていただいた報酬はさっきので終わりですが、ここからは別件。私の好意みたいなものです〜。何か、聞きたい事はありませんか?私に答えられる事なら何でも答えますよ〜!」

「聞きたい事、ですか……」


 料理も殆ど無くなってきたあたりでヴェルミナがこんな事を言ってきた。

 ふむ、とカイトは手を口元に当て、少しの間、悩むそぶりをする。

 実際のところ、聞きたいことはたった一つだ。

 この世界についてはヤタちゃん達に軽く教えて貰ったし、これ以上知る必要もない。どうせ直ぐに元の世界に帰るつもりなのだから。

 言語の方はここに来るまでに見た看板などから文字が読めない事がわかったが、言葉が通じているなら問題ないだろう。他にも懸念は沢山あるけど、今一番聞かないといけないのは戦う術についてだ。


「なら、スキルの事についてできるだけ詳しく教えて下さい」

「スキルも知らないのに良く生き残れましたね……まあ、任せてください。教えるのは先生の領分ですから。まず技能スキルは大きく分けて、さっき私がレラさんに使った回復魔法のような詠唱を用いて魔力を現象に直接変える魔法系のスキル。剣士や魔法使い、農家や美食家といった職業や生き方、異名などが概念となって身体に恩恵を与える概念系のスキル。人が生涯をかけて経験する技術をそのまま会得する技術系のスキルの三つですね」

「その説明からすると自力でもスキルは手に入るんですか?」

「ええ。魔法系のスキルは他の魔法系のスキルを手に入れてないと厳しいでしょうけど、概念系や技術系のスキルは人が普通に暮らしていく中でも、自分の実力に応じて手に入ります。というか、それが基本なんですよ?ダンジョンで手に入る技能書は邪道なんですからね?」


 なるほど、普通に暮らしていく中でもスキルは手に入るのか……それだったら何故、俺はスキルなしとかいう超絶ハードモードだったのだろう?「お前の人生、まったくの無意味だから!」とでも神様に煽られているのだろうか。

 きっとそうなのだろう。自分でもそう思っているのだから。是非も無い話だ。


「とはいえ、スキルを手に入れるにはそれなりに時間はかかりますけどね〜。でも自力で手に入れたスキルなら秘技アーツが確定で一つ手に入るからダンジョンで手に入れるスキルよりかは安定して使えるんですよ〜」

「秘技とは?」

「言ってみれば魔力を使って発動する必殺技、みたいなものですね〜。『剣』のスキルなんかで斬撃を飛ばしたりとか『弓』のスキルで必ず相手に当たる狙撃だとか。種類は数えたらキリがないくらいにありますよ」

「ふむ……ダンジョンで手に入れたスキルには秘技がついてない時があるんですか?」

「ええ。技能書から手に入るスキルは秘技が0から3個までついています。だからスキルレベル1、秘技0の技能書だってよくある話なんですよ〜」


 ……その話を聞くと俺は相当、運が良かったのだろう。手に入れた三つのスキルは名前こそパッとしないものが多かったが、全てに秘技が一つ以上ついていたのだから。

 さっきまで、俺の人生って一体……と不毛な悩みを抱えていたカイトはそうポジティブに捉え、沈んでいた心を立て直す。


「じゃあ、その秘技のないスキルに秘技が追加されることは無いんですか?」

「いいえ〜?これは自力で取得したスキルにも言える事ですけど、スキルを使い続ける事によってレベルアップが発生して、その際に秘技が一つ追加されるんですよ〜」

「レベルアップの上限は?」

「レベル5が最高ですね。もっともレベルを1から2まで上げるだけでも相当な時間がかかりますし、4から5にレベルを上げれた人は記録に残っていませんけどね〜」

「……ちなみに1から2まで上げるのにどれくらいかかりましたか?」

「私の場合だと大体4年くらいですかね〜。冒険者学校でとったアンケートから平均もそのくらいですよ」

「マジですか……」


 その話からするとスキルのレベルを上げるのはほぼ絶望的だ。4年もこっちにいるわけにはいかないのだから。


「うーん、じゃあ高いスキルレベルの技能書を手に入れる方法って何か無いんですか?」

「ダンジョンの奥地に行くほどレアなスキルが手に入りやすくなります。といっても所詮は運ですけどね。それにそこまで到達できるレベルになる頃には、それなりのスキルは身についているでしょうし……後は『扉』ですかね」

「扉?」

「はい。三ヶ月に一度、ダンジョンの内部は変形するのですが、それとは別に毎日ダンジョンの階層のどこか一つに1時間の間だけ扉が出現するんですよ。内部にいるボスは扉に入った人によって強さが変わり、奥にある宝箱からはスキルレベル3以上が二つとスキルレベル4以上が一つの計三つの技能書が確定で手に入るんだとか……まあ私はこれまで一回も見た事がないし、そこに入った人間の九割以上がボスの手によって帰らぬ人になるって噂もありますから、カイトさんは見つけても絶対に入っちゃダメですよ?」


 アハハと笑いながらヴェルミナはそう言うが、その内容はとても恐ろしいものだった。

 ようするにその扉の中で待ち受けているボスは無理ゲーの一歩手前の実力を持っているって訳だ。進んで入りたいとは思わない。

 ……そもそもこの世界で少なくとも20年は生きているだろうヴェルミナさんが見た事がないのなら、自分が見つけれるとも思わないし考えるだけ無駄だろう。やはり地道に頑張るしかないようだ。


「スキルについてはこれくらいですかね……それじゃあ最後に一つだけ。カイトさん、自分より遥かにレベルが高い人にはたとえスキルがあっても絶対に喧嘩を売っちゃいけませんよ」

「えっ、何でですか?」

「説明するより見てもらった方が早いですかね。カイトさん、そこにあるナイフで私の手のひらを刺してみてください」

「はあ……」


 カイトは疑心暗鬼ながらも使われていない肉を切って食べるためのナイフを差し出された手のひらに、何かあっても薄皮一枚切れる程度に優しく押し込む。


「……えっ!?」

「わかっていただけましたか?これが加護の力です」


 カイトは思わず声を上げる。まるで地面にナイフを差し込んでいるかのような手ごたえなのだ。ちゃんと刃はあるのにいくら押し込んでもピクリとも動かない。


「レベルが上がると加護という自分の生命を守る機能が高まるのですが、この力によってレベル差が大きすぎるとレベルの低い方の攻撃のスキルレベルがいくら高くても攻撃が通らない、という事態が発生するんですよ」

「どう頑張っても格上殺しが出来ないって訳ですか……」

「一応、加護の力が働くのは相手に直接何かをする時だけなので、高レベルの相手だと非戦闘系のスキルを駆使しての逃げ一択になりますね〜。まあそんなにレベル差が開いていると、逃げても無駄って時が多いので出来るだけ目立たないようにしないとなんですよ」

「そうなりますよね……これ思ったより生きてくの大変なんじゃ……」


 スキルがあればなんとか自立出来るだろうとそんな甘い考えでいたカイトはそこで思ったよりも自分が危うい立場にいる事に気付いた。

 こうなると自分がチート能力をもっていない事はラッキーだったかもしれない。変に悪目立ちすることは絶対にないのだから高レベル者に目をつけられる事も少ないだろう。

 

「その事なんですけど、カイトさん。もし良かったら冒険者学校に入る気はありませんか?」

「えっ?」

「冒険者学校にいる間は不測の事態を除いて、常に高レベル者の庇護下にあります。少なくとも安全に過ごせる環境の中で自分の力を高めていく事ができます。カイトさんは聞いた話だと結構筋もいいし、多分3年くらいで卒業できるでしょうか。その時には一人前の冒険者として活動できますよ〜?」

「……どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「単純に将来有望な少年を引き入れたいって思いもありますけど……やっぱりヤタさん達を助けてくれたからですかね?恩には恩で返すべきですから〜」

「そうですか……」


 カイトはそれを聞いてうーむと唸る。多分、ヴェルミナさんが言っている事には嘘はないのだろう。この話からすると俺が負うデメリットは時間だけなのに安全や戦う術、こっちの世界の常識など様々なものが手に入る。逆にこの話を蹴った時にはこんな危険な世界で自分の身は自分で守るという自己責任がついて回る訳だ。

 俺はどちらかを選択しなければならない。そうやって少しの間、カイトは悩み。そして結論を出した。


「……すいません。その話は受けれないです」

「理由だけ、聞いてもいいですか?」

「なんと言ったらいいのか……俺の今の望みは、普通に暮らしてるだけじゃ手に入らないんです。可能性があるとしたらダンジョンで手に入るスキルだけです」

「それなら冒険者学校に入りながらダンジョンに潜ればよいのでは……?」

「そんな暇は、ないんです。1分1秒でもダンジョンに潜って目当てのスキルを手に入れないといけない。3年も学校に行ってる暇があったらその分をダンジョンに費やしたいんです」


 カイトは異世界から来たことを隠しているために目的は言わなかったが、ヴェルミナの提案を断った。支離滅裂ながらも本気だと思われる言葉にヴェルミナは違和感を感じながらもそれ以上追求することはなかった。


「……わかりました。う〜ん残念ですねえ。学校に来たらあの子達もきっと喜んだでしょうに」

「あはは……すいません」


 カイトは軽く微笑んで、ペコリと頭を下げる。


「しかしそうなると住む所とかが大変ですね〜。カイトさんを知ってる人がいればその人に任せてもいいですけど〜」

「……たぶん、いないですよね。いたとしても見つけられるかどうか……」

「ですよね〜。それにその人を信用できるかは別ですし。う〜ん……」

「……おい、アンタ。住むとこに困ってんなら住み込みのバイトを紹介してやろうかい?」


 悩んでいるところに助け舟を出したのはカウンターの向こうにいた先程、料理を2人に出した鋭い目線が特徴的な恰幅の良い妙齢の女性だった。


「先輩助けてくれるんですか!?」

「まあ、このままグチグチと話し続けられても困るさね。それならちょうどいい案件があるから紹介してやろうってだけさ」

「……でも俺、そんなに時間も割けないっすよ?」

「大丈夫さ。どうせあの店は道楽みたいなモンさ。アンタが自分の都合のいい時だけ店の手伝いをすりゃいい。どうせ部屋も余ってるんだし、快く住まわしてくれるだろうよ」

「……それじゃあ、お願いします」


 思わぬ形となったが、自分の寝床は確保できるらしい。ヴェルミナさんの先輩の紹介するとこだし、多分、信用に足る所なのだろう。まあ、よくよく考えたら魔力とかの問題もあるわけだから1日中ダンジョンに潜る訳にもいかないし、回復のついでで仕事の手伝いをするくらいなら安いものだ。


「ユリア先輩が紹介してくれるなら安心です〜。カイトさんの事は任せます」

「まあ、後輩の頼みなら仕方ないのかね」

「えーと、カイトさん。それじゃあまたお会いしましょう。次に会うときはヤタさん達も連れて来ますので。くれぐれも無茶だけはしちゃダメですよ〜」

「はい。ヴェルミナさん。色々とありがとうございました」


 席を立ち、声をかけるヴェルミナにカイトは頭を下げて感謝の言葉を言う。ヴェルミナは微かに微笑むと、そのまま店を後にした。

 それを見送り、席についたカイトへユリアが言葉をかける。


「……それでアンタ。一体、どんな嘘・・・・をついているんだい?」

「……え」


 その言葉で時が止まったかのようにカイトは感じた。




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