8.帰還


「……ですからっ、出来るだけ人員を導入出来ないのですか!」

「そう申されましても……クエストの受注は個々人の自由ですし、ギルドとしては生徒が1日帰ってこないくらいで緊急招集なんてかけられないのです」

「そこをなんとか……」

「先生っ!?」


 ダンジョンの出口からすぐ近くのギルドと呼ばれた建物の中に入ったカイトたちの目に付いたのは受付らしき所の前で職員と揉めている若い女性だった。

 ヤタはその女性を見て、驚きの声を上げる。その声を聞いてその女性と、周りの女性を見ていた野次馬がこちらを振り向いた。


「ヤ、ヤタさん!ユキさんも!良かった!帰ってこれたのですね!レラさんは……」


 そこまで言って女性はレラが自分の見知らぬ人、血で濡れた服を着た少年に背負われていることに気づく。


「……あの、貴方は?」

「あ、ども。たまたまダンジョンで出会って、この子たちに色々と助けてもらった記憶喪失の青年です。名前はカイトです」

「へ?あの……?」

「ふぇ!?助けてくれたのはカイトさんじゃないですか!」

「いや、それでもヤタちゃん達が居なかったら地上に出られなかったと思うし……まあ、今はこんな事言ってる場合じゃないでしょ?」

「あう、そうでした!先生、レラちゃんが怪我してるんです!」

「っ!分かりました。すみません、奥の部屋を借りますね!」


 カイトの存在に困惑していた女性だったが、ヤタの言葉で背負われているレラの状態を見ると、すぐさま受付の職員の了承を得て、受付奥の部屋へとカイトたちを誘導していく。


「すみません。ここに降ろして貰っていいですか?」

「あ、はい」


 入ったのは一つのベッドがあるだけの簡素な部屋だ。女性に言われるがままカイトはレラをベッドの上に降ろす。

 それを見届けると、女性はレラのお腹のあたりに手を当て、静かに詠唱を始めた。


「―――鮮血は巡る。原初、普遍、在るが儘に。反転する刻印の光―――《リライト・ページ》」

「……おお、すっげえ」


 三節の詠唱で発動した魔法。女性の手が淡く青色に発光する。その手が触れている場所から青い光が脈打つように流れ、体中に行き渡る。ベッドに横たわる少女の顔は安らかな物へと変わり、頭から流れていたはずの血は綺麗さっぱりなくなっていた。

 それを見ていたカイトから思わず感嘆の声が漏れる。

 女性はふうっと息を吐くと、固唾を飲んで見守るカイトたちの方を向く。


「治療は終わりました。今はぐっすり眠ってますけど直ぐに目覚めるでしょう」

「ありがとうございます、先生!」

「よかった……」

「ひゃっ!もう、まったく……」


 女性の言葉を聞くとヤタはギュッと女性に抱きつき、今まで無言でジッと様子を見守っていたユキはホッと胸を撫で下ろした。女性はやれやれといったように抱きついてきたヤタの背中を優しく撫でる。

 しばらくすると、女性はヤタを引き離し、手持ち無沙汰といった様子で佇んでいたカイトへ話しかける。


「カイトさん、でしたか〜?私はアルダーク冒険者学校でこの子たちの担任をしているヴェルミナと申します。この度は生徒たちを助けていただいて……本当にありがとうございます」

「いえいえ、さっきも言ったけどあの子達が居なかったら、多分今もダンジョンの中をうろちょろしてたと思うし……困った時はお互い様ですよ」

「そうなのですか〜?それでもちゃんとお礼はさせて頂きます。ですが、その前に少し、あの子達と話をさせてもらっても構いませんか〜?」

「はあ、まあそこまで言うなら。……でも、あんまりあの子らを怒らないでやって下さい。事情は聞いたけど、多分、ちょっと焦ったちゃっただけですし。それに一応、全員無事に帰って来れたんですから」

「ふふっ。そうですね〜。これであの子達も懲りたと思います。お説教は程々にしますよ〜」

「そうですか。それじゃあ俺は部屋の外で待ってます」


 カイトは微笑を浮かべてそう言い、部屋を出た。

 やり直しがきく間なら、いくら間違えたっていい。間違いを克服して強くなっていけばいいのだから。

 彼女たちは強い子たちだ。命の危機にあっても友人を見捨てない心優しい子たちだ。きっと彼女たちは今回の失敗をいかしてこれからも生きていく。たとえ冒険者とやらをやめても掛け替えのない仲間がいる限り、彼女たちの未来は明るいものになるだろう。

 ……まあ、もっとも。自分には関係ない話だけど。


 カイトはそう自嘲する。彼は過去を唾棄すべきものとして―――忌み嫌う。







「……さて、何があったのかは分かりましたけど〜。はあ、まったくあなた達は……」

「うう、ごめんなさい……」

「めんぼく、ない」


 事のあらましを聞いて、ヴェルミナは呆れたように顔に手を当てる。目の前に座る2人はしょぼんと下を向いていた。


「強くなりたいって気持ちは分からなくもないけど……死んでしまったらそこでおしまいなんですよ〜?」

「ふぇ……」

「……」


 2人は目尻に涙を浮かべている。先生であるヴェルミナからの言葉を聞いて、先の恐怖を思い出したのだ。

 ヴェルミナはそれを見て、はぁ、とため息を吐き、2人をギュッと抱きしめた。


「と、まあ。お説教の続きはレラさんが起きてからにしましょうか〜。……もしかしたら今日の事がきっかけであなた達は冒険者になる事を心の何処かで怖がってしまうかもしれない。だけど、きっと大丈夫。だってあなた達は仲間を見捨てない強い子たちなのですから。……2人とも。よく頑張りましたね」

「ふぇぇ、先生ぇ……!」

「……」


 抱きしめながら囁かれたその言葉を聞いて、ヤタはポロポロと涙をこぼしながらヴェルミナに抱きつき、ユキは気恥ずかしいのか、言葉には一切出さなかったが、ヤタと同じようにギュッとヴェルミナに抱きついた。


「先生としては。あなた達がこれからも冒険者学校で焦らずに学び、立派な冒険者になる事を期待しています。だって、冒険者は辛いことが多いけど、仲間と一緒に色んな冒険をするのはやっぱり楽しいものですからね〜」

「うぇ、ぐすっ……はい!」

「……うん」


 泣きじゃくりながらもヤタは先生の言葉に頷く。ユキも静かに頷いた。


「よろしい♪さて、それじゃあレラさんが目覚めたらあなた達は寮に戻ってて下さいね〜。先生はカイトさんと話をしてきますから」

「あ、あのっ!先生!それ私も行きた……」

「ダメですよ〜。もう門限はとっくに過ぎていますから〜。その分も合わせて反省文をちゃんと用意しておく事」

「うう、でも……」

「私たち、ちゃんとお礼、言えてない。カイトと話、したい」

「何度、言われてもダメなものはダメです〜」


 言いたい事が上手く纏まらず、言葉を上手く伝えれないヤタに変わってユキが返事をするが、ヴェルミナは折れる気は無いようだ。


「まあ、会いたくて仕方ないのは分かりますけどね〜。ピンチを助けてくれた男の子に、それもちょっと年上のお兄さんが気にならない訳がないですもの〜」

「えっ!?そ、そんなのじゃないです!!」

「気になる……うん、そうなのかも」

「ユキちゃん!?」


 ヴェルミナにからかわれるように言われたその言葉でヤタは顔を真っ赤にして反論するが、隣のユキがアッサリと認めたことに動揺する。


「な、ななな、何で、カイトさんが!?」

「カイト、レベル関係なしに、強い人。顔もそこそこ、なにより優しい。……逆に、ヤタはその気じゃ、なかったの?」

「そんなこと、そんなことはぁ……あぅ」

「ふふっ、まあ悪いようにはしませんよ〜。それじゃあまた学校で」


 ユキに言いくるめられ、顔を更に真っ赤にさせて俯くヤタを尻目にヴェルミナはひらひらと手を振り、部屋を出た。

 きっとカイトという少年との交流が、自らの教え子である彼女たちに良い影響を与えると信じて。

 



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