第25話 先生のお手伝い②
【AM6:30 自宅】
オレは先生の事務所へ向かう準備をする。洗面台に向かうと妹が髪を結んでいるところだった。
「兄ちゃん。おはよ~。今日は早いんだね。」
「おはよ~。今日は、先生の事務所に行くんだ。」
「バイト?」
「そんなものだね~。」
「ふ~ん。がんばってね~。」
と言って、洗面台から出る。オレは洗面台の鏡をみて、
「よし!!がんばるぞ!!」
気合いを入れる。気合いを入れたオレはリビングルームに向かう。
「母さん。おはよ~。」
「はい。おはよ。朝ご飯出来てるわよ。」
「は~い。では頂きます。」
トーストとハムエッグ、サラダそしてコーヒー。普通の朝ご飯だがこれが良い。変に変わったものを食べるとお腹壊しちゃう…妹も朝の支度を終え、一緒に食べる。
「お母さん。コーヒーじゃなくて、オレンジジュース頂戴。」
「は~い。待ってて。」
母さんがオレンジジュースを渡す。
「ありがとう。ところで兄ちゃん。間に合うの?」
「まだ、大丈夫。8時に事務所に行けば良いから。」
「そうなんだ。」
いつもの朝ご飯の風景。何も変哲のない風景。この普通がいいのだ。これでいいのだ…バカボン風に言ってみました。
「よし、そろそろ行く時間だ。行ってくるね。」
「はい。行ってらっしゃい。」
「隆史。何時頃帰ってくるの?」
「う~ん。18時くらい?」
「わかったわ。行ってらっしゃい。」
オレは玄関を出て、駅まで軽くジョギングするかのように向かう。爽快な朝だね~。
駅に着いて、上野駅まで電車に揺られ上野駅に着く。上野から先生の事務所まで歩く。ちょうど頃合いの時間になった。
【AM8:15 事務所】
オレはインターホンを鳴らす。
「は~い。」
先生の声が聞こえた。
「先生。今来ました。」
ドアを開け、先生が迎えてくれる。
「いらっしゃい。今日はよろしくね。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
事務所に入って、荷物を置き、準備をする。先生が
「そろそろ事前謄本取っておこうか。」
「はい。謄本貸してください。」
事前謄本とは、不動産の決済前に登記簿謄本を見て、事前に変な動きがないか確認する作業だ。もし、変な動き、例えば差し押さえが入っていたら大変だからね。
オレは謄本を借りて、先生のPCを使わせてもらう。今は、事前謄本はインターネットで不動産登記簿が確認できる。昔はそういうのがないから、朝、早く法務局に行って、謄本を取っていたみたいだ。時代の流れだね~。先生が
「今回は、ちゃんと流れを確認しておいて。もし、他の差し押さえとか入っている可能性があるから。もし、入っていたら、すぐに決済取りやめるよう電話するから。」
先生は、今日の決済の書類を確認しながら言った。
「わかしました。よし、取れた。」
オレはコンピュータ謄本を確認する。売り主は清原氏か~。動きはないかな~。差し押さえは入ってないかな~。………よし、動きに変化はないな。
「先生~。動きはありません。」
「はい。わかりました。差し押さえは大丈夫?」
先生は差し押さえの登記が入ってないか心配のようだ。
「入ってません。大丈夫です。」
「私の方も失効確認、大丈夫だったわよ。」
失効確認とは登記識別情報がちゃんと使えるかということの確認で、登記識別情報は昔で言う権利証制度のことであり、登記識別情報は12桁の英数字が羅列している。もし、登記識別情報が失効しいればその登記識別情報は使えない。つまり、何かがあるということがわかる。先生が
「では、決済にいけるわね。じゃあ、行く準備しようか。」
「はい。」
行く準備をする二人、先生は書類を持ち、オレは事務所の戸締まりをする。
「先生。決済場所はどこですか?」
「近くの銀行だよ。そこの応接室で行うよ。よし、行きますか。」
オレと先生は決済場所の銀行へ行く。歩いて20分ほどだ。事務所を出て、一緒に歩く。歩きながらで
「今日は決済を早く切り上げるつもりでいるから。」
「どうしてです?」
「今日、差し押さえの登記が入る可能性が大きいから、早く終わらせて、すぐに申請しないと…」
「そうですよね~。差し押さえが入っちゃったらこっちが登記の取り下げですからね。」
「そうそう…」
歩きながら、話し合う。そして、銀行に着く。今は8時50分、銀行は9時からだ。
「まだ、お客さん来ないね。」
「不動産の仲介業者はどうです?」
「まだ、来てないみたいだね。」
「9時ですから、まだですね。」
「そうね~。早くしないとだけど…」
【AM9:00 某市役所】
上司「今日は、差し押さえの登記の嘱託申請する。何件だ?」
部下「4件です。」
上司「ちゃんと差し押さえの通知書送ってあるよな?」
部下「再度、確認します。」
上司「一応、嘱託申請書も再チェックするように。」
部下「はい。わかりました。」
部下が嘱託書をチェックする。嘱託書は市区村町や都道府県などの役所が法務局に登記を申請することである。一般の方が申請するのは登記申請書となる。
部下「今日の差し押さえの人は、松田さん、酒井さん、三田さん、そして清原さんか~。って清原?あの清原ではないよな。」
上司「お前!清原ばっか見るなよ!あの人ではないぞ!」
部下「ですよね~」
上司「まさか、薬で税金滞納はたまったもんではないな~あはははははは。」
部下「はははははは…」
上司「ところで、ちゃんと確認したか?」
部下「すべて大丈夫です。」
上司「よし、午後に申請するか。」
部下「わかりました。車で行って良いですか?」
上司「だめ。電車で行きなさい。もし、交通事故したらどうなる?私も責任を負うことになる。」
部下「……(この、クソおやじ…)わかりました。」
【AM9:00 銀行】
オレと先生は銀行のロビーで待っている。まだ来ないのかよ…
「先生…来ないですね…」
「ええ…」
そんな時だ。
「先生。遅くなりました。」
「いいえ。売主さん、買主さんは?」
「ええ。売主はもうすぐ来ます。買主は電車が人身事故で20分ほど遅れるそうで…」
先生は内心”遅れるなよ!!”と思いつつも、大人な対応をする。
「わかりました。先に売主の方にご署名、ご捺印等してもらいますね。」
「わかりました。ところで、先生?この方は?」
オレの方を見る業者の人。
「はい。今日、臨時で働いてもらう私の教え子です。」
オレは業者の方に
「はじめまして。私、村上先生の教え子の志津隆史と申します。よろしくお願いいたします。」
「はい。よろしく。村上先生の教え子なの?」
「はい。そうです。」
「そうか~。村上先生は本当にすごい方なんだよ。教え子ってことは君の能力も高いだろうね。」
「いえいえ。まだ、未熟者です。」
「そんな、謙遜することではないよ。」
先生がわって入って
「これから、社会を教えてやってくださいね。」
「私が社会を教えてほしいですよ。」
こんな雑談をしているうちに、売主清原氏が来た。
「遅れて、申し訳ありません。」
「清原さん。どうぞ、こちらに。」
不動産業者の方が手招きする。そして、みんなで応接室へ入る。銀行の応接室は本当にきれいな所、簡易な所とあるが、どうやら前者のようだ。木目を基調とした落ち着いた雰囲気だ。
「では、始めますね。よろしくお願いします。」
業者の方、清原氏、オレが
『よろしくお願い致します。』
決済が始まった。
「まだ、買主の方が来ていませんが、始めちゃいます。清原さん、登記識別情報、印鑑証明書、住民票、ご実印持ってきましたか?」
「はい、持ってきました。」
「では、確認させて頂きます。」
先生が書類のチェックをする。登記簿と照らし合わせて、鉛筆でO.Kと、どんどん書いていく。多分、間違いないから書いているのであろう。
「確認致しました。書類は問題ありません。」
業者の方が
「よかった…もし、忘れたとか、間違って持ってきたら大変ですからね~。」
「ええ。そうですね。志津君にも教えてあげるけど、もし、売主が間違った書類を持ってきたら、直ちに正しいものを持ってきてもらうの。」
オレは
「持ってこなかったらどうなるのです?」
「お金が動かせない。つまり、決済は一端、中断するの。だから、私たちは必ず、書類のチェックをして、間違いなければ、お金を動かしてよい旨を業者の方、もしくは行員の方に言うの。」
「そうなんですか。」
業者の方が
「まあ、事前に私が書類をもらって、先生の所へFAXするんだけどね。現物がないと先生としても心配みたいで…」
「あははは…」先生が苦笑いしている。
売主の清原氏が
「間違ってたら、業者の方が怒るって言われまして…」
「清原さん。ご冗談を…わははははは。」
不動産業者の方はどうもべらんめ~口調な感じがする。麻生か!?
そうしているうちに買主佐々木氏が来た。
「すいません。電車が遅れちゃって。」
「いえいえ。こちら、登記を担当して頂く先生の村上先生。」
先生が名刺を出して挨拶する。
「初めまして。私、司法書士の村上と申します。よろしくお願いいたします。」
「佐々木と申します。よろしくお願いいたします。」
業者の方が
「佐々木さん。売主さんの書類、先生に見てもらって、大丈夫だから。」
「そうですか。良かったです。」
先生が佐々木氏に
「佐々木さん。住民票、認印もしくはご実印持ってきましたか?」
「はい。持ってきました。」
同じように、先生は書類をチェックする。どうやら、問題ないみたいだ。
「では、佐々木さん、清原さん。委任状にご実印の捺印と住所、氏名を書いてください。」
各々、委任状に捺印、氏名、住所を書いていく。そして、
「あと、登記原因証明情報にもご捺印して頂きます。」
登記原因証明情報とは、法務局に売買があったから、所有権が移るから報告しますという書面のことだ。
二人が捺印していく。
「志津君。チェックしておいて。」
「はい。わかりました。」
オレは売主の印鑑証明書の印影と委任状の印影が同じかチェックする。印鑑証明書に書いてある住所も同じようにチェックする。買主の分の住民票と委任状の住所も同じかチェックする。オレは独り言で「よし、同じだ…」と言う。聞いたことがあるが、たまに、自分の住所、氏名を書き間違いがあることがあるので注意が必要だ。
「先生、問題ありません。」
「わかったわ。では、実行お願い致します。」
業者の方が
「では、佐々木さん、お金振り込みましょう。」
「はい。」
実行とはお金を動かして良いことで、書類が全部集まって問題ない場合の意味だ。今回は売主、買主だけだが、買主が不動産に担保、例えば抵当権をつける場合は、銀行が絡んでくる。この場合は銀行の担当者に実行する旨を言うみたいだ。
業者の方、売主がお金を振り込んでいる間、先生は、清原氏に
「今回、ひょっとしたら、差し押さえの登記が入るかもしれません。」
「はい、聞いています。私が税金を納めればいのですが、お金がなくて…」
先生があえて一呼吸置いた感じで
「……私も、この決済が終われば、すぐに申請します。いわば、市役所と競争ですね。」
「そうみたいですね…」
そうこうしているうちに業者の方、佐々木氏が来た。
「遅くなって申し訳ありません。お金振り込みました。清原さん、あとで通帳を記帳しておいてそこに振り込んであるから。」
「はい。後で見ます。」
先生が
「佐々木さん。よろしいですか?」
「はい。例のことですよね。」
「そうです。もし、差し押さえ登記が先に入れば私の方の申請は却下になります。その場合、不動産業者の方に連絡して、先ほど、振り込んだお金は、お返しする流れになります。大丈夫ですか?」
「はい。とてもほしい土地ですが、そうなれば、諦めます。ちゃんと、この事も聞いています。」
「わかりました。」
業者の方が
「よし。これでお開きにしますか。」
先生は
「本日は、おめでとうございます。」
佐々木氏、清原氏が
『ありがとうございます。』
不動産の取引は、決済が終わればおめでとうございますが一般的だ。
「志津君、急ぐよ。」
「はい、先生。」
「皆さん、私たちはすぐに申請に参ります。お先に失礼します。」
業者の方が
「先生。任せましたよ。」
オレと、先生は銀行を出る。急ぎ歩きしながら先生は
「志津君。これが決済というものだよ。今回はイレギュラーだけど、流れはわかったでしょ。」
「はい。先生。でも、大丈夫ですか?もっと急がなくては?」
「うん。でも、大丈夫。登記申請はオンラインが可能だから。」
「っと言うことは、事務所から申請すると言うことですか?」
「そう。今は10:00だから、申請は遅くても10:45分ぐらいで出来るはず。市役所の差し押さえ登記はまだでしょう。」
「そうですね。」
オレと先生は歩きながらそんなことをしゃべる。どこか、落ち着いた感じはある…
現在、AM10:10分
【AM10:00 某市役所】
上司「おい、税金滞納者のリストアップ表早く作れよな!」
部下「申し訳ありません。今日の申請の処理をしてました…」
上司「そんなの、申請すればいいんだよ。もし、何かあったら法務局から補正の電話が来るんだから。細かくする必要性はないんだよ。私たちが申請すればだいたいは通してくれるんだよ。」
部下「そうなのですか?」
上司「だって、市だもの。法務局側も市が申請するのは基本間違ってないと思うから。私の経験上だが、一度も補正はなかったよ。捨印押してたからだと思う。」
部下「そうなんですか!」
上司「そう。だから気にするな!!」
部下「はい。わかりました。では、だいだい、何時ぐらいにここを出れば良いですか?」
上司「う~ん。今回は千葉本局だよな~。AM11:30ぐらいでいいよ。」
部下「わかりました。AM11:30ぐらいに出ます。」
上司「それよりも、早くリスト作れ!」
部下「はい…。(このオヤジ、早く死ね!!)」
【AM10:30 事務所にて】
先生の事務所について、簡単な一息をつく。
「志津君。よく見てて。」
「はい。」
先生は、PCに向かい、オンライン申請ができる画面にする。そして、登記識別情報を山折りにして、破いていく。慎重にはがし英数字の12桁が出てくる。さらにその横にQRコードまであった。
「このQRコードを読み取って…」
先生がQRコード専用の読み取り機をつかい、読み取る。そして、画面に登記識別情報の12桁の英数字が表示された。
「これって、結構、楽になったのよ。」
「どうしてです?」
「まだまだ、あるんだけど、このQRコードは最近で、12桁の英数字を自分で打ち込まなければならなかったの。」
「打ち間違いありますよね…」
「そう。法務局の人に、打ち間違いありますって補正がきちゃった…」
「そうなんですか。」
次に、登記原因証明情報をスキャンした。スキャンした情報がオンライン申請に反映する。
「よし、これでオッケー!で最後に登記申請書を最終チェックしますか…」
先生は登記申請書を最終チェックする。問題ないみたいだ。
「最後に電子認証をして…」
電子認証は自分が申請したことを認証しますということで、これで自分が申請したことに間違いないというPC版と考えて言い。
先生が驚く。
「あれ!?電子認証ができないわ?」
「えっ!?どうしてです?」
「わからないわ…志津君、見てくれる?」
「オレでよければ…」
オレも電子認証を確認する。あれ?認証できない…そうだ!報告があるかもしれない…オレは報告のホームページをみる。すると…システムが変わったこと、今回のウインドウズのアップデートすると電子認証出来なくなることがあった。オレは先生に報告する。
「そうなの!?と言うことは、アップデートを消さないといけないわね。」
「そうですね。どうします?その措置取りますか?」
「そうしたいの山々なんだけど。う~ん。」
先生は考える。腕を込み考える。先生が本気で考えるときは腕を組む癖がある。オレが専門学校時代の時に質問して、考え込んだときのように…どこか懐かしく感じてしまう。そして、先生は決心する。
「オンラインをやめて、書面申請にします。」
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