第20話 遺言の撤回の撤回
ついに、新魔王の選定の時間が迫ってきた。魔族会の承認が下りればノブトが新魔王になる。これを食い止めるのがオレの役目、さらにノブトが持っている遺言の後の遺言で法定相続になっている。だから、法定相続の主張も併せてする。ノブトが魔王になると言うよりも、ミノリ、ミサキ、ヤワタ、トキワの今後の生活にかかわるから、最低限、法定相続はなんとか死守しなければならない。あとは……まっいっか!出たとこ勝負だ!
魔王の自宅からみんなが出る。
「天気が良いですね…」
どことなく緊張しているミサキ。
「ミサキ姉さん。緊張してる?」
「当たり前じゃない。今日で私たちの運命が決まるんですよ…」
「そうだね~。この先どうなるんだろう?」
ヤワタは空を見わたしながら目をつむった。
「ここは、隆史さんに任せるしかないんです。私は魔族会で発言権を頂けるだけで、いっぱい、いっぱいでした。」
ミノリがオレを見る。プレッシャー大です…
みんなで魔族会の議事堂へと足を運ぶ。最初は簡単な雑談があったが次第に口数が減っていく。やめてよ…もっとプレッシャーがかかるではないか…。
そこにミサキが
「隆史さん。ちょっと良いですか?」
「なに?」
「もしものことがあったらですが、先に言わせて貰います。本当にありがとうございました。隆史さんに会えて良かったです。」
ミサキはオレに礼をする。
「いやいや。まだ、始まってもいないじゃん…どうしたの?」
「隆史さんはおっしゃってましたよね。常に最悪のことは考えないといけないと。」
確かにオレはミサキに言った覚えがある。法律に携わる者は勝ったときよりも、負けた事を考えると。最低限の落としどころを見極めなければならないことも言った記憶がある。負けが確実ならどう和解に持ち込むかが重要とのことも言った記憶がある。
「だから、私も最悪のことを考えつつ申し上げました。」
「そうか…その考えは重要だよ。けど、今回は違うとオレは思うんだ…」
「どうしてですか?」
「確かに法律論からすればそうかもしれない。しかし、感情論からするとそういうわけにはいかない。まぁ、オレは拉致されて、こっちに来た。最初はどう逃げようか必死で考えた。けど今は違う。トキワに出会って、一緒に楽しいという思いをしたのは初めてだし、ヤワタに出会って、気の合う仲間ができたと思っている。ミサキに出会って、この魔界がオレは好きになったんだと思う。この感情は捨てるに捨てられない。」
オレはミサキに向かって言った。トキワ、ヤワタがオレを真剣に見ている。オレは続けて言う。
「魔族会の発言の時はオレは感情はなるべく出さない。感情で物事をいうと何言っているかわからなくなる。論理も破綻する。それではお子ちゃまだ。大人の対応をするのがスジだ。だから心の中で闘志を燃やす。」
「わかりました。私、本当に応援しますね!!」
ミサキが笑顔になる。これだよ!これ!オレをやる気にさせる笑顔だよ。やる気スイッチ押されたよ!!
「隆史。私もミサキ姉さんと一緒。がんばって…」
トキワがどこか泣きそうな目でオレを見る。これではトキワらしくない。よ~し、
「トキワ嬢。何泣きそうな顔しているの?ポンポン痛いの?」
そこに”ドン!!”とオレのお腹にパンチが入る…痛い…痛い…痛い…
「そんな顔してない!!」
「そうですか…すみません…」
「よろしい。」
ミサキがいつもの表情に戻る。これがトキワだ。
「大丈夫?シヅッチ。」
「大丈夫だと思う…」
「まぁ、なんとかなるさ。正直、ボク楽しみにしているんだ。」
意外な答えだ。楽しみにしているって?
「サクラのときもそうだ。あのときボクはシヅッチの実力をみた。これで負けたらしょうがない。だから楽しむことにした。シヅッチが何を言うのか楽しみなんだ。」
「ありがとう。ヤワキン。」
そんなときだ。ミノリが
「いよいよ着きますわよ。」
みんなが一斉にピリッとした空気になった。相変わらず魔族会の議事堂はでかいな~。
中に入り、会議場まで歩く。魔族の方たちが全然いない…どうしてだ?
「どうして他の方と会わないんでしょう?」
ミノリが不思議にしている。
「みんな、先に会議場にいるんだと思う。」
トキワもあたりを見わたしながら他の魔族の方を探す。
そこにだ。
「ヤワタ様~。ヤワタ様~。」
この声は、、、
「ここにいたんですか。探しましたよ。」
元勇者マツドだ。現風俗店店長だ。
「どうしたの?なんでみんないないの?」
「実は、ノブト様が魔族全員に会議場に入れと言われまして…」
「マツドさんは大丈夫なの?」
「私みたいな者はいなくても気づかれませんよ…」
さらに
「お父さん、見つけた。」
サクラがやってきた。
ミサキ、トキワが驚いている。
「なに?この子、かわいいんですけど…」
トキワがキラキラしている。
「初めましてですよね。私ミサキと申します。」
ミサキが握手しようとした途端、オレの後ろに隠れる。
「ミサキごめん。この子、人見知りがはげしくて…」
「なんで知っているんですか…」
ニコニコしながらオレに言ってくる…なんか怖いんですけど…ヤワタが
「この子だよ。シヅッチが助けたお嬢さん。だからシヅッチのことは大丈夫みたい。」
「そうなんですか…この子を助けたんですね…」
ミサキなんか本当に怖い。んっ!?オレは不思議に思った。あれ、この子、キャバ嬢だったよな?こんな人見知りでやってたの?
「…………あのときはお金のために必死だった…」
サクラがオレに感づいたか、先に話した。
「そうなんだ…」
サクラがオレに隠れながら
「……がんばって。応援してる。」
そう言って離れた。マツドが
「では、私たちもこっそりと会議場に入りますので。なんせ、魔族の長たちがあそこにいるように、私たちも元勇者代表ですから…」
そう言って会議場へと行った。
「いよいよですわね。」
会議場の扉の前に立つ。ミノリが緊張した面持ちでみんなに向かっていった。
こうなれば、行くしかない!!オレは
「行きましょう!!」
そう言って扉を開けた。
会場に入った途端、魔族の方々が一斉にオレたちを見る。どこが蔑んだ感じがする。
こそこそと声が聞こえる。
「あれが落ち目って言うやつだよ…」
「法務委員会意味ないじゃん…」
「おとなしく、ノブト様について行けば良いのに…」
今の奴ら全員オレは覚えたぞ!!夜道に気をつけろ!!けど、ゴブリンみたいな方で見分けつかないかも…
こそこそ、悪口が聞こえる。ミノリ、ミサキ、ヤワタ、トキワが我慢しているみたいだ。さぞかしくやしいと思う。
オレは魔王の席を見る。そこにはノブトが足を組んで待っていた。
「おやおや、これは隆史君。待っていたよ。せっかくだから、発言の機会を設けさせてあげたよ。うれしく思いなさい。」
「(オレ我慢だ。オレ我慢だ。)ありがとうございます。ノブトさん。なぜ、そこに座っているのですか?」
「当たり前ではないか!もう私が決まったのと同然だからだ。」
そう言うと他の魔族たちが
『新魔王、万歳!!万歳!!』
と声や拍手が聞こえる。ノブトが場を沈める。
「確かに、私はまだ魔王でない。隆史君、あとそこの一家全員に見届けて貰いたくてね。」
「……………………。」ミサキ、トキワ、ヤワタが何も言えないが怒りたそうな雰囲気だ。
「私も、早く魔王になりたい。だからそこで言い合えるようにあれを用意した。」
オレはあれを見る。なんと日本の国会が使う党首討論みたいな互いに言い合えるスピーチ台があった。
「ほら、隆史君、きたまえ。」
オレはスピーチ台に向かう。ミサキたちはオレを静かに見守る。
そして、ノブとも向かった。ノブトが
「議長。よろしく頼む。」
魔族会の議長が号令をかける。
魔族の長たちが軽く片手を挙げる。
『魔界に栄光を…』
「ノブト殿、隆史殿、発言を許す。」
議長がそう言い、始まった…
「私、ノブトは現魔王故コウダンの遺言を持っております。そこには私が相続させるとなっております。ゆえに、私が魔王コウダンの財産、身分を一切合切相続するものと信じています。どうだね?隆史君?」
「はい。まず一点目、その遺言は完全に有効か疑義があります。この遺言は自筆証書遺言であります。自筆証書遺言は要件がそろわない限り法律上の有効性は保てません。」
「隆史君。言ってみたまえ。」
「はい。本来は自筆証書遺言は封がされています。それを勝手に開けることは日本という国ではできません。家庭裁判所と言ってそこが相続人全員の前で開けて検認という手続きをします。もし、勝手に開ければ過料という簡単に言って罰金が科されます。」
「隆史君。この魔界には裁判所というものはない。魔王コウダンがすべて行ってたんだよ。」
「はい。そこはよしとします。二点目その遺言書に魔界の日付、氏名が自署されてますか?」
「確認しよう。他の者も見せた方がいいな。そこの者来たまえ。」
その者に見せる。その者が
「はい。確かにすべて揃ってます。しかも、指紋も押されてます。」
「どうだね。隆史君。」
「…はい。この遺言書は要件が揃っており有効のものと考えます。」
オレがそう言うと魔族たちが
「ほら、言ったとおりだね。もうノブト様確定だね…」
そんな声が聞こえる。今のお前、覚えたぞ、今度こそ夜道に気をつけろ!!
ノブトが
「これで決まりだねでは…」
「ちょっと待ってください。まだ、発言途中です。」
「なぜだ!?」ノブトが怒り口調になった。
「はい、実は遺言を無効にする方法がありまして…」
そう言うと他の魔族たちが一斉に騒いだ。議長が
「お静かに!!」と叱責をする。場が静まりかえる。
「言ってみたまえ!!」だんだんノブトが怒ってくる。よし、この調子だ。
「実はノブトさんが遺言書を見せつけた後にミサキが魔王コウダンの別の遺言書を持っていました。その遺言書はノブトさんが持っている遺言書よりも後で内容は法定相続になっておりました。これは遺言の撤回と言いまして、第二の遺言が有効となり、第一の遺言ノブトさんが持っている遺言は撤回、つまり無効になると言うことです。」
ノブトが驚く。
「そんな、まさか!?」
「ミサキ、その遺言書を持ってきて。」
「かしこまりました。」
ミサキが第二の遺言書を持ってきた。それをノブトに見せる。ノブトが第二の遺言書を読んだ。
「間違いない。確かに魔王コウダンのものだ…」
また、一斉に盛り上がる。
「ノブト様が負けるの?これはやばいぞ。ノブト様に投資したんだぞ。」
そんな声が魔族の方から聞こえた。本当に投資?賄賂の間違いでないの?
すごい、盛り上がりだ。これで終わったのか…。ミノリ、ミサキ、ヤワタ、トキワがほっとした感じだ。その途端
「皆!!静まれ!!!」
ノブトが大きい声を上げる。また、場が静まる。
「隆史君、それで良いのかい?」
「どうゆう事です?」
「実はね…ミサキが持っていた遺言書よりもさらに後に私に相続させる遺言書があるんだよ。さっき隆史君、言ったよね…遺言の撤回がされたらその遺言は無効なんだよね。魔王コウダンが好きな日本の法律にのっとって私もその法律に従ってこの遺言を書いて貰ったんだよ…」
ミサキがさらにはトキワが
「えっ…………!?」
「嘘でしょ……!?」
「…………………。」ヤワタは無言のままだ。
「……………………………。」
オレは何も答えない。
「皆!これがミサキよりも後の遺言書だ!!!」
遺言書をみんなに見せつける。
「ほら、隆史君。見たくないのか?ほら。ほら。」
オレに遺言書を見せつける。さらっと見えてくる。
確かに、ミサキよりも後の遺言書だ。しかも、ノブトに相続させる内容だ。
「これで決まりだな。これで魔王コウダンは私にすべてを任された事がわかっただろう!」
魔族会全体が盛り上がる。
”わぁ~わぁ~”ものすごい声が聞こえる。正直、うるさい。
「これで、決まりだ~!ノブト様、万歳!!万歳!!」
いろんな魔族たちがノブトを称える声が聞こえる。
ミノリは何も答えず、目をつむっている。トキワは放心状態だ。ミサキは声が出ないようだ…。
「隆史君。これで終わりだね…」
ヤワタが
「終わったか………。」
初めて声を出す。
ノブトが
「これで、私が新魔王に就任…」
オレは
「ちょっと待った~~~~~~~!!!!!」
でかい声を張り上げる。
あまりにもでかい声で急に静まり返る。
「ノブトさん。あなた言いましたよね。私は日本の法律を守ると…さらに魔界の法律は日本の法律を元にしていることも知ってますよね。」
「もちろんだとも!!」
威勢良い声をノブトは張り上げる。
「では、改めて言わせて貰います。この遺言は無効です。」
「何言っているんだ。そんなわけあるか!!」
「ノブトさん。言わせて貰います。法律って中途半端に勉強すると大変なことが起きます。私も法律を最初に勉強した頃は、自分は何でも知っていると思っていました。しかし、さらに勉強することで見えてないことがたくさんあるんです。今のオレもまだそうです。日本の法律に携わる人たちは絶えず勉強しつづけてます。それでも気づかないことだってあるんです。今のあなたは中途半端です。」
「どういうことだ…」
「これは遺言の撤回の撤回と言います。この場合、先の遺言つまりノブトさんが持っている遺言が復活するかと言うことですが、復活しないし、第三の遺言自体無意味なんです。これは、遺言者の真意を明確にすることができないからです。日本の民法1025条にもそう書いてあり、魔界の民法にも同様に書いてあります。」
「何!?」
ノブトは驚いている。
”ざわ、ざわ、ざわ”と動揺めく魔族たち…
「つまり、この場合は遺言が無効となり、遺言がなかった事になりますので、法律で定められた法定相続になります。」
「どういうことだ…」
ノブトに焦りの色が伺える。
「何度も言わせないでください。だからあなたは中途半端なんです。遺言は無効で無意味、よって、法定相続です!!」
『やってくれたぞ!!この男は本物だ!!!!』
魔族会の方たちが驚きを見せ、拍手をする。すごい拍手だ…
ヤワタはオレに向かって
「やってくれたな!!シヅッチ!!」オレに向かってピースをする。オレも同じように…
ミノリは安心したかのように胸をなで下ろしている。
トキワはヤワタに向かって
「隆史、本当にやったよ!!」ヤワタを叩く。
「トキワちゃん痛い、痛い。」
ミサキは涙目でオレに何か言いたいようで
「ありがとう…ありがとう…」
と言っているように聞こえた。
ノブトが
「まだ、終わっていないぞ!!財産が法定相続だとしても、魔王の権限はどうなるんだ!?そこは遺言には書いていないぞ!」
「全くもってその通りです。」
「では、新魔王はわた…」
オレは遮るように
「いいえ。」
「何故だ?」
オレはいままでにないでかい声で
「コウダンのおっさん!!!聞こえてるだろ!!!もう出ろよ!!!」
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