ひねくれ少女 1


「……もう来るなって、昨日言いましたよね?」

 薬草の香る薄暗い室内に、怒気をはらんだ少女の声が反響する。

一昨々日さきおとといから言われてるな」

 カウンターを挟んだ向こう側から聞こえた返事は、少女をからかっているような調子であった。

「───────っ」

 少女は奥歯と拳をキツく握り締める。

 昨日、一昨日はそんな調子の相手にムキになって噛み付いてしまったのがいけなかった。二回もそれに引っかかってしまった己の未熟さを噛み締めて、今日こそは平静を通すのだ。今朝方そう決意したのが功を奏したようで、いつもなら言い返すところを踏みとどまることができた。

「……だったら、商売の邪魔なんでもう帰って下さい」

「まあまあ、そう言わずに──ここはいつも開店休業みたいなもんじゃねぇの」

「ば、バカにしないで!」

 少女は勢いよく立ち上がり──鈍い音が室内に響く。カウンターに頭をぶつけたのだ。

「いっっっったたたたたた……!」

 半泣きになりながら、少女は両手で頭頂部をおさえて再びうずくまる。

「おいすっごい音したぞ大丈夫か?」

 男の声は少女の真上から聞こえた。カウンターから身を乗り出しているのだ。

 少女はといえば、頭にじわじわと広がる痛みに加えて自分の間抜けさを見られた恥ずかしさやら、男への苛立ちやらで、平静などとは間違っても言えない状況だ。

 頭上の男を涙混じりに睨みつけ──今日はここに至って、ようやく真っ当に目を合わせたわけなのだが──力の限り叫ぶ。

「帰って!!!!」

 さすがの剣幕に男もたじろいだようで、いつもの軽口は返って来なかった。そのまま少しばかり視線だけを交わして、先に顔を反らしたのは男の方だった。

「……頭、ちゃんと冷やしておけよ」

 そんな言葉を残して、男は店から出て行く。

 少女は男の気配が完全に感じられなくなってから、崩れるように床に座り込んだ。

「もう……やだぁ」

 なぜ、どうしてこんなことになってしまっているのか。

 自分はただ、平穏に過ごせればいいだけなのに。


 話は数日前に遡る。

 「どうもはじめまして。カリンさんてのはお嬢さんのことで合ってるのかな?」

 重い石の扉を開けて、男は真っ先にそう言った。

 年齢は二十歳を越えた辺り、少しくすんだ赤毛が印象に残る青年だった。それ以外のはっきりした顔立ちだとかは少女──カリンは覚えていない。なにしろ、初日以降は顔も見ていなかったのだ。

 ともかく、その男がやって来た瞬間から嫌な予感をひしひしと感じていたカリンは、定休日だと偽って追い返そうとした。……のだが、男はカウンターの前に居座って出ていこうとしなかった。

 いや、それどころか

「あ、そう? じゃあ人払いの手間が省けたな」

 などとのたまったのだ。

 この時点で、カリンがこの男を客として扱うことはなくなった。

「よくわからないので帰って、それでもう来ないでください」

「あたしはあなたなんか知らないし用も無いんで」

「変なことを吹聴するようなら役人に突き出すから」

 などなど、思いつく限りの拒絶の言葉を投げつけたのだが、男はなにやら合点がいったとばかりにうなずくだけで、一向に出て行く様子は無かった。

 やがて言うべき言葉を失ったカリンが黙ると、男は一転攻勢に出る。といっても、その方法は口撃を返すというものではなく……一度も目を合わせなかったカリンの両手首をひっ掴んで目線を逸らせなくすることだった。

 だが、これは特に、カリンにはよく効くのだ。いろいろと事情はあるが、カリンは他人と目を合わせての会話をとにかく苦手としていたからである。

 喉の奥で声にならない悲鳴を上げるカリンのことなど知ったことかとばかりに、男は

「あんた、妖精の侍従エージェントってヤツなんだろ? 

 ちょっと俺を妖精界まで連れて行っちゃくれないか」

 瞳に意志の炎をたぎらせてそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る