未だ燻ぶる過去は 4

「──教えてくれる人が、いたんです」

 長い沈黙の後にようやく口を開いたカリンは、力なくそう呟いた。

 それ自体は不思議な話ではない。

 お目付け役たるハムタが一切の口を閉ざし、カリンにも契約の記憶がないのなら、カリンが妖精の侍従エージェントであることを教えた誰かが存在しなければならないのだから。

 だが、そこで一つ疑問が生じる。

「何者なんだ、そいつは。妖精の侍従エージェントのことを知っているまではいいとして、なんでお前がそうだと確信したんだ」

 エドワルドは放浪の途中でとある賢人と出会い、妖精界の話とその庇護を受ける御使いの場所を占ってもらうことで、この町とカリンを探し当てた。

 だが、かの賢人ですらその詳細については把握していなかったぐらいだ。ごく一部の妖精信仰に篤い地域以外で妖精の侍従エージェントについて知る者はほとんどいないといっていいだろう。

「それは────」

 カリンはしばし言い淀んで

「同じだったから、その人も。

 あたしと、マツリカさんと同じ、妖精の侍従エージェントだったんです」

「待て待て、それならお前がなにも知らなかったことと繋がらねぇぞ」

 大体、それならばお目付け役の妖精もいるはずだ。それでカリンが何も知らないというのはますますおかしい。

 だが、カリン当人も困ったように首を傾げている。

「えっと……それはあたしもよくわかんないです。

 とにかく、アビエスさんはあたしが妖精の侍従エージェントだってことと、加護のことしか教えてくれなかったんです。

 アビエスさんといつも一緒にいた蝶々も、喋ってるとこは見たことなかったし」 

 ──いよいよワケわかんなくなってきたな。

 確か他の妖精と会っても基本的には不可侵を貫くと、エリンティアーナは言っていたはずだ。 

 それがエリンティアーナが自らに定めたマイルールのようなもので、他の妖精にはそんな考えは微塵もないものだったとしても──過去に妖精の侍従エージェントに危害を加え合った前例があるというなら、普通なら接触を避けたいと考えるものだろう。

 エドワルドがいくら考えてみても、その妖精の侍従エージェントが中途半端な情報だけをカリンに与えた意図は読めない。

 可能性としては、確信に触れないことで敵対を防ぐ目的という線も有りはするが、ハムタがいる以上、そんなことは無駄だろう。心変わりでもしてカリンに真実を話せばそれで終わりだ。

 仕方がないのでもう少し突っ込んだ話を聞いてみることにしようと、エドワルドはイスに腰掛ける。

「いやホント、そいつの考えがさっぱりなワケだが、そもそもなんで知り合った?」

「それは────」

 カリンは一つ一つの言葉を選びながら、ゆっくりと語り始めた。




 聞かなければよかったと、エドワルドが後悔することになるのはその数刻後のことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る