未だ燻ぶる過去は 2

「……ったく、なんで今日に限ってこんな時間までいるんだよ、オッサンども」

「あぁん? いちゃいけねーっつーのかぁ、小僧ぉ!?」

 キツめの蒸留酒がなみなみと注がれたグラスを持った手が遠慮なくエドワルドの首に絡みつく。

「言ってねぇよ楽しく飲んでていいから絡まないでくれって!」

 そのまま締め上げんばかりに力を込められた腕を抑えつつ、エドワルドはヤケ気味にそう叫んだ。

 

 いつもならそろそろ店じまいの準備をし始める頃合だというのに、今日に限ってはなぜだか常連達が残って飲み明かしていた。当然のことながら長時間に渡って飲んでいたので、もれなく全員が面倒くさい酔っ払いオヤジと化している。

 エドワルドも一緒になって酔っているならともかく、素面しらふの身でこのテンションに付き合わされるのはたまったものではない。

 それになにより、今日は

「カリンちゃんまだ二十歳にもなってないんだろ? そんな年で一人で生活なんて苦労したろう?」

「え、う……そ、んな、こと、な、な──」

「いやいや、そんな謙遜しなくっていいんだよぉ、おじさん達も女の子一人で生きてくのがどれだけ辛いか、よーくわかってるからなぁ」

「だよなぁ? カリンちゃん可愛いから変な野郎に絡まれたりして大変だろうに」

「い、い、いえ、そんな────うぅ」

 うつむいたカリンの頭に触ろうと伸ばされた太い手を払い除け、エドワルドは今や自分達を中心に輪になって座っている常連達を見渡して言った。

「──あのなぁオッサンども! 見世物じゃねぇんだから、放っておいてくれよ」

 店に入ってすぐ、常連達はカリンが噂の薬草屋だと察したようで、興味本位にわらわらと集まってしまったのだ。

 この店の常連などむさ苦しい中年の男ばかりである。酔いも手伝って声も大きく、遠慮もない。

 こんな場所で自分に注目が集まっていると知るや、カリンは顔を真っ青にしてエドワルドの隣で縮こまってしまった。他に頼れるものがないからか、座ってから今に至るまで、その右手は必死にエドワルドの服の端を掴んでいる。さすがにこれでは多少の庇護欲も湧くというものだ。

 ちなみにカリンの心の拠り所であるはずのハムタは、テーブルの上で店主からもらった生野菜の切れ端を一心不乱に齧っている。飼い主カリンのことなど眼中に無いのは明らかだ。

「おおっ? もう自分のモン扱いか、手が早ぇなぁ!」

 どっと歓声が上がる。といっても、揶揄がほとんどだが。

 その中で一人、したり顔で頷いているだけだった男が、腕など組みつつ真っ向からエドワルドを睨む。

「エドワルドよぉ、お前そりゃ身勝手が過ぎるってもんじゃあねえの?

 今まで毎日さんざんここで愚痴ってきたじゃねえか。あの娘が頑固で困るだの話すら聞かねえだの。

 それだけこっちに愚痴っておきながら、いざお嬢ちゃんを引っ張り出してきたら今度はだぁ?」

「ぐ────!」

 確かに、男の言いたいことはよくわかる。確かに最近は、エドワルドがカリンを連れ出せるか、というのは一種の賭け──娯楽のようなものにまでなってしまっていた。その原因の一つが、自分が盛大に愚痴を吐いて常連達の興味を煽っていたからだと言われれば、決して否定しきれない。

「じゃあなんのためにわざわざここへ連れてきたんだぁ? ん? 自慢か?

 ま、確かに可愛いお嬢ちゃんだしなぁ──?」

 自分のことを指す単語が話題に上がるだけで、カリンががくがくと震えだす。が、酔っ払って周りへの配慮など放り捨てた常連達には、そんな姿が「慎ましくはにかんでいる」ように見えるらしい。そのせいで常連達はますますカリンの興味を引こうと話しかける悪循環に陥っている。

 だがカリンが完全に俯いてしまった以上、それももう限界だろう。エドワルドはわざと声を荒げる。

「ふつーにメシ食いに来ただけだっつーの! それをなんだ寄ってたかって! これじゃ皿置く場所もねぇだろ!」

 注文した品は何一つ来ていないが、テーブルの上には酒瓶とグラスと食べかけの珍味──と、今度はにんじんの頭を齧り始めたハムタ──で埋まっている。

「んなもん料理が来たらどけてやりゃいいだけの話だろうがぁ!

 テメーガキだからって今まで大目に見てやってたが、いい加減年上に対する口の利き方ってモンを教えてやらにゃなんねぇようだなぁ!?」

 常連達の中でも一番体格のいい男が、木のジョッキをテーブルに叩きつけた。その衝撃で中の麦酒ビールが零れ、テーブルに染みを作る。

 エドワルドは手近にあったグラスをひったくると中身を一気に飲み干して

「初日に俺と飲み比べて負けたくせになにを今さら! 

 ああ、なんなら喧嘩でもいいぜ? 本業はそっちだからな!」

 盛大に挑発すると、周りから次々と歓声が上がる。この界隈の住人にとって、喧嘩などは日常だ。いっそ見世物と言ってしまってもいい。

 ──よし、とりあえずオッサンどもの注意は逸れたな……!

 まずはカリンの周囲から人を引き離すのが最善だろうと、派手なパフォーマンスをしたのは正解だったようだ。

 エドワルドが立ち上がると歓声は一際大きくなる。相手の男も立ち上がり、そのまま店の外へ向かって歩き出そうとしたところで

「──いい加減にしねぇか、てめぇら」

 よく通る低い声が、全員の耳に届いた。

 そして

「──────オヤジさ───ぐっっ!?」

 振り向くいとますら与えられずに、鈍い音と衝撃がエドワルドを襲った。踏みとどまることはできずに宙に投げ出され、そのまま背中から床板に叩きつけられる。

 呼吸が止まり、背中と腹の両方から広がる痛みに身体を折った。飲んだ酒がこみ上がってくるのを必死で抑えつつ、衝撃が襲ってきた方向に目を向けると、湯気の立つ皿を片手に髭の店主が直立している。

 荒事が本業であるはずのエドワルドですらも、今自分が殴られたのか、蹴られたのかすら判断がつかない──言うなれば、神速の域に達した一撃だった。これほどの技にはあのマツリカをしても及ばないかもしれない。そう思わせるほどだ。

 それは他の常連達も同じだったらしく、喧騒に満ちていた店内は一転、怯え称えるような静寂に支配されていた──いや、唯一の例外として、ハムタだけは今もなお瑞々しい音を立ててにんじんを齧り続けているのだが。

「え、エドワルドさん──!」

 その静寂を破ったのは、カリンだった。イスを倒さんばかりの勢いで立ち上がって、どうにか上半身を起こしたエドワルドの元へと駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫です、か?」

 おろおろしながらも背中を支えようと手を添えてはくれるが、エドワルドの口から漏れ出したのは、それに対する礼よりも先に

「お、オヤジさん──何、者……?」

「──そいつは詮索しねぇのがここの暗黙の了解ルールだ。お互いのためにもな」

 店主はそっけなくそう吐き捨てた後に、常連達へと向き直る。

「てめぇら全員うるせぇ────ご近所さんから苦情クレーム入れられたらどうしてくれる!」

 その一喝に圧され、常連達は無言で立ち上がると、それぞれがもと居たテーブルへ戻っていく。

 そうして大半が席に着きグラスに酒を注ぎ始めるのを見届けてから、店主は再びエドワルドに声をかけた。

「カウンターの奥にイス持ってきて座んな。俺の目の届くとこなら絡まれんだろうからな」

「お気遣いどーも……」

 片手を上げて返答し、立ち上がるために膝を曲げる。膝立ちになったカリンが横から手を差し出してくるが

「いや、立てねぇってレベルじゃねぇから、大丈夫。

 かなり手加減してくれたみたいだしな」

 まだ痛むのは背中くらいのもので、直撃を受けたはずの腹はじんわりと違和感が残る程度だった。エドワルド同様、常連達を黙らせるためのパフォーマンスだったのだろう。

 ──それにしても化物じみた反応速度だったけどな。

 一見ではわからないものである。

「……ま、ようやく飯にありつけるんだ、さっさと行こうぜ」

 そうしてカリンを促すと、彼女は不安そうにエドワルドを見上げた。

「あの……イス、あ、あたしが持って、行くので──」

「だからなんともねぇっての。自分の分と、後はネズミも連れてってやれ」

 脇目も振らずににんじんを齧り続けるハムタを顎で指してから、エドワルドは立ち上がった。ついでに軽く身体を動かしてみたが、異常は無いようだ。

 カリンが小走りにテーブルに駆け寄って、すくうようにハムタを持ち上げてイスに乗せた。それから両手でそっとイスを運び始める。

 カウンターの方では店主が料理の入った皿を準備していた。エドワルドもカリンの後に続いてイスを持って、その場所に向かう。

「──おう、美味いか?」

 おもむろに店主が声をかけた相手は、カウンターの上に居場所を移されたハムタだった。

 ハムタはようやくにんじんを齧るのを中断して顔を上げ、しばし店主を見つめていたが、すこしも経たないうちにまた食事を再開した。

 店主の方はといえば、ハムタのそんな様子に破顔し

「そうか、美味いか。なにしろ今朝の朝市で仕入れたばかりだからなぁ。

 後で木の実もくれてやるから、持って帰んな」 

「あ、あ────あの」

 イスに腰掛けたカリンが、俯きがちに言葉を発していた。

「あ、あり、がとう──ございます。ハムタのご飯、まで……」

「なに、肥料に回す他ねぇ野菜の切れっ端だ。礼を言われるほどじゃねぇよ。

 それより、お嬢ちゃんも冷めないうちにさっさと食っちまいな。娘っ子が身体を冷やしちゃいけねぇからな」

「……なんだかんだ言ってオヤジさんも女に甘いのな」

 カリンの隣に腰掛けつつ、エドワルドは呆れたように呟いた。

 皿の中身はカリンとエドワルドとで違う。カリンには内海で今日釣れたばかりであろう白身魚のクリーム煮、対してエドワルドの皿は、保存の利く腸詰めを適当にあぶったものが何本か、である。

「俺はな、女子供と動物には優しい男で通ってるんだ」

 だから女で子供でおまけに動物も連れているカリンには最大限の優しさを発揮するということなのだろう。

「それにエドワルド。お前はどうせ酒代がかかるんだから、同じ値段で用意するなら食事が粗末になるのは仕方ねぇだろうが」

「へぇ、そーですね……」

 正論ではあるので、エドワルドは反論しなかった。しかし、それにしてもこの手抜き具合はなかなかに酷い。付け合せの野菜など焦げかけなのだ。カリンの魚にかかりきりで、エドワルドの分はほぼ放置状態だったのが目に浮かぶようである。

 内心複雑なエドワルドをよそに、カリンはどこか緊張した面持ちで白身魚と対面していた。

「い、いた……だき、ます」

 意を決したようにスプーンで魚の身をほぐし、一欠片を口に運ぶ。それからゆっくりと──ゆっくりと、一つ噛むごとに味わうように咀嚼し、大事そうに飲み込んだ。

 見ている方も固唾を呑むようなその一連の流れの後、カリンは静かに顔を上げ

「──お?」

 その表情は、新鮮な驚きと満足感に満たされてほころんでいた。

 カリンがこんなに明るい表情をしているのは、エドワルドの知る限りでは初めてのことである。

「………………お、いしい、です」

「そうかそうか、そいつぁよかった。今日のは自信作だからな」

 店主も気を良くしたようで──異様な威圧感を伴うのは相変わらずだが──笑顔でカリンの食べる様子を見ている。

 カリンはなにやら一人で頷きながら、魚やらパンやらを口に運んでいく。

 その姿をどこかで見たことがあるようだとエドワルドが記憶を巡らせかけ──すぐ目の前でにんじんを齧るハムタを見て、いろいろと納得した。

「……ホント、よく言ったもんだ」

 ペットは飼い主に似るというが、妖精であってもそれは同じらしい。ひきこもり気質も他者とまともにコミュニケーションを取ろうとしないところも、それから食べ物に対する態度も、このコンビは本当によく似ている。

 ──確か、妖精の侍従エージェントは妖精の代理人みたいなもんっつってたか。

 ならば自分に近しい性質の者と契約するのも不思議ではないのかもしれない。

 ではもう一人の妖精の侍従エージェント、マツリカの方はどうだろう。エリンティアーナは飽くまでも自分が従者であるというような振る舞いだし、その口調も丁寧ではあるがキツめで融通の聞かない女のようで、似ているとは言い難い。だがマツリカへの絶対的な信頼を鑑みると、理の導き手コンダクターであるトーマの方には印象が近いように思えた。

 ──ま、ほとんどの自由が許されているようなザル契約だ。かなり適当なもんだと思っていいんだろうな。

 蒸留酒を口に含みつつ、エドワルドは自然と今日一日で得た情報の整理に取り掛かっていた。

 まず、今日出会った全ての人間、妖精が真実を語っているのだとしたら、妖精の侍従エージェント理の導き手コンダクターのこのシステムは、欠陥をあげつらえばキリがなくなるような破綻ぶりだ。よくもこんないい加減な方法で世界が続いてきたと思えるぐらいには。

 しかし、だからといってこの話を全て嘘だと決め付けることも難しい。現にエドワルドは破滅の使者を、妖精界が開く瞬間を目撃したばかりなのだ。

 では────と考えを繰り返していくと、最終的には一つの結論にたどり着く。

 それは、端的に言えば頭にくる内容だった。

 そうでなければいいと思うのだが、あいにくとここにはその答え合わせをしてくれそうな相手もいない。エドワルドは酒を喉の奥に流し込んで気を紛らわせるしかなかった。

 だが、もし自分の考えが正しいのだとしたら。マツリカやトーマがそれを承知でこの契約を結んでいるのだとしたら

「あいつらやっぱり頭おかしいのかもな……」

「あん? どうした」

「いや、今日知り合った変人の話。明日には時の人扱いになってるかもな、多分」

 そういえばマツリカは無事町長宅への殴り込みに成功したのだろうか。派手にやらかしているのなら騒ぎになるはずだが、今のところはそんな様子もない。

 エドワルドが冷めかけた腸詰めを口に入れると、黙々と魚を食べていたカリンが顔を上げた。

「お、美味しかった、です……!」

 それは一口目とほとんど変わらない感想だったが、やたらと輝いている瞳だとか上気した頬を見れば、どういった感情がその一言に含まれているのかを容易に察することができる。

「そんなに誉められちゃあ、サービスしねぇわけにもいかねぇな」

 店主にもそれは十分に伝わったらしい。彼は上機嫌な様子で屈み込むと、なにやら足元をごそごそとあさり始めた。

 少し経ってから再び顔を見せた店主は、小さな壺をカウンターの上に乗せ、封を開ける。とたんに甘い香りが立ち上り、カリンが息を漏らす。

「これ、果実酒か?」

「ああ、三年モノの熟成酒だ。角も取れてる頃合だから、お嬢ちゃんでも飲みやすいだろうよ」

 店主が慣れた手つきでグラスに酒を注ぎ、カリンの前に差し出した。

 カリンは少し目を泳がせて戸惑っているようだったが、やがておずおずとそれを受け取った。

「酒は初めてかい?」

「う……あの──はい」

「それじゃあ今後は安酒なんて飲めなくなるかもしれねぇなぁ。そいつはここ最近じゃ一番の出来栄えだ。この味を知っちまったら他のじゃ満足できなくなっちまうかもしれねぇ」

 店主がここまで言うからには相当のものなのだろう。確かに、壺から漂う芳醇な香りは時間が進むにつれて変化し、様々な果実の姿を連想させてはエドワルドの興味を引く。

「オヤジさん、俺の分は──?」

「角は取れたっつっても元はそこそこ強ぇ酒だから、最初は口に付けるぐらいのつもりでやってみな」

「は、はい────い、いただきます」

 だが、店主はカリンに酒の飲み方を教える方に全神経を傾けているらしく、エドワルドのことは黙殺した。ひょっとしたらワザとなのかもしれないが、とにかくお前にやる分の酒は無い──ということらしい。

 仕方がないのでカウンター上に並んでいる手近な瓶から新しく酒を注ぎ、一気にあおる。喉の奥から上がってくる熱と香気を細く長い息とともに吐き出していると、同じくグラスから口を離したカリンが顔を上げた。

「──あ、あの、甘い、です。あと、すごくいい匂いがして」

「気に入ったかい?」

「えっ……と、はい、おいしい、です」

「そうか、それなら今度お嬢ちゃんにも作り方を教えてやる。

 薬草摘みによく森まで行くんだろ? ついでに変わった花だの果物だのも採って来て、自分で漬ければいい。いい出来のはウチで買い取ってやれるしな」

「────森……に」

 グラスを両手で持ったまま、カリンは深く俯いた。

 店主が怪訝そうに覗き込もうとしかけたところで、エドワルドがそれを遮る。

「オヤジさん──そのことなんだけどさ」

「あん? なんだお前ら二人も、シケた顔して」

「明日にはここにも話が回ってくると思うんだけど──俺の雇い主が抱えてる案件がなかなかやばい事になっててさ……だからまあ、いろいろと覚悟というか、な」

 話の核心に触れるわけにもいかないので、どうしても曖昧な言葉ばかりになってしまう。

 だが、

「──そりゃああれか? 最近街道沿いで冒険者やら傭兵やらのが多く上がるのと関係あんのか? それとも町外れの魔法師が慌ててここを離れた方か? もしくは両方か」

「……さっすが」

 エドワルドは舌を巻いて背もたれに身体を預けた。

「両方が正解だよ。このままなら町の方にも被害が出る。命が惜しかったら早朝のうちに海路で町から逃げてくれ」

「バカ言うんじゃねぇ。この店捨てて他所よそへなんか行けるかよ。

 それにな、次の定期船は早くても五日後だ」

 店主は凄みつつも笑顔を浮かべている。

「そう。ならまあ、柄でもねぇけど町のために頑張りますかね」

 つられて、エドワルドの口角も上がっていた。

「その口ぶりじゃ前線行きか?」

「そりゃもう最前線さ! なにしろ雇い主が自分から突っ込んで行く奴らだから、後ろで縮こまってるわけにもいかねぇっつー話」

「なるほど、そりゃ災難だな。

 まだ若いんだ、くれぐれも命を捨てるような真似はすんじゃねぇぞ」

 店主の言葉はエドワルドにいくつかの光景を思い出させた。それは苦くも懐かしい記憶ばかりだったが、今は不思議と受け入れられるようになっていた。

「ほんっと──オヤジどもってのはなんでこうみんなして口を揃えて同じことばっか言いやがるかねぇ」

 返す言葉こそ昔と変わらぬ減らず口だったが、口調はずっと柔らかいものだった。

「ふん、そりゃてめぇがまだまだガキだからさ」

 店主も負けじと言い返すが、目には親しみの光がある。

 エドワルドはそれになんともいえない心地よさを覚えていた。今回は本当にいい店を選んだものだと思う。

 そして再びカウンターの上の酒瓶に手を伸ばし──横からしな垂れかかってきたカリンにそれを阻まれた。

「は──?」

 カリンの性格を考えれば、こんなことは起こるハズが無い。嫌な予感に押されてカリンのグラスに目をやると

「ばっかお前ペースも考えずに全部飲んだな!?」

「う……? 飲み、ました」

 もともとの疲れも手伝ったのだろう。カリンは顔を真っ赤に染めて、イスからずり落ちそうなほどぐったりしていた。

 エドワルドはそれを支えつつ、深い深い溜息を吐いた。

「オヤジさん、勘定よろしく」

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