1st show 話術

 事は週明けの月曜日に起きた。

 当初の予定なら今日も部活の予定があったのだが、なんでも放送部の方の都合がどうこうで出来なくなるという放送部の通達が朝から届いた。

 そんな気持ちのいい一日の始まりでいいことがありそうな予感がしたのだが、昼休みになった途端俺の視野を汚すゴリラの存在に気分が悪くなった。

 「秋風殿、お尋ねしたいと申する者が」

 「去ね」

 ニシゴリという増々ゴリラに磨きがかかる男は俺の命令を充実に従ってそのままクラスを出て行くと思ったら、入り口で誰かに大声で話した。

 「殿は会わないと申しておるぞ!」

 「ちょっと待て、誰か来たのかよ!」

 急いでニシゴリがいる場所に駆けつけて真相を確認すると、そこには初めて見る男子がぽかんと立ち尽くしていた。

 「だから先ほどそう申しましたが」

 「紛らわしいわ!本当に使えない奴やな」

 「ひどい!」

 軽くショックを受けているゴリラもどきを置いといて、俺は自分を探したというひとに視線を移した。

 小太りのひとの良さそうな印象の男子生徒。

 名札を見て一年生ということはわかったけど、俺にはまったく見覚えがない。

 記憶力にすごい自信があるわけではないが、一年と関わりをもつ接点そのものがないから知らない人に間違いはないだろう。

 「ええと、どちら様で?」

 「あ、ああ。川尻志保かわじり ゆきやすです……ラジオネームトランス志保の」

 「ラジオネーム……?」

 不吉な響きが耳でからまわる。

 ちょっと待て、トランス志保って確か、先週の放送で……

 「僕を弟子にしてください!師匠!」

 「は?」

 いきなり頭を下げてくる川尻という一年生にはさすがの俺も戸惑ってしまう。

 いったいこの一年は何を言ってるんだ。

 これは何かの陰謀なのかと周辺を見渡したが、東雲の姿は見えなかった。

 どうしたものかと思いながら一年生の頭を上げさせようとした時、その一年生の後ろから背の高い女が現れて俺に聞いてきた。

 「あの、ここに秋風という人はいますか?」

 あんたはまた誰だ。

 俺はクラスの好奇の目を避けて裏庭に出た。

 私立だけあって裏庭でも放置されずに木や花壇はきっちりと手が届いている。

 その片方にいるなかなかの居心地のよく作られたベンチに座って、弁当を持ってきたらよかったと遅い後悔をしながらひとまずふたりの話を聞いた結果、

 「だから、最初は東雲を訪れたけど全部俺のところに送り返したと……」

 とりあえずの元凶を突き止めることはできた。

 「いや、送り返されたのではなく、師匠に……」

 「あ、いいよ、わかってるから。それと師匠はやめてくれ」

 話を整理すると、小太りの一年生は先週の放送を聞いて俺の話に感動したと言う。感動するような話をした覚えは全くないが、とにかくこの一年生はイメージ変身のために俺にトークの技術を学びたいとか言っている。

 「それで、どうするの?」

 そして一年生の後に訪れてきた女、俺よりもちょっと背が高く、ながい髪をなびかせているこの女は俺と同じく二年生で、名前は白鳥英美という。

 横に並んでいる小太りの一年生に対比されてまるでモデルみたいだと思わせる風貌だったが、いま大事なのはそんなことではなく、この女もまた先週のラジオ関係で俺を訪れたということだ。

 「だから、先週の放送で俺の言葉に深く傷づいたから俺に謝ってほしいと」

 「まあ……そんなところかな」

 「という伝言を喧嘩相手だったあんたにあのアカリとかいう人が頼んだわけだ」

 「あはは……やっぱりおかしいかな?」

 先週の放送内容はまあ、俺も自分の話が勝手すぎて文句を言われるのは承知のうえだったし、放送に支障をきたしたらいいなという思いの為に口走ったのは悪かったーでも反省はしないーと思っていたが、これは予想できなかった。

 代理人を送るのはいいとして、それがまさかメールに書いてあった喧嘩相手のAさんとはな。

 どういうつもりなんだろ。

 「別におかしくはないが……」

 今朝の爽快感はすでに影もなく消えて、自然にため息をつきたくなる。

 自業自得とは思うけどね。

 裏庭に秋の風がスッーと通り過ぎて、やはり弁当を持って来たらよかったなと思ってしまった。

 「師匠?」

 「だからやめろっつったろ」

 しかしまあ、別に悩むほどの問題はなにもない。

 一年生の無茶な頼みは断って、あまり気は進まないけどアカリという人に謝れば終わりだ。

 「ええと、悪いけど――」

 「あ!やっと見つけた!」

 「……はあ」

 なんとなくではあるが、ある程度の予感はあった。

 俺にこの二人を送った張本人が現れないわけがないという。

 「ごめんごめん、購買が結構混んでさー」

 「お、遅くなりました」

 呑気な面構えでパンを振り回す東雲は宇佐の手を引きながらその憎たらしい存在を近寄せてきた。

 「なんで宇佐を連れて来てるんだ」

 「なに言ってんの?フラショーの一員だからに決まってるじゃん」

 「す、すみません」

 だからなんでお前が謝るんだ。

 肝心の元凶は爪先ほどにも悪びれた様子なくパンを食い始めているのに。

 「もぐもぐ、それで、どこまで話したの?」

 「どこまで何も、いま終わる所だ」

 焼きそばパンを汚くむさぼりながら聞く東雲を見て、腹の虫が鳴る自分が許せなかった。

 なんで弁当置いてきたんだろう。

 「ほんと?じゃあニシゴリ先生の予言が大当たりしたことも?」

 「む?」

 何の話をしているのかと問い詰めようとしたら、横で俺たちの会話を聞いていた白鳥英美が話に入って来た。

 「いや、まだ話してないよ」

 「なんだー、じゃあ今から話そう」

 「待ってよ。いったい何の話だ?」

 また勝手に話を進めようとする東雲を制止して説明を要求すると、東雲は食べかけのパンを俺に突き付けて言った。

 「だからー、ようくんが番組で言っていた仮説が当たったの!」

 「なぬ?」

 にわかには信じられない話に思わず聞き返すと、白鳥が話を始めた。

 「あー、それがね……」

 白鳥英美と鴨井アカリは高校からの友達だった。

 高校に知り合いがいなかった白鳥に鴨井が初めて話を掛けたことをきっかけに親しくなって、白鳥本人は今ではかけがえない友達と思っていたという。その他にも一緒に行動する友人は何人かいるが、それも全員鴨井を経由した友人で、実質的に鴨井を一番に思っているとのことだ。

 その話からもわかるように、鴨井アカリは人を集めて自分が仕切ることを好きな性格だそうで、白鳥やその他の友達は放課後の予定とか学校の行事とかには大体鴨井の決定を従ったという。

 そんな鴨井と白鳥が喧嘩をしたのは二週間前のこと。

 鴨井には片思いの相手がいて、運動部である相手のために部活の終わりに差し上げなどを作って持って行ったらしい。しかし先日、そのことを負担に思った相手が丁寧にお断りしたとのこと。

 衝撃を受けた鴨井は次の日にこの友達に告げて慰めてもらうなか、白鳥が失言したことが原因だという。

 「なんて言ったんだ?」

 「胃袋がだめなら玉袋を――って」

 「いかしてんな」

 個人的には悪くない慰めと思うが、相手次第では失言と思えるだろ。

 「あははは!」

 「?」

 東雲はそのシモネタが気に入ったのか笑い出しだ。

 宇佐だけがどういうことなのか理解できずに頭をかしげる。そのままの宇佐でいてほしいものだ。

 しかしネタとしては古いが、とっさにシモネタを話せるその性格はなかなか好感を持てる。

 「私って普段バカなこと言うのがなれでさ、あまり落ち込んでいるから、雰囲気を盛り上げようとしたつもりだけど……」

 悪いことをしたよ、と言う白鳥は、こうして見るだけではそこまでお茶目な人には見えない。

 むしろ落ち着いてる人に見えるけど、まあ、会ったばかりの人をどうこう言える立場でもない。

 自分が言うならそうなのだろう。

 「ようくんの分析が当たったんだねー。すごいやー」

 とにかく、そこで鴨井は相当切れたようで、周りも驚くほど怒っては、それ以降は白鳥と話も聞いてくれないとのことだ。

 「話はわかったが、この話のどこが俺の話が当たったことになるんだ?」

 メールの話の詳細がわかっただけで、前の放送で言っていた憶測を証明するような話は何もなかった気がするが。

「だって、えいみんが話かけても無視してるんでしょ?あっちは仲直りする気ないじゃん」

 えいみんって、そのアダ名は縁起悪すぎるだろ。

 「いや、今日は伝言を頼まれたんだろ?メール送った後に仲直りしたんじゃないのか?」

 「あ、いや、それはちょっと違うかな……」

 白鳥は都合が悪そうに頬をかきながら、どんな風に伝言を頼まれたかを話した。

 鴨井は放送を聞いた当日、怒りすぎて奇声までも上げたという。

 白鳥はそこで慎重に慰めの言葉をかけたのだが、鴨井は怒りの矛先を白鳥に向けてすべてお前が悪いなどと叫んでは、ついには俺を連れて来て謝罪させなきゃ許さないと言っていたようだ。

 「なかなかヒステリックだな」

 「でしょ?きっとメールも晒す気満々で送ったんだよー」

 「き、きっと何か事情が……」

 東雲と宇佐がそれぞれ自分の意見を話し合う。

 宇佐はまあ、良くも悪くも当たり障りない意見だが、東雲の奴はまるでうわさ好きな街のおばさん並の軽さだ。

 その軽さに俺もイラッと来るのに、すぐ側にいる当事者も気を害するのではないかと白鳥の方をみたが、彼女は特にいやな顔をしてはいなかった。

 どちらかと言うと、ずっと困った顔をしている。

 「あんたもそう思ってるのか?」

 白鳥に聞くと、彼女は頭を振って否定した。

 「私は別にそうは思ってないよ。あの子はちょっと繊細なだけだから……」

 そう言う白鳥の言葉は、自分に言い聞かせるようにも見える。

 意見としては宇佐に同意する形で、宇佐もきっとそうです、と彼女を励ますが、そんな顔で頷いても説得力はまったくない。

 どうやら、白鳥は喧嘩から今までの流れに相当傷付いたようだ。彼女のキャラが落ち着いてるように見えたのも、喧嘩をきっかけに軽いキャラを演じなくなっているのかも知れない。

 「これは作戦会議が必要ね」

 黙って話を聞いてるのかと思えばまたいきなり理解に苦しむことを言い出す東雲。

 一応、自分の聞き間違いではないかと聞き返す。

 「パードン?」

 「えいみんを助ける作戦会議だ!」

 天を差して謎のポーズを取る東雲。

 もちろん意味などわかるはずもなく、もはやこいつが口を開くたびに憂鬱になってくる。 

 「いったいその頭の中はどうなってんだ。本当に大丈夫か?頼むから一度病院にいったみたらどうだ?」

 俺なりに古い縁を思って頭に熱かもしくはそれ以上の深刻ななにかを抱えているのではないかと結構真摯に心配したみたが、東雲はプンスカと怒り出した。

 「失礼なー!そんなんばっか言ってるとお金返さないからね」

 俺は一瞬、言葉を失った。

 盗っ人猛々しいその態度に驚いたのではなく、東雲に返す気があったことが驚きだったから。

 いや、よく考えてみると今まで返してないところでやっぱり返す気はないだろ。

 「いや、お前に返す気――」

 「そんなことより、まずはえいみんがどうしたいかが問題ね」

 そのことを指摘しようとしたら東雲の視線はすでにこっちから外ずれていて、俺の言葉はいとも簡単に黙殺された。

 用済みと言わんばかりのその態度に、俺も強引に大声で話を止めて見ようかと思ったが、それはあまりにも情けないと思ったのでやめた。

 「あの、私はちょっと話が見えないんだけど……」

 しかしそこでなんと嬉しいことか、白鳥は極めて常識的な反応をみせてくれた。

 頭を傾げていったい何を話しているのかわからないと聞いてくるその姿はなんと愛らしいことか。

 やっぱり世の中は常識人の方が多いようだ。

 「いや、気にすることない。それよりだ、鴨井とかやらに謝ればいいのか?昼休みが終わる前にさっさと済ませようじゃないか」

 この機会を逃がす手はない。

 これ以上東雲に話をさせるとややこしくなることを目に見えているため、俺は体を前に出して白鳥の話に合わせてやった。

 「ちょっとー!」

 なんかうるさい奴がいるが無視だ。

 あと時間がどれくらい残ったのかはわからないが、腹が減って仕方がないのでとにかくこの状況を早く抜け出したい。 

 なんか忘れている気もするが、まあ、忘れているならどうでもいいことだろう。

 「え、あ、ううん……そのことなんだけど」

 しかしどういうことか、千載一遇の好機を与えてくれた当の白鳥が煮えきらない態度でもじもじと視線を避ける。

 どうしたと言うんだ。もう昼休みはそう長くないんだぞ。

 東雲に隙を与えたくない俺としてはその意味の分からない間はじれったいとしか思えなかったから、いったいどうしたのかと聞くと、

 「どうした?」

 「いや、その、私が言うのもなんだけど、もう少し考えた方がいいよ」

 白鳥は俺に再考の余地を与えたいと言ってきた。

 「はあ?」

 こっちがせっかくその気になってやったというのに何を言っている。

 ほんの少しだけだが、イラッと来た。

 正直に言って、鴨井とかやらにどう思われてもまったく構わないし、俺は誠実でもいい人でもないからイメージを気にしてわざわざ謝りに行く必要もない。

 最悪、問題が起ころうとしても、ネットでお問い合わせの詫び文句のテンプレートをひとつやふたつ拾って送ってやれば済むことを、わざわざ伝言に従って付いて行って上げるというのに考え直した方がいいって、いったいどういうつもりで言ってるのだ。

 そんなことを思っていると、顔に少しだけにじみ出てしまったのか、白鳥は慌てて手を振りながら言い訳を始めた。

 「いや、それがね、土下座じゃなきゃ認めないって言ってるの……」

 「なぬ?」

 「だから、アカリは私に秋風くんを連れて来て土下座させないと許さないって……」

 「な……」

 なんと、土下座とな。

 いきなり社会生活の奥義を求められて少し戸惑った俺が白鳥にどう答えたらいいかと言葉を選んでいる隙に、

 「作戦会議だー!」

 となりから東雲が勢い良くさっきと同じポーズを取りながら叫びだした。

 なんだ、この敗北感は。 

 「あの……僕の話はどうなったのでしょうか…?」

 俺が東雲の叫びにどうしようもない敗北感を感じていると、視線の死角から声が聞こえてきた。

 そこには名前も忘れてしまった一年生が居ても立ってもいられない様子で俺を見つめていた。

 そういえばこいつもいたな。

 俺は弁当を持って来てないことを再三に後悔した。

 昼休みにはなんとかクラスに戻って食事を取ることができた。

 東雲の奴はその場で延々と話を続けさせる気満々であったが、昼飯を食べなかったのが俺だけではなかったので一旦解散して放課後に、との話に落ち着いたのである。

 もちろん、俺にはそれに付き合う理由はなにひとつないので、授業が終わるとすぐに帰るつもりである。

 あったのだが。

 「秋風、あとで話があるから来るように」

 「どうしても今日じゃなきゃだめなんでしょうか?」

 「はいはい、それはいいから」

 今日に限って担任に呼ばれありがたい話を聞くことになり、そして話が終わると、

 「おー、遅かったじゃん」

 お約束と言ってるように東雲が待ち伏せていた。

 迷信はあまり信じたくないが、見えない悪意を感じるのは俺だけだろうか。

 「部室でみんな待ってるから!」

 俺の手を引こうとする東雲をとっさに避けて、俺には急ぎの用事があることを伝えた。

 バイトがあるから嘘ではない。

 「今日はバイトがあるんでな。それじゃ」

 「あれ?今日は遅番って聞いたけど」

 いったい誰だ。

 どこの誰が俺の個人情報を勝手にばらまいてやがる。

 見つけたら訴えてやるぞ。

 「…いろいろ準備があるんだよ」

 「えいみんが放送のことで言いそびれてことがあるって。なんかハラハラしながら待ってたよ」

 俺の足掻きは東雲の耳元にも届かなかった。

 しかし、白鳥とは話すべきことがあるのもまた事実だから、仕方なく部室についていくと、そこに白鳥の姿はまだいなかった。

 「あれー?えいみんまだ来てないんだ。まあ、ひじりんと一年生が来てるからいいか」

 こいつは呼吸するようにも自然に嘘を吐くことができているらしい。

 「はあ……」

 東雲は先に部室に入り、ドアで留まっている俺に手招きをする。

 情けない自分が嫌になりながらも、もう逃げる気も起きないので、俺は部室に入った。

 部室の中で先に席をとっている宇佐と一年生は、お互いとても微妙な距離感を保っていて、俺が東雲と部室に入った時、宇佐はともかく、今日会ったばかりの一年生はまるで救世主でも迎えたように救われた顔をした。

 こいつもなかなか難儀な奴に見える。

 「あ、秋風くん、遅かったですね」

 宇佐の方は気まずい距離感から助かったことより俺が遅かったことが気になってるようだ。まあ、いつものことなので何も心配することはないと伝えておくと、ほっとした顔で笑顔を返してくれた。

 大げさとは思うが、いまや毎回のことでどこか安心感さえある。

 しかし宇佐に与えられた安らかさは数秒も持たずに東雲の声によってかき乱される。

 「とりあえず、えいみんが来るまでそこの一年生の話でも聞いておこう」

 なぜか席から立ち、居た堪れないように見える一年生に暇つぶしの話を要求する東雲。

 とりあえずとでもで片付けられた一年生は不憫に思えるが、それよりここはまず東雲に確認しなきゃならないことがある。

 「とりあえずもなにも、いったい今度は何を企んでる?」

 今回のことは放課後まで引きずることもない話だった。

 昼休みの内に話を付けて今日も変わらない一日になれるはずだったのに、東雲が乱入して来ては、聞いてもない事情を喋らせて時間を取らせてはややこしくも放課後にまでことを伸ばしてしまっている。

 俺の言動が原因だったから来てはいるが、このじゃじゃ馬がことをどうこじらせたいのかは知っておかないとならん。

 「なにが?」

 「なんで放課後に人を集めて詮索してるかって話だ」

 「そりゃ、アフターサービスってやつ」

 放置されている机に跨って楽しそうに足を揺らしながら答える東雲。

 昨今の小学生でも机ひとつでそんなに楽しそうには出来ないだろうとその精神年齢を心配したくもなるが、それよい問題は彼女の言葉にある。

 「誰もアフターサービスなんぞ求めてないし、ラジオ番組のひとコーナーにそんな維持補修の義務はない。そしてなによりも、そんなこと初耳だが」

 百歩譲って、ラジオ番組にアフターサービスが普通だとしても、聞かされもしないことに巻き込まれてたまるか。

 「言ってなかったけ?まあ、それより誰も求めないというのは嘘だね。なにせ目の前にいるから」

 東雲が指差す先にはさっきまでへどもどしていた一年生の姿。

 その小太りの一年生は東雲が自分を指差したことにそのふくよかな体をビシっと固まらせたと思ったら、次の瞬間いきなり頭を下げてきた。

 「し、いや、秋風先輩の辛辣で遠慮のない話術に惚れました!どうかご指導を!」

 ようやく自分が話せる機会だと思ってからなのか、一年生は気合が入りすぎて見てるこっちが歯痒くなる。

 「おっ、慕われてるねー」

 ほくそ笑みながらからかってくる奴のことは無視するにしても、いきなり頭を下げてくるこの一年生も困ったものだ。

 「……言ったと思うが、俺は何かを教えられるほどの奴でもないし、教えたくもない」

 教室に戻る前にきっちりと伝えたはずなのに、この一年生がここにいることも理解に苦しむ。

 「まあまあ、とりあえず話を聞こうよ。メールでは出来なかった話とかね」

 机から下りて俺と一年生の間に立ち止まった東雲は仲裁人でもなったつもりなのかあやすように手を振るう。

 その煽るような行動にいちいち感情を滾らせる無駄はせず、この件はすでに終わっていて、お前とはまったく無関係であることを釘を刺しておこうとしたが、

 「その、なにか力になれるならわたしも……」

 静に話を聞いていた宇佐も控えめに一年生に手助けを表明した。

 またいい人病でも掛かったのだろうし、それがまあ宇佐という人間だから仕方ないとしても、こんな限られた人数の中で俺をひとりの少数派にしてしまうことに対する配慮はできないのだろうか。

 手助けをするなら身近な人からするべきではなかろうか。

 そういえば前回の放送で宇佐がやらかそうとしたのもこの一年生のメールのせいだったか。

 とりあえず一年生に減点を一点追加した。 

 「はあ、とりあえず俺が聞こう。こいつが用があるのは俺だろ」

 「いや、僕はその、特に話せるものはないんですが……」

 なら帰れ。

 「あるじゃん、昔はどうだったとか、なんで今のように静になったのかとか、いったいクラスでどんな一発芸をして傷を負ったのかとか」

 お前、最後のひとつが聞きたいだけだろ。

 面白がって聞き出していることが目で見てわかるというのに、この一年生はぽつりと話を始める。

 「昔、とういうか中学生の時ですけど、メールでも書いてあると思うんですが、元は僕も面白いやつだと言われてたんです。クラスのみんなは僕の言葉やおちゃめで笑って、友達には芸人になってみたらどうかって聞かされたこともありました。僕も芸人までは考えてないけど、そうやって笑ってくれるのは嬉しかったです。いつも授業の度にどうやってみんなを笑わせてやるか考えていましたよ」

 「いや、授業中には授業を受けろって」

 要するにこの川尻という一年生は自分がひと時はクラスの人気者だったと言いたいのだろう。

 もちろんその過去を見てないと俺としてはこの一年生がみんなを笑わしたのか、それともただ笑い者だったのか判断しかねるが、まあ、その筋はあるとは思う。

 「でも高校はひとりで来てしまって、学期が始めても誰も知り合いもいなかったし、なんか席も隅っこでとなりの子は口数も少ないし、僕以外にはなんか全部友達がいるっぽいし、それでもなんかふざけてみようかなって思ったけど、クラスには僕よりも面白い上に話もうまい子がいて、僕がなにをする前にすでにみんなの注目を浴びていたんです。それで僕は出る幕もなく引っ込んでいたら、いつの間にかクラスで浮いてしまっていて、気づいたらもうすっかり静で存在感のないキャラになって……」

 話が続くにつれて一年生の声は重く、表情は陰り、瞳孔は揺れていく。

 思い出したくない過去を語らせるのは、見てて痛々しい光景だ。

 こんなことを強要するなんてまるで鬼畜の所業じゃないか。

 「つい先日、このままではだめだと思って、授業中に思い切って一発ネタでみんなを笑わせてみようとしたんですが……」

 「なに?なんて言ったの?」

 鬼畜め、やっぱりそこに食い付くのかよ。

 「えっ」

 まさか詳細を聞かれるとは思わなかったのか、一年生は間の抜けた声を出して東雲を見つめた。

 しかし鬼畜の東雲は有無を言わせない無言の圧迫で続きを強要し、一年生はその気配に押されて後ずさりする。

 ちょっと可哀想に思えてきた。

 「……か、化学の授業だったのですが、先生がとある女子に質問をしたんです。でもその子が答えがで、出来なかったから、その、僕が、ぼぼぼ、あ、ああああ!!その視線!その顔!そ、そんな目で僕を見ないで!う、うあああああ!!」

 最後まで話すこともできずに、一年生はまるでどこぞの恐ろしい宇宙的存在でも見たかのように取り乱した。

 いったいどんな恐ろしいことがあったというのだ。

 そしてその恐ろしい記憶を掘り出してあそこで楽しそうしているあいつはいったい何者だというのだ。

 悪魔に違いない。あれは人間の皮を被った悪魔なのだ。

 俺にはこの一年生が抱えるそのトラウマが大体予想がつくので、急いでその肩を掴んでこの哀れな羊を慰めた。

 「もういい!落ち着け!ここには殺意がこもった冷たい視線などない!」

 それから数分後、俺と宇佐の慰めの末に、見るに耐えない発作を起こした一年生をやっと落ち着いた。

 「すみません……取り乱してしまいました」

 「まあ、そんなこともあるさ」

 「げ、元気だしてください……」

 俺と宇佐は正気を取り戻した一年生を椅子に座らせてトラウマを刺激しないようになだめる。

 一方、この事態を招いた張本人は一步下がったとこらで手で顔を隠していた。

 あれ絶対笑っているぞ。

 「放送で、先輩は自分に勇気があると言いましたが、それは違います……静なキャラというイメージがどんどん僕を縛って、今では普通に話しかけることもためらってしまうまでに来たんです……それにさっき言った惨事でもう僕には自信がないんです……」

 当たり前というべきか、この一年生はその衝撃を克服できなかったみたいだ。

 このまま放っといたら二度と昔の栄光は取り戻すことはできないだろう。

 気の毒とは思うが、だからと言って俺にできることなどない。それに、これもまた成長だと俺は思うのだ。

 人気者の勝ち組だけが生き残る訳ではない。

 慎重な臆病者もまた、リスクを避けながら生き残っていくのだ。

 「つらかったよねー、ええと、川尻くん。大丈夫!今からその問題も一緒に考えてあげるから!ようくんが!」

 「だから俺に押し付けるな!」

 ようやく顔から手を離した東雲がまたひとりで勝手なことを抜かす。

 せっかくこの悩む一年生にいいことを言ってやろうと思ったのに本当に役に立たない奴だ。

 うんざりしながらまだ到着してない一人を思い出して時計を確認した時、ドアが開くと同時に最後のひとりである白鳥が少しだけ息を切らせて姿を現せた。

 「遅くなってごめん!」

 「その、授業が終わってからアカリとまた話して来たんだ」

 「ほうほう、それで進展が?」

 部室に放置されている椅子は4つしかなかったので一番遅くなった白鳥は自分が立つ言い出したので、俺たちは白鳥が一人立っている奇妙な円陣を作った。

 なんか映画でこんな場面をみたことがあるのだが。

 たしか中毒患者のリハビリプログラムがこんな形じゃなかったけ。

 「いや……その、相変わらず秋風くんを土下座させなきゃ許さないって……」

 「さすがに俺もそれは嫌だぞ」

 あの女は土下座に対する性癖でもあるのか。

 だとしたらあんまり関わりたくないな。

 「だから作戦会議よ!あの嫌な女をこらしめるための!」

 席から立ち、大げさな仕草で力説する東雲。

 そういえばこっちにも関わりたくないのがいたな。どっちがましかと聞かれると、返事に困る。

 「ちょっと、私はそんなことはできないよ!」

 「こ、こらしめるなんて、そんなのだめです……!」

 そんな東雲に白鳥と宇佐の二人が息を揃えて反発した。

 どうやらこのふたりも何も聞かされていなかったらしい。

 まあ、相手の友達を前にしてこらしめるとか宣言するあたり、前に言っておくつもりは毛頭もなかったのだろう。

 いや、こいつ場合はいま思いついただけかも知れない。

 とにかく、どっちにしろ俺も東雲のおかしな思いつきに振り回されるのは御免被りたいので、二人のフォローに入った。

 「そもそもなんでこらしめることになるんだ」

 「だって嫌な女じゃん?」

 たしかにシンプルで悪くない理由だな。

 しかしここで東雲に同意するわけにはいかないな。

 もっと根本的なところを攻略してみよう。

 「嫌な女って、お前が聞いた話も結局白鳥の主観的な話じゃないか」

 「ならようくんは土下座しにいく?」

 「いや、いかないが」

 「でしょ?こらしめるしかないよ」

 ふむ、間違ってはいないような。

 「だから、こらしめるとか、私はそんなことできないって!私にはただ一人の……」

 おっと、あぶない。

 白鳥が入って来てくれなかったら東雲の論理に説得されるところだった。

 最後に言葉を濁すのはよくないが、あんなにはっきりと拒絶の意思を表明すると東雲の奴もどうしようもないだろう。

 要は東雲が折れればなんでもいい。

 「そんなら、えいみんはどうしたいの?」

 「……普通に仲直りしたいよ」

 東雲の質問にあさっての方向に視線を避けながら声が小さくなる白鳥。

 あんなにはっきり拒絶しておいてなんでそこで弱くなるんだ。そこで曲げじゃだめだろう。そこは仲直りしたいから東雲のふざけた話など聞いてる場合じゃないと大声で叫ぶべきだろうが。

 ここは俺が――いや待って、そうすると……

 「でもようくんが土下座しなきゃだめでしょ?やっぱり土下座させる?」

 「ちょっとタイム」

 ちくしょう、まさか東雲がこれほどとは。

 どうしても俺に矛先が向いてくるな。

 こうなったら一旦場を整理するしかない。

 「このままでは埒が明かん。話を適当に始めたのが間違いだ。体系的に行こうじゃないか。まず整理しよう。いまここに俺たちが集まった理由はなんだ?」

 「先週の放送でようくんが好き勝手に喋ったから?」

 東雲が手をあげて答えるからまたどうでもいい話に違いないと、思いっきり指摘しようと伸ばした指先が行き場を失って力なくうなだれる。

 「ッ――…正解」

 まあいい。認めることは認めて行こう。

 話はここからだ。

 「しかしそれだけではない。根本的な理由はこのふたりが問題を抱えているということだ。ならばその問題がどういうことなのかを認識する必要があるだろう」

 「ふむふむ」

 「まずは一年生――ええと、川尻志保の問題をみよう。彼の問題はいつの間にか自分意思でもないのに静で大人しいというイメージが固まってしまって、昔のように振舞おうともそのイメージに捕らわれてなかなかうまくいかない上、いまや自信も失っているということだ。どうだ、間違いはあるか?」

 「あ、いや、ないです」

 ビシっと背を伸ばして答える川尻。 

 そうかしこまることないのだが、まあ、悪い気はしない。

 「次は白鳥英美。彼女の問題は口が滑ったことによって友達と喧嘩をしてしまい、今でもその関係の修復ができず、それでも仲直りを試みたら俺に土下座をさせないとだめという条件を付けられたこと。そうだろ?」

 「あ、うん……」

 それに比べ白鳥はすっきりとしない返事を返した。必要条件には当てはまっても必要十分条件にはなってないと思ってるのかも知れない。

 ならば十分条件はなんだ。

 「よし問題ははっきりしてきた。なら次は分析だが、これはさほど複雑な問題でもないし解決策の立案と並行していこう」

 「おお、たのもしい……」

 口を開いて感心する東雲の姿などなんの励ましにもならんーむしろなんか突っ込んで塞いでやりたいーが、その横で小さく拍手する宇佐の姿には少し心が和んだ。

 気を取り直して、話を進めよう。

 「川尻、お前はなんで静で大人しいキャラになったと思う?」

 「ええと、チャンスを掴めなかったから、でしょうか?」

 川尻が言うtチャンスというものがなんなのかはわからない。だがその言い方からは、自分がこうなったのは他意による仕方がないもので、もし繰り返すことができるなら上手くいく可能性がある、というニュアンスが伝わる。

 しかし、俺はそうは思わない。

 「まず、今から言うのは個人的な意見にすぎないことを知っておいてほしい。それじゃいいか?端的に言って、お前がそういうキャラになったのは、そもそもお前に人を笑わせるとか盛り上げる才能が足りないからだと思っている」

 「っ!……でも、僕も中学の時は……」

 「中学では通用できる能力だったのかもな。でもここでは通用しなかっただろ?授業中の一発ネタが通じなかったのが一番の証拠じゃないか。面白くなかったんだよ。それは認めてからじゃないと話にならない」

 「そ――そう、ですね……」

 川尻は渋々と頷くが、その表情を見ると納得していないことがわかる。

 まあ、他人にボロクソ言われて素直に頷いたらそれはそれで感心しないが、現実は現実で受け止めないといけない時もある。

 川尻が聞きたくないと言うなら話を止めるつもりだけど、その気配はないのでとりあえず話を続ける。

 「そこで俺が提示する解決策は、ラジオでも言っていたが今の自分を受け入れることだ。それが一番確かな解決方法だと思う」

 「……」

 一番楽な解決方法とも思うが、本人にとってはどう受け止めるかはわからないので黙っておいた。

 俺にとっては一番楽であることは確かだが。

 「面白い人、または人気者になるために必要な能力はなんだと思う?第一がセンスだ。人々の考えを上手く掴んで、その心に答える、これができなければ話にならない。俺はこのようなことに詳しくないから鍛えると身につくのかどうかはわからないが、相当難しいと思う」

 うなだれたまま何も言わない川尻。

 聞いてるのかどうかはわからない。

 「次は度胸だ。これはお前が言った自信を含めることだ。お前は自分に勇気がないと言ったが、俺が見る限り勇気はある。勇気はあるが度胸がない。勇気は怖いことを知ってもなお進んでいくことで、度胸は怯むこと無く果敢に進むことを言う。自分のキャラには似合わないと知りながらも思い切ってそれを変えようとしてみたり、顔も見てない俺に助けを求めて来たりするのは勇気がある証拠、思い切ってからじゃないと冗談もすぐに出て来ないところや、自分より人気者があるから引っ込んでしまうのは度胸がない証拠だ。人を笑わせるというのは基本的に相手をリードすることだし、一度怯んでしまっては難しくなると思う。だから度胸が要るのだが、勇気は後天的に鍛えることができると思うけど度胸は先天的なものがほぼすべてだと思っている。つまりこれも鍛えることは難しいということだ」

 今のところで話せるのは全部話した。

 簡単に言うと無理だから諦めろ、で済む。

 だがさすがにそれだと聞く耳を持たないだろうからこうやって延々と話したけど、俺自身、他人の言葉が個人に与える影響は限定的なものだと思っているので、この長ったらしい話が川尻の意思を変えることができるとは思えない。

 その点で見ると無駄な苦労になるが、それでも構わない。これは布石に過ぎないから。

 川尻は俺の話が終わってもしばらく沈黙を維持したが、やがて口を開いてこう言った。

 「……それでも僕は、みんなと楽しくやりたいです」

 予想通りの返事。

 その意思は確固たるもののようで、これ以上何を言っても気が変わりそうにない。 だがそれでいい。

 「そうか。まあ、これはまだひとつめの提案だからそれでいい。じゃあ、少し考える間を与えるとして、次は白鳥の問題に対する分析と立案だ」

 俺はそうやって川尻にしばらくの間を与えて白鳥の方に振り向いた。

 俺に問題を持って来たもうひとりの人間。

 今度は白鳥の問題について話そうじゃないか。

 「一応あんたにも言うがこれは個人的な意見だから、そこのところよろしく」

 川尻にやったのと同じく、白鳥にも俺の言葉に責任はないと念を押して話を始める。

 こういう責任の所在ははっきりするのがいい。

 「さて、白鳥には解決策の提案から入りたい。これもラジオで言っていたことだが、鴨井と縁を切るのはどうだ?」

 「何を言ってるの?!そんなことできるわけないよ!」

 俺の提案がよほど気に障ったのか、白鳥は東雲がふざけた時よりも声を大きくして怒鳴りだした。

 少しびっくりしたが、まあ想定内の行動だ。

 しかし、今日はちょっと暑いな。手汗をかいてしまったぞ。

 なるべく穏やかな口調で、それでいて合点がいくように説明していこう。

 「まあ聞け。あんたから聞いた話から推測すると、鴨井は自分が主役じゃないと気がすまない性格のように見えるな。そしてあんたは普段会話を盛り上げる主役だったそうじゃないか。普通に考えて、このふたりが衝突するのが必然と思うのだが。たとえば、お前が調子よく喋っているとやけに鴨井が突っかかるとか、そういうことに心当たりはないか?」

 「それは――」

 すぐに答えを出せずに視線を避ける白鳥。

 わかりやすくて助かる。

 「あるようだな。でも、それはおかしいことではない。万人が万人と仲良くするのは不可能な話だ。蟻でもあるまいし、人間がそんなことができるわけがない。多様性こそが人間のアイデンティティーだからだ。十人十色、色んな人がいるからこそ人類は発展したと思う。だからその中にはいくら付き合っても到底お互いのためにはならない人達もいて当然だろ?」

 この言葉に対しては特に反論はないようだ。

 常識の範囲だから当然だな。

 ……だが、たまに常識が通じない奴もいる。主にこの場に。

 「ならば、そういう人達は無毛な付き合いを続けるより、潔くそれぞれの道をいくのがお互いのためじゃないのか?」

 「それでも……」

 これには少し抵抗感を示す白鳥。

 さっきの提案の言い回しだからこれもまた当たり前の反応である。

 しかしさっきよりはその勢いが弱まっている。

 なのでここはもっと押してみることにして。

 「それじゃお前は俺に土下座をさせる気か?」

 「それは……」

 「気が進まないんだろ?なんでだ?」

 「だって、土下座はちょっと……」

 「そうだ、行き過ぎた要求だよ。お前もそれをわかっているからためらっているじゃないか。そこまでわかって何を悩む」

 矛先が俺に向いてくるかも知れない危ない橋だったが、さいわい東雲の奴も静だし、白鳥はそこまで考えは及ばないようだ。

 「友達だからか?しかし俺から見れば、その鴨井って女はすでにお前を友達とは思ってないぞ。いや、より正確に言うと、鴨井のそれは敵対的行為だ」

 刺激になるようにわざと強く言うと、白鳥はビクッと驚いて俺を凝視した。

 「友達を使わせて土下座をさせろだ?そんなの俺だけじゃなくあんたの面子も潰したいからだろうが。俺が本当に土下座をしたらしたで無茶な伝言を実際に行ったのはあんたになって鴨井自身は満足だろうし、しなかったらそれを以てあんたに責任を問うだろ。要は捨て駒だ。歴史から見ても無茶や嫌な伝言を持っていく使いというのは捨て駒ってのがお決まりだ」

 実際のところ鴨井の真意がどうかはわからないが、白鳥の話がそのままの事実ならこうである可能性は高いと思う。

 「私には、あの子しか……!」

 白鳥は自分の友達が明確なと判定されたことが嫌だったのか、また感情的になって声を上げた。

 相当複雑な感情がその内に渦巻いているのか、顔は歪んで辛そうに見える。

 話は大体済んだし、今度はこれでいい。

 川尻と同じく、俺の言葉が白鳥の意思を変える必要はないのだ。

 「狭い人間関係は破局に向かいやすいんだぞ?この際にもっと人間関係を広めてみたらどうだ?」

 頭を振ることもなく、白鳥はただ佇んでいる。

 白鳥の心という水面下でどんなことが起きているのかは外にいる俺が分かるはずもない。せいぜい言葉とかの刺激、つまり水に向かって石を投げてなにか変化を望んでみることだ。 

 しかしそれでもやはり水の中の状況はわからない。

 確実なことは石を投げたという事実だけ。

 いま必要なのはその事実。

 「いいか?鴨井と仲を取り戻すにしても、今のあんたでは視野が狭すぎる。あんたは鴨井にどのように接したらいいのかわからなくなったんだろ?経験が足りなんだよ。誰でもいいから他の関係を持って、それからまた落ち着いて話をするのが得策だ。そこでだ」

 俺は一旦話を止めて川尻と白鳥のふたりの注目を集めた。

 いよいよ詰めの時だ。

 長い回り道だったが、ここでしっかりと今まで撒いた種を回収する。

 「ふたりとも最初の提案を受け入れるつもりはない。それはまあいい。せっかくの提案でも本人の意思が大事だからな。それじゃあんたらふたりの意見を従ってみよう。川尻は面白い人間になれる能力の練習が必要で、白鳥は鴨井以外の人間関係を経験する必要がある。白鳥はなかなか面白いお調子者だったようだし、川尻もまた付き合って悪い奴ではない。これ以上にぴったりな代役はないと思わないか?」

 ふたりは、たぶんここに来て初めてお互いの顔を見つめた。

 俺の仕向けがうまく働いてくれるのだろうか。

 少し緊張しながら二人の様子を見守ると、少しづつではあるが、二人の陰っていた表情が驚きというか、思いもよらなかったことに対する感嘆、もしくはその類の、とにかく肯定的な変化が現れたように見えた。

 よし、ここでとどめを刺す!

 「分析、立案の次は実行だ。さあ、頑張りたまえ」

 二人は俺の言葉に頭を頷く。

 やったぜ!これで俺の責任はなくなったぞ。

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