1st show 順調


 フライデーランチ・ショーというしがない学生のラジオ番組は、放送を初めて早々、学校側の制裁をくらって臨時的な配信停止状態になった。

 3日前のことである。

 そして今日、俺は東雲と一緒に理事長の呼びつけられていた。

 なぜ3日も経った今日になったのか、それは我らが理事長は多忙な身であり、なかなか学校に顔を出さない人だからだ。

 できる男は忙しい。

 「入りなさい」

 古風な扉の向こうから聞こえる中年の声に、俺と東雲は理事長室と書いてある名札の下をくぐった。

 「へえ」

 理事長室に入った時、となりから小さな嘆息が聞こえた。

 東雲のやつが普段からは接することのない違う世界の空気に気圧されたのだろう。

 わからなくはない。この部屋はできる人間の執務室という言葉そのものを具現したようなもので、華麗ではないが、この部屋にある全てのモノ、幾何学模様の絨毯や、さぞ名の高い職人の手に触れてそうな柱時計、机、椅子、本棚、額縁にいたるまでの品物が全部、孤高な存在感を放っている。

 上品とはこのことなのだろ。

 東雲や俺のような庶民から見れば階級格差を感じてしまうほど、容易く触れることができるものではない。それにここは学生の本分に充実な生徒なら訪れることのない部屋だ。少し緊張するとしてもおかしくはない。

 「確か秋風陽くんと東雲亜子くんだったね?」

 「あ、はい」

 理事長は着慣れた感じのスーツ姿で俺たちを待っていた。

 理事長という肩書がなかったとしても社会の上流層という気配がただ漏れしてるような人で、俺は個人的に眼鏡は人相にマイナスしか与えないと思う人間だったのだが、このひとに限ってはマジックアイテムなのかと思うくらいに知性を際立たせていた。

 それに、聞いた話では還暦を過ぎた年配と聞いたのだが、ぱっと見る限り現役部長くらいの年にしか見えないのもまたすごい。

 これもお金の力なのか。

 「先日、先週の金曜日の昼休みに校内放送で問題を起こした。と聞いているのだが、合ってるのかね?」

 「はい」

 問題を起こした生徒の非を責めるために呼び出したにしては、あまりも落ち着いた音色の言葉。

 わかりやすく怒鳴っていたらまだしも、こんなにも冷静に対応されたら、これは思った以上の懲戒があるのではないかと、少し不安になった。

 少しやり過ぎた感はある。言っているうちに興奮していたと認めよう。しかしそれは我が日常を取り戻すための集団であって、決してだいは他意はない。

 くそ、東雲の思惑を打ち砕くためだとはいえ、余計なリスクを負ってしまった。

 「詳細を聞かせてくれるかね?」

 「それが――……」

 質問に答える前に、俺は自分が看過していた可能性に悩んだ。もっとも理想的な結果は部活の解散という処分で許しを貰えることだが、それ以上の不利益がこの身に降りかかる危険があるのだ。

 ここは少し慎重になった方がいいかも知れない。

 「私たちは新しい部活として、ラジオ番組部という部活を作り上げたのですが、先週の金曜日が初めての部活動でした。その内容は放送部の手を借りて、名前通りにラジオ番組のようなものを流すということで、誰もが素人であるためおぼつかないやり方でありながら始めたはみたものの、少し精を出しすぎて不適切な発言を口にしました」

 自分の過ちを素直に認めつつ、あえて謝罪の言葉を口にしないことで懲罰の余地を残す。

 これならいけるか。

 「ふむ。不適切とは?」

 「……シモネタです」

 「シモネタか。それが君らの番組の醍醐味なのかね?」

 「……いいえ」

 それきりに理事長は口を噤んでしまった。

 偉そうに手を組んでー実際に偉いのだがーこちらを射抜くように見つめる理事長。その鋭い視線の奥で何を考えているのか、まったく計り知れない。

 何かミスったのだろうか。

 気を害するようなことはしなかったつもりだけど、人間、機嫌が悪い時はそよ風もムカつくものだ。ここはせめて俺にとばっちりが来ないように謝罪するべきか…?

 「あの――」

 「ふむ。次からは気をつけたまえ。私からは以上だ」

 「え」 

 社会人負けしないくらいの心を込めた謝罪をしよとしたとき、あっさりと出てしまった理事長の許しに面食らってしまう。

 「ちょっと、それでいいんですか?」

 「うむ?不満かね?」

 「いやその、あっさり過ぎるというか……」

 「自分たちが何をしたのか知っているようだし、意図的なものでもないようなら言う事はない」

 「でも、少しは責任を……」

 さっきほどの威圧的な気配はかけらもなく、寛容と慈悲の聖人っぷりを見せる理事長。

 違うだろ、そこはもっと胡散臭い組織の幹部のように血も涙もない冷徹無比に振る舞うのがあんたの役目じゃないのか。そんな甘ったるい仕打ちでは、反省どころか勝った気分になるのが今頃の若者というのに!

 「知っての通り、私は生徒たちに勉強のみを求めず、様々な才能を輝かせることを期待している。そしてそれができるよう、多方面で支援を惜しまない。生徒がラジオ番組というショービジネスの才を磨こうとするなら、それくらいの放送事故にいちいち責めるつもりはないのだよ」

 「しかし、それでは他の生徒たちに示しが付かなく……」

 「その辺りも十分に考慮しての――……君はまるで教職員側の人のようにモノを言うんだね」

 さすがに俺の態度がおかしかったのか、理事長は訝しげな視線を送ってきた。

 たしかにこういうのは普通、生徒がいうことじゃないが、ここで身を引いたら元の木阿弥だ。

 「もしかしたらご不満があるのは部活のほうかね?そういえば今まで何の部活もやってなかったと聞いたが、それと関係が?」

 「いやそれは――」

 「ちょっと待て。秋風、秋風か……確か学費支援を受けている奨学生の一人だったな」

 「!?」

 あまり口に出されたくない話題が理事長から振られる。

 なにより恐ろしいのは、彼が理事長ということで、ここで一步間違えたらどんな深沼もはまるかわかったもんじゃないということだ。

 やっぱり欲を出し過ぎたか?

 今でも身を引いたほうがいいかと考えていると、理事長が温情的に見えなくもない顔で話を続けた。

 「奨学生となると自然に関心がいくものだよ。自分のお金で育てるようなものだからね。……とすると、もしかしたら君は、“余裕”がない類のひとだったのかな?」

 「……否定はしません」

 「なるほど。秋風君、この学校では卒業まで部活を続ける生徒が多い。私もそれを奨励している。なぜかわかるかね?」

 まだ理事長の意図はわからんが、ここは素直に答えるほういいと思った。

 「数ヶ月に時間を稼いだところで何も変わらないから、ですかね」

 「ふむ、大多数には当てはまるが、人は時にして計り知れない。数ヶ月でも変わる人間は変わるのだよ。要は勘違いだ。大事なことをするには時間が足りないという勘違い。年をとるほど一日は短く見えるが、時間を使いこなせた人間などそうはいない。ただ見方が変わっただけだよ」

 俺の奨学金の話を持ち出して、どういう話をするのかと思えば、ただの説教だったようだ。理事長もまた教育者ということだろう。

 俺は最悪の予想がはずれたことで胸をなでおろした。

 「しかし、だからと言って部活をしたら時間が増えるわけじゃないし、それほど為にはならないと思うんですが」

 「ためになるかの話ではないのだがね。ふむ、しかしどんな事が自分のためになるかはわからないものだよ。君の場合も同じだ。部活に限らず、やってもみないで敬遠することはない」

 「そんなこと言われても、現実はやや厳しいものでして……」

 「ほう、現実を語るかね」

 「現実に生きてるんで」

そう答えた時、明らかに理事長の表情が、もの言えぬ恐ろしいものに変わった。

 「小僧、現実的にいうと、今ここにいるお前の未来はせいぜいが程々の人生で、残りはお前が懸念している不安定な人生だ。現在のお前がどう足掻こうが、奇跡など起こるはずもなく、お前に絡みついた不安は一生をほどけることができないだろう。現実的に考えて、取るに足らない人生だ」

 はっきりと俺の人生を否定する理事長からは、入った時に感じた以上の威圧感と鋭気が放たれていた。

 ものすごく酷いことを言われているのに、理事長に気圧されてそんなことを気にしていられない。

 怒らせてしまったんだろうか。

俺はとんでもない地雷を踏んでしまったと心から後悔した。

 「……だが、もっと広く見えるようになるなら、もっとましになる可能性もある。私の言葉は軽いかね?陳腐だがそれでも百聞は一見に如かずだよ」

 そう思ったのに、理事長はまたすぐに穏やかな口調に戻っていた。

 その温度差は唖然するに値するもので、口を開いたまま理事長を見た。

なんだ今のは、ただの脅しだったというのか?

 別に本気でビビったわけではないが、いきなりやられると心臓にわるいやつなのは違いない。

 ……怒らなくてよかった。

 「ふむ。ここまで話すことでもなかったな。もう下がってよろしい。あ、部活については顧問の先生を同席させて続けるように」

 理事長は眼鏡をとって布で拭きながら、この短い問責の場を終わらせようとした。

 「あ、はい、失礼します」

 本人がすでに話す気がないのにこれ以上ここに留まるのは分が悪いと思い、俺はすばやく会釈してその部屋から退室した。

 廊下に出て、俺は正体のわからない圧迫から開放されたようにため息をついた。

 今まで理事長がどういう人間なのか知らなかったし興味もなかったが、侮れない人物なのは確実だ。

 結局、最初の狙いだった廃部の件は水に流れてしまったし。

 くそ、結構いい考えだと思っていたのだが。

 あれもこれも全部――

 うん?

 そこで俺は東雲がさっきから妙に静であることを気づいた。

 「そういえばおまえ、なんで一言も喋らなかったんだ」

 すると東雲は何食わぬ顔で俺を見返した。

 「いや、先に先生から懲戒はないって聞いたから。別にいうことないじゃん?あと、ああいうひと苦手だしね」

 おい、なんで俺にはそのことを言わない。

 教室に戻ると、宇佐が俺を待っていた。

 「秋風くん、大丈夫でしたか?」

 心配そうな顔で理事長室で起きたことを聞くために小走りに寄ってくる宇佐は、相変わらず小動物じみていて、見てて落ち着かない。

 自分には責任がないのだから先に帰ってもよかっただろうに、他のクラスに来てまで待ってるとこはもう律儀というか、健気まである。愚直ともいえるが。

 「特に咎めなしとさ」

 「よかったです。これからは、その、気を付けないと……」

 言葉を濁しながら赤くなるその顔は、先日の放送を思い出したからだろう。宇佐には少し刺激が強かったかもしれないが、あれはわざと教師たちの注目を集めるためにほざいた、所詮うまくもない猥談に過ぎない。たぶん他の生徒たちは鼻で笑ってスルーしたはずだ。

 その点、言葉だけでこう赤くなれるのって今時にしては珍しいものではなかろうか。

 「うん、まあ、無駄だったしな」

 俺の言葉の意味を図りかねて首を傾げる宇佐。

 ことの原因とは言えないが、遠因にはなる張本人なのに、こう無邪気というか、アホ面を晒しているところを見ると無性にため息を付きたくなる。

 「なあ、お人好しがいつもいいとは限らないぞ。むしろお人好しは損することが多い」

 「え?なんのことですか?」

 まったく心当たりがなさそうである。

 「部活のことだ。なんで初めて会ったばかりの人間の頼みにすぐに頭を頷けるんだよ」

 「だって、秋風くんの知り合いだったから……」

 「そんな――……」

 そんなの関係ないだろ、って言おうとしたが、つまり俺という人間を信頼の判断基準にしているということとわかったから続きは言えなかった。

 その心は、まあ、気分が悪いものではないけれど、やはり考えが甘いとしか思えない。

 人間関係で人を判断するのは定番ではあるが、それだけというのはいささか性急だろ。

 そもそも、あのときの俺と東雲は口喧嘩中だったはずなのにどこを見て信頼の判断材料にしたんだ。

 とか、いま言っても宇佐はたぶん理解はしないだろう。

 今のところは、これ以上、東雲の悪ふざけに巻き込まないように念を押しておくのが得策だ。

 「……前にも言ったが、東雲と二人きりはなるべく避けろよ?」

 「は、はい……」

 「あと、あいつの話の大半は戯れ言だから付き合う必要はない」

 「そうなのでしょうか……」

 さえない返事をしてくるところ、なにか言いたいことがあるのだろう。

 「そうだよ」

 それは聞かずとも東雲を庇うような言葉であることがわかる。だが、こっちは本性を知っての言葉だ。いちいち説明してやってもいいが、そんなあいつでも人権はあるはずだから、詳しくは言わない。個人のプライバシーってやつだ。

 俺がそれ以上なにも言わずにいると、宇佐は物言いたげな視線で俺をしばらく見続けたが、やがて諦めてはしょぼくれたようにうなだれた。 

 気のせいか、あるはずもないうさぎの耳が力なく垂れてるような錯覚を覚える。

 なんて小動物的なやつだ。 

 それから俺たちは自然と一緒に下校していた。

 別に珍しいことはない。

 二年になってからは時間が合うときは一緒に下校していた。

 念の為に言っておくが、それが俺と宇佐が邪推するような関係にあるこというわけではない。

 宇佐も俺も、そんなことを望んではいないし、誤解されたくもない。

 前にニシゴリの奴に俺たちの関係を友人と言ったが、実は少し違う。

 いわばパートナーシップ、もしくは協力的関係だ。

 会社に例えると、宇佐は少ないが実績のある、信用に値する取引先的な存在だ。

 俺と宇佐は一年のとき同じクラスだった。

 入学初日、公言するにはすこし破格的な出会いで頭に残っていた宇佐ひじりという存在は、今よりもオドオドしていて、でもあの時も今のようにクソ真面目で不器用で、しかし妙な所では意地を張るようなやつだった。

 だがクラスでは存在感が薄い方で、俺が知ってるかぎりでは同じクラスに友達というものを持ってなかった。

 まあ、それは俺も同じだが。

 そんな彼女だが、一年中の変わりないその誠実さは、彼女を知り合っておいて将来的に損はないというくらいは判断するに足りるものだった。

 そう判断しただけで積極的に関係を築こうとはしなかったが。

 しかし同じクラスであれば何かと絡むことが出来てしまう。

 一年もほぼ終わっていく頃、ちょっとしたきっかけで宇佐と接点が出来た俺は、いくらかの会話をかわす事となり、その会話で互いの人間関係に問題があることを認めた。そこに加えて、この学校にいる間にひとりくらいは難儀な局面で助けになる人物は必要だと互いに思い、ちょうど目の前に適合な人材があったからはれて高校初めての交友関係を結ぶことになったのだ。

 そうこれは、相互扶助である。

 二年になってクラスは分かれたが、ふたりな関係は依然として有益なものであったし、お互いを配慮して関係を維持する努力くらいするようになった。

 宇佐は成績も悪くないので学業においても大変助かっている。

 非の打ち所のない関係なのだ。

 あの東雲とかいうロクデナシが邪魔さえしなければ。

 「あ、あの……秋風くん、よかったらその、このあと、う、うちでゲームしませか?」

夕陽が作る長い影を追いながら校門前の坂道を降りる途中、宇佐はいつも以上にどもりながら俺を放課後の遊びに誘ってきた。

 「悪いが今日もバイトだ」

 しかし残念なことに俺の平日はバイトでいっぱいである。

 宇佐だってそのことを知っているはずだが。

 「そ、そうですね。秋風くんはバイト頑張ってましたよね……ごめんなさい」

 宇佐は慌てて頭を下げて謝る。

 別に悪いことでもないのに謝ってしまうのがもう不器用まる出しなのに、その上、衝撃を受けてうなだれるのは自分の方だから、まったく救いようがない。

 「……」

 しかしゲームか。

 そういえば宇佐ってゲームが好きだったな。

 女の子にしては珍しく思える趣味だが、結構本気で好きらしい。

 一度だけ、宇佐と一緒にゲームをやったことがあるが、ついていけないくらいの実力を見せつけられた。

 俺が元々ゲームをやらないからそう見えてだけかも知れないが。

 横を見ると、宇佐は危なっかしくも下を向いたまま歩いている。

仕方ないと思いつつ、俺は宇佐が好きそうな話題を振った。

 「……新しいゲームでも買ったのか?」

 「あ、はい!その、前に言っていたぱパズルゲームの続編でして――」

 俺はゲームには付き合えないが、帰りまでの話はいつでも付き合っている。

 「前回はわるくなかったねー」

 また金曜日が戻って来て、俺たちは飽きもせず放送室に集まっていた。

 本意ではない。

 「前向きなのはいいが、くれぐれも騒ぎは起こすなよ」

 一週間くらいの空白では目立つ変化があるわけもなく、放送室は相変わらず機器やらなんやらで充実していた。

 くっつけた机を囲んで座った面子もそう変わりはないが、ただひとつ前回と違うところは、放送部員と俺たち6人以外に担任である大前先生が顧問として参加しているということだ。

 今日もジャージ姿の先生は、少し疲れた顔をしてひとつ増えた椅子に座っていた。

 「って、先生が顧問だったんですか」

 「ああ、知らなかったのか?」

 知らされてないのに知るはずもない。

 しかし大前先生か。

 俺としては常識的な人なら誰でもよかったのだが、大前先生が来てくれたのなら心強い。なぜなら、あの散々だった初放送をよかったとぬかす東雲の発言に初めて反論する俺以外の人ができたのだ。

 「何をそんなにホッとしてるんだ?」

 「いや、なんでもないですけどありがとうございます」

 「?変な奴だな」

 覚えのない感謝に頭を傾げる先生を置いといて、東雲が話を進める。前回の、あの会議まがいな時間と同じく、東雲が場を仕切って話が進んでいく。

 ちなみに放送部員の三人は今日も無口である。

 「新しいコーナーを考えてみたよ。その名も『ナヤメール』!!メールで受けたお悩みの相談をするコーナー!」

 「安直だな」

 しかもどこか聞いたような名前だ。こういう名前は著作権とか大丈夫だったかな。

 「なに言ってんの?センスバッチリだし。この名前だけで絶対ウケるよ。そしてなんと、学校のホームページにあたし達へのメールを送ることができるようにしたのだ。ますますラジオらしくなって来たねー」

 一人勝手に盛り上がるのは別にいいとして、それにしても学校のサイトまで手を出していたなんて、東雲のくせに頑張ってるように見えてしまうじゃないか。

 だが所詮は東雲のやること。

 素直に感心したら負けなのだ。

 「そうは言うが、同年輩に相談なんてするか?そもそも俺たちがまともな相談ができると思ってるのか?」

 相談をするなら相応の信頼と実績をもつ人間にするべきだろう。俺自身、こんな得体も知れないラジオに自分の悩みなんて送りたくない。

 「バカね。そんな真面目な悩みは来るわけないじゃん」

 こいつにバカ呼ばわりされるとはまったくもって不本意だが、言ってることに間違いはないので黙っておいた。

 「要は聞く人とコミュニケーションができているという感覚が大事なわけ。内容とかこのさいどうでもいいの」

 キレイ事を並べるより実益をとる、ということは俺も嫌いではないが、俺が聴取者の方の立場にだったらこんな奴の番組など聞かない。

 「だからあたしの言う通りにしたら大好評間違いなしってこと!」

 「そりゃ大した自信だことで」

 「そりゃもうー。この一週間、初回の勢いを繋げるために掲示板なりクラスなり宣伝もバッチリしたから」

 皮肉を言われてもまったく気にしない東雲は、どうやら一時活動停止の間にそんな広報活動をやっていたようだ。

 具体的にどのように広報したのかはわからないが、東雲はどこからかノートパソコンを持って来て意気揚々とそのサイトとやらを見せつけた。

 「ほら!もうメールが5通も来てるから」

 確かにそこには匿名で送られたメールが5通もあって、内容もまたそれらしいものであることが確認できた。

 「ぬっ……」

 個人的な予想としては、初回散々な放送をしでかしたこの部活はそのまま誰の関心も貰えず長くて一ヶ月のうちにその幕を閉じることになると思っていたのだが、これではほんの少しだが、うまく行ってるように見える。

 予想外というなら予想外であるが、なにより予想外なのは東雲のこの働きぶり。

 東雲を知ってる俺としては、こんなに頑張るとか、働くという東雲に違和感しか覚えない。

 ただの気まぐれにしては長持ちしてるようだし、その内容も悪くないというのがにわかには信じられないのだ。

 これも二年の時間のおかげとでもいうのか?

 「お前、なんでそんなに熱心なんだ?」

 ついそんな質門を口走ってしまうと、東雲は拳を突き上げて芝居でもするかのように叫んだ。

 「青春は掴みとるものだから!」

 「東雲、机の上に上がるな」

 その発作のような突発行動に呆気を取られていると、大前先生の適切な始動で東雲は席に戻された。

 やはり教育者がいるとちがうな。大前先生、あらためて感謝します。

 「しかしまあ、青春はいいものだ。頑張りたまえ」

 おっと先生、そいつは少し調子を合わせるだけで頭に登ろうとするやつなんです。そう安々と同意してはいけませんよ。

 「お、先生も青春派?」

 ほら、言わんこっちゃない。

 てか、青春派ってなんだ。

 「いや、私はそれほど青春してはいない。ただそういうことがお前たちとって悪くないとは思ってるだけだ」

 「へえ、それも青春だな」

 だからその青春ってなんだよ。

 大体、青春ってのただ若い頃を修飾することばで、別にそこに行動の意味など込められてはいない。なぜか近頃は青春とはキャッキャウフフするとか、それともなにかに挑戦して失敗したり成功したり汗だくになるのが当たり前という風潮がある上、それは若者の特権とか言って当然のように勧められるが、若いということだけで何かをやる義務などない。むしろそうやって若い頃はそんなことしないと浪費とかいってしまうとそれがプレッシャーになることもあろう。

 そもそも、青春の青は未熟ということだ。キャッキャウフフも、何かに対する挑戦も、十分に成熟してから挑むほうが結果がいいに決まっている。

 ただ未熟だったから失敗したのを、いい経験だったとか甘酸っぱい思い出とか美化するのは見て呆れる。

 とまあ、こんな事を言っても誰も耳を傾けるとは思えないので別に口に出すつもりはなく、早くこの会議まがいの時間が終わるのを待った。

 それから適当に打ち合わせが終わり、東雲が時計を確認して会議を締める。

 「それじゃ今回はこんな風にいくから。わかった?」

 「は、はい!」

 無言で頷く放送部員と、ひとりだけ元気よく答える宇佐。

 東雲が満足そうな顔をして宇佐の頭を撫でようとしたので素早く遮断した。

 「あ、そういえば先生はどうするんですか?」

 ふと気になって先生に聞くと、若干ダルそうにしていた先生が答えた。

 疲れているんだろうか。

 「別にどうもしないが。私は見守るだけだ」

 俺たちは放送部員の準備が終わるのを待ちながらブースの中に入った。

 ーON AIRー

 今日も頼もしい放送部長のOKサインと同時に、二回目の部活、ラジオ放送が始まった。

 初回に比べてなにか変わったのかと聞かれると、特にそういうものはなく、東雲によると反応があったとかなんとか言っていたが、俺にはどうでもいいことだ。気にしたこともないし。

 あ、そういえばニシゴリの奴が怒っていたな。

 まあ、別に本名を知られても困ることはなかったのだが、もう口走ったことだし今回も使ってやることにした。

 「はいはいー皆さんこんにちは、こちらフライデーランチ・ショーです!」

 今回も放送は東雲の挨拶でスタートを切った。

 あの出だしのテンションの高さはよくやるなとうは思う。もともと気兼ねしない性格なのはわかってるが、億劫しないのはそれなりに向いてはいるということかも知れない。

 机の上には東雲が借りてきたノートパソコンが置いてあったのでなんとなくいじろうとしたら宇佐が手を握って頭をブンブンまわしたので仕方なく手を離した。

 「どーも」

 「こ、こんにちはです」

 宇佐は今日も相変わらずマイクを前に緊張で固くなっていた。

 前回に比べると少しはましかも知れないが、今日もどれくらい喋れるか疑わしいものだ。

 始まる前に前回同様に俺なりの励ましてやったのに、今日もあまり効いてないようだ。

 いやならやらなきゃいいものを。

 「うーん。なんかさ、こんにちはって地味じゃない?この番組だけの挨拶ほしいよね。だからふたりともなんかいい挨拶考えて」

 また東雲のやつはいきなり面倒なことを言い出した。

 こいつの人を面倒に巻き込む能力は本当にずば抜けているものだと常々思う。

 「は?お前は全国の標準語の使い手に喧嘩売ってるのか」

 「標準語の使い手とかちょっとかっこいいね。でもその人達もきっと地味だと思ってるよ」

 「お前は違うのかよ……とにかく、標準語を愛する俺は挨拶を変える気はない」

 「じゃあまずはひじりんから」

 くそ、無視しやがって。

 「ふえ?!ええと、その、は、はいさい、とか……?」

 「なんで沖縄?」

 たしかに。

 なんでいきなり沖縄になってるんだ。

 「ゲ…い、いいえ……な、なんとなくです……」

 「うーうん。別にそれはいいけど、なんかいまいちピンと来ないねー」

 東雲の言葉に宇佐が見えて分かるほど落ち込む。

 別にこいつの言うことにいちいち反応しなくたっていいのに、毎度ながら難儀な性格である。

 「そんなのいきなり考えさせても思い浮かぶわけないだろうが。それは次回にして次に進め次に」

 「ま、それもそっか」

 放っておくとキリがなさそうだったので助け船を出すと、宇佐はペコリと頭をさげて小さく礼を言った。

 「では皆さん、今日も元気に行きましょー!ほら、一緒にやるの」

 「い、行きましょうー……」

 「おー……」

 打ち合わせで決めた一通りの流れは、挨拶のあと少しの雑談を挟めて東雲が提案した悩み相談コーナー、そして音楽を所々に流して、締めに大前先生が提案した学校生活や日程に関する話し合いをすることで一連の終わりとなる。

 悪くないプログラムなのだが、打ち合わせの途中、東雲のやつが何度も斬新さが足りないとかほざいたのかわからない。

 だが幸い先生という常識人がいるおかげで結局この無難なプログラムに構成することができた。

 王道こそ正道という言葉も知らん奴はこれだからな。

 斬新さを求める需要なんて極めて低いのに対して、供給側は異常に斬新さを売りたがるが、それは宝くじを当てたいという射幸心となんら代わりのないものだ。

 そんなことを考えていると、いつの間にか東雲の雑談は終わったようだ。

 「さて、雑談はここまでして、実は今回から正式コーナーが決まったのです。我々フライデーランチ・ショーの看板になる、その名も『ナヤメール』!」

 結局その名前かよ。

 「わ、わいー」

 誰も指示してないのに、宇佐はパチパチと拍手をして東雲に合わせてくれていた。

 発展したと言うべきか、毒されたと見るべきか。

 複雑な心境である。

 「ええと、このコーナーはリスナーの皆さんからメールを貰って、わがフラショーの口達者、ニシゴリくんが相談してやるというコーナーです」

 「ちょっと待て、なんで俺を前に出してんだ。さっきと話が違うだろうが」

 大人しいと思ったらまた何を勝手にほざきやがる。

 「だってニシゴリくんが評判がよかったから」

 「誰の評判だ」

 「主にあたしのクラスで」

 「そんな局地的な評判なんか知らん!とにかく俺一人ではやらんぞ」

 こいつのことだから最初からこういうつもりだったに違いない。

 まったく油断のできない。

 「もう、それは言葉のあやってやつだよ。相談は三人でするけど、ニシゴリくんというネームバリューで宣伝するわけよ」

 「ニシゴリにネームバリューなんてあってたまるか」

 ニシゴリという名前に込められたイメージはむさ苦しいゴリ系オタクのイメージしかない。

 俺の中での話だが。

 「あるにはあるの。名前だけだから別にいいじゃん。はいはい、それではさっそく初めてのメールです。おお、ちゃんとラジオネームもあるんだーありがと!それじゃラジオネームトランス志保さんからのメールです。

 《こんにちは、僕はこの高校で静に日々を送っている一人の生徒です》

 はい、こんにちはー!

 《静に過ごしてるとは言ったけど、それは別に僕が静なことを好きなわけではないです。中学の時は僕もクラスで騒いだりしてる普通の生徒でした。ただ入学からあまり口を出す機会がなかったのがいままで続いてしまって、今では静にいないとおかしく思われるくらいになってしまったんです。でも僕だってワイワイと騒ぎたいし、面白いこと言って笑わせたりしたいと思ってます。クラスで誰かがみんなを笑わせたりしたら羨ましくなるのです。だからつい先日、授業中に思い切って面白いことを言ってみましたが、何と言うか、その、すみません、これは思い出すのも無理ですごめんなさい》

 とのメールでしたー。ううん?なんか途切れた?」

 「いやただ途中から死にたくなっただけだろ」

 恥にまみれて悶える姿が目に浮かぶ。

 言わなくともその痛みは十分に伝わる。

 なのに結局メールを送っていることがまた解せないが。まあ、ミスって送ったのかも知れない。

 「そっか……でもなんで死にたくなるの?」

 「それくらい察しろよ。まったく、デリカシーのない女だ」

 いや、こいつの場合はわかっててやっているのかも知れない。

 こうやって知らんふりをすることで当事者に伏せられている事実を自ら掘り起こさせて、自分が自分の傷を抉らせる悪辣極まりない責め方なのだ。

 「ふむ、ひじりん的にはこの話どう思う?」

 「え?あの、と、とても残念だと……」

 「残念なひとかー。さすがひじりん、容赦ないね」

 「ふえ?!ち、ちがいます、そんな意味では――」

 戸惑う宇佐を見て東雲がニシシと笑う。

 東雲のやつ、段々宇佐の扱い方を知って来ているな。

 気に入らん。

 「あはは、どんな意味でもいいじゃんー。ええと、つまるところ、トランス志保さんはパーッと盛り上がりたいのになかなか勇気が出ないということかな?それは悩める問題だね。どうしたらいいのでしょ?ニシゴリ先生!」

 「生徒だ。……言いたいことはひとつ、授業中には授業を受けるべき。おわり」

 「ええー?それだけ?つれないなー。この人でなし」

 何も間違ったことは言ってないのになんだこの言われようは。

 あとお前にだけは言われたくない。

 「トランスさんの悩みは本物なんだよ!もっと勇気を与えてくれないと!」

 「声をあげるな、マイクに響くだろうが。そもそもこの人に勇気はいらないだろ。自分の意思で玉砕するなんて、なかなかできるものじゃないぞ。その意気ならこれから先、どの場面でも足を踏み出すことができるだろうよ。……玉砕したことを克服できたらな」

 でも多くの場合、その玉砕がトラウマになって二度と足を踏み出そうとは思わない臆病者になる。

 悲しいが転職ルートだが、慎重になるのは悪いことではない。

 我々一般庶民には慎重になって守れるものが、勇気を出して失うものより大きいんだ。

 東雲は俺の答えに興味津々な表情で聞き返してきた。

 「へえーそれじゃニシゴリ生徒はトランスさんに足りないものはなんだと思ってるんです?」

 「これって要はキャラ作りの問題だろ。普段と合わないキャラを見せるから周りが戸惑うのも当然で、自分もまたキャラから外れる行動をするには勇気が必要になる」

 「ほうほう、なるほど。それで、そのキャラ作りの失敗にはどうしたらいいの?」

 「現在のキャラを甘んじて受けるのが一番いいだろうな」

 この問題に限らず、大体の問題は自分の状況を受け入れたら済むのが多い。

 まあ、受け入れられるものなら最初から問題にはならないだろうが。

 「そんなの解決方法じゃないじゃんー!」

 「相談ってのは解決方法を出すもんじゃないと思うがな。そもそも根本的な原因を辿ると、結局他人の視線を気にしてるのが問題だろうな。だから視線など気にせず勝手にすれば悩むこともない……が、人ってのは社会的動物だから普通はそうはいかないだろ?このメールの人もまた同じようだし。なら最初から自分がどのようなキャラでいたいという欲求を十分に理解して、そのキャラを演じるに足りる能力を身に付けることが最善と思われるけど、それはもう遅いし、残るは今の自分を愛することだな」

 それでもやはり、問題を抱えた人間はどこかでその問題と折り合いをつけなきゃならないものだと思っている。

 悩みというのはどうしようもないから悩みになる。

 自分の力でできるものならそれは悩みにはならないし、人の力でなんとかなるものなら、そのうちなんとかなる。

 でもそのどちらでもない場合には、結局悩みそのものを受け入れるしかなくなるんだ。そこまでが辛いから問題なのだが。

 納得出来ないという顔の東雲の横で、この考えを言ってやればいいのかと思っていると、意外にも宇佐の方から反論がきた。

 「その……何かをしたいという思いは、キャラというものとはあまり関係ないと思うんです……」

 「いや、関係あるよ。当にこの人は、自分で作ってしまった静なクラスメイトというキャラをなかなか外せなくなっているじゃないか。横からみれば大したことないと思われるが、実のところ、自分のキャラに反する行動ができる人間ってあまりいないと思うぞ」

 「それでは人はキャラというものに合わないことはできないように聞こえてしまうんですけど……わたしはそうは思いません」

 宇佐は控えめではあるが確固な意見をどもったりもせずに口にする。

 普段は大人しく内向的なくせに、いざというときに自分の意見をはっきりと言えるところは、素直に尊敬する部分だ。

 東雲も珍しそうな視線で宇佐を見つめている。

 「キャラという言葉が気に入らないならイメージメイキングとでも言っていい」

 「人が皆が皆、何かを演じてることは……」

 「お前だって人に見せたい自分と見せたくない自分があるだろうが。それがキャラじゃなくてなんだ。面白い人だと思われたいから面白いこと言う。綺麗だと思われたいから身だしなみに気を使う。毛ほども気にしてないけど嫌な奴だと思われたくないから気遣いの言葉を言う。稀にそんなことまったく気にしないように見える人もいるが、そんな輩も殆どはそれ自体がキャラだったりするし。本当に自分の見せ方を気にしない人は、まあ、意思疎通も怪しかったりする人達が多いしな」

 「そうでしょうか……」

 腑に落ちないという顔の宇佐。

 根拠でも提示すれば納得してもらえるかもしれないが、これは経験則の、なので根拠などないし、今の話は雑談に過ぎないから納得してもる必要もないだろう。

 「いいねいいね。相談ってのはこうでなきゃ。もっと話し合えーもっといがみ合えー」

 話を聞いていた東雲が楽しそうに俺と宇佐を扇ぐ。

 「相談するのになんでいがみ合わなきゃならん」

 「よりいい相談のために?」

 「ならお前からもなんか話したらどうだ。だいたいお前はまだ何も言ってないだろ」

 そう言ってやると、東雲はわざとらしく指であごを突いて頭を傾げた。

 「ううーん、そうだね……ようはクラスで受けたいということでしょ?トランスさんは、もっとウケるネタを探して見るといいと思うよ。どんな人でも必殺ネタがあればばっちり!」

 「誰を殺す気だ」

 「そりゃみんなの笑い袋を仕留めるのさ」

 「仕留めてどうする」

 「それじゃ次はひじりんの一言!」

 俺の言葉などなかったかのように華麗にスルーして宇佐に話を振る東雲。

 毎度ながらムカつくな。

 宇佐は急に振られた話に少々びっくりして、オロオロしながら言葉を紡いだ。

 「え、ええと、わたしでよければ話し相手になりますから、が、頑張ってください。わたしは2年――」

 ちょっとおま、なに言っとる。

 「いやいや、話し相手になったところで何もならないだろ。あー、トランス志保さん。自分のキャラはともかく、今は玉砕したことに落ち込んでいると思いますが人生は恥の連続という言葉もあるし、その恥は別に他の誰かが覗き見するものでもないということを知っておいたらいいと思います。はい次だ次。どれどれ、ラジオネームアッカリーンさんからメールです。

 《こんにちは。この前、学校の掲示板でこのラジオ番組のことを偶然見つけてはじめてメールを送ります》

 はい、どうも」

 「こんにちー!」

 「こ、こんにちはです」

 宇佐がいきなり自分の個人情報を漏らそうとするものだからが、つい自分から放送を進めてしまった。

 別に隠すものでもないような気がするが、あとで面倒になるのは確かだったから仕方ないものなんだが、ただニヤニヤと俺に視線を送る東雲の顔は気に入らない。

 チッ、やってしまった以上は早く読み終わらせよう。

「こほん。

 《なんでも悩みを聞いてくれるというあの掲示板の書き込みを見て、ちょうど悩みを抱えていた私は、その書き込みがまるで私のためのものだと思われてびっくりしました》

 ……ずいぶんと前向きな人ですね。

 《実はこの前、私は友達のAと喧嘩をしてしまいました。今になって考えてみれば喧嘩しなくてもよかったのにと思って、とても後悔してます。先日、私はちょっとした失恋をして落ち込んでいました。他の友達かそんな私を慰める中で、Aが落ち込んでいる私にふざけたことを言ってしまったんです。親友であるAからまさかそんな事を言われるとは思ってもいなかったので、私には衝撃でしかなかったんです。だから喧嘩なんてしたくもなかったのに、ついAに言い返してしまって喧嘩をしまいました。普段から少しおちゃめなところがある子だったけどまさか人が落ち込んでいる時にもひどいことをいってしまう子だったなんて、本当にどうすればいいのでしょ》

 …とのメールです」

 「これは悩めーるね」

 「Aさんを許して早く仲直りしなきゃ……」

 俺が読み終えると東雲と宇佐がそれぞれの感想を言った。

 ふざけた方は置いといて、宇佐の反応が普通だろうが、俺には少し気になる部分があった。

 「およ?よう――じゃなくニシゴリくんはなんか言いたいという顔だね。このメールを読んでどう思ったの?」

 「別にそんな顔はしてないが。普通に考えてこれからも関係を続けたいと思うなら仲直りすべきだろ。もう付き合えないと思うならロスカットすればいい」

 「ロスカット?」

 「損切りってこと。今まで以上の損失を防止するために少し損してるところでも手を離すってことだ」

 「ええーそれはちょっと計算的すぎない?」

 東雲がまるでゴミを見るような目をしてるのが気になるが、追及してもいい結果になるとは思えないので追及はしない。

 「現実的というものだ。言葉で飾ろうとも本質が変わるわけじゃない」

 「まあ、それはそうだけどね。ふうん、それで?」

 「なにがだ?」

 「普通ではないニシゴリくんの意見は?」

 なにを言うのかと思えば、さっきのことを引きずっているようだ。

 気になる部分はたしかにあるが、顔になど出してないのにしつこいやつだな。

 「人を異常者のように言うな。ただこういうもめ事は相手の話も聞いたほうがいいんじゃないかと思っただけだ」

 「それで?」

 「だからなにがだ」

 もう話すことなどないってとぼけてみたが、東雲は目を光らせて続きを要求してくる。

 いったいどんな顔だったと言うのだ。あまり言わないほうがいいからわざわざ言葉にしないのがわからないのか。まったく次からはマスクでも――

 ふむ、なんで俺がわざわざ遠慮する必要があるだろう。

 これは別にシモネタでもなんでもないから、学校側で問題にする可能性は低いし、あんなにもしつこいなら仕方がないな。リスナーからクレームが来ると思うが好き勝手に喋っていいと言ったのは東雲だから彼女がなんとかするだろう。 

 「……あくまでも俺の憶測だが、このメールは悩みの相談ではなくこのAという人を追い詰めるためのものかも知れないと思っただけだ」

 「ほうほう、それはどうして?」

 喜々として食い付く東雲。

 横をみると何故か宇佐も好奇心に満ちた目でこっちを見ている。

 「メールは主観だからAの悪い点だけ述べられているのはいいとして、それでもこのメール、自分は喧嘩したくなかったとなんども言ってるのに仲直りという言葉は一度も出てないのが気になるな。最後の言葉も喧嘩したことをどうにかしたいというより、Aが信じられないほど悪いやつだからこのAをどうすればいいのかって聞こえてしまう。……まあ、ただの憶測だがな」

 要するにそのAという人の悪行を学校内に晒せるためにメール送ったとも見えるということだが、このようなことは憶測というか妄想の領域だ。

 こんな短文のメールでそんな裏事情が把握できるものなら俺は学業などとっくにやめている。

 揚げ足取りにも程があるというものだ。

 取ったのは俺だが。

 しかし話してみるとなんかすっきりしたので、俺はどんどんほざいてみることにした。

 「あと憶測のついでにいうと、これもキャラ作りと関係があると言える」

 「なんと!?」

 東雲のやつ、リアクションだけはいいものだ。

 「このAという人、メールの文脈から察するに普段からちょくちょくふざけたりしたいわゆる軽いキャラだったのだろ。こういう類のひとは普段はムードメーカーとして活躍できるが、ちょっとキャラをハマり過ぎるとこのメールの通りにシリアスになった場合の対応に困ってしまう場合がある。だからつい冗談で場を柔らかにしようとするくせがある。うまい人はそれで本当に場を和ませるが、この場合は失敗したと見るべきだな」

 ふむ、我ながら見事な戯れ言である。

 「それはそれは興味深い解析だねー。でもなんでそんなにキャラというものにこだわるの?」

 「前のメールがあったから繋いてみただけだ」

 人は関連付けるのが好きだから、つなぐと何かありそうに見えてしまうからで、特に意味は無い。

 ほら、愚かな東雲のやつは手を合わせて感心してるじゃないか。

 宇佐も感心してるとは思わなかったが。

 「じゃあ、キャラ専門家のニシゴリくんはどんなキャラ?」

 「ジャ◯アンとス◯夫を足して二で割ったようなキャラだ」

 「いいとこなさそー」 

 「の◯太でも別に構わないが、出◯杉は反吐が出る。要はここで好き勝手に言ってる口の悪いのが俺のキャラだ」

 周りなんて気にしない、程々の嫌な奴のほうが何にしても気楽というもの。

 「ほー。それじゃひじりんは?」

 「わたしはその、特に……」

 「こいつはある意味天然だから聞いても無駄だ」

 人のためになろうとする、のが宇佐のキャラなのかも知れないが、時々そういうものとは全然違うような感じがするので断定は出来ない。

 「おおっと、ここで知り尽くしているアピール?いいねー。もっ――おっと、もうこんな時間!次のコーナーに進まなきゃ」

 俺の言葉に変は言いがかりをつけようとした東雲がブースの外からサインを送る放送部長に気づいて時間を確認してそんな事を言い出した。

 いつの間にか結構な時間が経っていたようだ。

 それからも東雲の進行によって放送は続き、時々暴走しようとしたものをなんとか抑えて、放送時間の終わりまで過ごすことができた。

 そうやって二回目の部活は難なく終わったように見えた。


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