第21話 求められるモノ

「くそッ」

 ミラさんが沸き立つ怒りを抑えきれないのか、小声で呟いているのが聞こえる。その怒りの原因は、相手の思惑通りに事を進められ追い込められてしまったからなのか、それとも今の包囲された状態から手の打ちようが無くなってお手上げ状態になってしまったから、なのだろうか。

 短い間だったけれどミラさんと宇宙船という閉鎖された空間で一緒に過ごして、今までに見たことのないぐらい落ち着きが無くなっていて、我を失っている。けれど、絶体絶命の現状においては、しょうがないことだと思う。


 包囲された今、ミラさんがジュペンス号を動こうとすると、周りの船が威嚇射撃をしてくるため、動くに動けない状態になってしまい船は停止している。ブリッジが静寂に包まれる。


「ミラ様、相手からメッセージが来ました」

 静かになっていた空間に、ステインさんの声が響く。


 やはり相手は何かしらの目的が有って、ジュペンス号を追い掛け回していたのだろう。それも手間のかかるように長い距離を追い詰めて、一体何を要求してくるのだろうか。

 ステインさんが手渡す、薄くて白く見える紙のような材質の物にプリントアウトしてから折り畳まれたメッセージ、をミラさんは受け取って読み込む。


 ミラさんの目線が左右に三回行き来して、読んでいるのが分かる。読み込んでいくうちに、ミラさんの表情が段々と険しくなっていくのが見える。そして、全文を読み終えたのかチラリと俺の方を見て、再びメッセージに目を落とす。


 彼女の仕草から、何となく予想はついた。相手が苦労してでも、求めるようなもの。この船に載っているもので、俺が知っているとても価値のある存在について、ひとつ思い当たるものが有った。


「私にも見せてもらえますか?」

 ミラさんに向かって、左手を差し出してメッセージを見せてもらうようにお願いをする。予測が当たっているかどうかを、目で見て確認したかった。


「……どうぞ」

「ありがとうございます」


「待ってください! 彼に読ませるのはッ……」

「ステイン、彼に関係することです。いずれ知ることになるだろう」


 ミラさんが少しだけ迷い、スッとメッセージを俺に向けて差し出した。その様子を見て、ステインさんが引き止めるが俺は気にせずに、受け取ったメッセージを読む。


 そこには、こう書かれていた。


”その船に乗っている男性一名をコチラに明け渡せ。


 要求を受け入れるなら、貴様らを生かしてやる。


 要求を受け入れないなら、皆殺しだ。”


「やっぱり、か」

 単純明快な文で書かれた内容は、男性一名の引き渡しの要求。この男性とは、無論俺のことを指しているのだろう。


 タイムリミットは書かれていないけれど、迷っている時間は僅かしか無いだろう。迷っていたら、相手の攻撃が再開して敵がジュペンス号へ乗り込んでくるかもしれない。そうなってしまえば、船長達がメッセージに書かれた通り殺されてしまう。


 躊躇うこと無く、俺は自分のすべきことを自覚した。


「要求を受け入れましょう」

「無駄です! 敵はユウ様を手に入れたら、約束なんて守らないでしょうに!」

 相手の要求を飲んで、自分が向こうに行くべきだという事を述べると、ステインさんが強く反対した。


「向こうの目的は私です。男性がこの宇宙において貴重な存在であるならば、私はすぐに殺されることは無いでしょうし、向こうに行って私の命と引き換えに、皆さんを攻撃しないように交渉します」

「ですがッ! そんな……」

 俺の考えに反論しようとするステインさんだけれど、他に打つ手が考えつかないのか徐々に声は小さくなっていく。


 全員が助かる方法を考えたとしても、この短い時間で思いつくようなアイデアも、実行できるような時間も力もない。

 ならば、俺が向こうの要求通りに従ってジュペンス号の乗員全員が助かるかもしれないというのが、今の出来る限り良い解決策だと思う。俺は自分が殺されることは無いと思っているけれど、その保証も無い安易な考え方だろうとも思う。けれど、相手が今は殺さないだろうと言う事を、信じるしか無い。そして、向こうにとって貴重な存在である俺が、船員に危害を加えたりしたら自害すると伝えたら、ジュペンス号はこの包囲された場所から逃げられるのではないか。


 この包囲網の原因は、偶然発見してしまった性別が男である俺という存在が引き起こしたことだと思う。

 死にかけていた俺を船長達が保護してくれて、色々と宇宙を旅しながら未知の技術を体験させてくれて、そして地球以外の惑星にも降りて見学もさせてもらった。なのに、彼女たちは俺のせいで見知らぬ敵に狙われることになり追い掛け回されて、俺という存在のせいで皆が殺されかけている。

 ならば、原因である俺が解決のために努力しなければいけないのは必然だろう。


「……」

 俺の考えをステインさんに一所懸命に伝えたら、彼女は俯いて黙ってしまった。次に俺は、ミラさんの方へと目を向ける。彼女は目を閉じて静かに考え込んでいた。どうやら、俺を相手に引き渡すように提案した事に関して、どうするべきか迷っているのだろうか。


 刻一刻と時間は過ぎていき、向こうがいつ攻撃を再開するか分からない。ブリッジにいない他の三人に相談する時間も無いだろう。

 船長ひとりの考えによって、この後の俺がどうするのか決まる。


 ミラさんは決断したのか、スッと両目を開いて俺に向き直り言葉を発した。

「わかりました……。我々はユウさんの身柄を」


 その時だった。突然大きな音が聞こえて、モニタに目線を惹きつけられた。


 そのモニタには、包囲していた相手の船の一隻が何故か爆発を起こしている映像が映っていた。

 その爆発した船は、中心部分から真っ二つに割れてくの字に漂い、その中心から宇宙に火炎が渦巻いていた。

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