第20話 逃走の宇宙船

 ブリッジに設置されたモニタに映る現況に、呆然としてしまった。そして、今まで大きな問題もなく過ごしてきた日常が、大きく変わってしまった瞬間を感じた。


 その時、後ろの船から撃たれた赤い光線の当たりどころが悪かったのだろう。ひときわ大きくジュペンス号が揺れ、俺の身体は咄嗟に動いていた。


「うっ」

「ユウさん!?」

 ジュペンス号の揺れによって倒れかけたミラさんを見て、急いで近寄り後ろから支える。傍らに居るステインさんに指示を出しながら、モニタを睨んでブリッジ中央に立っていたミラさんが、姿勢を大きく崩したからだった。


 ミラさんは俺がブリッジへ入ってきたことに気づいていなかったのか、突然後ろから支えた俺に目を向けて、驚いた声を出した。


 そして、俺はミラさんを支えるときに身体に添えた右腕に鈍い痛みが奔り呻いてしまう。どうやら、先ほどブリッジへ向かう途中に壁にぶつけて腕にヒビが入ったのか、腕を動かした所で痛み出した。感じていなかった痛みを、自覚してしまい段々と痛みが強くなっていく。


「ありがとうございます。それよりも……」

「俺は大丈夫です。ところで、今どうなっているんですか?」

 右腕の痛みは続いているが、そんな事は気にしないようにしてミラさんに状況を聞く。


「突然、所属不明の宇宙船二隻に遭遇。この宙域には、本来我々以外に存在しないはずでした。その事を問い質そうと思い、通信しましたがこちらの呼びかけに応じず。接近してきて撃ってきました」

 聞いた所で俺に出来る対処は無いのだけれど、安心させるためなのか、それとも状況を整理するためなのか、支えていた俺の腕から離れて立ち直ったミラさんは、モニタに目を向けながら宇宙船を操作して簡潔に状況を教えてくれた。


「数は向こうの方が上、そしてジュペンス号には彼らに反撃出来るほどに強力な武器は搭載されていません。今のところ何とか致命的な攻撃は避けていますが、逃げることしか出来ていないのです」

 今もモニタに映る、後方から前方へと伸びる数々の赤い光線。モニタに映る二隻の船。確かに、二対一だと数では不利だろう。反撃できるような武器が無いのも理解した。そして、逃げることしか出来ない現状に何かできることはないかと考えてみたが、有効な手段は何も思いつかない。


 今の状況をどうにか打開できないか解決策を探るために必死で考えている間も、ミラさんとステインさんは二人で協力して、必死に逃げ道を探っていた。


 副船長のステインさんは、席についていて手元にあるモニタの前で色々と計算しているようだった。その計算を基にして、相手の攻撃してくる場所を予測しジュペンス号の進路を決めて、その進路をミラさんに伝えているようだった。

 それから、ステインさんから受け取った情報を忠実に守って、ミラさんはジュペンス号を操作し相手の攻撃を避けている。


 そんな時に、ブリッジに通信が入る。ドミナさんからだった。

「船長! 攻撃機は何時でも発進できます、出撃許可を下さいッ!」

「まだっ、許可は出来ない。その場で、待機」

 モニタの向こうで激昂するドミナさんの声。そんな態度に、努めて冷静な様子になって言葉を切りながら返事をするミラさん。

 ドミナさんがブリッジに居なかったのは、宇宙船ジュペンス号に積んであったらしい攻撃機に乗って、相手に打って出ようとしたからだったらしい。


「しかし、このままでは皆の命が危ない。船は保たないぞ」

「このまま出て行っても、無駄に命を散らすだけです」

「やってみなければ、分からない!」

「一機だけ出した所で、何も変わりません!」


 段々と二人はヒートアップしていく。そして、受け答えをしているミラさんの精彩を欠いてしまう宇宙船の操縦に対して、被弾が少しずつ増えてきてしまった。


「とにかく、出撃は許可しない。そのまま待機していろッ」

 そう言って、通信を強制的に切ってから再び操縦に集中するミラさん。



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 それから、後ろについて攻撃してくる宇宙船からの逃走はどれぐらい続いただろうか。体感時間では、数時間も続いていた気がする。だけどジュペンス号はまだ飛び続けられているし、ブリッジに居る皆はなんとか無事に生きている。ただ、ブリッジに居ない他の三人はどうしているのか分からないけれど。


 そして、ミラさんとステインさんは相手の妙な様子に気づいた。


 それは、時々モニタの映像から消えて逃げ切れたと思った後ろの宇宙船は、しばらくすると再び現れて攻撃を再開してくる。そして、辛うじて避けていると思った敵の攻撃は手加減されているみたいだと、ステインさんは感じたという。


「コレは、後ろの二隻だけでなく他にも待ち伏せされているようです」

「そのようです、ミラ様。後ろの船は、先ほど逃げ切ったと思った船と微妙に違います」


 後ろを追って切る船は同じような形をした宇宙船だけれど、確実に違う船だと断言するステインさん。

 最悪なことに、二隻だけだと思った敵船が実はそれ以上の数が居て、交代しながらジュペンス号に攻撃を仕掛けているらしい。そして、何を目的にしているのか分からないけれど執拗に攻撃を仕掛けてきている。


 そして、事態は更に悪い方向へと展開していった。


「これは……」

 ミラさんの絶句した言葉。俺もモニタを見て、声が出せないぐらいに驚いて絶望してしまった。


 前方を映すモニタには、今まで後ろから追ってきた船と同じような形をした宇宙船が数十隻も表示されていた。どうやら必死に逃げていると思っていた逃走経路は、相手の想定した通りの道だったようだ。


 ジュペンス号はまんまと相手の思惑通りに導かれて、誘い込まれてしまった。そして、何処からも逃げられないように周囲を包囲されてしまった。

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