第03話 診察と事情
お互いに自己紹介を済ませた後、ヨハンナさんは先程目覚めたばかりの俺の身体の状態に異常が無いか診察してくれる事になった。
ベッドに横になりながら、ヨハンナさんに幾つか質問される。身体に怠さは無いか、痛みを感じる箇所はないか、痛みや怠さの他に気になる点は無いか、などなど。問診のような質問の繰り返しによって、地球人類の医療行為とあまり変わらないのだろうかと思い始めていた。
しかし、次の瞬間には手に収まるぐらいの小さな懐中電灯のようなものを白衣の右ポケットから取り出してきて、懐中電灯と同じ光が出る箇所から白い光を飛ばして俺の身体の隅々に当てていった。最初は何をやっているのか分からなかったが、邪魔するのも悪いので質問もせずになすがまま受け入れる。
数秒ほどで光を当てる行為が終わったのか、手に持つ機械をポケットに仕舞う。それから片方の手に持っていたタブレット型の端末機を操作しながら小さく頷いた。
その端末機を下からチラリと覗き込んで見ると、俺の身体の胃や肺などの臓器と思われる物が写されているのが見えた。先ほどの懐中電灯のようなものは、手で持って行えるMRIやCTスキャンのような、身体の内部を診察するための機械なのかもしれない。
続いて、ヨハンナさんはベッドの横にある棚から鉛筆みたいに細長くてガラスのように透明な棒を手に持ち、横になっている俺の顔の額や頬、顎の部分に次々に軽く接触するぐらいの力で当てていった。コレに関しては何をしているのか検討がつかなかった。
そんなこんなで30分程の短い時間が過ぎて、診察は終わったようだった。
「うん、今見たところ身体は大丈夫のようですね。治療も問題なく成功したようだから、身体の怠さも時間が経てば収まるでしょう」
衰弱して死にかけていたらしい俺は、彼女に助けてもらえて生きながらえた。自分がどんな状況だったのか、まだ少し状況を理解しきれていないけれど、今は怠さが少しだけあるけれど、他に身体に問題を感じられないくらいには良い。
だから、船医であり治療して助けてくれたヨハンナさんに向かって全身全霊を込めて感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます」
「お礼は先ほど受け取ったから、何度も要らないわ。私の仕事を全うしただけよ」
つっけんどんな態度に少しだけ怯む。これ以上感謝の言葉を述べても、しつこいと鬱陶しがられたり、相手の重荷になってしまうかもしれない。
少しだけ微妙な間が空いた。慌てたようにヨハンナさんが言葉を発する。
「身体は大丈夫そうだし、今から船長を呼んでくるわ」
ヨハンナさんは、そう言うと俺の返事も聞かずに部屋から出て行ってしまった。
船長ということは、かなりの上の責任者が来るだろうと予想する。この後の自分のすべき役割と対応、プロジェクトについてどう説明するべきかを考えて、船長が来るのをベッドで横になりながら待った。
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ヨハンナさんが出て行った扉が再び開かれた時、見知らぬ二人の女性が部屋へと入って来た。その後ろに、ヨハンナさんが付き従うように歩いていた。
先頭に立ち一番最初に部屋に入ってきた女性は、175cmある俺と同じぐらいの大きな身長。赤い色のピッチリとしたウェットスーツのように見える物を身に着けている。今までに見たことのないような服装。
そのすぐ後ろに付き従い部屋に入って来たもう一人の女性は、一人目の女性よりも更に身長が高くて190cm以上はありそうだった。彼女も、色違いの青い色をしたピッチリとしたウエットスーツを身に着けている。最初に出会ったヨハンナさんは違うけれど、新たに部屋に入ってきた二人は色は違うけれど同じような格好をしている。宇宙船の制服だろうか。
そして、最後に入ってきたヨハンナさん。三人共容姿が非常に優れていて、そんな美人が鋭い目線で睨むように俺を見ながら近づいてきたので、少しだけたじろいでしまう。
「そのまま、寝たままで大丈夫です」
起き上がって対応しようとした俺を、先頭を歩く女性が手を上げて制するように言う。どうやら彼女が船長なのだろうか。
「この船の船長をしていますミラと申します。後ろで護衛をしてくれているのが、デファンです。船医のヨハンナはもう知ってるわね」
近づくなり簡潔に紹介を終えるミラと名乗った女性。デファンという名の女性は無表情に俺を見て、ミラに名前を言われた時に軽く頭を下げるぐらいのアクションしかしない。
見たところミラは、10代ぐらいの年齢に見える。一方、後ろに立つデファンと呼ばれた大きな女性や、医者をしているヨハンナは20代ぐらいの年齢に見える。そのために、ミラは三人の中で一番若いように見えるが、船長と名乗り三人の中で先頭に立って話し始めたということは、彼女たちの中では一番上の立場に居るということだろうか。
ちなみに、俺は冷凍睡眠に入った時は31歳プラス冷凍睡眠期間が何百年も過ぎているらしいので部屋の中では最年長なのだろう。
「地球連合組織の渡辺優と申します。よろしくお願いします」
「えぇ、よろしく」
それから、俺の事情についての説明が始まった。彼女たちには自分の言葉が伝わっているようだから、しっかりとプロジェクトの役割を担うために目を覚ました後の行動について予定されていた通り、嘘偽りなく説明を始める。
地球人類の技術や文化の進歩が止まってしまい、その事象に合わせて人口が徐々に減っていった事から説明が始まり、人類の絶滅が確実だと予想が出来る範囲まで達してしまった事。
そこから、人類が生き残る術を探り出すという目的を持った集団と、人類文化を地球人が滅んでしまった後にも遺す術を計画する集団に別れた事。
俺の参加した人類文化遺贈プロジェクトとは、地球人類が培ってきた文化を可能な限り全てデータ化し、記録し、あらゆる媒体に残して、まだ見ぬ相手に向けて地球人類が生きていたという証、地球人類の遺書を作り残すという計画だった。
その計画の中の1つ、まとめられた記録や当時開発されていたロボット、人工知能などでは役割を果たせないような意志というものが必要な任務を果たすために生きた人間を、冷凍睡眠で半永久化することによって人類文化遺贈プロジェクトの成果を見つけた外宇宙の生命体へ向けた語り部とするという方法が考えられた。
そんなプロジェクトに志願したのが俺だった。ある目的を持っていた俺は、再び目を覚ます事は絶望的だろうと考えられていた計画だったけれど、自分の目的を果たすために死ぬことも厭わないで、再び目を覚ます事に賭ける事にした。
そして、今は目を覚ますことが出来て彼女たちに助けられたという訳だった。
「なるほど」
ミラさんが、俺の話を聞き終えて一度だけ頷き言う。ミラさんの後ろで話しを聞いていたデファンさん、ヨハンナさんの二人も途中に言葉も挟まず静かに俺の話を聞いてくれいてた。彼女達の表情には特に大きな変化は無かったけれど相槌を打ってくれたりして、しっかりと話しを聞いてくれていることが分かったので話しやすかった。
「1つだけ聞きたいことがあります」
ミラさんが俺の顔を覗き込み、質問してきた。
「死を賭して叶えたかった、貴方の目的とは何ですか?」
ソレは、小さな頃から目指していた俺の夢。技術進歩の停滞により、人類全体が諦めてしまった、俺の叶えられなかった夢。
「宇宙の先を見ることです」
地球を飛び出し、月を超えて、地球にいた人達の誰もが知らない宇宙の先を見ることが俺の死んでも叶えたかった目的だった。
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