第02話 覚醒
鼻の奥がツーンとするような感覚がして、目が覚める。
まぶたを開けると、光が眩しくて目を細めてしまう。なぜ部屋の中が明るいのか。疑問に思いつつ、目が慣れるまでの間に少しぼーっとしながら待つ。
目が慣れた頃に、ようやく頭も冴えてきたので起き上がろうとする。けれど、身体が思うように動かなくて、少しだけ浮かせた背中が再びベッドの上に着地する。何で身体がこんなに重いんだ、と見に覚えのない身体の状態に疑問を持つ。
「おはようございます」
「え?」
突然、右側斜め上の方から女性の声が聞こえてきて、自分以外の人間が部屋に居ることに気づいた。自分以外の人間が居ることに、まさかという驚きによって思わず声が漏れて、バッと声の聞こえた方向へ顔を横に倒して向ける。
そこには見知らぬ女性が立っていた。その女性に、鋭い目線を向けられている。
容姿は、可愛いというよりも美人という印象を抱く。色白の肌、真っ黒な髪を頭の上で縛ってポニーテールにしているらしい。部屋の中の明かりを反射するような、肌の色と同じような白衣を身にまとい、俺の寝ているベッドへ歩いて近づいてきた。
「あの、おはようございます。ココは一体何処ですか?」
ベッドの側に近づいてきた女性に向けて、質問する。チラリと部屋の中を見回した所、自分の部屋ではないことだけは確かに分かった。白衣の女性が居るということは、ココは病院だろうか。
「お気づきになられましたか。ココは、宇宙船ジェペンス号の医務室です」
「は?」
女性の返答に呆気にとられ、再び意図せず声が漏れる。彼女は今、なんと言った?
「……うちゅうせん、ですか?」
「ええ、そうです」
至極真面目な表情で返される。女性の発した言葉を正しく理解できずに呆然としている俺に対して、女性はさらに説明を加えていく。
「私たちは、七日前に無人であるハズの惑星から正体不明の微弱な電波をキャッチしました。データベースを調べた所、確かに記録上では無人惑星でしたが念の為に電波を発した原因を探るため宇宙船を惑星に下ろして探索を行いました。18時間後に、ある建物へと辿り付き、そこに電波を発する原因であると思われる機械を発見。再び不要な電波を宇宙へと発信しないように機械を止めようとした所、機械が動作してしまいました。そして、あなたが機械から排出されました。機械から出てきたあなたを調べた所、衰弱死寸前だったために宇宙船に運び込み治療した、と言う事です」
白衣の女性に一気に状況を説明されたが、無人惑星や宇宙船という単語に気を取られて、実のところほとんど理解できていなかった。けれど自分は死にかけていた、という事だけは分かった。
身体が思うように動かないのは、衰弱死しかけていた後遺障害によるものだろうか。とにかく、彼女は命の恩人のようなので先ずは感謝を。
「助けて頂き、ありがとうございました」
「……いいえ、どういたしまして。あなたを助けることが出来て私も嬉しいです」
俺は一旦深呼吸して落ち着くと、疑問が沸き出てきた。俺は何故機械になんか入っていたのだろうか。目が覚める前の記憶を掘り起こす。
「っ!」
目覚める前の記憶は直ぐに戻って来た。
俺は、人類文化遺贈プロジェクトの為に冷凍睡眠に志願して長い眠りについたはずだった。
そして、再び俺が目を覚ます時とは地球人類が滅びた後。地球へとやって来るだろうと予想されていた、地球外生命体が冷凍睡眠装置を発見して機械を起動してくれるだろうという時のハズ。つまり、いま目の前にいる彼女は……。
「ココは本当に宇宙船の中なんですか?」
彼女の言葉をにわかには信じきれなかった俺は、そう質問する。助けてくれたらしい人を疑うような事は失礼かもしれないが、ハッキリと知っておく必要があった。
「コレで信じてもらえるかわかりませんが、少し待っていて下さい」
そう言うと、手元の端末機を操作し始める彼女。
眩しいぐらいに明るかった部屋が、突然暗くなった。
「あちらをご覧になってみてください」
観察を続けていた彼女の指差す方向に目を向ける。
地球がそこにあった。
「貴方の居た惑星です」
直感的に地球だと感じた。美しいブルーと白が目に飛び込んできて、あまりの美しさに言葉が出なかった。写真や映像で見たことがあるのに、その何倍も素晴らしかった。
「宇宙船のカメラの映像を、この部屋に投射してみました」
こんな綺麗な物を見せてくれた彼女の言葉を、俺は疑うことなく信じる事が出来た。どうやら、俺は本当に宇宙船に乗っていて宇宙に来てしまったらしい。
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数分間、宇宙から見た地球を見続けた後。
「もう一つ、質問いいですか?」
「なんでしょう?」
ベッドの横に立つ、どう見ても自分と同じ人類にしか見えない女性に視線を向けて問う。
「私は、地球連合組織の渡辺優(わたなべゆう)と申します。貴方のお名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「ユウさんですね。私は、宇宙船ジェペンス号の船医を勤めますヨハンナ・ヴィベルイです。よろしくお願いします」
後に知ることになるのだけれど、この出会いは地球人類最後の一人となってしまった俺と、外宇宙からやって来た恐ろしく進歩的な文化を持った別の進化を辿った人類との初めての遭遇であった。
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