(Ⅴ)
一番強く表現してみせて、キミができるなかで――と彼女がぼくに迫った。
1
元は格納庫か、でなければ
「――――約束の通り、連れて来たぞ」
車から降りると、ジュノォが宙に向け語りかけた。豹目グラスのピクセルが暗闇に残像を残して揺らめき、端末として機能しているのを周囲に撒き散らして見せている。
「灯りをつけてくれ、ミスタ・
うずたかい天井まで開けた建屋の空間に、彼の声は恐ろしく響いた。
そして呼応するものがあった。
『…………やあ。そう、こちらからは見えてるね。ようこそ、歓迎するよアーティクト』
ジュノォのグラスが備えるスピーカーが、相手の言葉を代弁していた。その現象は、衛星ネットワークを介したエイリアス越しに、相手の人物が対話可能であることを意味した。声色は巧妙に電子偽装されているが、人懐こそうな男性の口調までは覆い隠せていない。
「あんたがクライアント本人か?」
『クライアント? いいや、僕は違うね。今回の依頼主の代理人、って思ってもらった方がありがたいかな? あんまり手際はよくない方だから、お手柔らかに頼むよ』
「――ハッ、嘘つけよ、どんな手品を仕込んだのかは知らんが、これだけの騒ぎを引き起こしておいて一体何の冗談だ。何者だあんた?」
『あはははは、生粋の地球人だよ。日本生まれのね。でも……そうだな、冗談でも凄腕のスーパー・ハッカーと名乗っておいた方が何かしらメリットがあるのかな?』
後席で大人しくしていた一佐は、自分の携帯端末をエイリアスに接続し、ジュノォの立つ車両前方にかざした。立体化された建屋内を古めかしいワイヤーフレーム像がなぞって、その中心、丁度ジュノォと対峙するように、奇妙な仮面のアイコンが浮かび上がっているのに気づく。一佐にはそれが
『まずは依頼の仕事を無事こなしてくれたことに感謝の意を表しよう、ソーサル〈アーティクト〉の若き
口に顎に大仰な髭を蓄えた、薄気味の悪い笑みを浮かべる男の仮面。サーフェイスで質感を属性づけられた皮膚が、まるで陶器のように滑らかな光沢を放っている。端末を視界からどけると、ヘッドライトに照らされた先にはジュノォ以外誰もいない。それは地球上のどこかに実在する何者かが、自治体レベルの権限を難なく越えられる未知の衛星ネットワークをまたいで、この地点に顕在化しているということを意味していた。一佐は端末の小さなモニター越しだが、ジュノォはそれを視野に直接投影させているのだろうか。
「……ふざけてるな。あんたは革命家ごっこでも始めるつもりか? オレたちはアナーキストの片棒を担ぐつもりはないぞ、カネにならない人生は非生産的だ」
何らかの揶揄でガイ・フォークス仮面を被って現れた自称ボビイに、雇われ側と言えど警戒姿勢を完全には緩めない。
『ごめん、申し訳ないけど、こちらは議論に花咲かせてる余裕なんて持ち合わせてないんだ。頼むからさ、〈彼女〉を連れてこの先の地下まで来てもらえないかな?』
ボビイが身振りで促した先に、示し合わせたように光源が点され、搬入口のプレートが掲げられた扉が地響きを上げ口を開けた。丁度トラック程度の車格なら降りられるような幅のトンネル道で、下りの斜面が滑り止めのタイルで丁寧に整備されているのまで見て取れる。この建屋は、リニア加速器に整備資材を運び入れるための中継施設のようだった。
ジュノォがふとこちらを振り返り、フロントガラス越しに睨む。舌打ちでもしそうな目つき。数分時間をもらうと呟くと、車まで戻ってきた。
豹目グラスを剥ぎ取ったジュノォが、開け放たれた助手席の窓枠に寄りかかり、「説得しろ」と後ろのトラックを目線で促した。「五分だけやる」と、銀色に光る古めかしい意匠の鍵を投げて寄越す。そのために一佐をここまで連れて来たとでも言いたげだ。
「………………あっちのクルマ、ミィヤちゃんが。元気してるかな……」
疲れ切ったように小さい声で一佐の決意を後押ししたのは、傍らの小晴だった。
◆
随伴したトラックのコンテナ内に、ミィヤが捕らわれていた。仕掛けは至極単純なものだった。何のことはない、ミィヤは電動車椅子に縛りつけられているだけだ。
「――――大丈夫ミィヤ? ぼくだよ、一佐」
言いながら、無用な刺激はしないようにと、頭部に被せられた布袋に恐る恐る手を伸ばす。トラックには、〈外交官達〉がアーチルデットを拘束したときのような特別な構造は備えられていない。今の彼女は厳めしい鎖で車椅子に巻きつけられ、微動だにしない。ただ胸部だけが息づくのを示すように上下し、ささやかながら無事を訴えていた。
「頭にかぶせてあるやつ、取るからね?」
そうして、被せられた布袋の中からは予想外の表情が飛び出してきた。
「…………し、しんじてましたから」
きっと助けに来てくれると。今にも泣きそうな面構えで、面喰らった。愚かしい人類の行為への恨み辛みでも吐き出されるのだと覚悟していたからだ。
「あのねイッサ……ミィヤは……」
一旦言葉を切り、苦しげな目を伏せ俯く。
「前にも言いました。ミィヤは、兵器ではないのです。ししょーのように、勇敢に戦う力はありません。ししょーがご不在の間、せめてイッサたちを守ろうと意気込んでいましたが、その力も、結局は見せられずじまいでした」
「あ…………あー、いや、いいよ。いいよそんなの。今さら後悔するよりも、なにか前向きになった方が勝った気になれる……と言いますか……」
宇宙人相手の慰めもすぐさま言葉に詰まり、着地点も曖昧なまま途切れてしまう。
「そうそう、ミィヤ怪我は? あいつらに殴られたりしなかった? 君らって、怪我するものなのかすらぼくにはよくわかってないんだけどさ」
「ええ、ご心配には及びません。電気的なショックを受けて、気絶していただけでした」
聞きながら錠を外して貰った鎖を手首から取り去ると、ミィヤは立ち上がろうとしてよろめき、一佐の肩に寄りかかった。
「すみません、まだ空間認識と意識の間にギャップが…………おかしいな」
ひとのように柔らかく暖かいけれど、ミィヤには独特の重みがあった。それを直接実感してなのか、彼女がひどく脆い存在にも思えてしまう。
「従わないとイッサとコハルを売る、って脅されちゃいました。身動きが取れませんでした。ミィヤは〈姫君〉との繋がりがないと、頭もよくないし、何もできません」
「売るって、それアーティクトの連中が言ったの? 政府側に売るって意味なのかな」
言葉もなく、ただ頷く。ジュノォがコミュニティの主義主張よりもビジネスに重きを置いている素振りからして、彼がそちらにメリットを見出す可能性だって想像できる。国家権力相手に決裂上等の人質交渉を仕掛けるのは旧世界のテロリズム然として無鉄砲極まりないが、反政府的スタンスを取るソーサルも未だに少なくないからだ。
一佐はアーティクトについての経緯を踏まえ、彼らがアーチルデットから雇われたソーサルであることをありのまま伝えた。
「あのねミィヤ。あの連中には今回、別の雇い主がいるらしいんだ。誰が信用できて誰が怪しいのかなんて、ゴチャゴチャでもうわかったもんじゃない。でも、彼らは常にお金で動いているんだ。今いるここは、その雇い主との取引場所なんだって」
説得しろ。頭の中でジュノォの声が勝手な反復を始める。その先にぶら下がる本題は、己に与えられた時間内でどう足掻こうと、口に出せば残酷な意味にしかならない。
「…………それでね、今回取引されるのって、どうも……ミィヤみたいなんだ……」
彼女が目を見開かせるものかと身構えていた。それなのに、瞬きすら見せず、ジュノォのものとは真逆の、コミカルで愛らしい眼球が、今も語り相手に向け回る花をくるくると咲かせている。どこか映像の向こう側のプロモーション
唐突に伸びた手の平、少し熱の引いた指先が一佐の頬を滑り、静かに身を離したミィヤは荷台から降りてしまった。
そうして周囲を数度窺った後、
「洋上自治区、トリスタン内部、ですね?」
背中越しに、言い当てて見せる。
「えっ……ここを知ってたの?」
「取引がいかほどのものかは知り得ませんが、ここトリスタンは我々星間連盟の調査対象でした。偶然とは呼べません、これは事象と因果の巡り合わせ。つまり――――」
ししょーに繋がる、と振り返って微笑んだ。それは彼にとって予想外の伏線で、根拠はないものの、光明を前にしたような、不思議な自信が湧き出してくる感覚を覚えていた。
「ごめん。彼ら相手に、ぼくの力じゃ逆らえない。もし危なくなったらひとりで逃げて」
解放されたミィヤは、肯定ともつかぬ溜息を吐き、アーティクトたちを前に向き合った。
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