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生まれて初めて訪れることになった洋上自治区内部は、映像媒体で触れていた印象を上回る光景を描き出して、異様さを一佐たちの目にも焼きつけた。
広大な埋立地面積の八割を施設用地で占めるこの人工島において、むしろ補助的な役割しか担わない都市部――主に商業・居住区画の敷地確保の問題は、都市計画策定時より意図的な密集化を逆手に取った解決策が図られた。例えばピラミッド形状をなす立体トラス型モジュール群の積層構造で形成される自治区中枢部ほど、その意匠を色濃く表していた。
だが、そんな洋上自治区は現在、その構造的短所と電子化依存による弊害で、開港きっての異常事態に見舞われていた。
本来であれば臓腑に抱える数多の企業体とともに、都市自体が寝静まったはずの時間帯の出来事だ。耳慣れない音色のサイレンと電子ホーン、それらが雷鳴のように轟いてはまた割り込みノイズによって打ち消され、複雑に積み上げられた建築群の表層を基底部から浮かび上がらせる赤色灯のビームが、藍染めの空を塞ぐ分厚い雲へと吸い込まれていった。
せせこましい幅員設計の自動車専用路線は、区内交通警察による封鎖措置の影響を著しく受け、もつれ合う迂回車両で麻痺状態にあった。元より私有車に所有制限が設けられ交通量もさほど多くない自治区と言えど、人間が集まり自然に往来が増える区内中枢部ほど、交通管制システム不具合の余波が住人たちの混乱として表面化された。
街区毎に配置される自律清掃車両が、測位衛星から垂らされた首輪を千切られてしまった悲劇の結末として、誘導帯から外れた果て壁面の緩衝材に追突し立ち往生している。それでも記憶領域に記述された
各々に仕事を終えて、自らのねぐらに戻らず繁華街へと留まった一部の自治区民たち。ある者は言うことを聞かなくなった携帯端末に無駄な足掻きを繰り返し、車を所有する外来者に何か大声で喚き散らして、またある者は身動きが取れなくなった自らの境遇に茫然と立ち尽くした。眼前で繰り広げられていたあらゆる雑多な現象が、すべからくしてこの界隈一帯が機能不全に陥ってゆく様を克明に示していた。
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アーティクトの車両は、自治区民らの流れに逆行して埠頭方面に向け静かに移動していた。今回のシステム不全を仕組んだのが他でもない彼ら自身の雇い主とあって、かような混乱状況においても、何ら障害なく目的地点まで誘導されて行った。彼らに知恵を貸した人物と独自の衛星回線を経由して連絡を取り合うことで、本来であれば立ち塞がるべき数々の障害も、初動段階でピンポイントに潰す策を可能にしていたからだ。
実験区画島の南東側埠頭最果て、更に鉄橋を挟んだ海上に、彼らの目的地・トリスタンが忽然と横たわっている。岩手県北上第一研究都市に建造された
鉄橋を渡った先の正面ゲートが大きく開かれていた。正門詰所には常駐する夜間警備員の姿など最初からなく、節電モードのままセンサーを殺された監視カメラのレンズも、明後日の方向を捉えたままだ。
アーティクトたちは仲間内で幾度か指示のやり取りを交わす。随伴させたトラック一台を攪乱役として鉄橋対岸側に戻す方針を固め、一佐らを含めた本隊は施設内に進入した。
先導車のハンドルを握るディータは、正面玄関や来客駐車場に端から無視を決め込んだ。陽が落ち、光源の失われた地平に向かい広がる滑走路跡地。その内部に無数立ち並ぶ建屋の中で、最も大きいものに向け車を走らせた。
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