第31話 攻略難度五の落ちこぼれ

 迷宮内の、とある場所。


「くそッ、また来ましたよ!?」


「なんなんだよコイツらはッ!?」


「うるせぇ! だまって走れ! モタモタしてっとやられるぞ!」


 息を切らしながら走る、三人の男たちがいた。


 彼等は背後からせまる魔物のれを見やると、必死の形相ぎょうそうで走るスピードを上げる。


 体力などまるで考えていない、全力疾走しっそう


 だが、無情むじょうにもその距離はちぢまっていく。


 そして、


だ、追いつかれ――!」


「《こうなるひかりよ、ものまもれ*アブソリュート・ライト》!」


 あわい黄色にかがやく光が、彼等と魔物を分断した。


「んなッ!?」


「これは!?」


 突然のことにまどう男たちだったが、


「みなさん、おはないです?」


 そう問う少女の姿を認め、顔をしかめた。


「お前は……」


やくびょうがみ、クレープ=フォカート……」


「なんで、こんなとこに……」


 苦い顔を浮かべる男たちに、クレープは笑って言う。


昨日きのうぶりですね。元気そうでなによりです」


 そう。


 彼等は昨日、クレープを馬鹿にし、タクトの乱入によりその場を後にした、アレックス派の人物。


 その中のリーダーふうの男が、みつきそうな顔で、言う。


「なにしに来やがった。攻略難度五の、落ちこぼれがッ!」


「あなたたちを、助けに」


「あ゙あ゙!?」


 リーダー風の男は、眉をゆがめて不快をあらわにする。


 それにクレープは、笑う。


「わらいたければ、わらってください。それでもわたしは、自分の役割をまっとうする!」


 そう言って、クレープはしっかりと、魔物に向き直る。


「攻撃はわたしがすべて防ぎます。そのすきに、あなたたちはあれを倒してください」


 そう、昨日とはまるで違う、ぜんとした態度で、言い切って……


『…………』


 それに、取り巻きの二人が、おずおずと口を開いた。


「わる、えと……ごめんなさい」


「俺等もう、魔力が……」


 二人の言葉に、クレープは一つうなずき、


「……わかりました。それなら――!」


 その髪が、闇色やみいろに輝いた。


「すげぇ……」


「きれいだ……」


 二人はほうけたように、その光景をながめ、


「いまから使うのは、一瞬の間しか防壁になりません」


『…………え?』


「ですが、タイミングは合わせます。絶対にすべてはじきます。ですから、その一瞬で、決めてください!」


「なッ!?」


「ちょっ、ちょっと、ま――!?」


「いきますよ!」


 二人の驚愕きょうがくをよそに、作戦は実行される。


 淡い黄色の光は消え去り、魔物の群れが、一気に押し寄せて、


「《彩鈴陣さいれいじん》!」


 ――瞬間、クレープたちの周囲に、円柱状をした闇色の結界が現れた。


 それは魔物の突撃を的確に防ぎ、魔物の群れを弾き飛ばす。


「さぁ、お願いします!」


 クレープは背後の男たちに声をかける。


 男たちはあわてたように声をらげ、


「だから、俺等はもう魔力が――ッ!?」


 自身の異変に、気づいた。


「なんだ、これ……!?」


「魔力が、戻ってくる!?」


 身体からだの奥底からどんどんと魔力があふれ、全身に力がみなぎってくる。


 だから二人は、


「す、すげぇ……ッ!」


「ダニールさん! これなら――ッ!?」


 振り向き、驚愕した。


 三人組のリーダーであるダニールが、わきも振らず、一目散いちもくさんに逃げ出していたのだ。


「ダニールさん、なにやってんすか!?」


「はぁ、はぁ……これから、何度おそわれるかわかんねぇんだ! あの落ちこぼれがおさえられんなら、このまままかせちまえばいいんだよッ!」


「でもッ……!」


「いいからさっさと走れ! 死にてぇのか!?」


 その、言葉に、


『…………』


 二人は、くちびるめた。


「…………ごめん、なさい……ッ!」


「俺等はまだ、死にたくないから……ッ!」


 歯を食いしばり、くやしそうに吐き捨てると、二人はそのまま、ダニールを追って駆け出して、


「あ、ちょっ、そんな……!」


 クレープは引き留めようとするも、魔法はとっくにけている。


 弾き飛ばした魔物の群れは、すぐそこまで戻ってきていて、


「くッ、ア、《アブソリュート・ライト》!」


 クレープはとっさに防御魔法を発動する。


 しかし、


「あ、だめだ。あのとき魔力を使いすぎて、もう、これ以上は……」


 アレックスの挑発ちょうはつに乗って、余計な、それも膨大ぼうだいな魔力を消費してしまった。


 このままでは、いずれ――


「…………」


 頭をよぎった嫌な想像を、クレープは首を振ってぬぐい去る。


(こうなったら、なんとかして攻勢に回らないと!)


 それが、唯一ゆいいつかいさく


 だが……


(……できるんです? わたし、なんかに……)


 クレープはいままで、一度だって、思った通りの攻撃魔法を、使えたことがない。


(そんなわたしに、できるんです?)


 それでも、やらなければいけない。


 やらなければ、ならない。


 そうしなければ、自分は……


「…………」


 クレープはもう一度首を振り、思考を切り変える。


さいわい、まわりに人はいない。なら、たとえ失敗したって!)


 覚悟を決めて、つえかまえ、


「あ……」


 いつの間にか、魔物が目の前にいた。


 あっという間に、杖を弾かれてしまった。


 あれがなければ、クレープはまともに戦えない。


 戦場に立つことができない。


 なぜならあれは、そういうものだからだ。


 自身をし、自信を宿やどらせる。


 そういう、秘宝ものだからだ。


 だから、それを手放してしまったクレープは、愕然がくぜんとした。


 一瞬で顔が、恐怖に染まった。


 強がっていた心はメッキのようにがれ、弱い心が姿を現す。


(逃げなきゃ……)


 必死に逃げようとするも、全身がふるえだして、うまく動くことができない。


 足はもたついてからまり、そのまま倒れ込んでしまう。


(いやだ……)


 その間に、魔物はクレープに迫り、 


(誰か、助けてッ……!)


 光が、駆け抜けた。


「…………え?」


 その光は寸分すんぶんくるいもなく、魔物のみけんつらぬいて……


「いや~、間一髪かんいっぱつって感じ?」


「え……?」


 その声に振り向いてみれば、黒が、立っていた。


 その黒はへらへらと笑い、


「ん? あー、また来たよ。奥行くほどひん上がるとか?」


 なんて、武器を構える。


 そして、


「あ、やっぱ足んないか」


 武器が、消えた。


 それでも、黒は余裕をくずさない。


 黒は余裕を崩さない。


 へらへらと、なぜこの状況でそんな風に笑っていられるのかと思うほど、気の抜けた顔で、


「んじゃこっちだな。【アルガント】」


 ズガガガンッ――!


 と、魔物の群れを、あっという間に、撃ち落としていき……


「君はいつまで、そこで寝てるの?」


「……え? あっ!」


 そこでようやく、クレープは動くことができた。


 立ち上がって、杖を拾う。


 そうすれば、自然と自信がみなぎってきて……


「ありがとうございました。タクトさん」


 しっかりと、声が出た。


 内心それにあんしつつ、黒に、タクトに、頭を下げる。


 タクトは通路の奥へと目を向けたまま、言う。


「ん~? 救出が目的だしねぇ~」


「そうですか。それならもう、わたしは大丈夫です」


 クレープは杖を構え、毅然として言う。


 それに、


「なに言ってんの?」


 タクトが、振り向いた。


 その顔は、ひどくつまらなそうに、歪んでいて……


「【オルジェイル】」


 タクトの右手が、ひらめいた。


 すると、純白じゅんぱく拳銃けんじゅうが、そこに現れて、


「…………え?」


 その銃口じゅうこうを、クレープに向けた。


「タ、タクトさん!? いったい、なにを!?」


「うるさい」


 慌てるクレープをよそに、タクトは冷たく言い放ち……引き金を、引いた。


「あ…………」


 辺りに銃声がひびき、弾が撃ちだされる。


 それは寸分の狂いもなく、クレープの心臓を撃ち抜いて……


「大丈夫なんだったら、そもそもピンチになんてなってないでしょ」


 タクトは冷たく、クレープを見下ろす。


 それに、クレープは……


「…………あれ? なんとも、ない……?」


 服の胸元を引いて中を確認してみても、そこには傷痕きずあとすらなくて……


「いったい、なにが――ッ!?」


 そこで、身体が急に、熱くなった。


 まるで、内側から力がき上がってくるかのように、活力かつりょくに満ち溢れてくる。


「魔力、それで足りる?」


「え?」


 魔力が足りるか。


 タクトはそう言った。


 それは、つまり……


(わたしと、同じ?)


 タクトがおこなったことは、クレープが先ほど使ったような、魔力を回復させる技ということ。


 だからクレープは、


「タクトさんこそ、わたしなんかに分け与えて、このあと足りるんです?」


 にやりと、笑った。


 それは、てきに。


 もう恐怖や絶望なんてじんも感じさせない、笑顔で。


 同じたぐいの魔法を持っているクレープだからこそわかる、回復する魔力よりも、使用するのに消費する魔力の方が大きいという、欠点をてきしながら。


 タクトはぼけ~っと、まるでやる気の感じられない表情で頭をいて、


「ん~……別に無理に攻略しようってわけじゃないし、ここまで大して使ってないから……まぁ、大丈夫じゃない?」


「そうですか」


 クレープはうなずき、


「そうそう。それよりも、さっきすれ違った奴らなんだけどさぁ、結構あやうい感じするから、そっち行ってくんないかな?」


 と、タクトはどこかあきれたように言う。


 それに、


「……あの人たち、まだ危ういんです?」


 クレープはぼそりと小さく、つぶやいて……


「ん?」


「いえ、なんでもないです」


 クレープはこほん、と小さく咳払せきばらいをすると、しっかりとタクトのひとみえ、言う。


「あの人たちのことはわかりました。代わりにタクトさんには、わたしの大事な友達をたのんでも、いいです?」


「もとからそのつもりだよ」


「ありがとうございます」


 クレープは丁寧ていねいにおをしてそう言うと、くるりと身体の向きを変えて、走り出そうと、


「あー、でも、一つ、頼んでもいいかな?」


 タクトが、なんともいえない顔で言った。


「はい。なんです?」


 クレープは振り返り、笑顔で問う。


 それにタクトは、


「俺に、――――――くれないかな?」


「……………………え?」


 衝撃に固まるクレープをよそに、タクトはへらへらと、不敵に笑っていた。

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