第28話 突入

「……すごかったね、いまの地震」


 すさまじい轟音ごうおん衝撃しょうげきはらんで迷宮めいきゅう全体をおそった地震がおさまり、数秒。


 地震が完全に止まったことを確認してから、欠片かけらも感じられない顔で、タクトが言った。


 それにパンが、ふふん、と、自慢げに胸をらす。


「きっと、クーちゃんの仕業だね」


「え? あの子地属性でも持ってんの?」


 もしそうだとしたら、それはとてつもなく汎用はんよう性にんだ人材だ、とタクトは思ったが、


「ん~? 地属性は持ってなかったと思うよ?」


 パンは宙を見上げながら、そう言った。


「え? じゃあ、どういう……」


 とタクトは首をかしげ、


「話は走りながらにしとけ。とりあえず、急ぐで」


「え? あ、うん……」


 しょうではあったが、ケインに続いて、駆け足で通路を進むことにした。


 そして、


「それで、さっきの続きなんだけど……」


 と、走りながら、パンに目を向ける。


 パンは同様に走りながら、ちらり、とタクトを見た。


 そして、何事なにごとか考えるようにあごに手を当て、天井を見上げ、


「ん~……その話をするには、まず、そうだね――」


 ピッと、人差し指を立てて、


「三人のかみには気をつけろ」


「……なに、急に?」


「もしくは、三厄さんやくの神にはかかわるな」


「……だから、なにそれ?」


 話が理解できず、げんな表情を浮かべるタクト。


 それにパンは、


「ただのうわさ」


 と、肩をすくめた。


「うわさ?」


 眉をひそめるタクト。


 パンはうなずいた。


「うん。この学園にいる人たちで、知らない人は、一人もいないぐらいのね」


「…………ふむ」


 それならば、聞いておくべきだろう。


 クレープの話と関係あるかは知らないが、とタクトは考え、視線で先をうながす。


 パンは言う。


「その三人は、普段はとても温厚おんこうだけど、逆鱗げきりんに触れると命にかかわる災厄さいやくき散らすから、決して敵に回したり、深くかかわりあうべきではない、って言われてる」


「…………」


「その神ってのは、まぁ、二つ名のことなんだよね」


 その言葉に、ぴくり、と、タクトの眉が動いた。


「二つ名……つまり、死神しにがみとか?」


「そう、そういうやつ。ちなみにあれも、その三厄の神の一人だよ」


 パンはそう言ってから、「まぁ、あれは放っといても災厄を撒き散らすような人だけど」、と、肩をすくめた。


「それで? その話がなんなの?」


「うん? ……まぁ実は、クーちゃんも、その内の一人なんだよね」


「……へぇ?」


 興味深そうに口元をゆがませるタクト。


 パンは言う。


「クーちゃんにつけられた二つ名は、やくびょうがみ


「疫病神?」


 タクトは眉をひそめた。


「うん」


 パンは、うなずく。


 タクトはあごに手を当てて、


「ふむ。なんでまた、そんな名前を?」


「それはね――」


 パンはまるで自慢話でもするかのように、楽しげに笑って、


「悪いけど、雑談ざつだんは一旦、そこまでや」


 ケインが、それを止めた。


 前を見れば、通路はもう、終わりのようだ。


 少し先の方に、広間が見える。


 そして、その広間の奥。


 タクトたちから見える壁面へきめんは、ところどころがくだけ、大きなれつも確認できた。


 おそらく、あの場所で、なにかが起こったのだろう。


 二人は会話を中断し、警戒けいかいを強める。


 そのまませまい通路を駆け抜け、大広間に出ると、そこには……


「…………なに、この巨大な穴」


 広間の中央に、直径二十メートルほどの、巨大な穴がいていた。


 ぼへ~っと、気の抜けた顔で言うタクトの横を、他の三人はさっさとすり抜け、その穴に近づいていき、


「恐らく、クレープのせいやな」


「え!? これが!?」


 ケインの言葉に、タクトは目を丸くした。


 それもそのはず。


 なぜなら、


「だってあの子、援護者サポーターじゃ……」


 そう、クレープは援護者サポーター


 これほどの威力いりょくほこる技を使えるというのなら、特攻者アタッカーになるはず。


 本人はそれをいやがったとしても、まわりはそれをゆるさないだろう。


 タクトが怪訝な顔を浮かべていると、パンが楽しそうに口を開いた。


「これが、クーちゃんが疫病神と呼ばれる所以ゆえんだよ」


「……どういうこと?」


 いぶかしげな視線を向けるタクト。


 それにパンは、


「クーちゃんはね、援護者サポーターなんだよ」


 なんて、堂々と、胸を張って、言ってきて……


「……いや、知ってるけど」


 なにを言ってるんだこいつはとでも言いたげに、タクトは半眼はんがんでパンを見やり、


「違うよ」


 パンは首を、横に振った。


「クーちゃんはもっと、根本こんぽん的なところで援護者サポーターなんだよ」


「……どういうこと?」


 言っている意味がわからず、眉をひそめるタクト。


 それに、


「パン。説明はこっちでしとくさかい、深さを調べてくれ」


 と、ケインが割り込んできた。


「ん~? まぁ、いいけど」


 パンは肩をすくめて言うと、穴のそばまで近づいていき、


「【ミルニクス】」


 パンの手が、ひらめいた。


 そこに、小さなつちが現れた。


 一切の装飾もほどこされていない、シンプルな造形。


 まるで光が吸い込まれていくような錯覚さっかくをするほどに、潤沢じゅんたくで、静謐せいひつ漆黒しっこく


 それの頭部を下に向け、そのまま穴の中に突っ込み、


「《びろ》」


 つぶやいた。


 すると、鎚のがぐんぐんと伸びていき……


 それを横目に、ケインが口を開いた。


「ほんで、説明の続きやけど……簡潔かんけつに言うと、アイツは攻撃魔法を使えへんねん」


「攻撃魔法を、使えない?」


「正確に言うと、制御できんねや」


 そう言うと、ケインはなんともいえない顔で頭をき、


「理由はよう知らんけど、なんちゅーか、こう、感情が高ぶったときに攻撃魔法を使おうとすると、必ずと言っていいほど失敗するんや」


「しかも、普段落ち着いてるときには援護に集中して、攻撃は一切しないんだぜ」


 と、いつの間に近くに来ていたのか、テルンがそくをした。


 タクトはそれに、なんともいえない顔を浮かべ、


「それは……援護者サポーター、だね……」


「やろ? ほんで、アイツが攻撃魔法を使うと毎回とんでもないことが起こるっちゅーんで、疫病神呼ばわりされとるわけや」


「なるほど……」


 タクトは言葉だけでうなずくながら、穴に目を向ける。


 そして、今度は広間の壁面に目を向け、そこにきざまれた傷跡を、しっかりと、見つめ、


(……これ、ほんとにただの、暴発ぼうはつか?)


 眉を、ひそめた。


 制御ができずに、暴発させた魔法。


 それは普通、こうせいを失って辺りに散らばったり、散発さんぱつしてあらぬ方向へと飛んでいったりするものだ。


 だが、これは……


(もろに食らったら、だいぶヤバイだろ……)


 直径三十メートルはあるだろう広間全体に多大なダメージを与え、さらには、地面に直径二十メートルほどの、それものぞいただけでは底が見えないほどに、深い大穴が空いている。


 暴発した魔法にもかかわらず、これほどの威力。


 だからこその、災厄なのだろう。


 だからこその、疫病神なのだろう。


(……もしもこれが、指向性を持ったりなんかしたら……)


 タクトはいつになく真剣な表情で、広間を、穴を、見つめ……


「ケイン。深さは大体八メートルくらいだよ」


 どうやら、鎚の頭部が底についたようだ。


 パンが頭を振り向かせながら言う。


 それにケインはうなずいた。


「よし、ほんなら全員行けるな。パン、たのむで」


「りょ~か~い」


 パンはびした声で言うと、


「《ふくらめ》」


 呟いた。


 すると、鎚は柄ごと、どんどんと巨大に膨れ上がっていき……


 それに気づいたタクトが、意外そうな顔をした。


「え? ちょっと待って? 行くって、この中に?」


「当たり前だぜ」


 目を合わせないまま、当然のように言うテルン。


「クレープがやらかすっちゅーことは、なにか不測の事態が起こったっちゅーことやからな」


 と、ケインも首の骨を鳴らしながら、平然と答えた。


「でもここ、変転へんてん迷宮だよね? 下手したら、高難度の可能性が……」


 タクトは少し、けわしい表情を浮かべ、


「大丈夫だよ、ボクたちは強いから。それに、友だちを助けに行くのは当然だしね」


 パンが、胸を張って言った。


 それに、


「…………」


 タクトは少し、視線をするどくして……


「…………」


 それに気づいたケインが、嘆息たんそく混じりに口を開いた。


「お前の言いたいことは、大体わかるで? 力におごったら死ぬとか、仲間のためやって、下調べもせんと迷宮入んのは自殺行為だ、とかやろ?」


「…………」


 それをわかっているなら、なぜ突入しようというのか。


 タクトはそう言おうと、


「けどな」


「…………」


 ケインが先に、口を開いた。


「これがワイ等の、唯一ゆいいつの見せ場みたいなもんやねん」


「…………」


「いくら強い言うたかて、そもそもの戦力が足りんねん。だから、アイツ等と真っ正面から勝負したところで、勝ち目なんかあらへん。だからこそ、こういう不測の事態とかでしか、力を示せへんねん」


「…………」


「だから、行く。たとえ高難度だったとしても、その程度を乗り越えられへんねやったら、どうせ目的も達成できんからな」


 真剣なおもちで言うケインに、タクトは、


「……それなら、俺も行くよ」


「……無理はせんでもええんやで?」


「無理じゃないよ。俺だってそこそこ強いし、こっちもそういう事態になる可能性があるしね」


「はっはぁ。だからおんを売っとこうってか?」


「悪い?」


「いや? むしろ話のわかる奴でよかったわ」


「そりゃどうも。で? もしも高難度だったとして、どうするの?」


「ん? ああ、それなら心配あらへん。別に無理に攻略しようっちゅーわけやないからな」


「……ふむ」


「とりあえずは、足手まとい共の救出が先決や。アレックス派はともかく、エリスの方は隊長と副隊長以外、足手まといも同然やからな」


「誰かに聞いてるかもしれないけど、エリーのとこは数が多いから一番ってだけで、強い人はあんましいないんだよね」


「でもその分、隊長達はぶっ飛んで強いぜ。それこそ、オレ等と並ぶほどに」


「それに、もしもこの先が高難度やったら、ココアとクソ眼鏡が動いとるはずや」


「…………」


 ここでもまたあの二人か、なんて、タクトは思い……


(……神がついてないのに、かなり注目されてんだな、アイツ)


 それは、あの男の実力か。


 それとも……


「色は関係ないで」


 ケインが言った。


 その顔には、あきれとも、同情どうじょうとも取れる色が、浮かんでいて……


「ん? あ、なに考えてるかわかった感じ?」


「まぁな」


 だが、それも一瞬。


 ケインは表情を戻し、興味なさそうに言うと、


「さて、あんま長いこと雑談しとったら、助けれる奴も助けれんようになるし」


 ちらりと、三人に目をやった。


 それに、


「そうだね。行くならさっさと行こうか」


「オレははなから準備万端ばんたんだったぜ」


「早く終わらせて、みんなでご飯食べようよ。金ぴかとエリーたちのおごりで」


 と、三人共大した緊張きんちょう感もなく、しかし、そのひとみには確かな覚悟を宿やどして、答えた。


 ケインは満足げにうなずき、言う。


「よし、ほんなら全員柄につかまれ。一気に下まで行くで」


「おう」


「うん」


「それでは三名様、ごあんな~い」


 パンが間延びする声で楽しそうに言い、


「《ちぢめ》」


 その言葉と共に、柄がどんどんと縮んでいき、彼等はそれに合わせてゆっくりと、暗闇の底に沈んでいった。

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