第29話 救出

 降りた先は、どこか神聖しんせいさを感じさせる場所だった。


 汚れ一つない、白を基調きちょうとした、静謐せいひつろう


 それは生命を感じないほどに静かで、おごかなふんただようもので……


「……雰囲気が、変わってるね」


「そうやな」


「これは間違いなく、難度も変わってるぜ」


「ケイン」


「ああ。わかっとる」


 パンにうなずきながら、ケインはしゃがみこんで、地面に手をつく。


「……これは?」


「辺りを調べてるんだよ」


「辺りを調べる?」


「うん」


 テルンが三人の背後を警戒し、パンは手にしていたつちをしまう。


 そしてタクトがげんな表情で見守る中、ケインは地面から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。


「……とりあえず、わなはないみたいやな」


「ってことは、難度四十未満だぜ」


「なら、なんとかなりそうだね」


 ケイン、テルン、パンはそう言って、ゆっくりと歩き出す。


 その様子をながめながら、


「えっと……説明はしてもらえるのかな?」


 と、タクトはどこか困ったように、言った。


 それにケインが立ち止まり、首だけで振り向いた。


「地属性を持っとるって言えば、わかるか?」


「地属性……? あー、地面に魔力流し込んで探ってたのか」


 タクトが納得した様子で言う。


 属性というのは、いわばしん性だ。


 地属性を持っていなくとも地面に魔力を流し込んで辺りを探ることはできるが、消費する魔力や精密せいみつさなどは、持っている者よりもおとる。


「そういうことや」


 そう言って、ケインは顔を前に向けた。


 タクトは小走りにケインたちに駆け寄り、


「それにしても、魔物が見当たらないね」


「誰かが引きつけとるんかもな~」


 なんて、タクトはだら~んと全身を脱力させ、ケインは頭の後ろで手を組みながら、リラックスしたように言い合い、


「兄貴。向こうから誰か来るぜ」


「なんかおそわれてるっぽいよ」


 テルンとパンが、言いながら構えた。


 二人の視線の先を追えば、巨大なはちような魔物が数匹と、それから逃げている十数名の人影がえる。


 魔法で牽制けんせいでもしているのだろう、時々、炎やら水やら雷やらが、魔物に向けて放たれていた。


 それに、


「なんだ、結構元気そうじゃん」


「そうやな」


 なんて、相変わらず緊張きんちょう感もなく言い合い、


「にしても、ずいぶんとデカイ蜂やなぁ」


「五十センチくらいかな? 間近で見たら気持ち悪そうだね」


 だが、その視線は一切、魔物からは離れない。


 そして、


「おい」


「なに?」


「自分、こっからち抜けるか?」


 と、ケインが言った。


 それに、


「……相手の固さ次第かな」


 と、タクトは答えた。


 そう言って、肩をすくめた。


 それは、当てられるということだ。


 決して、外すことはないということだ。


 だからケインは、ニヤリと笑い、


「そうかい。ほんなら、お手並み拝見といこうか」


 そう、言った。


 当てられれば、充分だと。


 気を引ければ、それでいいと。


 だからタクトは、


「四十未満ったって難しいことには変わりないだろうに、ずいぶんと余裕だね……まぁ、いいけど」


 なんて、まるで緊張感もなく肩をすくめ、


「【アルガント】」


 左手が、ひらめいた。


 そこに現れたのは、一丁いっちょうの、黒い拳銃けんじゅう


 タクトはそれを、魔物に向ける。


 その視線は鋭く、即座にねらいを定め、


「《急泣きゅうきゅう》」


 ぼそりと、小さくつぶやいた――直後。



 ズガガガンッ――!



 と、数度の銃声が、通路に響いた。


 それと同時、拳銃から漆黒しっこくの銃弾が数発、撃ち出された。


 その銃弾は寸分すんぶんたがわず、魔物のけんに直撃して、


『――――ッ!!!!』


 魔物たちはむらさきがかったみどり色の血をき散らしながら、かいだんまつを上げる。


 そして、次々と、撃ち落とされていき……


「……まぁ、こんなもんかな」


 魔物をすべて仕留めると、タクトはそう言って銃を下ろし、肩をすくめた。


「ほぉ、一撃か」


「ふん。あれくらい当然だぜ」


 ケインはあごに手を当てて感心したように、テルンは鼻を鳴らしてつまらなそうに言う。


 パンはとてとてとタクトに近づき、


「全部同じようなとこ当ててたね」


「あそこが急所きゅうしょだったからね」


 それにケインが、歓心かんしんした様子で口を開いた。


「へぇ、お前急所がわかるんか。それだけでも仲間にする価値あるで」


「そりゃどうも」


 と、タクトはもう一度肩をすくめ、


「お前らに助けられなくても、オレたちでどうにかできてたよ」


 いつの間にか、追いかけられていた者たちがそばまで来ていたようだ。


 その中の一人が、肩をすくめて言った。


 タクトは興味なさそうに、その男を見やり、


「あらそう?」


「そうそう。それに、こっちに当たったらどうするつもりだったんだ」


「しっかりまもってたくせに、なに言ってんの?」


「護ってたからって、なにやってもいいわけじゃないだろ? 第一だいいちこっちはにんばっかだし、れなやつも多いんだからさぁ」


「不慣れ?」


「おっと、まぁ気にしないでくれ」


 男は読めない微笑びしょうでそう言うと、タクトから目をそむける。


 タクトはいぶかしむように、無言で視線をぶつけ、


「……あの、ありがとうございました」


 一人の少女により、空気が変わった。


 タクトはその少女に目を向け、


「お礼言うのは、まだ早いんじゃない?」


「そうだねぇ。どうにかして脱出しないと……」


 男もそれに同調して、


「その前に、他の奴等はどないした?」


 と、ケインが割り込んできた。


 その顔はどこか、真剣なもので……


「…………」


 男は一瞬眉をひそめると、嘆息たんそく混じりに、言う。


「戦えるやつは、そのまま攻略しに行ったさ」


「……あの男は、それを許したんか?」


「んにゃ? アレクは足止めに動いて別行動だったからな。これはあの筋肉馬鹿の独断どくだんだ」


「……その言いぐさやと、リヤルゴ側でもなんかあったみたいやな」


「あー、やっぱアレク側でもなんかあったわけね。こっちはボスを仕留めようとしたら、突然地震が起こってさぁ。それで全員手元が狂って、全力魔法を地面にぶちまけちゃったのよね」


「地震、か」


 それは恐らく、クレープの起こした暴発が原因だろう。


 ケインは軽く嘆息し、


「ああそれと、突然床が爆発しだしてさぁ」


「爆発ぅ?」


 たん、その顔はひどく嫌そうにしかめられ、


「そうなんだよ。それもあって床がぶっ壊れてさぁ、そのまま全員仲良く落っこちちまってまぁ、こりゃもう大変って感じだよ」


「……おい、それって――」


 と、いぶかるように眉をひそめ、


「ねぇ、アレまた来てるよ?」


 なんてタクトが指差す方を見やれば、またもあの蜂のような魔物が、こちらに向かってきていた。


 テルンはそれを一瞥いちべつすると、


「なら撃てばいいぜ」


「えー、戦うの俺だけ~?」


「あれくらい、お前一人で充分だぜ」


「さすが、チームプレーくそ食らえってとこだね」


 タクトは肩をすくめると、さっきと同じように魔物に狙いを定め……


 ケインが視線を男に戻す。


「他になんか情報あるか? ないんやったら、このまま上に運ばせるけど」


「情報?」


「気になったことでもええ。なんかないか?」


「そうだねぇ……」


 男は口元に手を当てて考えるりをすると、ちらりと、まわりに目を向けた。


 目を向けられた者たちはこれまでを思い返しているのか、宙を見たり、うつむいたりして……


「あ……」


 一人の少女が、声を上げた。


 視線がそこに集中する。


 少女はいきなり向けられた視線に顔を赤くし、あわてたように口を開いた。


「えっ、あっ、あの……ここまでの、道筋みちすじ、とか……攻略に行った人の、数、とかなら……」


「言ってみぃ」


「あ、はい、えっと……ここまでの道は一本道で、罠はありませんでした」


「一本道か。思ったより簡単に追いつけそうやな」


「次に、攻略に向かった人たちなんですけど……」


 少女がなんともいえない顔を浮かべ、口ごもる。


「……それが、どうかしたんか?」


 ケインは、神妙しんみょうそうに眉をひそめて、


「あ、えっと……エリスさんの方は特攻者アタッカー五人、援護者サポーター三……クレープ先輩を入れて、四人、です、けど……」


「そういうことか」


 少女の言葉を理解し、ケインはちらりと、男にくばせをする。


 男はその視線を受けると、一つため息を吐き、言う。


「オレらの方は、筋肉馬鹿……もといリヤルゴを含めて特攻者アタッカー九人、援護者サポーター七人だ。アレクも救援に向かってるから、全部で十七人」


「合わせて二十七か」


「ずいぶんと差があるぜ」


 テルンの言葉に、男はどこかあきれた顔で肩をすくめ、


「落とされた時に中程度以上の負傷をしたやつはそのまま置いていかれたんだが……オレらんとこは、援護者サポーター頑丈がんじょうでな」


「負傷者のために、エリス側が人員をいたわけか」


「そういうこと。……まぁ、オレも一応残ったわけだけどね。んで、その後にアレクと疫病神やくびょうがみちゃんが来て、こっちくるよう言われたんだ」


「あいつ……ワイ等がどうにかするだろうってことかい」


 ケインはげんなりと顔をゆがませ、一つため息を吐くと、


「まぁええ。パン」


「いつでも行けるよ~」


 言葉の通り、パンはいつの間にか天井に空いた穴の真下に立ち、その横には、巨大な鎚が準備されていた。


 彼等は順に鎚の頭部に乗り、つかむ。


 その最中、少女がケインたちに振り向いた。


「戻ったら、すぐに助けを――」


「いらん。四十未満程度なら、ワイ等でなんとかなる」


 ケインはその先をさえぎり、言う。


「え? で、でも……」


 少女はおろおろと困惑こんわくしたように言うが、


「大丈夫や。ほんまにヤバいんやったらクソ眼鏡がもう動いとるはずやし、予備戦力もすでに居るみたいやからな」


 と、ケインは嘆息混じりに言った。


 少女はうつむき、しばらく目をつぶって黙考もっこうすると、一つ、大きく息を吐き出し、ゆっくりと顔を上げた。


「…………わかりました。無理は、しないでくださいね」


「ああ、わかっとる」


 ケインはそれにうなずく。


 少女もそれにうなずき返し、真剣なまなしで、ケインを見つめ、


「そろそろいいかな? それでは上に参りま~す。《びろ》」


 機を見計らってパンが言うと、柄がぐんぐんと伸びていき、彼等はあっという間に、穴の奥へと消えていって……


 彼等を穴の外へと送り届け、パンが柄をちぢめると、ケインが一段落ついたとばかりに口を開いた。


「さて、ほんならテルンとパンは、ここでたいや」


「えー……」


 テルンは嫌そうに、げんなりとした顔をする。


「足手まとい共の救出が先決言うたろ。見つけたらこっちに送るさかい、順次じゅんじ上に送ってくれ」


「……なら、オレが救援に行って、そいつをここに残せばいいぜ」


 テルンはジトッとした目でタクトを見ながらそう言って、


「……いや、それは無理や」


 ケインは嘆息混じりに、そう言った。


「なんでだぜ?」


 訝しげに眉をひそめるテルン。


 ケインはボリボリと頭をかいて、


「あー……そりゃ、あれや。脱出口の確保は重要やろ? せやから、信頼できる奴に任せたいんや」


「信頼できる奴……」


 視線は相変わらず訝るようだったが、その言葉には一応納得したようで、テルンは口をつぐんだ。


「いいよ、行ってきて。なんにしろボクはここを動けないし、なんとなくわかったから」


 パンはここに来た者を穴の外に運ぶ、という自身の役割を理解しているためか、そう言って肩をすくめる。


「理解が早くて助かるわ」


 と、微妙びみょうな笑みを浮かべるケイン。


 パンはにひっと、悪戯いたずらっぽく笑い、


「その分、後でおごってもらうから」


「抜け目ないやっちゃなぁ……まぁ、しゃあないか」


 ケインは呆れたようにため息を吐くと、タクトに目を向け、


「ほんなら、行くか」


「そだね~」


 こうして、純無魔導師バハムート争奪戦、第二幕が始まった。

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