第23話 純無魔導師争奪戦

 次の日の朝。


 午前十時。


「勝って戦力を補強ほきょうしよう。純無魔導師バハムート争奪そうだつ、迷宮攻略対決~!」


『おおおおおおおおおお!!!!!』


 ぶと雄叫おたけびが、辺りに響いた。


 場所は、学園迷宮の入り口付近。


 そこでは数十名の集団が、だんじょうに立った男をながめていた。


 その中の一人が、半眼はんがんで言う。


「…………なにこれ?」


「見ての通り、開会宣言だぜ」


「開会宣言?」


 テルンの言葉に、タクトはひどくめんどくさそうに眉をひそめ、


「なんでも、自称難度六十攻略者が提案したそうや」


「あ~……うん、大体わかった」


 ケインの説明に、げんなりとした顔でため息を吐いた。


 その間にも、壇上の男――アレックスによる開会宣言は続く。


「ルールは簡単。前方に見える学園迷宮の攻略という、いたってシンプルなものだ。あれを先に攻略したチームを勝者とし、純無魔導師バハムートは勝利チームがぞくするばつへと加入してもらう」


 と、りをまじえながら、声高こわだかに言い、続ける。


「ちなみに今回の攻略は、学園迷宮のそう部分に当たる、難度二十六の、【蒼白そうはく鉱床こうしょう】とする。知らぬ者のために言っておくと、この学園迷宮は年齢制限つきの変転へんてん迷宮となっていて、いまだ全貌ぜんぼうを知れてはいない。相手を出し抜こうと安全の確認されていないようなルートを通れば、そこが高難度だったという場合もある。一刻いっこくを争うような勝負内容だからと言って、無理は禁物きんもつだ。あせらず冷静に、を広く持ち、決して慢心まんしんはするな。……以上で、開会の宣言とさせていただく。リヴェータ先生、合図をお願いします」


 そう言ってアレックスが壇上から降り、それと入れ替わるように、リヴェータが壇上に立った。


 リヴェータはなんとも言えない顔で後頭部をきながら、口を開く。


「えー、言うべきことは大体言われてしまったので、これだけ言っておく」


 そう言うと、一転して真剣な表情に代わり、


「全員、たい満足まんぞく平穏へいおん生還せいかんするように! では、攻略開始だッ!!」


 その言葉と同時、腕を思いきり振り上げ――直後、空ですさまじい衝撃音が響き渡った。



『うおおおおおおおお!!!!!』



 それを皮切りに、生徒たちが一斉いっせいに迷宮へとけ込む。


「ほな、ワイ等も行くか」


「おう!」


「うん」


「ふぇ~い」


 それに続くように、タクトたちも、迷宮内へと消えていった。






 ◆◆◆




 迷宮の内部は、洞窟どうくつのような場所だった。


 青みがかった、黒い景色。


 ところどころに横穴のある、人三人がぎりぎり並んで歩けるほどの通路。


 それを形作る、ゴツゴツとした岩肌いわはだ


 いったいどこから光がし込んでいるのか、完全なへい空間であるにもかかわらず、洞窟内はあかりがらないほどに、明るく照らされている。


「…………ねぇ」


「なんや?」


 そんな迷宮内で、タクトは……


「俺らは、急がなくていいの?」


 げんな顔で、そう言った。


 それもそのはず、タクトたち四人は、あっという間に他の二チームから引き離され、にもかかわらず、そのさいこうを、まるで散歩でもするかのごとく、ゆっくりと進んでいるのだ。


 ケインは相変わらずてくてくと、まるで急ぐ様子もなく歩きながら、言う。


「自分、飯は食ったか?」


「え? いや、食ってないよ。昨日食うなって言われたし」


「そうか、そいつはよかった」


 ケインはそう言いながらゴソゴソと荷物をあさり、


「ほんなら、いまから飯にするか」


「は?」


「やったぁ!」


 パンは飛び上がって喜び、


「大体の魔物はアイツ等がらしてるだろうけど、一応警戒けいかいしとくぜ」


 テルンはそう言って、ケインたちを守るように辺りに気を向ける。


「おう」


 ケインはテルンに軽くこたえながら、いそいそと食事の準備を進め……


「……なにしてんの?」


 タクトはジトッとした目で、ケインに言う。


 ケインはバスケットを取り出しながら、


「なにって、自分、飯食うてないんやろ?」


「だからってなんでここで? ってか、昨日食うべきじゃないって言ってたよね? いやそれより、ほんとに急がなくていいの?」


 意味がわからずいぶかしむタクトに、ケインは飲み物をコップにそそいで渡し、


「急ぐ必要なんかない。ちゅーか、そもそも勝つ必要すらないな」


 当然のように、言った。


「…………は?」


 タクトはぽかんと口を開け、


「それはつまり、俺は必要ないってこと?」


「ちゃうわアホ。あいつ等とワイ等とじゃ、そもそものていがちゃうねん」


「定義?」


 くびをかしげるタクト。


 ケインは鷹揚おうようにうなずく。


「ああ。あいつ等が自分を欲しがっとる理由、なんやと思う?」


 ケインの問いに、タクトは天井を見上げて答える。


「そうだねぇ……簡潔かんけつに言えば、他の派閥とこに戦力を取られたくないってところかな?」


「まぁ、そんなとこやろな。ほんなら、なんであいつ等は戦力を取られたくないと思っとるか、わかるか?」


「そりゃあ、負けたくないからでしょ?」


「ああそうや。でも、なんで負けたくないんやろなぁ?」


「それは…………」


 一般的に考えれば、金銭きんせんほう、あるいはプライドといった話だろう。


 だが、わざわざそんなことを聞くのならば、答えはちがうところにあるはずだ。


 タクトは飲み物に口をつけながら思考をめぐらし、


「…………ッ!」


 ハッと、思いついたように目を見開いた。


「自分のかぶを、上げるため……!」


「ほう。そう思った理由は?」


 ケインはニヤリと笑って問う。


 タクトはどこか興奮したように、言う。


純光魔導師セラフ純地魔導師タイタンも、貴族なんだよね?」


「そうやな」


「つまり、貴族同士のいざこざやとく争いに勝つために、株を上げて、自分は優秀だとまわりに示す必要がある」


 タクトの推測すいそくに、ケインは鷹揚にうなずいた。


「おおむね、正解や。この学園で高い地位におったっちゅーだけで一種の牽制けんせいにもなるし、を目指しとる奴からすれば、将来的にも有利になるわけや」


 さらには、その在学中に純無魔導師バハムートを部下にしていたとなれば、相当な付加価値がつくことだろう。


「つまり、君は貴族でもなければ、騎士を目指してるわけでもない。だから、学園内での地位に興味はない」


「そういうことや」


 ケインはもう一度、鷹揚にうなずいて……


「…………」


 だが、そうなると一つの疑問が出てくる。


 タクトは訝しげにケインをえ、


「なら、なんでわざわざこの勝負に参加を?」


 そう。


 学園内の地位に興味がないとすれば、わざわざこの勝負に参加する理由はない。


 しかもこの勝負は、貴族同士のいざこざでもある。


 首を突っ込むなど、けるべきことだ。


 それも、勝つ気がないと言うのならば、なおさらだ。


 タクトの当然の疑問に、ケインは肩をすくめて答える。


「決まっとるやろ? お前の勧誘や」


「……どういうこと?」


「どういうことって、勝負に参加すれば、誰にもじゃされず勧誘できるやろ?」


「そうじゃなくてさぁ、必死になるほど戦力を取られたくないわけでもないのに、なんで勧誘を? ってかそもそも、この勝負に負けたら結局意味ないよね?」


 眉をひそめ、しんげなまなしを向けるタクト。


 それに、ケインは、


「……お前、アホやろ」


 あきれたように、半眼で言った。


「は?」


 ぽかん、と口を開いて間抜けな顔をするタクト。


「いや、頭の回転は早いけど、出来がいまいちらん感じか?」


 ケインは半眼のまま、どこかなげくように言う。


「……馬鹿にしてんの?」


 まゆを寄せてタクト。


 ケインは一度、深くため息を吐いて、半眼でタクトを見る。


「この勝負の勝者が得られるもんは、なんや?」


「……俺?」


「そうやけど、ちゃうな」


「…………」


 タクトは眉をひそめたまま、無言でケインを見る。


 ケインはもう一度ため息を吐いて、


「勝者は、純無魔導師バハムートを派閥に引き込むことができる」


「なら俺であってんじゃん」


「だから、そうやって言うたろ?」


「違うとも言ったよね?」


 なにが言いたいのかわからず、タクトはめるような目を向ける。


 ケインはひたいに手を当て、軽くため息を吐いた。


「……テルン、パン。ここに入学してから、最初に入った派閥はなんや?」


「オレは…………アレックス派」


「ボクはエリーのとこ~」


 それに、


「あ」


 タクトはぽかんと口を開けて、


「自分は学園ここの派閥のこと、一度入ったら抜けれんとでも思っとったんか?」


「そういえば、昨日そんな話聞いてたなぁ……」


 と、なんとも言えない顔でつぶやいた。


 それは昨日きのう、ルーベルとしていた話。


 その話では、テルンとパンは、ケインが引き入れていたはずだ。


 エリスにしたってそうだ。


 元々他の派閥にいた奴等を引き込んで、見事トップ勢力におどり出た。


 それは、つまり……


「つまり、この勝負で勝者が得られるもんは、“一時的に純無魔導師バハムートを引き入れる”ことと、“敗者がこれ以上勧誘できんくさせる”ことだけや」


「……なるほど。だからいまの内に、勧誘をしておこうと」


「そういうことや。もっと言うと、ワイは“学園内だけ”での仲間なんて、いらんからな」


 ケインは言いながら、バスケットにめ込まれたサンドイッチに手をつける。


 タクトもそれに手を伸ばしながら、


(特別自信があったわけじゃなく、最初からあきらめてた。もとい、ねらいが違ったわけか)


 少し感心したように、ケインを見ていた。


 彼がやけに自信満々でこの勝負に乗っかってきたのは、そもそもの勝ち負けを考えていなかったから。


 勝ったところで即抜けられたら意味がないし、負けたとしても勧誘ができなくなるだけで、後から入ってもらえる可能性がある。


 つまりは、即座にルールをあくし、その穴を見つけ出した。


(さすがは最強候補ってとこかな?)


 なんて、タクトは口元を軽く上げて、サンドイッチをほおる。


 ケインはサンドイッチを口に運び、飲み物をあおって一息吐くと、


「……それに、今回はどうも、みょうな感じやしな」


「んぇ? ふぁんあいっふぁ?」


 サンドイッチを頬張りながら、タクトが言う。


 なんて言っているのかを理解しているのか、ケインは首を横に振った。


「いや、なんでもない……ほんで話戻すけど……自分、ワイの仲間になっとくべきやで?」


「ふぇ、りゆふは?」


 サンドイッチでハムスターのようにほっぺたをふくらませながら、タクトが言う。


 ケインは身を乗り出して、


「自分がここに来たんは、人捜ひとさがしのためなんやってなぁ?」


「もぐもぐ……ごくん。まぁ、そうだね」


「それ、学生の内にできると思うか?」


「…………」


 タクトは、目を細める。


 それにケインは満足そうに笑い、


「ワイの目的も、学生の内にはできそうにない。卒業してからが本番や。せやから、ここでの勢力争いになんか興味はない。有望ゆうぼうな仲間集めんのに実力を見せつけたり、金や秘宝集めるために、ある程度は迷宮攻略しとかんとアカンっちゅーだけや」


「……つまり、人捜しに協力するから、俺も協力しろって?」


「そういうことや」


「ふむ」


 タクトはあごに手を当て、


(……話としては悪くない、けど……)


 うたがわしげに、ケインを見据え、


「君の目的は、なに?」


 ケインは肩をすくめ、


「昨日教室でも言うたやろ? “か”のつくモノのためや」


「それ以上を言う気は?」


「ない。……けど、そっちにも悪い話やないと思うで?」


「そう……」


 タクトは目をつぶって嘆息たんそくし、


(いまいち信用しきれないけど、こいつの言ってることは、あってるんだよなぁ~)


 彼女を捜し出す。


 それは、学生の間に出来ることかと問われれば、難しい話だろう。


 タクトはたん魔法など使えないし、実力で言っても、彼女のが上だ。


 本気でかくれられたら、タクト一人では到底捜しきれない。


 それも、学業の合間になど、絶対に。


 だから、タクトは学園ここに来た。


 だからタクトは、化物の巣窟ここに来た。


 彼女の遊びに付き合わされて、仲間探しここに来させられたのだ。


 なんの意味があるかはわからない。


 理由があるのか。


 ほんとにただの遊びなのか。


 それでも、タクトはここに来た。


 ならば、やるべきことは決まってる。


 タクトは一つため息を吐くと、めんどくさそうに口を開き、


「話変わるけど、この勝負、君はどっちが勝つと思う?」

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