第22話 暗躍

 食堂からの帰り道。


 タクトは一人さびしくもなさそうに、ぼけ~っと歩きながら、


(なにをかくしてる、か……)


 ルーベルの言葉を、考えていた。


(別に、隠したくて隠してるわけじゃないんだけどなぁ……)


 タクトにしてみれば、早々そうそうに仲間を作って、アレを安全に使えるようになりたい。


 だが、アレを目の当たりにしても、受け入れてくれる相手がいるのかわからない。


 だからこそ、なるべく使わないようにしようかとも思っていた。


 だが、あの自称諜報員の言葉。


 あれを聞いて、考えは変わった。


 あんな適当すぎることをしてもなお、エリスは自分を、悪魔のしんたる純無魔導師バハムートを、仲間にしようとしてくれた。


 ならば、一度使ってみようと。


 化け物というものを、しっかり見せつけてみようと、思った。


 だから、攻略演習で戦ったボスには、ためしに、軽~く、使ってみようかな~などと、思っていたのだが……見事、クレープに妨害ぼうがいされてしまった、というだけの話。


 だが、まわりからはそう見えていないんだろう。


 まわりからは、そう思われていないんだろう。


 それは恐らく、純無魔導師バハムートに対する、警戒心からくるものだ。


 悪魔に対する、からくるものだ。


「…………はぁ」


 タクトはめんどくさそうにため息を吐き、


(……ってか、料理全然食べれてないし)


 空腹を思いだして、もう一度ため息を吐いた。


(いまから戻んのもあれだし、今日はまんするかなぁ……) 


 なんて、タクトはもう一度ため息を吐こうと、


「なんやお前、えらいしんくさつらして歩きよってからに」


「え?」


 目の前から聞こえてきた声に顔を上げると、二人の男がいた。


 一人はさかった銀髪。


 赤いひとみに、褐色かっしょくの肌。


 学内最強候補の一人、ケイン=イーガン。


 もう一人は、緑の髪に、銀の瞳。


 同い年とは思えないほどに小さい少年、テルン=インバート。


 テルンはタクトの存在が気に食わないのか、つまらなそうに目をそらし。


 ケインは嫌そうに顔をしかめ、言う。


「明日は勝負やっちゅーのに、んな顔されたらこっちまで景気悪くなるやろ」


 タクトは頭に手をやり、へらへらとした顔で、


「あー、いや、なんか色々あって、飯食いそびれちゃってさぁ~」


「色々?」


「ん? うん。君たちに明日のこととか聞きに行こうとしたら、ちょうどルーベルって人が来てさ」


 そう言うタクトに、ケインがげんなりとした顔を浮かべた。


「お前……よりによって、クソ眼鏡に話聞いとったんかい」


「クソ眼鏡?」


 首をかしげるタクト。


 それにテルンが、相変わらずそっぽを向いたまま言う。


「あいつの二つ名、暗黒眼鏡くろめがねってんだぜ。それをもじって、クソ眼鏡だぜ」


 二つ名、というのは恐らく、死神のようなものだろう。


 タクトはそう考え、言う。


「ふーん。で? なんかだった?」


「いや別に、駄目ってわけやないけど……」


 その反応から察するに、駄目というほどではないが、なにかしら不安な要素があるのだろう。


 それは、暗黒眼鏡という呼び名からも、ある程度は推測すいそくできる。


 だが、それはただの推測であり、タクトにとっては憶測おくそくでしかわからない。


 タクトは学園ここに来たばかりで、彼のことはなにも知らないのだから。


 だから、タクトは肩をすくめて続ける。


「そう? そんでその人にさそわれて、飯食いながら話してたんだけど、途中から来たココアって子に追い出されちゃってさぁ」


 それに、


「クソ眼鏡とココアとか…………お前、変なこと聞いとらんよな?」


 ケインはめんどくさそうにしかめられていた顔を、さらに嫌そうにしかめて言う。


「え? 変なことって?」


 と、タクトはキョトンとした顔で答え、


「……いや、聞いてないんやったらいい」


 それはあんか、憂鬱ゆううつか。


 ケインは一つため息を吐いて、タクトに目を向ける。


「それより自分、腹減ってんねやろ?」


「ん? うん、まぁ。明日まで我慢できないほどでもないけど」


「そうかい。そりゃ、ラッキーやったで」


「ラッキー?」


「ああ。明日は結構ハードになりそうやし、下手にモノ詰め込んどくと大変なことになんで」


「えー、マジで~? まぁ、相手が相手だし、しょうがないかなぁ~」


 と、タクトはげんなりとうなだれ、


「んじゃ、朝もあんま食わないようにするよ」


「むしろ食わんでもええくらいや」


「マジか……」


 がっくりと、肩を落とした。


 そして、気持ちを切り替えるように一つため息を吐いて、


「あ、そうだ」


 と、思い出したように言う。


「もしひまなんだったら、ついでに明日の作戦とか教えてくんない?」


「作戦なぁ……」


 なんとも言えない顔でケイン。


 タクトは一瞬不思議そうな顔を浮かべ、


「ん? ああそっか。君たちって、特にこれといった戦い方がないんだっけ」


「……クソ眼鏡に聞いたんか?」


「そうだけど」


 なんて、平然と返すタクト。


 ケインは嫌そうに眉をひそめ、テルンは小さく舌打ちをらした。


「アイツ、自分たちのことはまるで話さないくせに、他の奴等のことはホイホイしゃべりやがるぜ」


「まぁ、アイツは情報戦を重視しとるからな。それに、敵を増やさんよう、ほんまにヤバイことだけは言わんから、こっちが気をつけてれば害はないはずや」


「ふ~ん」


 興味なさそうにタクト。


 ケインはボリボリと頭をいて、


「それと、いまはあいにく暇やなくてな」


「そうなの?」


「ああ。早くしないと、パンがめんどくさいんだぜ」


「めんどくさいって、どんくらい?」



『明日の勝負に支障が出るくらい』



 声をそろえて言う二人に、タクトは軽く嘆息たんそくする。


「……わかったよ。作戦とかは特にないってことでいいんだね?」


「まぁ、なくもないんやけど……詳しい話は、明日やな」


「そう。んじゃ、また明日」


「おう」


「足引っ張んじゃねぇぜ」


「まぁ、やるだけはやってみるよ」


 そうして二人と別れ、タクトは部屋に戻った。


 そして、特にやることもなく、部屋の一室にある風呂を堪能たんのうすると、


「んー……腹減ってると、寝つき悪いよなぁ」


 なんて、りながらもベッドに入り、明日の勝負にそなえて、就寝しゅうしんした。






 ◆◆◆




 特にやることがなく、タクトがベッドにもぐり込んだ頃、


「はぁー……ようやく、食べ終わりましたぁ……」


 ルーベルは、大きくため息を吐いていた。


 ココアのせいでタクトの分の料理まで食べることになり、いまさっき、ようやく完食したのだ。


「まったく、私は大食いではないというのに」


 なんて愚痴ってみるが、当の本人たちはすでにいない。


 ルーベルはもう一度、大きくため息を吐き、


「……さて、早くしないと、今日中に終わらなくなってしまいますね」


 そうつぶやいて、足早に食堂を後にした。


 そのまま数分歩き続け、目的の場所にたどり着くと、ルーベルは数度、深呼吸をして、


「…………」


 コン、コン、コンッ――と、とびらを叩いた。


 すると、室内からごそごそと音が近づき、ガチャッ、と、中から戸が開けられた。


 中から出てきた人物は、なにか作業をしている最中だったのか、はたまた目の前のしんな相手にか、酷くかいそうにまゆを寄せる。


 それにルーベルは、


「どうもぶんにすみません」


 と、一つおをして、


「突然ですが――」


 相手がなにかを言う前に顔を上げ、


「あなたに一つ、お願いがあります」


 その顔には、てきな笑みが、浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る