第21話 知りたいこと

 ――この学園で一番強いのは誰か。



 タクトは少し、真剣な表情で言う。


 それにルーベルは、


「リヴェータ先生一択ですね」


 と、肩をすくめて答えた。


 タクトはげんなりとため息を吐き、ジトッとした目で言う。


「……この学園の生徒で一番強い人は?」


 それにルーベルがあごに手を当て、


「そうですねぇ……総合力で言えば、やはりアレックス先輩でしょうか」


「……やっぱ強いんだね、あの人」


 げんなりとした顔でタクト。


 ルーベルはうなずき、肩をすくめた。


「ええ、だいぶぶっ飛んでますよ。むしろ安定しすぎてどうだにしないですね」


「でも、あのエリスって人は確か、ケインが最強だって言ってたと思うけど……」


 当の本人はそれを否定していたが、それはちが理由のはずだ。


 それに、エリス派と手を組んだとはいえ、昨年はアレックス派に勝ったという。


 ならば、ケインはアレックスよりも強いのではないか。


 あるいは、そんなケインに不意討ちを食らわせた、レクターという奴が最強という可能性もある。


 そんなタクトの考えを知ってか、ルーベルが言いづらそうに口を開く。


「それはまぁ、恋は盲目もうもくと言いますか……いえ、ケインくんは確かに強いんですけど……というよりそもそも、最強の定義が曖昧あいまいなんですよねぇ……」


「……まぁ、なかなか難しい話だよね」


「そうなんですよ。総合力ならアレックス先輩なんですけど……そのときのルールや状況次第では、アレックス派やエリス派の隊長格と、ケイン派、てはココアさんにまでも勝ち目があるので、なんとも言いがたいんですよ……」


「ふ~ん」


 タクトは興味がなさそうに相槌あいづちを打ち、


「君たちは、そのこうにすら入ってないの?」


「……ご想像におまかせします」


「へぇ?」


 今度は少し面白そうに口元をゆがめた。


 ルーベルは軽くため息を吐き、空気を変えるために話題を振る。


「……それで? 他に聞きたいことはないんですか?」


「そうだねぇ…………ああそうだ。一つ、気になることがあったんだよね」


「気になること、ですか?」


「うん。気になるってか、不思議に思ったことなんだけど……」


「なんでしょう?」


「この学園の人ってさ――」



「いやぁ~、なんだかずいぶんと面白そうな話してるね~」


『ッ!?』



「あたしも混ぜてくんないかなぁ?」


 なんて声の方へと目を向ければ、自称一いちを争うちょうほういんの少女――ココアが、たのしげに笑っていて。


 それにルーベルは、ひどくげんなりとした顔で、


「……とは、相変わらずいい趣味しゅみをしてるじゃないですか」


「君ほどじゃないよ、くん」


「…………」


 ルーベルの目が、スッと、するどく細められた。


 しかし、ココアはまるで気にした様子もなく、


「そんじゃタクトくん、となりいいかな?」


「ん? まぁ、いいけど……」


「ありがとね~☆」


 と、すぐさまタクトの隣の席を陣取り、


「さて、それじゃあ楽しいおしゃべりを続けようよ☆」


 なんて、相変わらず人懐ひとなつっこい笑顔で振る舞うココア。


 それにルーベルは、


(……ああ怖い。彼女を話題に出すべきじゃありませんでしたね。『次余計なことを言ったら、どうなるかわかってるな』とでも言いたげな眼をしてますよ)


 と、あきれたように嘆息たんそくし、


(……まぁでも――)


 肩をすくめると、


(それは、お互い様ですがね……!)


 鋭く目を細め、ココアに視線を投げ返した。


 ココアはそれに気づかないふりをして、タクトに言う。


「それで? タクトくんはなにを聞きたいのかな?」


「あ~、えっとねぇ……なんかさぁ、この学園ってちょっと、変わってるよね?」


「変わってる?」


「というと?」


「うん。なんてーか、そのぉ……人を属性いろだけで判断してないって言うか~……」


「そうだねぇ~……属性いろだけで判断しないってのは、いまの二、三年の方針ほうしんになるのかな?」


「そうですね。先ほども言った通り、去年はケイン君が大会で優勝しましたから、二、三年にはそういう考えの人が多いんでしょうね」


「それはまぁ、わかるんだけどさぁ……」


 と、曖昧な態度を取るタクト。


 それに、


「なんだいなんだい、さっきからもったいぶっちゃって。なに言われたって悪いようにはしないから、聞きたいことがあるんなら素直にぶちまけちゃいなよ☆」


「ええ。学園でも数少ない無属性同士、僕もできる限りは力になりますよ?」


 なんて、ココアとルーベルがタクトに身を寄せ、爛々らんらんと目を輝かせる。


 それにタクトは若干じゃっかん身体を引き、


「あ~、じゃあお言葉に甘えてぶっちゃけるけど……」


 どこか言いづらそうに頭をいて、


「俺以外にも、純無魔導師バハムートっているのかな?」


「……ふむ? なんでそれを聞きたいって思ったの?」


「そりゃあ、学園ここの人たちの態度が気になったからだよ。簡単に言うと――」


 タクトはズイッと、テーブルに身を乗りだし、


「この学園、純無魔導師おれへの風当たりが弱いよね?」


 それに、


「…………」


 ちらりと、ココアがルーベルにくばせをする。


「…………」


 ルーベルはこくりとうなずいた。


 ココアはそれを確認し、ゆっくりと口を開く。


「……そうだね。それはたぶん、理由があるし、その理由もわかってる……かな」


「へぇ」


「んで、タクトくん以外にも純無魔導師バハムートはいるかって話なんだけど……いまは、いないよ」


「いまは?」


「僕らの三つ先輩に、一人だけいたそうです」


「へぇ。ってことは、俺への風当たりが弱いのは」


おそらく、その先輩が関係しているんでしょう」


「ふ~ん」


 タクトはの背もたれに身体からだあずけ、


(三つ先輩かぁ……ん? ってことは……)


「じゃあもしかして、アレックス派が俺を欲しがったのも……」


「……まぁ、なにかしら関係はあるだろうね。それがなにかは知らないけど」


 そう言って肩をすくめるココア。


「ふ~ん……」


 タクトは口元に手を当て、視線を宙に送り、


(なるほど。その人のおかげで、三年は好意的だったのか)


 さらに昨年のケインの活躍かつやくにより、色だけで判断する奴は一年ぐらいというわけだ。


 それに、


(もしかしたら、アレックス派とかでは色だけで判断するべきじゃないとか指導してるのかもなぁ……)


 なんて考え、


「それで? 他に聞きたいことはないの?」


 ココアが愉しげに話しかけてきた。


 タクトは視線を宙に向けたまま、


「ん? ん~……もう、ないかなぁ……?」


「なんだ、意外と少ないんだね」


 ココアは一転いってんしてつまらなそうに言う。


「ん~……まぁ、そのうち増えるんじゃないかな?」


「ふ~ん」


 ココアは相変わらずつまらなそうに、気のない返事をする。


 すると今度は、ルーベルがさわやかに笑って話しかけてきた。


「ではタクト君。逆にこちらから聞いてもよろしいですか?」


「ん? まぁ、別にいいよ。答えられるかはわかんないけど」


「そうですか。では問います」


「なんざんしょ?」


 ぼへ~っと、やる気のない顔でタクト。


 ルーベルはクイッと眼鏡を上げ、



「君の能力はなんですか?」



 それは、真剣な瞳だった。



「聞いた話では、そくと、こう。あるいはそれに近いものだそうじゃないですか」



 冗談じょうだんなんかまるで通じない、酷く、真剣なひとみ



「でも、そんなわけはない」



「…………」



「それだけなわけがない」



「…………」



「あなたは難度四十台の攻略者。高速移動と魔法の無効化だけで、そこまで行けるはずがない」



「…………」



「それは君の魔法なのか、あるいはほうなのかはわかりませんが……」



「…………」



「君はどうやって、難度四十台の迷宮を攻略したんですか?」



「…………」



「君はいったい、なにをかくしてるんですか?」



 ルーベルはしっかりと、タクトをえる。



 真剣な瞳で、タクトを見据える。



「…………」



 タクトはその視線を、正面から受け止め、



「……俺は――」






「タクトくん、そろそろ明日の準備した方がいいんじゃない?」





 そう、ココアが言った。





「え?」


 タクトはポカンと、けな顔で口を開き、


「ほらほら、明日は大事な攻略勝負なんだから、部屋に戻ってゆっくり休まなきゃ☆」


「ちょっ、わかった。わかったからそんな押さないで……!」


 なんて、強引に席を立たされ、


「おふっ……!」


 ドンッ、と背を押され、仕方なくそのまま食堂の出口へと向かった。


「いってらっしゃ~い。明日の勝負、楽しみにしてるよ~☆」


 ココアはヒラヒラと手を振ってタクトを見送り、


「……なんのつもりですか?」


 ルーベルが眉をひそめて問う。


 返答次第では許さないと、目だけでうったえる。


 それにココアは、


「あたしって、楽しみは最後まで取っとくタイプなんだよね~☆」


 と、相変わらずニコニコと笑って言い、


「……どうせ――」


「明日わかることだとか思ってる?」


「…………」


「あはは。そんなにらまないでよ。うっかり殺したくなるじゃない」


「…………」


 ルーベルは顔をしかめ、舌打ちをらす。


 ココアは空気を変えるように咳払せきばらいをし、


「……まぁ、そんな冗談は置いといて。どうせ明日わかるんなら、あたしは直接見たいんだよ。彼が本当に、難度四十台の攻略者なのかをね」


 と、怪しく笑った。


 それに、


「…………あなた、どこまで知ってるんですか?」


 それは、鋭い視線だった。


 それだけで人を殺せるのではないかというほどの、鋭い視線。


 ルーベルはそんな視線を、ココアに向ける。


 その視線を一身いっしんに受けたココアは、


「君があたしを知ってるぐらい」


 なんて、それをじんも気にした様子もなく、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべて言ってきて……


「…………はぁ……まったく、やりづらいったらないですよ」


「そりゃお互い様だよね~☆」


 なんて、ココアは愉しげに笑うと、


「そんじゃ、あたしはもうけ終わってるし、お風呂入って寝ようかな。君はせいぜい、最後の工作がんってね~☆」


 手をヒラヒラと振って、その場を後にした。


 ルーベルはその後ろ姿を眺め、


「……リーダーの性格がうつりましたかねぇ。なんだか、すごくめんどくさくなってきましたよ……」


 と、げんなりとした顔で呟き、


「まぁ、必要ですからやりますけどね」


 肩をすくめて席を立つと、ルーベルもその場を後にしようと……


「あ、そういえばまだ、料理全部食べれてませんね……って、タクト君もですか……」


 ルーベルは肩を落として嘆息し、余った二人分の料理を食べ始めた。

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