第20話 彼らのやり方

「へぇ、結構広いんだね」


 ルーベルに連れられ寮の食堂にやってきたタクトは、キョロキョロと辺りを見渡して言った。


 そんなタクトに、ルーベルが笑う。


「はっは。いいですね、その感覚がしてる感じ。結構どころか、普通にとうじょうぐらいはありますよ? ここ」


 ルーベルの言う通り、ここはかなり広かった。


 部屋をいろど絢爛けんらんな装飾。


 れいに整えられた清潔せいけつ感のあるテーブル。


 バイキング形式なのだろう、豪勢ごうせいな料理がいくつかのたくに並べて配置されている。


 そんなごうすぎる食堂は、全校生徒分の席が用意されているのではないかというほどに、とてつもなく広かった。


「そんで? どこで話す?」


「そうですね……僕らでど真ん中を陣取るのも面白そうですが、ちょうどはしの方がいてますし、あそこにしましょう」


 ルーベルはそう言って、端の方にあるテーブルを指差した。


 タクトもうなずき、その場所へと向かう。


 そうして目的の場所を確保できた二人は、


「では、まずは料理でも取ってきますか」


「そうだね。先に行ってきてよ」


「では、お言葉に甘えて」


 まずはルーベルが料理を取り。


 ルーベルが戻ってきたら入れ替わるようにタクトが料理を取ってきて。


 それぞれの料理を確保し、互いに準備が整うと、


「さて、料理も取ってきましたし」


「早速、話を始めようか」


 ニヤリと、てきな笑みを浮かべあった。


「それではタクトくん。君はまず、なにを聞きたいですか?」


 ルーベルは問いながら、取ってきたサラダを口に運ぶ。


 タクトもサーモンのマリネを食べながら、


「う~ん……そうだなぁ…………ごくん。やっぱり、明日のことかな?」


「明日、となると……迷宮の構造や、出現する魔物のことですかね?」


「あと、アレックス派とエリス派、ついでにケイン派の戦い方も知りたいかな」


「なるほど。それではまず、迷宮の構造ですが……」


 キラリと、ルーベルのがねが光った。


「君もごぞんじの通り、あの迷宮はとてつもなく大きいです。それこそ、完全攻略には数ヵ月、もしかしたらそれ以上は必要でしょう」


「だろうね。この学園の半分はアレだし」


 言いながら、もぐもぐと料理を口に運ぶタクト。


 ルーベルも時折ときおり料理を食べ、


「ええ。さらにあの迷宮は、いまだに完全攻略はなされていません」


「へぇ……」


「あの迷宮は場所によって難度が変わる、いわゆる変転へんてん迷宮でしてね。その最高難度は、推定すいていで六十を超えると言われています」


「六十ッ!?」


 タクトは持っていたフォークを取り落としそうになった。


 難度六十といえば、ニンゲンが一人で攻略できる限界とされる超高難度。


 とてもじゃないが、学生の攻略できるレベルではない。


「明日、そんなとこでやりあうの?」


 タクトはげんなりと、めんどくさそうに言う。


 それにルーベルが、


「そうですね。場所は確かに同じですが、さすがにそんなとこには行きませんよ」


 と、肩をすくめ、パスタを口に運んだ。


「……まぁ、大した準備もなくそんなとこ突っ込むのは、自殺行為だしね」


 と、タクトも大学芋を口に運び、 


(……まぁ、かなりの準備をしたところで、難度六十なんて攻略できる気がしないけどね……)


 なんて考え、ため息を吐いた。


 ルーベルが言う。


「明日争うのは、学園迷宮第一層だいいっそう、難度二十六の【蒼白そうはく鉱床こうしょう】になるでしょうね」


「【蒼白そうはく鉱床こうしょう】?」


「ええ、内装はややあおみががった炭坑たんこうと言ったところで、出てくる魔物は生物の血をえさとするコウモリ――ブラッティバットや、岩石を餌とするネズミ――ロックアルマジロがおもです」


「ふ~ん……」


(炭坑ってことは、かなり入り組んでそうだな……)


 そうなるとまずは、正しい道を選べるかが重要になる。


 さらに、せまい通路ばかりでは連携れんけいをとるのも難しいだろう。


(そんで、魔物はコウモリとアルマジロか……)


 そんな場所で、空中を自在に飛び回る魔物と、下手な攻撃は効かない魔物を相手取る。


 それはなかなかに、つらい作業となるだろう。


(難度二十六となると、そこまで強いのはいないだろうけど……)


 ケインの反応から見て、恐らく彼等に射撃武器はない。


 ケインたちの戦い方次第では、コウモリはすべてタクトがまつする必要がある。


(となると、俺の役割は……)


 タクトは眉を寄せて考え込み、


「次の話に移っても?」


「……え? ああ、うん、お願いします」


 ルーベルは一つうなずくと、軽く咳払せきばらいし、


「それでは、まずはアレックス派ですが――」


 スッと、視線をするどくさせ、


「彼らは、かなり理想的な部隊になっています」


「と言うと?」


「基本的に、リヤルゴ先輩ひきいる特効者アタッカーたちがなかば強引に攻め込み、それを他がアシストするといった感じですね」


「ふ~ん、完全に役割を分けてるってことかな?」


「ええ、大体そうですね」


「ふ~ん……」


 平淡へいたん相槌あいづちを打つタクトは、


(そりゃ確かに、理想的だ)


 と、内心で感心していた。


 完全な役割分担。


 もしもそれが出来たとなれば、軍隊としてはかなり優秀だろう。


(でも――)


 タクトはルーベルをえ、


「つまり、突然の変化には弱いってことであってる?」


「……なかなか、察しがいいですね」


 ルーベルは口元を上げた。


 ニヤリと、あやしく、不敵に笑い、


「確かに、それぞれで役割を分担していれば、その役割から外れた事態が起こった時、いとも容易たやすくずれるでしょう」


「なら――」


「ですが」


 と、再びルーベルの視線が鋭くなった。


「…………」


 タクトは口をつぐみ、ルーベルの言葉を待つ。


 ルーベルは落ち着いたこわで言う。


「ですが、アレックス派の隊長たちはそんなに甘くありません。先ほども言った通り、彼らはかなり理想的なんですよ。突然の変化にも即座に対応し、場合によっては、そのプライドさえも捨てるほどに」


「…………」


 ルーベルの言ったことは、恐るべきことだった。


 突然の変化への、即座な対応。


 それは恐らく、彼等の経験からくるものだろう。


 だが、


「…………」


 学生でありながらそれほどの経験を積むなど、いったいどれ程の鍛練たんれんが必要になるか。


 さらには、


「…………」


 プライドを、捨てる。


 それは、誰にでも出来るようで、なかなかに難しいことだ。


 それを、あの大貴族が……?


「…………」


 タクトは真剣な表情で考える。


 うつむき、あごに手を当て、学園ここに来てから初めて見せるほどの、鋭い眼光がんこうで……


「わかっている、あるいはいまの話でわかったとは思いますが……彼らは、強いですよ?」


 ルーベルの言葉に、タクトは顔を上げた。


 その顔には、明らかなしんが浮かんでいて……


「…………それでも、二位なの?」


 そう。


 アレックス派は、校内第二位。


 すなわち、それよりさらに、上がいる。


 タクトには正直、彼等を超える部隊が学園にいるなど、信じられない。


 エリスたちがそれほど強いとは、到底思えない。


 タクトはいぶかしそうに眉をひそめてルーベルに問う。


 だからルーベルは、


「……勢力。すなわち、人数においては、です。実力で言えば、間違いなく彼らが一位ですよ」


 うれうようにため息を吐き、肩をすくめた。


「……それは、あいつらが試験をしてるから?」


「……そうですね。実力の高さであれば、それも関係しているかもしれません。ですが、勢力の大きさで言えば、それはほとんど関係ないでしょう」


「……どういうこと?」


 眉をひそめるタクト。


 ルーベルは一つ深呼吸をし、言う。


「この学園では、毎年開催かいさいされるお祭り……もとい、大会がありましてね。昨年、アレックス派は負けたんですよ、あの二人に」


 あの二人、と言うのはおそらく、エリスとケインのことだろう。


 となると、つまり……


「それで、勢力が逆転した?」


「ええ」


「…………」


 タクトは腕を組んだ。


 そのまま目をつむり、考える。


(……つまり、エリス派とケイン派が手を組んで、なんとかアレックス派を打ち破った)


 それにより、エリス派に入る、あるいは移る奴が出てきた。


(ケインはを必要とはしないから、あの二人だけを引き入れた)


 そして、他はすべてエリス派に入り、勢力が逆転した。


(逆転したとはいえ、実力はあまりない)


 だからこそ、彼等に実力者を取られたくはない。


(……ある程度つながってきたけど、まだ足んないな)


 それは、なぜエリスが足手まといを引き連れてまで、勢力を大きくしたいのか。


 なぜ、純無魔導師バハムートなんて奴を加えてまで、一番を目指したがるのか。


「…………」


 それは、アレックス派にも言えることだ。


(……いや、アレックス派こそ、おかしくないか?)


 まず初めに会った、リヤルゴという男。


(アイツはなんで、俺を引き入れようとした?)


 それも、必ず行ってるという試験もなしに。


(……そもそもこの学園、俺への風当たりがかなり弱い)


 それは、属性いろに恵まれなかったケインが、エリスと組んだとはいえ、アレックス派に勝ったからかもしれない。


(でも、それにしても……)


 タクトは純無魔導師バハムート


 それは、あく象徴しょうちょう


 じんの生まれ変わり。


 最凶さいきょう最悪の、化け物で……


(たったそれだけのことで、純無魔導師おれが受け入れられるものか?)


 タクトは腕を組んで考える。


 腕を組み、目をつむり、けわしい顔で考え込み……


 ぱん! と、ルーベルが手を叩いた。


「さて、この話はこの辺にしときましょう。昨年さくねんのことをあまりベラベラしゃべってると、敵を増やしてしまいますから」


「…………」


 タクトは腕組みをいて思考を止め、ルーベルを見る。


 ルーベルはそれに満足そうにうなずき、


「で、次にエリス派ですが……あそこはちょっと、変わってるんですよね」


「変わってる?」


「ええ」


 ルーベルはなんとも言えない顔でうなずき、


「普通の部隊であれば、一般兵が役職持ちをまもるものなんですが……」


「役職持ちが、逆に護ってる?」


「ええ」


 ため息混じりにうなずくルーベル。


 それにタクトは、


「……勢力一位になったから?」


 あんに足手まといのせいかと問いかける。


 ルーベルはうなずいた。


「そういうことになりますね。まぁ、そもそも彼女はそういう人でしたが」


「…………」


 タクトはあごに手を当て、


「でも、そうなると今回の勝負は――」


「さすがに、足手まといばかりというわけでもありませんよ」


 ルーベルがさえぎった。


 そしてそのまま、


「今回は隊長なしとはいえ、参加上限は二十人。その程度であれば、常に護らなければならないような人はいないでしょう」


 と、タクトの思考を先読みしたかのように言う。


「……つまり、無視できる相手じゃない?」


「当然です。実際彼女は強いですし、クレープさんも、サポートに関してだけ言えば、トップクラスの実力者ですよ」


「ふむ…………」


 タクトは口元に手を当て、考える。


(……『常に護らなければならない奴はいない』、か……)


 それはつまり、底辺の奴等はその程度のレベルということ。


(それに、エリスは仲間を護るのが当然と考えてるっぽいな)


 それは、チームとしては素晴らしいことだ。


 隊長がそんな考えを持ってるというのは、素晴らしいことだ。


 だが、


(そのせいで、チームとして育たなくなってる)


 それは、チームの全員がそう思って行動していたらの話だ。


 恐らく底辺の奴等は、それが当然だと思ってる。


 護られるのが当然だと考えている。


 だからこそ、ルーベルは『足手まとい』という言葉を使ったのだ。


「…………」


 だからこそ、タクトは余計わからなくなった。


(足手まといを加えるのはいい。でも、なんで足手まといのままでいさせてる?)


 それは、エリスの甘さ?


 足手まといの意識の低さ?


(……これは俺が考えても仕方ないことか)


 タクトはそう結論づけ、意識を切り替えた。


「もういいんですか?」


 顔を上げたタクトに、ルーベルが言う。


「いいよ」


 タクトの返答に、ルーベルは一つうなずくと、


「では最後に、ケイン派ですが…………」


「……ですが?」


 言葉にまったルーベルを、タクトが不思議そうに見る。


 するとルーベルは、なんとも言えない表情で、


「……彼らは、コレといった戦い方がありません」


「…………は?」


 タクトはぽかんと口を開けた。


 ルーベルはどこか気まずげに続ける。


「あの三人はそれぞれがりんおうへん……もとい、自分勝手に戦うことが多いんです」


「……それ、チームとしてどうなの?」


 あきれた顔でタクト。


 ルーベルはため息を吐き、


「……彼らは、三人が全力で協力し合わないといけない相手というのに、まだ出会ったことがないんですよ」


「はぁ!?」


 タクトは意味がわからないと声を上げた。


 全力で協力し合わないといけない相手。


 それに出会ったことがない。


 それはすなわち、


「あいつら、どんだけ強いの……?」


 上手くすれば、いや、上手くしなくとも、アレックス派を超えている。


 だからタクトは、いぶかるようにルーベルを見据える。


 それにルーベルは、


「リヴェータ先生から聞きませんでしたか? ばつ争いしているとはいえ、仲が悪いわけではないんです。さらに言えば、彼らは三人共がいっ当千とうせん。わざわざ三人だけで、それも全力を出してまで戦うということ自体、そうそうあることではないんですよ」


 と、肩をすくめた。


 それにタクトは、


(……なるほど、そういうことか)


 と、どこかつまらなそうに納得した。


 つまりは、彼等が強すぎるのではない。


 彼等が強すぎるのではなく、


(ただ単に、迷宮攻略に積極的じゃないだけか)


 もしくは、他の派閥が積極的すぎて引いているのか。


 だがどちらにしろ、それはただの甘えだ。


 まわりがやってくれるからといって手を抜くのは、ただの甘えだ。


 さらに、


(ケイン派はエリス派に並ぶ実力者らしいけど……)


 だがそれは、


(エリス派には、大量の足手まといがいるからだったり?)


 そういった可能性も、考えられなくはない。


(別に常に上を目指せとは言わないけどさぁ……)


 どれだけ強かったとしても、身体は動かさなければなまっていく。


 さらには、全力で戦うことがないとなると、現在の自分の実力を正確にあくできているのかも、疑問になってくる。


(自分たちに自信があって、まわりもそれを理解してるからこそ、慢心まんしんしてるって感じかなぁ……)


 と、タクトはひどくつまらなそうにため息を吐き、


「……さて、他に聞きたいことは?」


 ルーベルが言う。


 タクトは口元をわずかにゆがめ、


「……そうだね。君たちのこととか?」


「……僕らは誰かを加える気はありませんし、わざわざ不利になる話をするつもりはありませんよ」


「へぇ」


「……まぁ、どうしても知りたいというのなら、誰か別の人に聞いてくださいってことです」


 そう言って、ルーベルは肩をすくめる。


 タクトは面白そうにルーベルを見つめ、


「……それじゃあ、質問を変えるよ」


「どうぞ」


「この学園で、一番強い人は誰?」

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