第17話 眼鏡の男

 場所は、ビレイブおうりつどうがくえんがくせいりょう


 それは校舎のやや遠くに建てられた、学生のための宿舎しゅくしゃ


 白を調ちょうとした、巨大で荘厳そうごんな外観。


 ゆうで緑ゆたかな、広々とした庭園ていえん


 ところどころに飾られた装飾品がこうふんただよわせるが、どこか落ち着いた内装。


 さらには、学生の要望によりトレーニングルームやゆうじょうなど、これまたごうなまでの施設がそろっている。


 学園の全生徒がここに寝泊まりし、常に上を目指して日々研鑽けんさんはげむための場所。


 そんな場所で一人、


「う~ん…………」


 タクトは、腕を組んでうなっていた。


 教室でクラスメイトたちに取り残されたタクトは、一人さびしくもなさそうに寮まで歩いてきた。


 だが、寮のロビーに着くなり、そのままけわしい顔でさくふけっている。


 その、理由は……


「……俺、何号室だったかなぁ……」


 自分の部屋が、わからないから。


 タクトは彼女のいたずら――いたずらと言うにはあまりに度の過ぎた行為だが――により、この学園に無理やり編入させられていた。


 だが、真におそろしいのはそこではない。


 タクトは無理やり編入させられたあげく、次の日が登校日という、ある種拷問ごうもんのような仕打ちを食らっていたのだ。


 ゆえに、学園側とも大した連絡は取れていない。


「……担任に聞いてみるか?」


 タクトはあごに手を当ててつぶやく。


 だが、担任はめんどくさいという理由で授業をほっぽりだすような適当すぎる人物だ。


 タクトはすぐにその案を却下きゃっかした。


 はてどうするかと、再びうつむいて思索に耽ろうとしたとき、


「おや? 編入生のタクト君じゃないですか。どうしたんですか? こんなところで」


 不意に、そんな声がした。


「え?」


 タクトは顔を上げて、声の方を見る。


 そこには、仲間がいた。


 いや、正確には仲間ではないが、思わずそう思ってしまった。


 タクトの視線の先、そこには……


「黒い、髪……」


 タクトと同じ、属性ぞくせいどうの男が立っていたから。


 ヘアピンでめられた、アシンメトリーな黒髪。


 がねしに見える、的な金のひとみ


 それを見たタクトは、思わず仲間と感じてしまった。


 しかし……


(ただの無属性と純無魔導師バハムートとじゃ、まるで別物か)


 そう判断し、ため息をらす。


 リヴェータも同じ黒髪だったはずだが、タクトには瞳の印象が強すぎたのだろう。


(決してあつかんがすごすぎて仲間だなんてそんなことをじんも思えなかったとかそういうわけではないはずだ、うん)


 そんなどうでもいい弁明べんめいを心の奥底にしまい、タクトはじっと、仲間もどきの男をながめる。


 男は人当たりのよさそうな笑みを浮かべてタクトの正面まで歩いてくると、


「……僕の顔に、なにかついてますか?」


 そう言って、不思議そうに首をかしげた。


 どうやら顔を見すぎていたらしい。


 だからタクトはすぐに答えた。


「そうだね、眼鏡がついてるかな」


「はっは。これはついてるのではなく、かけてると言うのですよ」


 なんて、えらくかいそうに笑う男。


 タクトはジトッとした目を男に向け、


「とこでさぁ……君、だれ?」


「おや、僕も君と同じ二年一組なのですが……まぁ、話してませんし、覚えられていないのも無理ないですかねぇ」


 男は肩をすくめて咳払せきばらいすると、ひときのするさわやかなしょうを浮かべ、


「私はルーベル=マルトフ。二年の三大ばつが一つ、レクター派の参謀さんぼうつとめております」


 そう言って、流れるようにおをするルーベル。


 それにタクトは、


「へぇ、レクター派……」


 そう、呟いた。


 レクター派といえば、リヴェータが言っていた、特に知っておくべき派閥の一つだ。


 わずか三人にして、参加した迷宮攻略では一切の怪我人を出さずに攻略するという、化け物派閥。


 タクトはその一員だという男――ルーベルを見つめ……


(…………中々きたえてるっぽいな……となると、レクター派ってのは援護特化じゃなくて、援護も戦闘も出来るタイプかな?)


 なんて考えてると、ルーベルが口を開いた。


「それで? 君はこんなところでなにをしてるんですか? ……もしや、入学早々女子と待ち合わせなどとは言いませんよね!?」


 鼻息をあらくして興奮気味に顔を近づけるルーベル。


 タクトは鬱陶うっとうしそうに顔をゆがめ、手で押し返しながら言う。


「違うって、俺の部屋がどこなのかわかんないだけだよ」


「部屋、ですか? ……リヴェータ先生なら知っているかもしれませんが、いまから戻るのもあれでしょうし……ここは寮長りょうちょうに聞いてみるべきですかねぇ?」


「寮長?」


 タクトはそんなものがいるのかと思ったが、よくよく考えてみればいても当然かと思い直し、言う。


「その寮長ってどこにいるの?」


「そうですねぇ……。この時間ならたぶん、部屋にいると思いますよ」


「へぇ、なら早速会いに行こうかな」


 そう言って、タクトはゆっくりと立ち上がり、


「……しかし、このタイミングで彼に会いに行くというのも、なかなかに面白いですよねぇ」


「……彼って、寮長のこと?」


「ええ。男子の寮長なら、君もさっき会ったでしょう?」


「さっき会った?」


「学園唯一ゆいいつ純光魔導師セラフにして、今代こんだいの生徒会長。三年のアレックス=ヴァルフレア先輩ですよ」


 というルーベルの言葉に、


「ああそれ、教室でも気になったんだよね」


 なんて、タクトは思い出したように言った。


「なにをですか?」


 ルーベルが首をかしげる。


 それにタクトは、


「いや、ヴァルフレアってどっかで聞いたことあるなぁって。ついでに言うと、カデンツァってのも」


 なんて、のうてんに言って……


 それにルーベルは、おどろいたように大きく目を見開いた。


「…………君、気づいてなかったんですか?」


「なにを?」


 相変わらずぼへ~っとした顔でタクト。


 それにルーベルは呆れたようにため息を吐き、


「ヴァルフレアって言ったら、おうこくだんどころか、その騎士団長にもせきを置く大貴族ですよ?」


「え…………? 王国騎士団って、あの……ッ!?」


 今度はタクトが、目を見開いた。



 王国騎士団。



 それは、王国がほこる、大陸最大の軍隊。


 王国の守護者しゅごしゃたる彼等の実力はすさまじく高く、末端まったんの兵であっても、ソロで難度三十以上を攻略できるほどだ。


 さらにその中でも、騎士団長はぐんを抜いている。


 恐るべきことに、彼等は全員、ニンゲンが一人で攻略できる限界とされる、難度六十を超えているというのだ。


 しかし、驚きはそれだけにとどまらない。


 当代とうだいにおいての騎士団長は、あかあおみどりぎんちゃきんむらさきと、その全員が純属性じゅんぞくせい魔導師でもあるのだ。


 そのため、いまの王国騎士団は黄金おうごんだいとも呼ばれている。


 そしてその一角であるヴァルフレア家は、代々優秀な冒険者や騎士をはいしゅつしているという、まごうことなき大貴族だ。


「ちなみに、カデンツァも騎士団長にいますよ? ……まぁ、あの人が入るまでは大して有名でもなかったので、知らなくてもしょうがない気が多少はしますけど……」


 そう言うルーベルはしかし、そんな気はまったくないという顔をしていて……


「……俺、そんな相手からスカウトされてたの?」


 タクトは呆然ぼうぜんとした顔で言う。


 それに、ルーベルが気まずそうに口を開いた。


「確かにそうですが……少々きびしいことを言いますと、認めているのは君ではなく、ケイン君の方ですね」


「まぁ、そりゃそうだろうけど……俺の色こんなだし」


 タクトはそう言って頭に手をやる。


 そこにあるのは、王国騎士団長に唯一ゆいいつ存在しない、すべてをつぶすがごとき、深い、くろで……


「…………」


 タクトの言わんとすることを理解してか、ルーベルが肩をすくめて嘆息たんそくした。


「色だけで判断していたら、ケイン君だって評価はされてませんよ」


「……そういえば、そうだね」


 タクトはうなずいた。


 ケインの属性いろは、銀と赤。


 すなわち、雷と炎。


 それはあまりに、ありふれた属性いろだ。


 それこそ、属性いろに恵まれなかった落ちこぼれのののしられても、全くおかしくないほどの……


 それでも純光魔導師セラフたちに認められているのは、去年一年でなにかしらの功績こうせきを残したということだろう。


(……俺が好意的にあつかわれてるのって、もしかしたらアイツのおかげなのか?)


 なんてタクトが考えていると、


「それでタクト君、寮長の部屋まで案内しましょうか?」


 そう、ルーベルが言ってきて、


「あ、うん。お願いします」


 それにタクトはうなずいた。


 すると、ルーベルが背を向けて歩きだした。


 ついてこいということだろう。


 タクトはルーベルの後につき、


(……にしても、明日はそんな二人とやり合うのか……アイツはかなり自信あるっぽかったけど、こんなん勝ち目なんてないんじゃないか……?)


 なんて考えながら、寮長のもとへ向かった。

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