第18話 アレックス

 コンコンコンッ、と、とびらを三回、軽く叩く。


 すると、中から返事があり、ガチャッと、扉が開かれた。


 部屋から出てきたのは金色の男――アレックス=ヴァルフレア。


寮長りょうちょう、お時間よろしいですか?」


「……お前は確か、レクター派の――」


「ルーベル=マルトフです」


 そう言って、ルーベルが頭を下げる。


 そんなルーベルに、


「…………」


 アレックスは、ひどげんな顔を浮かべた。


 普段傍観ぼうかんしかしないはずのレクター派の人間が、純無魔道師バハムートけた勝負の前日に、わざわざ部屋をたずねてきたのだ。


 いぶかしむのは、当然のことだろう。


「……それで? 俺になんの用だ?」


 なにを言われるのかと警戒しながら、アレックスが問う。


 するとルーベルは、


「用があるのは私ではなく、彼の方です」


 そう言って、後方を指し示した。


 アレックスはルーベルの示す方へと視線をやり、


「……純無魔導師バハムートか。話とは明日のことか?」


 眉をひそめ、純無魔導師バハムート――タクトに問うた。


 タクトはへらへらと笑って言う。


「いやまぁ、それもしたいとは思うけど、違うんですよね~」


「……なら、なんだ?」


 勝負のことではないと言われ、ますます訝しげに問うアレックス。


 それにタクトは、


「俺の部屋って、どこでしょう?」


 なんて、頭をきながら言ってきて……


 それにアレックスは、


「お前の部屋?」


 と、眉をひそめると、あごに手を当て、しばし黙考もっこうし、


「……そうか、お前は編入生だったな。となると、がた荷物の運ばれてきた部屋だろう。どれ、案内してやる。ついてこい」


 そう言って、部屋から出てきた。


「おお、ありがとうございます」


「ふん、これも寮長のつとめだ」


 つまらなそうにアレックス。


 タクトは相変わらずへらへらと笑って言う。


「いやだって、俺らの担任はめんどくさいとか言って午前の授業なしにするような人だったんで、みんなそんな感じだったらどうしようかと」


「……あの人は色々と変わっているからな。あれを標準だと考えない方がいい。というより、考えるな」


 そう言いながら部屋のかぎを閉めるアレックス。


 ルーベルはそれを確認すると、


「では、私はこれで」


 そう言って一礼し、きびすを返した。


 そのままルーベルが去っていくのを一瞥いちべつし、アレックスが言う。


「それにしても純無魔導師バハムート。なんでまた、学園ここへ編入なんてしたんだ?」


「いやぁ~、俺はそんなつもりなかったんですけど、無理やり入れられちゃいまして~」


「……厄介やっかいばらいというやつか。俺ですら引くぐらいの嫌われっぷりだな」


「嫌われてるってより、遊ばれてるって感じですかね~」


 なんて、突然編入なんてさせられたにもかかわらず、平然と言うタクト。


 それにアレックスは、


(……初見しょけんでもやさぐれてはいないと思ったが、あきらめているわけではなく、気の置けない理解者がいたようだな。……まぁ、そいつのせいでこんな変わり者に育ったんだろうが……)


 なんて考えて軽く息を吐くと、意識を切り替え、ゆっくりと歩きだした。


「では純無魔導師バハムート学園ここの資料は読んだか?」


「ん~……まぁ、一通りは」


「そうか。念のため言っておくが、この場所は男女別のつくりになっている。ホールに入って右側が男子寮、左側が女子寮だ。異性側へ入るのは基本的にはかまわんが、夜十時以降は御法度ごはっとだ。ただし、緊急時などは夜中でも気にせず突入して構わない」


「ふ~ん」


「あと、風呂やキッチンなど、自分の部屋にある設備は自由に使って構わない。……まぁ、学生は大抵寮内にあるでかい風呂場の方に入っているし、料理のできない者はもっぱら学園か寮内の食堂ですませているがな」


「へぇ~」


「言うまでもないと思うが、風呂場は男女別、食堂は男女共同だ。あとは……そうだな、施設の場所などはパンフレットやそなえ付けの地図で確認してくれ。わからないことがあったら、寮長である俺のとこへ来るか、その辺の奴にでも聞いてくれ」


「ほ~い」


 と、すべてに気の抜けた返事を返すタクト。


 すると、アレックスが立ち止まった。


「ん? どうかしたんですか? あ、もしかして迷子とか?」


 というタクトに、


「どうもこうもないさ。ここがお前の部屋だ」


 なんて、アレックスはまるで気にすることもなく、当然のように言ってきて。


 それにタクトは、


(この人、すげぇな……)


 なんて、目を見開いて感心していた。


 それはもちろん、リヤルゴならイラついていたであろう生意気な態度に、ではない。


 そもそもタクトは、自分のことを生意気だとも失礼だとも思っていない。


 タクトが感心していたのは、ここまでの移動時間を考えて、話す内容や語る速度を即座に決め、それを到着時間ぴったりに行ってみせたことに対してだ。


 それは、寮の構造を完璧に理解し、自分の行動速度を理解し、さらに最も重要な部分として、相手の動き方まで予測していなければ、決してできない芸当だ。


 それは、迷宮攻略でつちかわれたものなのかもしれない。


 だとすれば、彼は


 迷宮の構造をあらかじめ調べるのは冒険者としては当然だが、自身の実力を正確に理解するのは難しい。


 それができずに死んでいく者は、あきれるくらいに多いのだ。


 だが、それが完璧にできれば、一流にだってなれる可能性がある。


 さらに、相手の動きを完全に予測できるとなると、間違いなく一流と呼べるだろう。


「…………」


 しかし、アレックスはそれにとどまらない。


 それは大したことでもないというように、まるでそれが当然であるかのように振る舞うアレックスはしかし、を相手に、それらすべてを、完璧にこなしてみせたのだ。


 だからタクトは、


(まったく、とんでもない人に目をつけられたもんだなぁ……ってか、よくよく考えたらこの学園、バケモンばっかだな)


 なんて、相変わらずぼけっとした顔で考え、


「とりあえず中に入って荷物を確認してみろ」


「ふぇ~い」


 またも気の抜けた返事をしながら、扉を開けた。

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