第16話 交渉

乱闘らんとう?」


 男子生徒の言葉に、タクトは首をかしげて考え、


「……あー、それでか」


 と、なにやら納得したように言う。


 それにエリスが反応した。


「タクトさん、なにか知っていますの?」


「ん? いや、保健室で起きたとき、やけににんが多いなぁと思ったんだよね」


 そのなに気ないタクトの言葉に、


「その怪我人はすべて……というのは少し言い過ぎだろうが、ほとんどが俺のばつのはずだ。そうだろう? ケイン」


 男子生徒がうっすらと、あやしく笑ってケインを見た。


 内心、


(保健室で起きた? ……リヤルゴのげんから見ても、実力はないが、見込みはあるタイプか? それとも、またがやらかしたか?)


 なんて考えながら。


「……どういうことですの?」


 エリスは不意に出された名前に一瞬目を丸くすると、しんを探るように目を細め、ケインを見る。


 いままで顔をしかめて傍観ぼうかんしていたケインは、あきらめたようにため息を吐くと、重々おもおもしく口を開いた。


「…………ココアから、テルンを通して回りくどい依頼があってのぉ。よそで乱闘騒ぎ、もとい殺戮劇さつりくげきしとるから、止めといてくれっちゅーな」


「そんなことが……」


 エリスは意外そうな顔でつぶやくが、心の中では、


(……そういえば、途中からケインを見てませんでしたわね……)


 なんて、思い返していたりした。


 その間にも話は続く。


 ケインは頭に手をやり、呆れたような顔をする。


「ほんで、それをおこなってた奴等っちゅーのが――」


 呆れたように、ため息混じりに、言葉を続け、


「リンダと、パティなんや……」


『っ!?』


 エリスとクレープが、目を見開いた。


「そんな……!」


「その、二人は……」


 クレープは信じられないと手で口をおおい、エリスは苦々しそうに呟く。


 男子生徒は、ニヤリと、いやらしく笑った。


「そいつ等は、お前のとこの隊長だろう?」


 そう。


 その二人は、エリス派の特攻者アタッカー部隊、及び援護者サポーター部隊の、隊長。


 それは、つまり……


「その女をじょくした、報復ほうふくだろうな」


「っ!」


(さっき先生に呼ばれてたのは、そういうことでしたのね……)


 エリスはくちびるを強くめた。


 男子生徒はフッと軽く笑う。


「さて、ではもう一度言おう。俺はすでに、その女に。なら、今度はそちらの番ではないか?」


「それは…………」


 エリスはうつむき、口ごもる。


 男子生徒が言いたいのは恐らく、ハンデをせといったところだろう。


 そうすれば、二人のことは許してやると、そう言いたいんだろう。


 あちらはすでにしんに謝り、クレープに許されている。


 そんな中で断れば、完全にこちらが悪者だ。


(ですが、素直に言うことを聞けば、タクトさんは……)


 難度四十台の攻略者であるタクトを取られたら、確実に戦力が逆転する。


 去年一年で、ようやくととのえた派閥を。


 まわりに認めてもらうためにまとめ上げた、最大の勢力という立場を。


 彼等の助けを借りてまで登りめた、この、場所を……


(むざむざと明け渡すなど、あり得ませんわ!)


 エリスは頭をなやませ、思考をめぐらせ、最適解さいてきかいを求めだす。


 そうしていれば自然と、表情はけわしくなっていて……



(……な考えを起こされると、色々と面倒だな)


 深刻しんこくそうに眉をひそめるエリスに、男子生徒が仕方なさそうにため息を吐いた。


「先に言っておくが、これはこちらとしても、予想外の出来事だぞ?」


 それでエリスは一旦考えを止め、しんひとみを男子生徒に向けた。


 男子生徒はそれを確認すると、わずかなあんすらもられないよう、表情を引き締めて続ける。


「元々、派閥対抗の攻略勝負で純無魔導師バハムートを手に入れるつもりだったんだが……今回の事で、かなりの数仲間をやられてな。全員が全快ぜんかいするまで、しばらくはかかるだろう……いや、精神面をやられて、さいのうになる者もいるかもしれん」


「…………」


 心当たりがあるのか、若干目を伏せるエリス。


 だから男子生徒は、


「だから、これはじょうだ。そちらからは、隊長を出さないでもらおう」


 と、堂々と言い放つ。


 それにエリスは、


「そんなこと――!」


 と、即座に反発し、


「代わりに、こちらは特攻者部隊の隊長しか出さん。無論、副隊長も出すつもりはない」


 だが、男子生徒がそれをさえぎり、言う。


 それに、


「ねぇ、ちょっといい?」


 なんて、タクトがのうてんな顔で、会話に混じってきた。


「……なんだ?」


 男子生徒はいぶかしげにタクトを見やる。


 タクトは相変わらずへらへらと、能天気に笑い、


「隊長はってことはさぁ、副隊長はオーケーってことだよね?」


 と言った。


 それに男子生徒が、


「うん? まぁ、それは別に構わんが、そいつは…………いや、止めておこう。代わりに言っておくが、エリス派の特攻者アタッカーに、副隊長はいないぞ?」


「え? ってことは……エリス派の副隊長は、一人だけ?」


「……ええ、そうですわ」


「なんでまた、そんなことに……」


 エリス派は校内最大派閥のはずだ。


 副隊長が一人など、まずありえない。


 タクトの呆然ぼうぜんとした呟きに、エリスがなんとも言えない顔を浮かべ、


「……リンダさんが、足手まといはいらないと……」


「うわぁ、そういうタイプかぁ……」


 タクトはひたいに手を当て、天をあおいだ。


 校内最大勢力で副隊長にもなれるレベルを足手まといなど、馬鹿とも言えるほどの自信家だ。


 だが、実際にそれが許されるとなると、相当な実力者なのだろう。


 男子生徒が話のすきはからって口を開く。


「では、勝負は明朝みょうちょう十時から。場所は学園がくえん迷宮めいきゅう。それでいいか?」



 学園迷宮。



 それは、この学園が広大なしきを持つ最大の要因よういん


 ありとあらゆる設備が備えられ、かなりの規模をほこるこの学園はしかし、そのおよそ半分が迷宮になっている。


 だがそれは、学園が迷宮に呑まれたというわけではなく、元から存在していた迷宮のまわりに学園を建てたからだ。


 学園内に本物の迷宮をかかえていることも、世界最高峰たる所以ゆえんなのだろう。


「…………わかりましたわよ」


 エリスは渋々しぶしぶながらも、攻略勝負を承諾しょうだくした。


「そうか」


 男子生徒は安心したように微笑を浮かべると、くるりときびすを返し、


「待てや」


 それを、ケインが止めた。


 男子生徒はゆっくりと振り向く。


「なんだ?」


「その勝負、ワイ等も混ぜて貰おうか」


 自信に満ちた瞳でケイン。


 男子生徒は訝しげに言う。


「……お前のとこは、三人しかいないはずだろう?」


「だったらなんや?」


「…………まぁ確かに、断る理由もないな。第一、お前のとこはその程度のハンデを物ともしないだろうしな」


「いやいや、そりゃ買いかぶりっちゅーもんや。なんせ自分が足止めに動けば、ワイ等の勝ち目はほぼゼロやもんなぁ?」


「……勝負にならない自覚があるなら、なぜわざわざ混ざろうとする?」


 げんな顔で問う男子生徒。


 それにケインは、


「はっはぁ。いま勝負にならんっちゅーたか? そう思うんやったら、一人くらい増えても構わんよなぁ?」


 と、我が意を得たりとばかりに笑う。


 男子生徒は自身の失言に気づき、不愉快そうにまゆを寄せ、


「……死神でも加えるつもりか? この状況で、あの女がお前側につくとは思えんが……」


「誰もそんなこと言うとらんやろ?」


 ケインが平然と言う。


 それに男子生徒は眉をひそめ、


「なら、誰を加えると?」


 と、どこかいらたしげに問う。


 それにケインは、


「このクラスにはココアの他にもう一人、フリーな奴がおるやろ?」


 と、言った。


 男子生徒は怪訝な表情を浮かべ、エリスはハッと目を開く。


 ケインはニヤリと、いやらしく笑い、



「のぉ? 編入生」



 タクトに、振り向いた。


 それに男子生徒が驚きの声を上げる。


純無魔導師バハムートを加えるだと!?」


「あかんか?」


 ケインがニヤニヤと笑いながら問う。


 男子生徒は口元に手を当て、しばし黙考もっこうすると、ゆっくりと口を開いた。


「…………いや、加えても構わない」


「おい、アレク――ッ!」


 驚くリヤルゴを、男子生徒が手でせいす。


「さすがに二十……エリス側も含めれば、四十対三だ。純無魔導師バハムートだろうが、一人増えたところでそう変えられるものじゃない」


 そう言いながら、


(それにげんを取られた以上、体裁ていさいたもつためにも認めなければならないからな)


 と、男子生徒は苦々しそうに心中で舌打ちし、


(……しかし、実際それでくつがせるような戦力差ではないはずだが…………)


 ケインの真意を計りかね、まわりに気取られないように、思考をめぐらせ始めた。


 先ほども言ったように、人数は二十対三。


 たとえタクトを加えたところで、その差は五倍だ。


(……エリスと手を組むつもりか?)


 それならば、ケインの余裕もうなずけるが……


(それでは、あいつにメリットがない)


 勝負は誰が先に迷宮を攻略するか。


 手を組んだところで、少人数であるケイン派がめられる可能性の方が高い。


 となると、


(単に漁夫ぎょふでも狙っているのか……?)


 判断としては正しいが……


(……いや、それだけなわけがない)


 ケインという男は、馬鹿ではない。


 その程度で終わる奴じゃない。


 それは去年一年で、嫌というほどに理解したつもりだ。


(……なにか、裏があるか?)


 男子生徒は目を細め、訝しげにケインを見るが……


「いやぁ~、さすがはヴァルフレアやのぉ。どこぞの貴族もどき共とは器がちゃうわ」


「それは誰のことかしら?」


「あんまめてっとぶち殺すぞ?」


 当のケインはヘラヘラと笑って、エリスとリヤルゴを小馬鹿にしているだけだ。


(……まぁいい。なにをしてこようと関係ない)


 男子生徒は考えを改め、覚悟を決める。


(全て、ぎ払うだけだ……!)


 覚悟を決めて、静かながらに、勝負へのとうたぎらせ、



「あの~、勝手に盛り上がってるとこ悪いんだけどさぁ……俺、参加するなんて一言も言ってないんだけど……」



 冷や水をぶっかけられたかのように、一気にめた。


 それは、この場にいる全員が同じだったようで……


「あれ? 俺なんか、変なこと言った?」


 水を打ったように静まり返り、完全にしらけた教室で、タクトが不思議そうに首をかしげる。


 それにケインは、


「ほう……自分、ここまできて断るっちゅーんか?」


 と、あごに手を当て、まるで面白いものを見たかのように口元をゆがませ、


「いや、あんた等が勝手に突き進んだんじゃん」


 と、タクトは当然とばかりに返す。


 それに、


「それは……確かに、そうなんですけど……」


 と、エリスがなんとも言えない表情で言い、


「…………」


 男子生徒は深くため息を吐き、なんともいえない表情でタクトを見やり、


「なら、きゅうゆうを助けると思ってみたらどうだ?」


「うん? ……まぁ、それなら一応納得できる、かなぁ?」


「……では、俺達はこれで失礼する」


 そう言って、男子生徒が踵を返す。


 リヤルゴもそれに従い、男子生徒に続いて教室を後にして、


「……わたくし達も、帰りましょうか」


「……そうやな」


 エリスたちも、ぞろぞろと教室から出て行き……


「…………俺、変なこと言ったかなぁ……?」


 一人取り残された教室で、タクトはぽつりと、不思議そうに呟いた。

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