第15話 純光魔導師

 午後の授業である攻略演習が終わり、帰りのホームルーム。


「――――以上でホームルームは終わりだ。リンダとパトリシアは、このまま職員室についてこい」


 タクトのクラス担任であるリヴェータが、そう言って教室を出て行く。


「……別に、あたしは悪かねぇし」


「わたしも間違っていたとは思いません」


 名前を呼ばれたのであろう二人の女生徒が、不平をれながらリヴェータの後に続き、教室から出て行った。


 それを合図にしたかのように、それぞれ帰りのたくを始め……


「失礼する」


 ガラッと扉が開いて、一人の男子生徒が教室に入ってきた。


 クラスメイトたちがその人物へ目を向け……



 ――瞬間、教室が静まり返った。



 その人物は、金色だった。


 美しく輝く、金色の髪。


 せいをたたえた、金色のひとみ


 育ちのよさを感じさせる、ゆうな立ち振る舞い。


 タクトはその男子生徒を、


(すげぇ、純光魔導師セラフだ……)


 おどろいたように、眺めていた。



 純光魔導師セラフ



 それは、金色の髪と瞳をした、光の純属性じゅんぞくせい魔導師まどうし


 その能力ちからはあらゆる戦場を支配し、対応力は全属性一。


 さらには、一人で攻撃・防御・回復・支援のすべてを行えるという。


 純属性魔導師の中でも無属性の次に稀少きしょうとされ、無属性とは対照的な超人気者だ。


(さすがは世界最高峰。ほんとに、色んなレア物がいるんだなぁ……)


 なんてタクトが考えている間に教室に訪れた静寂せいじゃくも終わり、周囲がざわざわとざわめき出す。


 もくしゅうれいなその男子生徒は、周囲の反応を気にすることなく口を開いた。


純無魔導師バハムートはまだいるか? すまないが、少し話をしたいのだが……」


「……ん? 俺?」


純光魔導師セラフが、なんでわざわざ超絶嫌われ者の純無魔導師おれなんかに……)


 タクトが不思議そうな顔で、男子生徒の方へ近づこうと、


「……なにか、ご用かしら?」


 その前に、エリスが立ちふさがった。


「ん? エリスか。随分ずいぶんとよそよそしいじゃないか」


「なにを言ってますの。わたくし達はそもそも、他人じゃありませんか」


 エリスの言葉に、男子生徒が肩をすくめ、軽く嘆息たんそくする。


「相変わらずつれない奴だ。……まぁいい、今日はお前ではなく……でもないな、お前達に用があって来たんだ」


「…………」


 男子生徒の言葉に、エリスがいぶかしげに眉をひそめる。


 だが、男子生徒はそれを一切気にすることなく言う。


「今回の用件は一つ」


 そう言って、タクトをえ、


純無魔導師バハムート。お前を、俺のばつに引き入れたい」


「え? 俺を?」


 タクトの驚きをよそに、エリスが若干じゃっかん高圧的こうあつてきに言う。


「なにを言っていますの。貴方あなたのところは必要ないと言ったじゃありませんか」


 それに、


(あれ? 俺この人と初対面のはずなんだけど……)


 と、タクトが不思議そうに首をかしげた。


 それを解決するかのように、男子生徒が口を開く。


「ああ、リヤルゴのことか。安心しろ、アイツにも話は通している……だろう?」


 男子生徒が首だけで後ろを振り向く。


 すると、ろうから舌打ちが聞こえ、大柄おおがらな男が教室に入ってきた。


「……ああ、気に食わねぇことにな」


「あ! あんたは今朝の…………」


「……リヤルゴだ。リヤルゴ=カデンツァ」


 言葉にまったタクトをいらたしげに見ながら、リヤルゴが男子生徒のとなりに立つ。


「ああそうそう、リヤルゴね」


 タクトはポンと手を打って納得したようにうなずいた。


 それにリヤルゴが、ギロリと、するど眼光がんこうをタクトに向ける。


「俺は三年だぞ? けい使えよ二年坊主」


かいがあればそうさせていただきます~」


 へらへらと笑ってタクト。


 リヤルゴは顔をしかめて舌打ちをした。


「……まぁ、テメェがムカつく野郎なのは知ってたことだ」


「あはは~……にしても、カデンツァってどっかで聞いたことあるような……」


 なんて、タクトはなにを考えてるのか、あるいはなにも考えていないのか。


 へらへらと楽しげに笑うと、首をかしげてつぶやき、


「気のせいだ」


 と、リヤルゴが腕を組んでそう断言だんげんした。


 それにタクトは、


「そう? でもなぁ……」


 と、腕を組んで考え込もうと、


「……まぁ、気のせいではないだろうが、その話はリヤルゴのいない時にしてくれ。話が進まなくなる」


 それを、男子生徒が止めた。


 タクトが思い出したように男子生徒に目をやる。


「そういえば、俺を仲間にしたいって話だったね。でも、なんでまた俺なんかを?」


 タクトの疑問に、男子生徒がフッと軽く笑った。


「簡単なことだ。ケインがお前をもらうと言った、それだけだ」


 当然とばかりに言う男子生徒。


 タクトがジトッとした目をケインに向ける。


「君、きらわれてんの?」


「……まぁ、かれてはおらんやろな」


「好き嫌いの話ではないし、俺は別に嫌ってはいないぞ?」


「俺は嫌いだけどな」


「はっ。そりゃどうも」


 リヤルゴの言葉ににくで応えるケイン。


 男子生徒が空気を変えるように咳払せきばらいする。


「……話を戻すが、その男が仲間に引き入れようとする奴には、いくつか条件があってな」


「条件?」


 タクトが首をかしげる。


 男子生徒は鷹揚おうようにうなずき、


「ああ。まず第一に、見込みがあるか。第二に、強い信念を持っているか。この二つのいずれかをたさない限り、仲間に引き入れようとはしない。それがたとえ、どれほどの実力者であろうとな」


 と言った。


 それにタクトは、


「……見込みがあるのと実力があるってのは、同じような気がするんだけど……」


 と、よくわからないと言いたげに返す。


 それに男子生徒は軽く笑い、


「どれだけ実力があろうと、それを十全じゅうぜん発揮はっきできなければ、役立たずもいいとこだろう? 逆に、現時点では大した実力がなかろうとも、将来的に見れば役に立つであろう者ならば、積極的に仲間にしようとするということだ」


「なるほど」


 今度は納得といった様子でうなずいた。


 男子生徒が続ける。


「そんな男が認めたんだ。性格に多少のなんがあるとはいえ、他のところに取られるのは少々困るのでな」


「なるほどねぇ……」


 タクトはあごに手をやり、うんうんと、納得したようにうなずき、


「でもそれって、ほんとに仲間って言えるのかなぁ?」


 へらへらと笑いながら、その全身からすさまじいプレッシャーを放つ。


 それに男子生徒は、


「言えないだろうな」


 と、腕を組んで瞑目めいもくし、ひるむことなく断言した。


「なら――」


 タクトはたりとばかりに、あやしく笑って続けようと、


「仲間というものは、そう簡単になれるものか?」


「…………」


 男子生徒の言葉に、タクトは口をつぐんだ。


 男子生徒は軽く嘆息すると、タクトを見据え、堂々と続ける。


「いくつもの日々を積み重ね、次第に仲を深めていくことで、気づかぬ内に自然となっている。仲間というものは、そういうものではないか? 少なくとも、俺はそう思っている」


「…………」


 タクトはなにも言い返さなかった。


 いや、言い返せなかった。


 男子生徒の言うことは、なに一つ、間違ってなどいないから……


 男子生徒は、どこかあわれむような瞳でタクトを見る。


「まぁ、あせる気持ちはわからないでもないが……迷宮攻略は、ゲームじゃない。たとえ強い仲間ができたところで、自分勝手に突っ走って上手く連携れんけいを取ることができなければ……死ぬぞ?」


 それは、すでに経験していたことだった。


 さきの攻略演習。


 校内最大勢力であるエリス派の副隊長――クレープとも、意思の疎通そつうが出来ていなかったために、あんなことになった。


 もしもあれが、本物の迷宮であったなら……


「…………そう、だね」


 タクトは目を伏せ、男子生徒に同意する。


 男子生徒が空気を変えるように、軽く咳払いをした。


「……さて、それではそろそろ、本題に入ろうか」


 男子生徒は小さく深呼吸してから口を開く。


「俺もただで純無魔導師バハムートを手に入れようというわけではない。それなりに実力を示さなければ、失礼というものだからな」


 男子生徒はそう言って、ちらりと、エリスに視線を移し、


「そこでだ、俺達とお前達。それぞれ二十名で迷宮攻略を行い、先に攻略した方を勝者とし、勝った方が純無魔導師バハムートを得る、というのでどうだ?」


「さっきから聞いていれば、ずいぶんと勝手な――」


 と、エリスが呆れたような、どこか苛立ったような顔で口を開き、


「今朝! 俺の派閥の奴等が、そこの女をじょくしたそうだな」


 それをさえぎって、男子生徒が言う。


 そして、しっかりと、クレープに向き直り、


「その件に関しては、謝ろう。申し訳ない」


 深々と、頭を下げた。


 クレープは一瞬ポカンと間抜けな顔をし、理解が追いつくと、たんにパタパタとあわてだし、


「え…………? はっ!? いや、そんな! わたしは別に気にしてないですから、頭を上げてください!」


 男子生徒はゆっくりと顔を上げると、しょうを浮かべた。


「そうか、ありがとう」


「いえ、こちらこそ……」


 クレープは男子生徒の真意が見えず、不思議そうな顔をする。


 男子生徒は口のをわずかにり上げ、


「……さて、こちらはしっかりと謝罪をして、本人からも許されたわけだが……今日の攻略演習、乱闘らんとうがあったという話は聞いているか?」

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