第14話 真相

「……うっ…………ここは…………?」


 目を覚ますと、まず天井が視界に入った。


 そこでタクトは、どこかに寝かされているのだとわかった。


 タクトはもぞもぞと起き上がり、周囲を見渡す。


 どうやら救護室――ここは学園のはずだから、保健室だろうか。


 傷だらけの生徒たちが、ベッドに横たわっていた。


 そこまで理解して、タクトはいぶかしげに眉をひそめた。


「……数、多くね?」


 明らかに、怪我人が多すぎる。


 なぜそう思ったのか、それは……


「ベッド、足りてねぇじゃん……」


 ベッドの数が完全に足りておらず、ゆかに倒れている者がいて……


 というより、その人数の方が多くて……


 さらに言うのであれば、自分もまた、その中の一人で……


「……いくら死なないっても、高すぎるとこ行ったら、なんの経験にもなんないだろうに……」


 タクトはおもむろに立ち上がり、一人ぼやく。


 ここは迷宮攻略においてなら世界最高峰の学園、そのはずだ。


 なのに、そんなこともわからない奴ばかりなのか。


 それとも、調子にのって返りちにあったのか。


 どちらにしろ、馬鹿としか言いようがない。


「……まぁ、俺も人のこと言えないんだけどね」


 タクトは一人そう言って肩をすくめ……


 バン! と部屋のとびらが勢いよく開かれた。


 視線をそちらに向けると、少女が立っていた。


 紫色の、長い髪。


 金色に輝く、ぱっちりとしたひとみ


 き通るような、白いはだ


 美少女といって差しつかえないその少女――クレープは、タクトを見つけると、一目散いちもくさんに駆け寄った。


 クレープは長い髪をたなびかせてタクトの側まで駆け寄ると、瞳をうるませて、言う。


「すみませんでした!」


「は?」


 突然頭を下げてそんなことを言う少女に、タクトは間の抜けた返事をする。


「どしたの? 急に……」


「いえ、その……怒って、ないです?」


 うかがうようにうわづかいでタクトを見るクレープ。


「ちょっと、言ってる意味がわからないんだけど……」


 タクトは意味がわからないと、困惑こんわくに首をかしげた。


 それにクレープは、おそる恐る、重い口を開き、


「……タクトさんが燃やされたのってたぶん、わたしのせいなんです……」


 なんて、言ってきて……


「は?」


 タクトはぽかんと口を開ける。


「実は…………」


 間抜けな顔をするタクトを置き去りに、クレープは訥々とつとつと、語り始めた。






 ◆◆◆




 ――タクトが脱落する数分前。


(タクトさんには、ああ言われましたけど……)


 クレープは、困っていた。


 今回の攻略演習は、タクトの実力がわかるまでは誰も手を出さないというスタンスでいる。


 だからこその、難度二十。


 この学園においての、平均値。


 さらにタクトからは、『なにもしなくていい』とまで言われている。


 しかし……


(だからといって、だまってているというのも……)


 クレープはエリス派の援護者サポーター部隊、その副隊長なのだ。


 危険なことを、ただ黙って観ているわけにはいかない。


 特に今回は、普段からとてもたよりになる隊長たちが不在なのだ。


 確かに、タクトの動きには目をるものがある。


 リザードマンとのどこかしつな剣のらん


 その後七体のリザードマンを一瞬で仕留めたのは、感嘆かんたんのため息さえれでるほどだ。


 だが、ボスとの戦闘に入ってからというもの、タクトの動きにかんがある。


 動きがどこかにぶいのもあるが、それ以上に……


(魔法はもう、使わないんです?)


 七体ものリザードマンを瞬殺しゅんさつした魔法どころか、魔法そのものを使おうとはしない。


 あるいは、使わないのではなく、使えないのか……


 だとすると、なにかしらの制限せいげんがあるのだろう。


 それは例えば、使える回数。


 それは例えば、再度使えるようになるまでの、インターバル。


 だからこそ、クレープは困っていた。


(……一見いっけん優勢に観えますけど、ボスはまだ、本気じゃないですし……)


 ボスというのは基本、窮地きゅうちに追い込まれると、攻撃のパターンが変わる。


 それは高難度になるほど確率が上がり、難度二十ともなれば、確実にパターンを変えてくるだろう。


 場合によっては、なにかしらの能力の使用だって考えられる。


 にもかかわらず、タクトはいまだへらへらと、ボスとのはげしい剣戟けんげきり広げていて……


(もしものときは、しっかりと援護をしなくちゃ!)


 クレープは、むん、とこぶしにぎって気合いを入れ、


『ジャアアアアアアア!!!!!』


 ボスが、えた。


 すると、ボスの背後から新たに二本のうでが生え、


(パターンが、変わった……!)


 クレープががまえ、もしものときにそなえようと……


 ――瞬間、タクトの身体からだきらめいた。


 恐らく、加速の魔法を使ったのだろう。


 タクトは姿がき消えるほどの超高速で動こうと、


『ジャアアアアアアア!!!!!』


 ボスが、再び吼えた。


 今度は腕が生えることはなかったが、その口からはゴウゴウと、勢いよく炎がのぼっていて、


(っ!? また変わった!?)


 クレープは真剣に、タクトの動向どうこうを見守る。


 タクトはせまれんの炎をかわし、四本のサーベルをいなしながら、どうにかして接近しようとしているようだ。


 だが、


「あっ!」


 タクトの身体から、光が消えた。


 たん、タクトの動きが遅くなる。


 しかし、それでも四本のサーベルを無傷で対処できている。


 だが、そのひたいには汗がにじみ、余裕はあまり観られない。


 そして、


「危ない!」


 ボスが大きく口を開け、タクトめがけて炎を吐き出そうと、


「【リュミエール】!」


 クレープはさけんだ。


 すると、クレープの胸の前がひらめき、そこに一本のつえが現れた。


 白を基調きちょうとした、しんてきで美しい造形ぞうけい


 その先端せんたんへびしており、口には丸くれいな石をくわえている。


 クレープは杖を手に取ると、その先端をタクトへ向け、


「《こうなるひかりよ、ものまもれ*アブソリュート・ライト》!」


 クレープがとなえる。


 すると、杖の先端が光り輝き、タクトの目の前に淡い黄色をした光のぼうへきが現れ……


 ズガン! と、銃声が鳴り響いた。


 直後、光の防護壁は跡形あとかたもなくさんし……


「ふえ!?」


 クレープが間抜けな顔で間抜けな声を出す中で、タクトは炎に、み込まれ……


「…………って、ええええええ!!!???」


 クレープはわけがわからず叫んだ。


「な、なんでです!? 魔法は成功してたのに、なんで、なんでタクトさんが!?」


 ひど狼狽ろうばいするクレープの肩に、ぽん、となにかの感触かんしょくがあった。


 振り向くと、そこにはエリスがいて。


 だが、その顔はどこか、あきれたようで……


「クレープさん」


「はい!」


 クレープはだかビシッとすじを伸ばして返事をした。


 そんなクレープをどこか微笑ほほえましそうに見ながら、エリスはため息混じりに言う。


「タクトさんはあれで難度四十二を攻略なさってるんですから、手の内がわかるまでは、こちらも手出しするべきではなかったんですのよ?」


「え? それって……」


 クレープが目を見開く。


 エリスはゆっくりとうなずいた。


「恐らく、待っていたんでしょうね。ボスがなんらかのアクションを起こすのを」


 クレープの顔がみるみるあおざめていく中、エリスはなんとも言えない微妙びみょうな顔で続ける。


「あのタイミングと起きた出来事からして……カウンターか、こう、あるいは吸収きゅうしゅうといったところでしょうか……」


 クレープはさおを通り越して、もはや白くなった顔をしている。


 さらに、辺りを見回してみれば、他のクラスメイトたちも、なんとも言えない表情を浮かべていて……


「……わたし、また余計なことしちゃったんですね……」


 悲しげに目を伏せるクレープ。


 そんなクレープに、エリスは優しく語りかける。


「別に、貴方あなたのせいではありませんわ。そもそも、難度四十二を攻略したと言うタクトさんが真面目に戦っていれば、二十程度で援護なんて必要ないはずですもの」


 女神のような微笑びしょうを浮かべるエリス。


 そんなエリスに、クレープは少し救われたような気持ちになり、


(……でも、余計なことをしたせいで、タクトさんは…………)


 ブンブンと、左右に頭を振って思い直すと、


「わたし、いますぐ行ってあやまってきます!」


 そう言って、出口に向けて走り出そうと、


「……ここまで来たら、ボスを倒した方が早いと思いますわよ?」


「はっ!?」


 顔を赤らめながら振り返り、ボスが倒される様をながめていた。






 ◆◆◆




「――――と、言うわけでして…………」


 一通り話し終え、気まずそうにタクトを窺うクレープ。


「……なるほど、そういうことか」


 タクトは軽くため息を吐くと、なんでもないように言う。


「いいよ、気にしなくて。悪気があったわけじゃないんだろうし」


「ほんとですか?」


 パッと瞳を輝かせるクレープ。


 タクトは優しい表情でうなずく。


「ほんとほんと、君はまったく悪くない」


 へらへらと、優しい表情でうなずき、


「君たちを信用した、俺が悪い」


 なんてことを、言って……


「え…………?」


 クレープは呆然ぼうぜんと目を見開き、ピシリと固まった。


 タクトはそれにへらへらと、まるで悪戯いたずらが成功した子供のように楽しげな笑みを浮かべる。


「いやいや、冗談じょうだんだよ、冗談」


「…………ああ、なんだ、冗談ですか……」


 クレープはほっと胸をで下ろし、深く息を吐いた。


(……にしてもまさか、混属性こんぞくせいちょうほういんに言われた通りになるとはね)


 タクトは心中でぼやき、肩をすくめる。


 ボスの火炎放射をさそうために、わざわざすきを見せたのがあだになった。


 それは、ソロではまず起こらないミスだ。


 だがそれは、そういった性格のやつがいることをにもかけなかった、タクトのミスだ。


 簡単に勝てるくせに、ただ勝とうとはしなかった。


 まわりをかえりみずに、自己中心的に突っ走った、自己満足の結果。


(こんなおれを受け入れようとしてくれてるってのに、俺はなにをしてるんだか……)


 タクトはにくげに口元をゆがませる。


 皮肉げに笑って、歩きだし、


(もしも次があるのなら、真面目に……それこそ、アレをたのんでみるのも、いいかもな……)


 なんて考えながら、保健室を後にした。

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