第13話 想定外

『ジャアアアアアアア!!!!!』


 ボスがタクトめがけて二本のサーベルを振るう。


 それはすさまじい斬撃ざんげきの嵐となってタクトにせまる。


 タクトはそれをサーベルでいなし、流し、時には受け、はじき、そのすべてを無傷で対処していく。


 さらにはすきあらば即座に反撃し、少しずつではあるが、確実にダメージを与えていた。


 そんな、誰がても明らかな優勢ゆうせい


 圧倒的あっとうてきな、実力差。


 しかし、


(ん~……やっぱ、魔法なしだとキツイよなぁ……)


 当の本人からは、徐々じょじょに余裕が失われていた。


 いまは優勢に見えるが、タクトにだって体力はある。


 魔法の使用だって、ただではない。


 特に、タクトの魔法は魔力よりも、体力を消費するたぐいのものが多い。


(だからといって、使うほどでもないってのがまた、めんどくさいんだよなぁ……)


 使わなければきびしいが、使えば即座に仕留められる。


 そんな中途半端な実力の相手に、タクトはめんどくさい顔でサーベルを振るう。


 しかし、普通はその現状を、おかしく思うだろう。


 それを理解している者ならば、口をそろえてこう言うだろう。


『仕留められるならば、仕留めればいいじゃないか』と。


 だが、タクトはそれをしない。


 なぜなら、待っているからだ。


 ボスが本気を出す、その瞬間を。



『ジャアアアアアアア!!!!!』



 そしてついに、そのときはおとずれる。


 ボスの咆哮ほうこう


 それと同時に、その背後から二本の腕が生えた。


 その両腕にも、サーベルを装備している。


 計四本となった腕で振るわれるサーベル。


 それは単純計算でも、いままでの二倍の手数。


 さらにはこれで、反撃の隙がほぼ完璧になくなった。


 そんな絶望的な状況で、タクトは、


(あ~……こういうタイプかぁ…………)


 ひどく、脱力だつりょくしていた。


(まぁ、所詮しょせんは難度二十だし、期待するだけ無駄だよねぇ……)


 と、タクトは心中でつまらなそうにため息を吐き、


「《瞬刹しゅんせつ》」


 ――せつ、タクトの姿が……



『ジャアアアアアアア!!!!!』



 ボスが、再びえた。


 しかし、今度は腕が生えたわけではない。


 だが、タクトはそこで動きを止めた。


 なぜなら、咆哮を上げたその口から、勢いよく炎が吹き出していたから。


「へぇ、まだそんなのを残してたんだ」


 タクトは少し驚いたように、しかし、どこかうれしそうにつぶやき……


 それで、選局せんきょくは大きく変わった。


 ボスがタクトめがけて灼熱しゃくねつ猛火もうかを吐きだす。


 タクトは即座にそれをけようと、


「うっはぁ…………マジかよ」


 だが、一瞬でもそれにれて動きを止めていたタクトのまわりには、気づかぬうちに、四つのサーベルがおそいかかっていて……


 姿がき消えるほどの速度で動くタクトだが、これでは上手く攻め込めない。


 タクトは灼熱の炎を避けながら四本のサーベルを掻いくぐり、なんとかしてふところもぐり込もうと、


「あ、やべ……」


 そこで、魔法が終わった。


 ボスはそれを見のがさない。


 加速が終わり、必死に四つのサーベルを処理するタクトに向けて、大きく口を開き、


「うっはぁ、マジで容赦ようしゃねぇじゃん」


 タクトは口元をひくつかせた。


 タクトは四本のサーベルの対処で手一杯。


 この状態で炎の追撃など、避けようがない。


 しかし無情むじょうにも、紅蓮ぐれんの猛火は吐き出される。


 それはタクトを焼き尽くさんと、ゴウゴウと音を上げて迫り、



「それを、待ってたんだよ」



 ニヤリと、タクトが笑った。



 タクトは左手を前に突きだし、



「【アルガント】」



 すると、タクトの左手がひらめき……



 ズガン! と、銃声が響き渡った。



 そして、






「……………………は?」






 タクトはほうけた顔で、炎に呑み込まれた。









 ――タクト=カミシロ、難度二十、攻略失敗。






 ◆◆◆




 タクトの脱落から、時は三十分ほど前にさかのぼり、


「……おい」


「……なんだぜ?」


 とある地下迷宮の建物の上。


 迷宮の大半を一望できるその場所に、ケインとテルンは立っていた。


「自分確か、乱闘らんとうしとるうたよな?」


 ケインの問いに、テルンはサッと顔をそらす。


 ケインは呆れたようにため息を吐くと、


「これのどこが、乱闘やねん」


 眼下がんかに広がる世界をながめ、なげくように、呟いた。


 なぜなら、その視界には――




「ぎゃぁああぁぁあああ!!!」


「ひぃぃぃぃ!?」


「誰か、誰か助けてくれぇ!!」


「殺されるぅぅぅぅぅ!!!!」


 そこかしこで巻き起こる爆炎ばくえん


 迷宮内を襲う天変てんぺん


 逃げる場もなく逃げまどう人々を、一切のなさけ容赦もなく、怒りに任せて、あるいは冷淡れいたんあばくるう、災厄さいやく


 それはもう、あえて言わなくともわかるだろう。


 これは、乱闘などではないと。


 ただの、一方的な殺戮さつりくだと。


 しかも、それを行っている相手というのがまた、非常に面倒臭めんどうくさい奴等で……


「…………」


 そんなさんじょうに目をやり、ケインがもう一度、今度は盛大せいだいにため息を吐くと、テルンが遠慮えんりょがちなうわづかいでケインを見上げた。


「だ、だってあの……自称、ちょうほういんが……」


「あいつ…………」


 ケインは自称諜報員という名詞にいやそうに顔をしかめると、深くため息を吐き、


(……まったく……つまりはこれをどうにかしろっちゅーことかい……)


 と、いつもてきに笑っている勝利の死神様にまたも厄介やっかいな面倒ごとを押しつけられたと理解し、仕方なさそうに眼下に広がるごくを眺めると、ぶさっているパンのほほをペシペシとたたいた。


「パン、起きろ」


「んぅ…………?」


 パンは軽くじろぎをすると、目をこすりながらケインから降り、


「……なにあれ? 戦争?」


 前方に広がる景色をいぶかしげに眺めるパン。


 ケインはなんとも言えない表情で答える。


「ココアからの、遠回しならいや」


 それにパンは、


「うぇぇ、またぁ……?」


 うげっと、酷く嫌そうな顔をして。


 だからケインは軽く嘆息たんそくし、


「とりあえず、あれ止めに行くで」


 めんどくさそうにそう言うと、建物から飛び降りて、


「……なんでオレ等が……」


「自分でやればいいのに……」


 なんて、テルンとパンはぶつぶつと文句を言いながらもケインの後に続き、地獄の中心へと、おもむいた。

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