第12話 魔法

 迷宮のさいしん


 そこには必ずと言っていいほどに、ものが存在する。


 それは基本的に、その迷宮内のどの魔物よりも強く、特殊とくしゅな能力を持っていることもある。


 その魔物はボスと呼ばれ、それを倒すことこそ、迷宮攻略最後にして、最大のれんと言える。


 そして現在、タクトの視線の先には、


(……あれがボスだな)


 これまで戦ってきたリザードマンの、およそ三倍はありそうな大きさのリザードマンが立っていた。


 さらに、


(一、ニ、三……小物は八体か)


 通常サイズのリザードマンが八体、それを取り囲むように並んでいる。


 それを確認したタクトは、


(大物は一体だけか……とりあえず、まわりのを片づけるべきだけど……)


 やる気の全く感じられない表情で、ボス撃破のための計画を立てていた。


(雑魚とはいえ八体もいるし、さすがに魔法なしはキツいかなぁ?)


 武器の能力が能力のため、ただの雑魚相手に使うという選択肢はない。


(……まぁ、そこはりんおうへんにってことで)


 タクトはへらへらと笑いながら、意を決して、部屋の中へと足をみ入れた。



 ――たん



『シャアアアアアア!!!』


「うわぁお、いきなりだね」


 一気に八体のリザードマンがおそかってきた。


 だが、


(へぇ、ボスはまだ動かないか)


 タクトはへらへらした笑みはくずすことなく、冷静にそれをながめると、


「俺のこと、なめてくれてありがとう」


 スッと、視線をするどくさせた。


「シャア!」


 力強く踏み込み勢いよく飛び出してきたリザードマンが、タクトめがけてりを放つ。


「よっと」


 タクトはそれをサーベルで受け、その勢いにまかせていなす。


 そしてすぐさまサーベルを返し、隙だらけになった腹部に向けて、勢いよくサーベルを振り抜いた。


 深々と切りかれた傷口から大量の血を吹き出し、ざんに倒れ込むリザードマン。


 そのりょうわきから、二体のリザードマンがタクトに迫る。


 タクトは即座に飛びすさり、二体のリザードマンをしっかりとえてかまえた。


 二体のリザードマンはそのまま駆け寄り、同時にタクトに斬りかかる。


 二体からなる鋭く素早い剣閃けんせんの嵐。


 タクトはそれをゆったりと、相変わらずへらへらとした顔で受け流す。


 それはなめらかに。


 まるでおどるかのように。


 静かに、りゅうれいにいなしていく。


 甲高かんだかい金属音を響かせ、二体のリザードマンと不思議ならんり広げるタクト。


 しかしその意識は、自分の背後に向いていた。


はさちか……)


 すさまじい剣戟けんげきを繰り広げるタクトの背後から、新たなリザードマンが近づいていたのだ。


 タクトは挟み撃ちされるのを避けるために横に跳ぶ――こともなく、そのままの位置で剣戟を続ける。


 そして、リザードマンがタクトの背後から斬りかかろうと……


 途端、タクトはぐるりと振り向き、斬りかかってきたリザードマンの腕を掴み、引っ張った。


 身体からだを引っ張られてバランスを崩したリザードマンは、タクトと剣戟を繰り広げていた二体のリザードマンの間に入り、


「どっこい、しょっと!」


 タクトはそれを、思いっきりり飛ばした。


 蹴り飛ばされたリザードマンは、二体のリザードマンを巻き込んで吹っ飛ぶ。


 タクトは蹴りの勢いを利用して飛びすさり、リザードマンとの距離を取ってサーベルを構え直す。


 そして、


(……いまので、一体だけか……)


 さき攻防こうぼうを、へらへらと思い返し……


(何度かやれば全部れると思うけど、一匹だけで突っ込んでくる奴はもういないだろうし……なにより、いつまでボスが動かないでいてくれるか……)


「大丈夫です? タクトさん」


 クレープが心配そうに問いかける。


 それにタクトは、


「……そうだね。さすがに少し、きびしいかな?」


 と、相変わらずへらへらと笑いながら答えた。


 それにクレープが、


「それなら、えんを――」


 そう言って前に出てこようと、


「いや、いいよ。君らはなにもしなくていい」


 それを、タクトが手でせいした。


「え、でも……」


 クレープがまどったように、タクトとリザードマンを交互に見る。


 タクトはそれに、へらへらと笑う。


「いいんだよ、約束だから――」


 へらへらと、優しく笑いかけ、


「だから……こいつら全部、俺が殺る」


 タクトの目つきが、変わった。


「《瞬刹しゅんせつ》」


 タクトがぼそりとつぶやく。


 すると、タクトの身体がきらめき――瞬間、タクトの姿が消えた。


 途端。


「グガ!? アァ……ァ……ァ…………」


 次々にリザードマンの全身から血がき出した。


 みれば、その身体にはおびただしいほどの深い切り傷ができている。


 リザードマンはなにが起こったかわからぬままに、一体、二体と倒れていき、


「ふぅ……まぁ、こんなもんかな」


 タクトが再び姿を見せた頃――タクトが姿を消してからわずか三秒足らずで、七体のリザードマンが、血の海にしずんだ。


「さて、あとは君だけだね」


 そう言って、タクトはサーベルのさきをボスに突きつける。


 ボスはゆったりと、その瞳には静かな、だが、確かな怒りをたたえて、二本のサーベルを構えた。


「へぇ、二刀流……」


 という、タクトの感心したかのような呟きは、



『ジャアアアアアアア!!!!!』



 ボスの咆哮ほうこうに、き消された。






 ◆◆◆




 自分の武器を一切使わずに、七体のリザードマンを瞬殺しゅんさつする。


 そんな異常な光景を、ほとんどの生徒は呆然ぼうぜんと眺め、


「…………すげぇ…………」


「……なんだよ、いまの…………」


「あれが……純無魔導師バハムート…………」


 ようやく理解が追いつくと、互いに顔を見合わせ、けいまなしを、タクトに向けていた。


 しかし、それは『ほとんど』の生徒の話。


(……どういう、ことですの……?)


 その例外である少女は、


(……タクトさん――)


 難度四十台のレベルを知っている、エリスは、


貴方あなたはいったい、なにを考えていらっしゃいますの?)


 いぶかしげに、眉をひそめていた。


 エリスには、タクトの動きが全て、しっかりと“えていた”。


 視ていたかぎり、いまのはただの加速かそく魔法。


(……確かに、加速は使い勝手のいい魔法ですが……)


 選択としても、間違ってはいない。


 だが、それにしては少し、不可解な点がある。


(仮に広域殲滅こういきせんめつの魔法は持っていないのだとしても、ボスだけを残した理由はなんですの?)


 そう。


 あれほどの速度で動けていたのにも関わらず、倒したのは取り巻きだけ。


 その気になれば、ボスを倒せたはずなのに……


(時間制限……? いえ、三秒もあれば余裕だったはず…………では、加速ではなく、空間移動ということは…………いえ、動きは全て視えていましたし、それはありえませんわね……)


 タクトの真意を理解できず、エリスは軽く嘆息たんそくすると、


(……まだなにか、わたくし達に見せたいものがあるんですの?)


 げんな表情で、タクトの動向どうこうを眺め始めた。

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