第11話 タクトの実力

 結論から言って、タクトは強かった。


 だがそれは、


「シャアアアア!!」


「うわぁ!? ちょっ! あぶなっ!」


 平均よりも、という話。


「シャアアアア!!」


「このっ……だから、危ないっての!!」


「グカ……ァ……ァァ…………」


 タクトはさっきからずっとあの調子で、サーベルを振るう人型のトカゲのような魔物――リザードマンを、ギリギリで仕留めていた。


「いやぁ~、危ない危ない。難度二十ってこんな強かったっけ?」


 なにを考えてるのか、へらへらと笑うタクト。


 その身体からだにはいまだ傷一つ負っていないが、まわりの視線はかなり冷たいものだった。


 それは勿論もちろん、エリス派だけでなく――


(……この程度で、四十二なんて攻略できひんやろ……)


 エリス派からはなれ、建物の上から見ていたケインも、あきれた顔をしていた。


 見ていた限り、実力はせいぜい二十後半。


 とてもじゃないが、四十二を攻略したとは思えない。


(まぁ、まだ秘宝ぶきも使ってへんしなぁ……)


 ケインの心中のとおり、タクトはいまだ、武器を使っていなかった。


 タクトはおそいかかるリザードマンをすべて、で倒しているのだ。


(それ自体は中々出来ることやないけども……実力を測るには、難度が低すぎたっちゅーことか)


 ケインの考えている通り、タクトを本気にさせるにはいまいち難度が足りなかったのだろう。


「……このまま見てても、収穫しゅうかくはなさそうやな」


 ケインはそうつぶやくと、一足先に迷宮の奥へと向かおうと……


あに! 別の部屋が面白いことになってるらしいぜ!」


 そこに、テルンが興奮した様子でやってきた。


「ほう? おもろいこと?」


 ケインがあごに手を当てて言う。


 それにテルンがうなずいた。


「ああ。なんかすっげぇ乱闘らんとうしてるそうだぜ?」


「そうやなぁ……どうせひまやし、行ってみるか」


「よっしゃあ!」


 こぶしを振り上げて喜ぶテルン。


 ちなみに、会話に参加していなかったパンは……


「……すぅ……すぅ…………」


 ケインにぶさったまま、食後の昼寝を堪能たんのうしていた。






 ◆◆◆




「…………タクトさん、貴方あなたは戦う気がないのかしら?」


 エリスが若干を含んだこわで、呆れたように言う。


 それにタクトはへらへらと笑った。


「いや~、これが俺の実力なんだし、しょうがないって」


「……貴方、難度四十二を攻略したのではなくて?」


「その時は運がよかったんだよ」


 相変わらずへらへらとした笑顔を浮かべるタクトに、エリスはため息を吐いた。


「……ではせめて、武器か魔法を使っていただけないかしら。戦い方がわからないと、役割の振り分けに影響がでますから」


「お、すごいね。まだ俺を仲間に加えようと思ってるんだ」


 意外そうな顔をするタクト。


 それにエリスが、目をそらして言う。


「……ええ。少なくとも、ケインには渡せませんもの」


「……そういえば、その話は聞いてなかったね」


 タクトは相変わらずへらへらとした笑顔なのに、少し真面目そうな雰囲気ふんいきかもし出すという器用なことをしながらエリスを見て、


「あのときなんであせってたのか……どうしてケインに、執着しゅうちゃくしてるのか」


「っ!? べ、別に執着なんて……」


「そう? まぁなんだっていいけど……それを話してくれない限り、俺は真面目に戦わないよ?」


「……それはつまり、真面目に戦えば、それなりの実力があると?」


「さぁ、どうでしょ~?」


 へらへらと読めない笑顔を浮かべるタクト。


 それにエリスは、深いため息を吐いた。


「…………はぁ。わかりましたわ。お話します。あれは、わたくし達がまだ、一年だった頃ですわ……」


 エリスはそう言って昔話を……


「あ、経緯いきさつはいいから結論だけお願い」


 始めようとしたら、タクトに止められた。


「……ほんと、勝手な人ですわね」


「それほどでも」


めてませんわよ、まったく……」


 せっかく決めた覚悟をにされたエリスは、若干いらったように続けた。


「結論から言うと、わたくしはケインにだけは負けたくないのですわ」


「ふ~ん。つまり、俺がケインの仲間になったら、負けるかもしれないって焦ってたわけだね」


「……そういうことですわ」


「なるほどねぇ~。でも、なんでまた、あいつにだけは負けたくないの?」


「そ、それは……」


 目を泳がせて言いよどむエリス。


「言わないなら言わないで、別にいいけどね」


「ま、待ってください!」


 だが、どうしてもケインに負けたくないのか、自分を落ち着かせるように深呼吸をして、いざ、口を開こうと、



乙女おとめみつあばこうだなんて、タクトくんはゲス野郎かい?」



「え?」


「ココアさん……」


 ココアはニッコリと笑いながら、タクトたちに歩み寄り、


「結論だけでいいって言ったわりに、ずいぶんとしつこく聞くんだね?」


 ニッコリと笑っているはずなのに、すさまじいあつかんを放つココア。


「それは……」


 それに今度は、タクトが言い淀んだ。


 すると、ココアは笑顔も威圧感も取り払い、くだらないと言いたげに肩をすくめて、


慎重しんちょうなのはいいけどさぁ、あんまり慎重すぎると、折角せっかくのチャンスをのがしちゃうかもよ?」


「ッ…………!」


 ココアの言葉に、タクトは一瞬いっしゅん目を丸くすると、


「……それもそうだね。一応話してもらったし、約束通り、こっからは真面目にやるよ」


 口元に、わずかな笑みを浮かべた。


 そしてここから、タクトの迷宮攻略、その第二幕が始まった。






 結論から言って、やる気を出したタクトは強かった。


 だが、


「……タクトさんは、人を馬鹿にするのがお好きなんですのね」


 それを見たエリスは、呆れたようにため息を吐いていた。


 なぜならタクトは、


「シャアアアア!!」


おそいよ」


「グガ……カ、ァ…………」


 先ほどとは、まるで別人の動きをしていたから。


 一切の危なげなく、一撃で魔物を仕留めていくタクト。


 しかも、使っている武器はといえば、


「結構切れ味いいなぁ、これ」


 リザードマンの持っていた、サーベルで……


 血のしたたるそれをしげしげと眺め、タクトが感心したように言う。


 これまでひとも受けていないからこそ言える、素直な称賛しょうさん


 タクトは魔法どころか、自分の武器すらも使わずに、せきの中心部まで来ていた。


 いままではしらけたふんだった他の生徒たちも、これには目を丸くしている。


 ただ、一人をのぞいて。


「初めから真面目に戦っていれば、余計な軋轢あつれきもないでしょうに……」


 相変わらず呆れた顔でエリス。


 タクトはへらへらと笑いながら言う。


「あはは。俺の力だけを目的にしてる奴とは、組みたくなんてないからね」


「……色、ですのね…………」


「あはは~」


 タクトはすように笑い、眼前がんぜんの景色を眺める。


「さて、この中が最深部だと思うんだけど……」


 タクトの目の前には、石でできた巨大なとびらがそびえていた。


 タクトがそれに軽く触れる。


 すると、ゴゴゴゴゴ――と、岩同士がこすれる大きな音を響かせながら、ゆっくり、ゆっくりと、扉が開いていく。


 その、先には――


「……ビンゴだね」


 数体の魔物が、待ち構えていた。

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