第10話 不穏な影

 レクターの起きる気配がまったくないため、午前中は特にすることがなく、ず~っとぼけっと過ごし、あっという間に昼休み。


(……まさか、こんなことになるとはなぁ……)


「――それで……って、タクトさん、ちゃんと聞いてます?」


「え? あ、うん、聞いてる聞いてる」


 タクトはひどごこの悪そうな顔で、目の前の相手の話を聞いていた。


 なぜなら……


(人がゴミ……もとい、すごい人混みだなぁ……)


 まわりにはすさまじい数の、それこそ、食堂をくすほどの生徒であふれていたから。


(特にすることもないし、別にいいかなぁと思ったんだけど……)


 タクトはクレープにさそわれ、食堂に来ていた。


 だが、それだけではこんなことにはならなかっただろう。


(まさか、エリスまで来るなんて……)


 そう。


 こんなことになったのは、


「わたくしもご一緒してよろしいかしら?」


 なんて、エリスが言ってきたから。


(……まったく、こうなることがわかってんだから断ればいいものを……)


 だが、純無魔導師バハムートに平然と笑いかける変わり者がそんなことをするわけもなく……


「それでですね――」


 相変わらず笑顔で話し続けるクレープ。


 エリスは食事しながらの会話にれていないためか、聞き役にてっしている。


(……ってか、こんなになってんのは、アレも関係してるよなぁ……)


 チラリととなりのテーブルを見やると、そこには……


「ん~……やっぱり、ケインの作った料理のが美味しいなぁ……」


「パン……すでに五皿もたいらげてたら、説得力ないぜ?」


「ここだって充分美味しいけど、ケインのは特別なんだよ。あ~あ、ケインの料理、食べたかったなぁ……」


「しゃあないやろ? 昨日今日と、お前がワガママ放題やったんやから。弁当作るひまなんかなかったっちゅーねん」


「むぅ、この分はエリーに請求せいきゅうしてやる……もぐもぐ」


「って、まだ食うのかよ……」


 なんて、ケイン派の三人がじんっているため、注目度はさらに倍増していた。


 だが、それだけではない気がする。


 まわりの視線は、あきらかにタクトの方に集中していた。


(ん~……やっぱり、純無魔導師バハムートだからかな?)


 クラスではまるで意にかいされなかったが、やはりこの色が原因なのか。


 それとも……


 と、タクトは視線を、目の前の皿に向ける。


(もしかしてあれかな? クレープの目の前で、クレープ食ってるからかな?)


 そこにはまごうことなき、クレープが乗っかっていて……


「……タクトさん。わたしの話、やっぱり聞いてないです?」


「え? あ、ああ、そんなことないよ? ちゃんと聞いてるよ? あれだよね、結局この状況の原因はなにかだよね?」


「全然違います……」


「あれ~?」


 そんなこんなで食事にも会話にも集中できないまま、タクトは午前中と変わることなく、昼休みをぼけっと過ごした。






 ◆◆◆




 タクトが気まずい昼食をしているのと時を同じくして、二人の男が向かい合っていた。


純無魔導師バハムートと、やりあったそうだな?」


 そう問いかけたのは、金色の男。


「……ああ」


 目線をそらしながらそう答えたのは、茶色の男。


「どうだった?」


「はっ。あんなやつ話にならねぇよ」


「それは、どういうことだ?」


 つまらなそうに鼻を鳴らして言う茶色の男に、金色の男が怪訝けげんな表情を浮かべる。


 それに茶色の男は、


けのだってことだよ」


 あの人とちがってな、と続け、肩をすくめた。


 それに金色の男はあごに手を当て、


「ふむ。……それで? その純無魔導師バハムートはどうした?」


「……のがした」


 茶色の男が、酷く苦々しげに言う。


 それに金色の男が物珍ものめずしそうに、


「ほう、それは珍しいな。明日はやりでも降ってくるか?」


「しょうがねぇだろ? エリスだけじゃなく、あのくそ野郎まで来やがったんだ。あんな雑魚のために、アイツ等をまとめて相手取るなんてありえねぇ」


 と、当然とばかりに言う茶色の男。


 金色の男は「ふむ」と、何事なにごとあんするようにあごに手を当て、


「……それはつまり、エリスとケインは、その雑魚を仲間にするつもりだということか?」


「かもな。俺が『そいつは使い物にならねぇ』っつったら、『ほな、こいつはワイがもらってくわ~』みたいなこと言ってたし」


「ほう、あの男が……」


 軽くうつむいて、再び何事か考え込む金色の男。


「あ~でも、同じクラスだから仲良くしとこうっつーことかもしれねぇな」


 茶色の男が頭をグシャグシャとでて言う。


 その間に考えがまとまったのか、金色の男がゆっくりと顔を上げた。


「リヤルゴ」


「なんだ?」


 茶色の男――リヤルゴが、金色の男を見る。


 すると、金色の男はフッと不敵ふてきに笑い、


「その純無魔導師バハムート、手に入れるぞ」


「はぁ!? アレクお前、俺の話聞いてたか?」


 リヤルゴはおどろいた様子で金色の男――アレクに言う。


 それにアレクはえらそうに腕を組み、ニヤリと笑って、


「総隊長は俺なんだ。最終的な決定は俺がくだす」


 その言葉が真実なのか、リヤルゴは「あ゙ー……」と髪をワシャワシャと掻き撫で、「……くそっ!」と仕方なさそうに吐き捨てると、あきらめたように嘆息たんそくし、


「……ったく。わぁったよ、どうせなにか考えがあんだろうし。……それで? どうやってあの雑魚を仲間にすんだ?」


 どこかやけくそ気味に言うリヤルゴ。


 それにアレクは、


「ふっ……そんなもの、決まっているだろう?」


 ニヤリと、あやしげな笑みを浮かべた。






 ◆◆◆




 昼休みが終わり、午後の授業時間。


「ではこれより、攻略演習こうりゃくえんしゅうを始める!」


 リヴェータの声が、辺りに響く。


 場所は校舎の地下にある施設、迷宮めいきゅう


 それは、実際の迷宮を参考に造られた、人工じんこうの迷宮。


 なん


 環境かんきょう


 迷宮を守護するもの


 それらを自由に設定し、何度でも挑戦ちょうせんすることができる。


 さらに、一定のダメージを受けると強制的に保健室に転送されるため、はしても本物の迷宮と違って死ぬことはないという、驚きの特典付き。


 本日は編入生の実力やら戦い方やらを確かめるためか、挑戦する難度は二十だ。


(……まぁ、二十ってそれなりに難しいはずなんだけど……さすがは世界最高峰って感じかな?)


 タクトはぼけっとリヴェータの言葉を聞き流しながら、そんなことを考えていた。


 実際、迷宮攻略に関しては世界最高峰たるこの学園ならば、難度二十はただの平均値でしかなかったりする。


「さて、準備はいいか?」


 リヴェータがそう言い、生徒を見渡す。


 生徒たちもしっかりとリヴェータを見つめ返した。


 リヴェータはそれに一つうなずき、


「では、攻略開始だ!」


 その言葉と同時、迷宮への入り口が開かれた。







 迷宮の内部は、せきのような場所だった。


 オレンジがかった、茶色い景色。


 ひときわ大きな建築物。


 そこから円周状に、まるでゲームばんのように規則正しく広がる、石造りの町並み。


 それらを一望できる丘に、タクトたちは立っていた。


「ではタクトさん。まずはお手並み拝見といきましょうか」


 エリスがやわらかい笑みで言う。


 それにタクトはヘラヘラとした顔を浮かべ、


「いや~、難度二十なら、君一人でも充分でしょ?」


 タクトの言葉に、エリスが軽くため息を吐いた。


「まったく、なにをおっしゃっているんですか。今日の演習は貴方あなたの実力を測るためのものですのよ? 戦い方がわからない限り、わたくし達はほとんど手は出さないと思ってください」


「え~…………」


 エリスの宣言に、タクトが非常にめんどくさそうな顔をしていると、


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、わたしがついてますから」


 クレープが、胸を張りながらそう言ってきた。


 それにタクトは、


「ん? ……あれ? 君って強いの?」


 不思議そうな顔を浮かべ、そう言った。


(確か、落ちこぼれとか呼ばれてた気が……)


 今朝からんでた奴等は、クレープのことをそう呼んでいたはずだ。


 それを察してか、クレープはふふっと軽く笑う。


「わたし、よく落ちこぼれって馬鹿にされるんですけど――」


 軽く笑って、胸を張り、


「実はわたし、エリスさんの援護者サポーター部隊の副隊長なんです!」


 自信たっぷりに、そう言った。


 クレープはちらりとタクトの反応を確かめるが、


「ふ~ん、そうなんだ~」


「……あれ? あまり驚いてない感じです?」


 タクトの反応は、非常にうすかった。


 思いの外うっすい反応に、クレープが若干じゃっかん困惑こんわくしてるのもかまわず、


援護者サポーター、ねぇ……)


 タクトはなにを考えてるのかわからない、ぼけっとした顔で考えていた。


(もしもそれが理由で落ちこぼれ呼ばわりしてたんなら、あいつらすぐ死ぬな)


 タクトは心の中で、そう断言だんげんした。



 援護者サポーター



 それはその名の通り、回復・防御・強化・弱体などの、援護えんごをおこなえる者。


 自分一人では迷宮攻略が困難なため、素人冒険者や勘違いしたやからなどからは、おくびょうものせいちゅうなどと呼ばれることもある。


 確かに、戦えない者は足手まといにしかならないだろう。


 だが、それと援護者サポーターとは、完全なる別物だ。


 ただかくれててるだけの臆病者とは違って、戦闘に参加しないわけではないのだから。


 さらに、難度が上がるほど、援護というものが重要になってくる。


 なぜなら、個人の実力だけでは決して攻略しきれない難度が、確かに存在するからだ。


 それに、治療が遅かったという理由で死んでしまった人も、大勢いる。


 援護者サポーターがいるかいないかで、攻略可能な難度だけでなく、生存率も大きく変わるのだ。


 にもかかわらず、援護のできる人物を落ちこぼれ呼ばわりするというのは、本当に馬鹿としか言いようがない。


(まぁ、一人で援護も殲滅せんめつもできれば、最高なんだけどね)


 確かにそれが一番だが、そんなのは属性いろ、もしくは迷宮かんひんたるほうに恵まれた者だけだ。


 と、ここまで考えて、タクトはある言葉を思い出した。


(……『レクター派の三人が迷宮攻略に参加すると、負傷者が出ない』……?)


 エリスは確かに、そう言った。


 なら、


(もしかして、レクター派の奴等って……)


「……タクトさん、大丈夫です?」


「え?」


 タクトはその言葉にようやく意識を戻し、


「さっきからぼーっとしてますけど……」


 その目の前には、心配そうにのぞき込むクレープの顔があった。


「お……おお、だいじょぶだいじょぶ。ちょっと考えごとしてただけだから……」


 タクトは即座に後ろへ下がり、あわてて返事をした。


(そうだ、いまは迷宮攻略中だった。しっかりしないとな)


 ここでへまをすれば、仲間作りどころではなくなるかもしれない。


(そうだ、それで変に緊張してるだけだ。顔が近くてとかそういうのは関係ないな、うん)


 タクトは平常心を取り戻すように心の中でつぶやき、いつものへらへらした顔に戻ると、


「そんじゃま、適当にやりますかね~」


 そう言って、中心部に向けて動き出した。

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