第9話 レクター

 ケインとエリスが、声をそろえてタクトを止めた。


「え? なんで?」


 わけがわからず困惑こんわくするタクト。


 それに二人が軽くくばせをし、


「そうですわね、一言で言うなら」


「寝とるからやな」


 なんて、当然とばかりにそう言った。


 それにタクトは首をかしげる。


「寝てると駄目なの?」


「ええ、絶対にいけませんわ」


「触らぬ神にたたりなしっちゅーやつや」


「そんなに?」


 げんな表情を浮かべるタクト。


 それにエリスが、真剣な顔で言う。


「……タクトさん。わたくし言いましたわよね? ケインが自分のことを、最強じゃないとおっしゃってると」


「うん」


「その一番の理由が、彼なんですの」


「……あの人、そんな強いの?」


 意外そうな顔で言うタクト。


 それにエリスが、


「……わかりません」


 なんて、難しい顔で言って……


「えっと……どういうこと?」


 エリスの真意がわからず、タクトは眉をひそめる。


 だが、エリスは相変わらず難しい顔をくずさない。


 難しい顔を崩さず、けわしい表情で、


「彼の全力は、誰も見たことがないんですの」


「え? それって……」


 言っている意味がいまいちわからず、タクトは不思議そうにエリスを見る。


 それにエリスは、


「起きてるところを見れば良いことがあると言われるほど、彼はいつも寝ていらっしゃいますの。それはもう、迷宮攻略もほとんど参加しないほどに」


 と、どこかあきれたように言ってきて……


「……あの人、なんでこの学校来たの?」


 タクトはげんなりとした顔で言う。


 それにエリスは、目をつぶって首を振り、


「それもわかりません。……ですが、彼が……レクター派の三人が、迷宮攻略に参加した場合……」


「……した場合?」


「確実に成功するどころか、負傷者ふしょうしゃもでないんですの……」


 なんて、言ってきて……


 だからタクトは、


「負傷者がでない? ちなみに、その時の最高なんは?」


 と、怪訝な顔で聞く。


 それにエリスは、どこか気まずそうに口を開き、


「…………三十」


「はぁ!?」


 タクトはあまりの驚愕きょうがくに、あごが外れんばかりに口を開けて叫んだ。



 難度。



 それはその名の通り、迷宮のなんを示すあたい


 個人の戦い方や敵との相性、迷宮の内装などで変わるが、一般の冒険者が無傷で攻略できるのは、基本的にとされている。


 にもかかわらず、難度三十を、それも、までをも負傷者ゼロで攻略するなど、完全に学生のいきを越えている。


 しかも、それほどのことをしてもなお、全力ではないと言う。


 普通に考えて、いや、普通に考えなくとも、ありえない。


 だが、タクトの驚きはそれで終わらなかった。


「それだけやないで」


「え?」


 今度はケインが、深刻そうな顔で話し始め、


「アイツは入学以来、どのばつにも属さんでな。だから、ワイも勧誘したことがあるんや」


「……それで?」


 息をみ、先をうながし、


「……ワイやなかったら、死んどったで」


「ちょっ!? なにその超展開!?」


 ひど動揺どうようするタクト。


 それにココアが笑う。


「あはは。レクターくんはね、眠りをさまたげられるのを、す~っごいきらってるんだよね~」


「せやから、普段なら他の二人が止めるんやけど……その頃は色々あって、どうしても戦力が必要でなぁ…………」


 なんて、遠い目をしながらケインが言う。


「……そ、それで?」


 タクトはめずらしく緊張きんちょうした面持ちを浮かべ、先を促す。


 それに、ケインがため息混じりに応じ、


「ほんで、二人の制止を無視して、無理やり起こそうとしたところ」


けなければ死んでたレベルの攻撃されてたね。『――るせぇんだよ……! 俺の眠りを邪魔すんじゃねぇ!!』って感じで」


「うわぁ……」


 思いっきり引いた顔をするタクト。


 ケインは肩をすくめて言う。


「まぁ、レクター派の奴等いわく、『その程度のむなんてすごいな』だそうや」


「それは……だいぶヤバイね」


 タクトの言葉に、ケインがうなずく。


「ああ。せやから、寝とる時のあいつには、近づかん方がええで?」


「うん、気をつけるよ……」


 と、タクトは青い顔を浮かべ、


(……これ以上変な話は聞きたくないけど……)


 だが、タクトにはどうしても、気になることがあった。


(……結局のとこ、最強は誰なんだ?)


 そう。


 ケインが殺されそうになったということは、レクターこそが、最強なのではないか。


 もし違ったとしたら、最強は一体誰なのか。


 仲間を求めてやって来たタクトからすれば、いや、そうでなくとも、絶対に敵に回すべきでない相手は、最も知っておきたい情報だ。


(エリスはたぶん、ケインが最強って考えてるっぽいけど……)


 当の本人は、それを否定している。


(でも、ケインが否定する一番の理由は、ちっぽいし……)


 しかし、ケインが殺されかけたのは、無理やり起こそうとして不意討ちを食らったから。


(……まぁ、考えてても仕方ないか)


 タクトは一人で悶々もんもんと考えるのを止め、意を決して口を開いた。


「……にしても、そうなるとやっぱり、レクターって人が最強ってこと?」


 すると、


「それは違うぜッ!」


 と、タクトの言葉を、テルンが声を大にして否定した。


「だって、兄貴言ってたぜ! 素手喧嘩すてごろなら勝てるって!」


 どこか必死にケインを持ち上げるテルン。


 それにケインは、


「確かに言うたけど……武器ありやったら、一方的にやられるっちゅーねん」


 とぶっきらぼうに言い。


 それに、エリスが呆れた顔で、


「なに言ってるんですの。貴方あなただって全――」


「そういえばケイン、タクトくんの入学の理由聞いてないけどいいの?」


 それを、ココアがそれをさえぎった。


「ココアさん……?」


 エリスは怪訝な顔でココアを見る。


「…………」


 だが、ココアは目を合わせない。


 それにケインは、


「…………」


 一瞬不思議そうな顔を浮かべるが、


(……まぁ、こいつやしな)


 と、相手が相手なので、特に気にすることなく答えた。


「そうやのぉ、特に気にすることでもない思ぉとったんやけど……知っといた方がええんか?」


「まぁ、勧誘のモチベーションは上がるかな?」


「へぇ。ほんなら、聞いてもええか?」


「え~っと……実は、かくかくしかじかで」


天丼てんどんはお笑いの基本だよね☆」


 その後、再びココアによるわかりやすい説明が行われた。



 ……もちろん、かなりの脱線をながら。

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