第8話 二人のきょうだい

 ココアはピッと人差し指を立てて、


「二人がリヤルゴと戦うことになった一番の理由は、お互いの性格だね」


「性格?」


「そう、性格。タクトくんはヘラヘラしてるわりに、慎重しんちょう派なんだろうね」


「ほう」


「恐らく、一人一人詳しく話を聞いてからばつを、ひいては仲間を作るつもりだったんだと思うよ?」


「……なるほどのぉ。エリスの話を聞いとる最中に、リヤルゴと会ったわけか」


「そう。で、リヤルゴはきちんと話を聞いてもらえなかった」


「んで、短気なアイツはぶちギレたと」


「そういうこと~☆」


 ココアの推測を一通り聞いたケインは、深いため息を吐いた。


「……まぁ、どっちのせいっちゅーんは、この際どうでもええわ。……ほんで? エリスの話は聞き終わったんか?」


「ん~……まぁ、大体ね」


「そうか」


 タクトの言葉に、ケインは一つうなずくと、


「ほんなら、今度はワイの番やな……テルン! パン! ちょっと来い!」


 教室の方へ振り向き、そう言った。


 すると、


「なんだぜあに?」


「なにかくれるの?」


 二人の生徒が、近づいてきた。


 片方は、緑の髪に、銀のひとみ


 男子の制服でなければ女と言われてもわからないだろう、中性的な顔立ちの少年。


 片方は、赤い髪に、緑の瞳。


 活発で健康的な印象を受ける、どことなく少年に似た童顔どうがんの少女。


 タクトは二人に目を向け、


(……この人たち、ほんとにここの生徒か?)


 それが、二人の第一印象だった。


 なぜなら二人共、


(……百四十ひゃくよんじゅうってとこか?)


 同い年とは思えないほどに、小さかったから。


 だからタクトは、げんな瞳で二人を見て。


 その間に、二人がケインのそばに来て。


 そしてケインが口を開く。


「こいつがワイ等のことを聞きたいそうや」


「こいつ?」


 二人が同時にタクトに目を向ける。


 すると、


「……って、お前ッ…………!?」


 タクトを見たたん、少年がブルブルと身体からだふるわせた。


 それにタクトは、


(ああ、やっぱそういう反応だよな。俺の色めずしいし)


 なんて思ったが、


「そのはオレのことチビだと思ってんだろそうなんだろ!? 純無魔導師バハムートだかなんだか知らねぇけど、あんま調子に乗んなよ!!」


「あ、そっち?」


 震えてた理由は、ただのコンプレックスだった。


(俺の色って、結構珍しいはずなんだけどなぁ……)


 この学園がすごいのか。


 それともプライドの問題なのか。


(色だけで判断されないのはありがたいはずなんだけど、なんだかなぁ……)


 それを望んでたはずなのに、実際そうなると、どこか釈然しゃくぜんとしない。


 タクトがそんななぞの感情を、特に感慨かんがい深くもなくぼけっといだいていると、


純無魔導師バハムートを知らないとか、テルンはまだまだお子様だね」


 なんて、少女が肩をすくめて言った。


 それに少年が、


「ッ……! そ、そんなただの言葉のあやも理解できないパンの方がお子様だろ!?」


 と、どこか必死に言い返し、


「ボクはそれより、テルンの性別がどう見られてるかの方が気になるけどね」


「うっせぇ! パンはだまってろ!!」


 なんて、二人はタクトを無視して、ぎゃあぎゃあと言い合いを始めて。


 そんな二人に、今度はケインが震えだし、


「……こいつがワイ等のことを聞きたいそうやから、いい加減黙れやボケェ!!」


「ぃだっ!?」


 ゴッ、とにぶい音が聞こえるほどにすさまじい拳骨げんこつを、二人にお見舞いした。


「いったいなぁ……なにすんだよ、ボクは別にさわいでないだろ?」


 少女が頭をさすりながら、口をとがらせてこうする。


 それにケインが鼻を鳴らした。


「ふん。お前があおらな、テルンだってムキになったりせんわボケ」


 ケインの拳骨によってようやく二人が大人しくなり、タクトが口を開いた。


「……で? このクラスには、君たちだけってことかな?」


 少女がタクトに怪訝な目を向ける。


「……ケイン。さっきから気になってたけど、この人誰? 新しい仲間?」


今朝けさこのクラスにきた編入生や」


「ふ~ん、エリーの言ってた人か」


 少女は納得して興味を失ったのか、平淡へいたんに言う。


 すると今度は少年が、ビシッとタクトに指を突きつけ、


「おい編入生! オレ達ケイン派は、この学園がほこる最強勢力の一角だぜ? 仲間になりたいってんなら、それなりの実力を見せてもらわないとだぜ?」


「あ、じゃあいいです」


 と、スタスタと自分の席に向かうタクト。


 その場に少しの静寂せいじゃくおとずれ……


「ちょっ、ちょっと待てよ!」


 少年があわてた様子でさけんだ。


「なに?」


 タクトがめんどくさそうに振り返る。


 すると少年が、


「べ、別に、どうしても仲間になりてぇってんなら、特別に加えてやってもいいんだぜ?」


 なんて、そっぽを向きながら、口を尖らせて言ってきて。


 だからタクトは、


「なにこの子めんどくさい……」


「子供って言うな!」


 テルンはいまにもみつきそうな形相ぎょうそうで叫ぶ。


 それにケインが呆れたようにため息を吐き、なだめるように言う。


「まぁ落ち着けやテルン。こいつは仲間になるかどうかはまだわからんけど、ぜひとも仲間にしときたい人材や。けんはその辺にしといてくれ」


「……こんな失礼な奴、仲間にしなくてもいいのに……」


「で、話戻すけど――」


 少年のつぶやきを無視して、タクトは話を戻す。


「君の派閥の人は、このクラスには三人だけなんだね?」


 すると、少年がタクトに、まるで変なものを見るかのような目を向けた。


「……さっきも思ったけどよ、なに言ってんだお前?」


「え? なにって?」


 タクトは首をかしげる。


 それにケインが眉をひそめ、


「もしかしてお前、知らんのか?」


「だから、なにを?」


「ボクらは三人だけだよ。クラスとか関係なしに」


うそッ!? 思った以上に少なっ!」


「まぁそう言うなや、レクターのとこやって三人だけやし」


「マジで!?」


 タクトはわけがわからないといった顔で叫んだ。


 校内最大の勢力であるエリス派は、ほとんどすべてのクラスに存在しているほどの一大派閥だという。


 だからといって、それ以外が三人だけしか仲間がいないというのは、普通ではありえない。


 となると、エリス派がすごすぎるのか。


 それとも、他の二つがないのか。


 あるいは、校内第二位のアレックス派が、エリス派ときんで並んでいるのか。


 だが、リヴェータいわく、ケイン派はエリス派に並ぶ実力を持っているらしい。


 わずか三人でそのエリス派に並ぶ実力を持つというのなら、やっぱりエリス派の方が不甲斐ないのか。


 なんて、タクトがそんなよくわからない自問自答をうわそらでしている間に、ケインが少年たちに言う。


「ほんなら、まずは二人とも自己紹介せい」


「……じゃあ、オレから言わせてもらうぜ」


 そう言って、緑髪銀眼の少年が仕方なさそうに名乗りだす。


「オレはテルン=インバート。兄貴の一番の舎弟しゃていにして、パンの兄だぜ」


「へぇ、兄妹なんだ」


 タクトはそう言いながら、二人の顔を見比べ、


(なるほど、どうりで似てるはずだ)


 と、納得したのかわかりづらいぼ~っとした顔で考えていると、


「じゃあ次はボクね」


 そう言って、今度は赤髪緑眼の少女が名乗りだし、


「ボクはパン=インバート。ケインの一番の愛人にして、テルンの姉だよ」


「…………え?」


 タクトが、固まった。


 それは、パンが言った愛人と言う言葉もそうだが、それ以上に……


(テルンの、姉……? あれ? テルンってのが兄なんじゃ……)


 互いの言葉が一致いっちせず、呆然ぼうぜんとするタクト。


 それに、エリスとケインが、なんとも言えない顔をした。


「……タクトさん。お気持ちはわかりますが、気にしたら負けですわよ?」


「舎弟だの愛人だのはワイが言うても直さんし、どっちが上なのかも言わんからのぉ……」


「そうなんだ……」


 二人の言葉に、タクトもなんとも言えない表情を浮かべる。


 しかし、その心のなかでは、


(エリス、久しぶりにしゃべったな)


 なんてことを思っていたのは秘密だ。


 ケインが空気を変えるように咳払せきばらいをする。


「ほんで、ワイがリーダーのケイン=イーガンや」


「うん。君のことはエリスに聞いた」


「へぇ、もう呼び捨てるぐらい仲ようなったんか」


 意外そうな顔で言うケイン。


 それにタクトは肩をすくめ、


「いや俺、名前しか知らないし」


「……そういえば、わたくしまだ名乗ってませんわね……」


 ボソッと呟くエリス。


 それに気づいた様子もなく、ケインが言う。


「ああそうかい。まぁ、フルネームを聞いたとこで、呼び方は変わらんと思うけどな。…………で?」


「え? でって?」


 タクトが首をかしげる。


 それにケインが少し呆れた顔を浮かべ、


「名前や名前。ワイは自分の名前聞いとらんで?」


「ん? ……あ~、そういえば、自己紹介のときはいなかったね」


「どっかの誰かさんの策略でな」


「……悪かったですわよ、パンさんを利用して」


 ちゃすケインに、ぶっきらぼうに言うエリス。


 タクトはぼ~っと、自己紹介の時を思い返し、


(そういえば、いくつか空席があったなぁ……)


 いま思えば、自己紹介の時にいくつか空席があったのは、ケイン派がいなかったからなのだろう。


(まぁ、空席は三つじゃなかったと思うけど)


 タクトはそこで考えるのを止め、もう一度自己紹介を始める。


「じゃあ改めまして、俺はタクト=カミシロ。気安くタクトって呼んでよ」


「はっはぁ。そんな色しといてカミシロなんて、自分中々おもろいやないか」


 と、ケインはかいそうに笑う。


 そんなケインに、タクトはジトッとした目を向け、


「……だから名前で呼んで欲しいんだけど」


「なんや、気にしとったんか。そりゃ悪かったのぉ」


 大して悪いと思っていないのか、笑いながらそう言うと、ケインはタクトに目を向けた。


「まぁ、これでメンバー紹介も終わったことやし、なにか聞きたいことはあるか?」


 タクトはあごに手を当てて言う。


「う~ん、そうだなぁ……じゃあまず、エリス派にぞくさない理由は?」


 それにケインが、


「アイツの下にだけはつく気はない」


 と断言だんげんし。


 次にテルンが、


「オレは一生兄貴についていくって決めたからだぜ」


 と胸を張り。


 そしてパンが、


「ボクはケインのことが気に入ったからかな」


 と、どことなく疑問系で答え。


 それにタクトが、


「ふ~ん」


 なんて、本当に聞いているのか気になる相槌あいづちを打ち、次の質問をする。


「なら、この学園に来た理由は?」


 それにテルンが、


「オレは強く男らしくなるためだぜ」


 と、堂々と言い。


 次にパンが、


「ボクは美味しいものをたくさん食べるためだね」


 と、当然のように答え。


 そしてケインが、


「…………」


 うでを組み、瞑目めいもくしていた。


 それにタクトが、


「……君は?」


 と、無言のケインを見る。


 それにケインは、


「…………」


 しばらくけわしい顔で考え込むと、決心したように口を開き、


「ワイは……“か”のつくモノのためや」


「か? ……かねとか?」


「…………まぁ、そんな感じや」


「なるほどねぇ……」


(結構苦労してんだなぁ……)


 なんてことを、タクトはぼけっとした顔で考えてから、最後の質問に移った。


「じゃあ、そっちから聞きたいことはある?」


 タクトの言葉に、ケインは少し考え込み、やがて口を開いた。


「そうやのぉ……自分、戦闘スタイルはなんや?」


「戦闘スタイル?」


 タクトが首をかしげながら言う。


 それにケインはうなずいた。


「そうや。ワイ等は三人だけしかおらんからな。いくら自分が強い言うても、しっかり連携れんけいできんと、他の奴等に負けてまうからな」


「数の力ってやつだね」


 と相槌を打つタクトは、


(にしても、戦闘スタイルかぁ……)


 なんて、相変わらずぼ~っとしていたが、心の中では少し、困っていた。


 なぜなら、


(相手によって、ちがったりするんだよなぁ……)


 タクトはその気になれば、きんえんちゅう、すべての距離で戦える。


 だが、それは、


(それに、できればアレは使いたくないし……)


 その気になれば、の話だ。


 タクトは自身の力のじょうせいを知っている。


 とくせいを知っている。


 だからこそ、使う場面はなるべく少ないようにしている。


 もしも近くに誰かがいる場合は本当に緊急きんきゅうのとき、あるいはそれが、信頼できる仲間のときにしか使わないようにしている。


(……となると、答えは決まってるかな?)


 タクトはどう答えてこの質問を乗りきるかを決め、口を開いた。


「そうだなぁ……基本的には、じゅうかな?」


「ほう、遠距離タイプか?」


 ケインがどこかうれしそうに言う。


 が、タクトはそれを首を振って否定した。


「いや、銃って言っても拳銃けんじゅうだから、近・中距離タイプだよ」


「拳銃か……」


 と、ケインは少し残念そうな顔をするが、


(……まぁ、ワイ等にはない射撃しゃげき武器やし、仲間にしてもそんはないか……)


 そう考えを改め、タクトに言う。


「ほな、ワイから聞きたいことはもうないわ。仲間になるんやったら、歓迎するで?」


「それは他の話を聞いてから決めるよ」


 ケインの質問を乗りきり、タクトはホッとした顔で言う。


 そして、


「じゃあ次は……レクター派かな?」


 そう言って、次の派閥に話を聞きに行こうと、



『それは止めた方がええで(いいですわ)』

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