第7話 自称諜報員

 食堂しょくどう


 けんしつ


 授業で用いられる迷宮めいきゅうなど。


 学校の知っておくべき場所をいくつか案内され、時刻はすでに休み時間。


「……こうして見ると、君って結構けっこうすごいんだね」


 タクトはまわりを見ながら、すぐ目の前を歩くエリスに言った。


 エリスが振り返る。


「すごい、とは? わたくしはただ、時間も時間ですし、そろそろ教室に戻ろうと思っているだけですけど……」


 不思議そうな顔でそう言うエリスに、タクトが若干じゃっかんあきれた表情を浮かべる。


「いや、だからさ――」


 と、タクトは再びまわりに目をやり、


「人気なんだね……とんでもなく」


 ひどごこが悪そうに、そう言った。


(……いやまぁ、敵だらけなのは想定してたけどね?)


 なんて、タクトは思う。


 いま現在、タクトたちの周りには、大勢の生徒たちがむらがっていた。


 それも、そのおよそ七割ほどが、休み時間になってからずっとついてきている。


 ただ歩いているだけなのに。


 本当にただ案内のために一緒に歩いているだけなのに、


「…………チッ!」


「……なんだよあいつ、エリスさんと親しそうにしやがって」


「まさか、おどされてるんじゃ……」


「ああエリス様、おわいそうに……でも、待っていてください。たとえ相手が純無魔導師バハムートだろうと、必ずや助け出して見せますから!」


 などと、いわれもないつぶやきと、すさまじいぞうをぶつけられていて……


 それにタクトは、


(まさか、色関係なしとは思わなかったなぁ……)


 と、色ではなく対人関係で敵ができるというまさかの展開に、げんなりとうなだれた。


 エリスもまわりに視線を移し、ため息を吐く。


「本当に困ったかたたちですわよね……。おそらく、敵か味方かわからない貴方あなたと歩いているのが心配なのでしょうけれど、こんなにされるほど、わたくしは弱くなどありませんのに……」


 仲間に信頼されていないと落ち込むエリス。


 それにタクトは、


(過保護は過保護でも、また違う気がするけどね……)


 なんてことを、まわりのさるような視線を感じながら考え、ため息を吐く。


 そんなふうに仲良く暗い表情を浮かべながら、二人は教室へと歩いていった。






 ◆◆◆




「おう、帰ってきたか……って、ずいぶんと疲れた顔しとんなぁ」


 教室に戻ってきたタクトたちを見たケインが、まゆをひそめて言う。


「いや、まぁ……ちょっとね……」


 暗い顔で曖昧あいまいな返事をするタクト。


 それにケインは肩をすくめた。


「まぁどうせ、エリスの校内案内っちゅー名のしつっこい勧誘のせいやろうけどな」


「ずいぶんと失礼な物言いですわね……まぁ、あながち否定できませんけれど……」


 ふてくされたように言うエリス。


 それにケインが屈託くったくなく笑い、


「なはは。ほんなら早速、色々と聞かせてもらおうか?」


 そう言って、ズイッと身を乗り出した。


「あれ? この後って授業じゃないの?」


 と、タクトは首をかしげる。


 もらった資料に書いてあった時間割では、もうあと数分で二限目にげんめが始まるはず。


 色んな話を聞いているひまなどないはずだが……


 タクトがそう考え、首をひねっていると、


「午前の授業はないで?」


 なんて、ケインが言ってきて。


 それに、


『……は?』


 と、タクトとエリスが、そろってけな声を出した。


 それにケインが、


「いやぁ~、ほんまにようわかる人やと思わんか? このクラスの担任たんにんは」


 なんて、ニヤニヤと笑いながら、言ってきて……


「先生…………」


 エリスは頭痛をおさえるかのように、ひたいに手を当て、


「……あの人、ほんとに先生か?」


 タクトはこのクラヴェスの担任のあまりの適当さに、呆れた顔をして……


 そんな二人を、ケインが笑う。


「なはは。まぁ、これでたっぷり時間もできたことやし、まずは……そうやな。なんでリヤルゴと戦うことになったかでも、聞かせてもらおうかのぉ?」


 なんて、かいそうに笑って言う。


 だからタクトは、


「それは……かくかくしかじかというわけで」


「ほんまにそれで伝わる思っとんのやったらおどろきやな」


 そう半眼はんがんで返すケイン。


 それにタクトは、


「だってあれ、説明すんのすげぇめんどくさいんだよ……」


 と、酷く面倒めんどうそうな顔で言い、



「なら、あたしが代わりに話そうか?」



 突然、そんな声が現れた。


「え……?」


 タクトが声の方へ振り向くと、


(……おお、二人目だ)


 それが、最初に浮かんだ言葉だった。


 タクトの視線の先。


 そこには少女が立っていた。


 おう色の髪に、赤いひとみ


 人懐ひとなつっこい笑顔を浮かべた、明朗快活めいろうかいかつふんの少女。


 それにタクトは、


(黄土色か~……なに属性だっけ? いや、それよりも……)


 と、欠片かけらも感じられないぼ~っとした顔で、二人目の混属性こんぞくせい魔導師まどうしたる少女の全身をながめ、


(この子、ただ者じゃないな)


 そう、結論づけた。


 なぜなら、ニコニコとほがらかに笑うその少女は。


 敵意などじんもないと言いたげに笑いかける、その少女は。


 その立ち振る舞いには、一切のすきも、見られないから。


(……敵意はないけど、信用もないって感じかな?)


 その判断は、酷く正しい。


 初対面の、それもあく象徴しょうちょうたる純無魔導師バハムートを相手にして、警戒けいかいをしない方がおかしいというものだ。


 不本意ながらも助けた形になったクレープも。


 案内役を買って出たエリスも。


 その妨害ぼうがいに現れた、リヤルゴとケインも。


 まるで恐れず、ひるまずに接してくるというのは、おかしすぎるのだ。


 それはもう、タクトには異常としか思えないほどに……


「…………」


 だからこそ、タクトは笑った。


 だからこそ、タクトは少女を認め、


「…………!」


 少女も、笑った気がした。


 いや、最初から笑ってはいるが、特別に笑みを向けられた気がした。


(気づかれた? いや、そんなん別にどうだっていいけど)


 タクトは心の中で肩をすくめると、目の前のあやしい少女を見据え、


「なんやココア、お前知っとんのか?」


 ケインが言った。


 それに少女は、


「あはは。あたしを誰だと思ってるの?」


 と、笑って答える。


 当然だと言わんばかりに、ケラケラと笑う。


 それにタクトは、


「……誰この人?」


 と、まるでしんしゃを見るような、げんな顔をして言った。


 それに、


「なんと!? あたしのことを知らないと申すか!?」


 少女はズザッと後ずさり、大げさに驚いたふりをして、


「そりゃあ今日編入したからね」


 そう言いながら、タクトは肩をすくめ、


「それ以前に、こいつそこまで有名ちゃうしな」


 なんて、ケインも同様に肩をすくめて……


「え~、ケインまでひっどいなぁ~」


 そんな二人に、少女はぷくっと、わいらしくほっぺたをふくらませたかと思うと、再び人懐っこい笑みを浮かべ、


「あたしはココア=プレッソ。この学園でいちを争う諜報員ちょうほういんだよ」


 と、った。


 そう名乗って、ムンッとむねを張ってきて、


「諜報員? 学園ここってそんなのまでいんの?」


 タクトが首をかしげて言った。


 それにケインが、


「おったとしても、堂々と名乗るわけないやろ……」


 と、どこか呆れたように言って……


 それにココアが、


「ふっふっふ~。あたしレベルになると、そういうこともしちゃうのだ~」


 なんて、わざとらしく笑って。


 だからタクトは、


「……この人ほんとに諜報員?」


 言いながら、再び不審者を見るような目をココアに向ける。


 それに、ケインが軽くため息を吐いた。


「……まぁ、諜報っちゅーより、工作やな。じんちくがいそうな顔して、裏では相当えげつないことしよるで」


「へぇ……この人が君の数少ない仲間?」


「数少ないって……まぁ、仲間っちゅーのは、とりあえず否定せんとこうか」


「……なんか、含みがあるね?」


「それは……」


 どう説明したものかと言いよどむケイン。


 それに代わるように、ココアが怪しく笑った。


「ふっふっふっ……タクトくん。君は先生に、いくつのばつを聞いた?」


「え? っと……エリス派、ケイン派、レクター派の三つかな?」


 タクトは突然の話題転換てんかんまどいながら、そう答えた。


 それにココアが満足げにうなずく。


「そう。このクラスにいるのはみ~んな、その三大派閥のどれかに属してる……あたし一人をのぞいてね」


「……それって、どういうこと?」


 ココアのしんな言葉に、タクトが怪訝な表情で言う。


 すると、



「よくぞ聞いてくれたぁぁぁ!!!」



 その言葉を待っていたとばかりに、ココアが勢いよくさけんだ。


 タクトは思いっきり引いているが、ココアは気にしない。


 ココアはそのままハイテンションで、


「あたしは言うなればそう、コウモリ!」


「……コウモリ?」


「そう! あたしはどの派閥にも属し、どの派閥にも属さない。つまり――」


 ココアはそこで一旦区切り、


「有利そうな方についてくのが信条しんじょうの、こう唯一ゆいいつ乙女おとめなのだよッ!!」


「うわっ、なにその最低発言……」


 ――堂々と、かなりアレなことを言い放った。


 タクトの当然とも言える反応に、ケインが呆れた顔で言う。


「こいつわざとおとしめるようなこと言うとるけど、言いえれば、こいつが仲間である限りは有利っちゅー、いわゆる勝利しょうり女神めがみってやつやで?」


「あはは。やだなぁ、女神だなんて……まぁ実際そうなんだけどね☆」


「はっ。死神しにがみがなに言うとんねん」


「あれ!? さっきと言ってること違う!?」


 なんて、まるで漫才まんざいかのごときけ合いを見せる二人。


 タクトはそんな二人をぼけっと眺めながら、


(仲いいなぁ……ってか、『仲間ってことを否定はしない』ってのはそういうことか……)


 と、先ほどのケインの言葉を考えていた。


 ココアは有利な方の味方をする。


 ぶっちゃけ、かなり最低な発言だ。


 だが……いや、だからこそ、彼女が味方である限り、自分たちの有利はるがない。


 さらに、


(味方の内は勝利の女神でも、敵に回れば死神か……)


 校内最強候補(ただし教師は除く)の一人であり、実際にタクトの寝たふりを見抜いたケインがそう言うのならば、その実力や危機管理能力は、相当なものなのだろう。


 タクトがそんなことを、一切やる気の感じられないぼけっとした表情で考えてる間に、二人の漫才も終わったようだ。


「……で? 満足したんか?」


「バッチリ! 久しぶりに満足のいく紹介ができたよ☆」


 ケインの問いかけに、ココアは満面の笑みで言う。


「ほんなら――」


「わかってる、わかってる」


 ココアは手をヒラヒラとさせてケインの言葉をさえぎり……



 そしてようやく、本当にようやく、『なんでリヤルゴと戦うことになったか』へと話が戻った。

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