第6話 ケイン

「…………うそ、だろ………………?」


 闘技場とうぎじょうは、騒然そうぜんとしていた。


 なぜなら、


「…………」


 一切余裕をくずすことがなかったのに。


「…………」


 目前に迫る脅威きょういを、しっかりとえていたはずなのに。


「…………」


 純無魔導師バハムートであるタクトは。


「…………」


 あく象徴しょうちょうたる、漆黒しっこくの男は。


「…………」



 いまの一撃で倒れたまま、動かなくなったから。



「タクトさん!?」


 エリスが血相けっそうを変えて、タクトに駆け寄る。


「…………」


 しかし、タクトはまるで動かない。


「タクトさん、しっかりしてください!」


 エリスはタクトの身体からだすってみるが、


「…………」


 タクトはまるで動かない。


「……んだよ、純無魔導師バハムートっても、大したことねーんだな」


 リヤルゴはひどくつまらなそうにつぶやき、


「……こんな学園ここにゃあ不要だ。せめて痛みを感じさせねぇよう、一撃でってやるよ」


 めた目でタクトを見下ろし、静かにこぶしにぎる。


「リヤルゴッ!!」


 確かな怒りをひとみにたたえ、いまにもみつきそうにえるエリス。



『…………』



 少しでも衝撃を加えれば、すぐに爆発してしまいそうな、一触即発いっしょくそくはつの空気。


 そんな張りつめた空気が、闘技場全体を包み込み……



「な~んやワイのおらん間に、ずいぶんとおもろそうなことになっとるやないか」


『ッ…………!?』



 突如とつじょ、その空気がさんした。


 それを起こしたのは、闘技場に現れた、変わったしゃべり方をする男。


 さかった銀髪。


 自信に満ちた赤い瞳。


 無駄のない筋肉に、褐色かっしょくの肌。


 その男はゆっくりと、リヤルゴたちの方へ近づいていく。


「テメェは……!」


 リヤルゴが鋭い形相ぎょうそうで男をにらむ。


 それだけで人を殺してしまえるような、酷く、鋭い眼光がんこう


 だが、男はそれにひるんだ様子もなく、平然とエリスの前に立った。


「エリス、後でくわしい話聞かせてもらうで?」


「……わかってますわよ」


 顔をそらし、ぶっきらぼうに答えるエリス。


 男はリヤルゴから一切視線をそらさずにそれを聞くと、


「さ~て、どうする? 正直ワイが加勢すれば、人質ひとじちを無傷で助け出すこともできるんやけど……」


 ニヤリと、いやらしい笑みを浮かべて言った。


 それにリヤルゴは、苦々しい表情で舌打ちをする。


「…………チッ! お前ら、退くぞ!」


「相変わらず、見た目よりはこうやな」


「ふん。どうせその男は使い物にならねぇんだ。お前らをまとめて相手取ってまで関わる理由はねぇ」


「ああそうかい。ほな、こいつはワイがもらってくわ」


 男はヘラヘラと笑いながら、リヤルゴたちが闘技場から出ていくのを見送る。


 そして、その姿が完全に見えなくなった頃、ゆっくりとその口を開き、


「おい、いつまで寝たふりしとんねん。自分、起きてんねやろ?」


「……え?」


 男の言葉に、エリスがタクトに目を向ける。


「…………」


 だが、タクトは相変わらず倒れたまま、ピクリともしない。


 それに男が、軽くため息を吐き、


「ったく、しゃーないのぉ……エリス、ちょっとどいとれ」


 男はそう言い、拳を握る。


「おい、三秒以内に起きんと――」


 そして、それを振りかぶり、


「死ぬで?」


 たん、男の全身から殺気さっきあふれだした。


 男はそのまま、タクトめがけて全力で拳を振り下ろそうと、



「うわぁ!? ちょっ、マジじゃん!! 起きる、起きるからストップ、ストーーップ!!!!」



「え!?」


 エリスは突然の出来事に目を丸くした。


 さっきまでピクリともしなかったタクトが、急に起き上がったのだ。


「タクトさん、大丈夫なんですの?」


「ん? ああ、だいじょぶだいじょぶ、あのくらいじゃ死なないよ。あの子の一撃に比べたら、硬球を思いっきり投げつけられるようなもんだし」


「……それ、結構痛くありませんか?」


「さぁ、どうでしょ~?」


 タクトはエリスの言葉を笑ってし、男に目を向けた。


「でも、よくわかったね。いまのが寝たふりだって」


 それはタクトだけでなく、エリスにとっても、純粋じゅんすいに疑問だった。


 タクトはリヤルゴになぐり飛ばされてからは、まったく、じんも動かなかったはずだ。


 それこそ、完全にはいを殺してまで。


 それなのに、男はそれを寝たふりだと判断した。


 タクトは少し興味深そうに男をながめ、その言葉を待つ。


 すると、男は馬鹿にするように鼻を鳴らし、


「はっ。ほんまに気絶しとる奴が、あない見事に気配消せるわけないやろ」


「あ~、なるほど。逆に不自然だったわけか」


 タクトは納得したようにうなずき、


「んじゃ、今度からは気をつけるよ」


「……今度からも、気絶したふりするんですの?」


「その方が楽だからね~」


 エリスのツッコミを、タクトは笑いながら肯定し、


(……にしても、あの強烈きょうれつな殺気に、気配に対する敏感びんかんさ。たぶん、こいつが……)


 なんて、ぼんやりとうわそら気味に男の正体をすいしていると、


「ほんならワイは先に教室戻っとるさかい、このままエリスに案内でもされとけ。詳しい話は、教室でゆっくりと聞かせてもらうわ」


 話が終わったと思ったのか、男はそう言いながら、闘技場の出口へと歩いていった。


 それを眺めながら、タクトはエリスに話しかける。


「……あれが、ケインって奴?」


「……ええ、そうですわ。彼がケイン=イーガン。一部では、校内最強とも言われている方ですわ」


「へぇ~」


 タクトは適当に相槌あいづちを打ちながら、その後ろ姿を眺め、


(あれが最強か……ちょっと、意外だったな)


 そう、思った。


 タクトがそう思ったのには、もちろん理由がある。


 ケインの色は、銀と赤。


 すなわち、雷と炎。


 それはあまりにありふれた、普通すぎる属性いろだったから。


(最強はてっきり純属性じゅんぞくせい混属性こんぞくせいだと思ってたけど……でもまぁ、実力は相当だろうな)


 なんて、タクトがボケッと、のない顔で考えていると、


「まぁ、本人は否定していますけれどね」


 と、エリスがどこか不満げに、そう言った。


「え? そうなの?」


「ええ」


 エリスは相変わらず、不満げにうなずく。 


(つまり、あれよりも上がいるのか……)


 タクトは考える。


(正直編入なんて気が進まなかったけど――)


 相変わらず、ぼんやりと。


 ただ、


(これなら、あの子への仕返しとかも、できるかな……?)


 口元にわずかな笑みを、浮かべながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る