第4話 純地魔導師

 校内。


 ろう


 静かだ。


 いまこの場には、二人しかいない。


 その中の一人が振り向いた。


「そういえばタクトさん。はクレープさんを助けていただいたそうですね」


 長い金髪をたなびかせながら、エリスが言った。


 まるで時間が止まったと錯覚さっかくをするほどのぼう


 タクトはそれをぼんやりとながめ、かたをすくめた。


「いや? たまたまそういう流れになっただけだよ。俺はげようとしてたし」


 タクトの言葉に、エリスはやわらかく微笑ほほえむ。


謙遜けんそんなさらなくても結構けっこうですわよ? 相手はアレックス派の方だったそうじゃありませんか」


「いや、あいつらのこと知らないし」


「そういえばそうですわね……。ですが、見ず知らずの方を助けるために行動するというのは、誰にでも出来ることではありませんわ」


「いやだから、俺は逃げようと……」


 タクトは一旦いったん言葉を切って、ため息を吐き、


「さっきから俺のことめてるけどさぁ、そんなんでホイホイ着いていくほど、俺は馬鹿じゃないよ?」


「わたくしは本当のことを言っているだけですわよ?」


 エリスの変わらぬたいに、タクトはもう一度ため息を吐いた。


 それに、


「……まぁでも、そうですわね」


 今度はエリスが、ため息を吐いた。


「正直にお話すると、初対面でわたくしにそんな態度をする殿方とのがたは、ケイン……いえ、レクターさん以来なんですの。無駄だとわかっていても、なんとかして仲間にしようとするのは、少し大目に見ていただきたいのですわ」


 少しなのに大目とはこれいかに。


 タクトはぼんやりとそんなことを考えながら、エリスに言う。


「だったら俺のこと褒めんじゃなくてさぁ、なんか特典とくてんとか話すべきだと思うんだよねぇ」


「特典、ですか?」


「そうそう、例えば仲間になれば強くなれる~とか、よりなんの高い迷宮めいきゅう攻略こうりゃくできる~とかさ」


 タクトの言葉にエリスは少しの間考え込み、やがて口を開いた。


「……タクトさんはやはり、迷宮攻略のためにこちらにいらっしゃったのですか?」


「ん~……ちょ~っと、違うかな~?」


「では、なぜ?」


人捜ひとさがし」


「人捜し?」


 エリスがげんな表情を浮かべる。


 タクトはそれにうなずいた。


「うん。仲のよかった幼馴染おさななじみ? が突然いなくなっちゃってさぁ。その子を捜すために、強くなりたいんだよね~。もっと言うと、それに付き合ってくれる仲間も欲しいなぁ~ってね」


「……なぜ、そのかたを捜すのに、強くなる必要があるんですの?」


「なんかねぇ、あの子が消える前、俺にこんなこと言ってきたんだよ」


 タクトはそう言うと、あの日消えた彼女の言葉を、言われたままに口にした。







 ――もしもまたアタシにいたいと思うなら、もっと強くなりなさい。もう一度逢ったときに、アタシを殺せるぐらいにね。……まぁ、それにはあなた一人じゃどうしようもないだろうし、まずはここで仲間集めでもしてらっしゃい。







「――――ってね?」


「……ずいぶんと、その…………」


 エリスはなんと言っていいのか、気まずい顔を浮かべる。


「あはは、変わってるでしょ?」


 それにタクトは、笑ってみせる。


「でも……いや、だからこそ、俺はあの子に救われたんだ」


 なつかかしむように。


「もう一度、逢いたいって思えるぐらいにね」


 どこかさびしげに。


「だから、俺はその言葉通りにここに来た。もう一度あの子に逢うために」


 決意にあふれた顔で、笑ってみせる。


 それにエリスは軽くため息を吐き、


「……なるほど。それなら余計よけいに、急がなければいけませんわね」


 少しけわしい顔で、つぶやいた。


「え? なんて?」


 首をかしげるタクトを無視し、エリスは取りつくろうように笑顔を浮かべる。


「なんでもありませんわ。さぁ、そろそろ時間もないでしょうし、わたくしの仲間に――」


 そして、手を差し出そうと、


「よぉ、久しぶりじゃねぇかエリスぅ」


 それを、男の声がさえぎった。


「……そろそろ時間もないでしょうし、わたくしの仲間になると言っていただけませんか?」


 こともなく、エリスはさっきの言葉をり返す。


「おい! 無視すんじゃねぇ!」


「う~ん……他のばつのこともまだよくわかんないし、いますぐ決めるのは無理かなぁ~」


「おい!!」


「それなら、わたくしの派閥に入っていただければ、より多くの仲間ができますわ。なにせ、わたくしの勢力は校内随一ずいいちですもの。あなたと相性あいしょうのいい方もきっといますわ」


「お、それは結構いい話かも」


「ちょっと、一旦話止めない?」


「でしょう? そう思うのでしたら、いますぐわたくしの――」


「でもさぁ、俺ってこんな色してるじゃん? 反発する奴のが多いと思うんだよね~。普段の学校生活ならともかく、もしも迷宮内でそういうことされたら――」


「わたくしの仲間に、そんなことをする方はいませんわ!」


「わっかんないよ~? 校内一の勢力ってことは、裏を返せば敵がまぎれても気づけないってことだし」


「…………」


「それに、君だって常に仲間を見てられるわけじゃないだろ? その証拠しょうこに、今朝のあれだ」


「それは……」


「それともう一つ、君をいまいち信用できない理由がある」


 タクトはじっと、エリスを見つめ、


「君、なんでそんなにあせってるの?」


「ッ…………!?」


 エリスは身体からだこわらせた。


 タクトの表情はさっきと変わっていないのに。


 さっきと変わらず、へらへらと笑っているはずのに。


 その全身から、ようなプレッシャーを感じたから。


 タクトはへらへらと笑って続ける。


「校内一だって言うなら、そんなに焦る必要はないはずだろ?」


「それは……」


「……おい、そろそろいいか?」


「もうちょい待ってよ……てか、あんた誰?」


 さっきからちょくちょく聞こえてくる声に、タクトが振り向く。


 その視線の先には、男がいた。


 短くそろえた、茶色の髪。


 せい溢れる、茶色のひとみ


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな、ガッシリとした身体。


 それを見たタクトは、


(……へぇ、純地魔導師タイタンか)


 と、少しおどろいたような、感心したような表情を浮かべた。



 純地魔導師タイタン



 それは、茶色の髪と瞳をした、地の純属性魔導師じゅんぞくせいまどうし


 その能力ちからは大地をるがし、耐久力たいきゅうりょくは全属性一。


 さらには、他の純属性魔導師よりも汎用はんよう能力にんでいるとされる。


 その男が口を開く。


「ようやく聞いてくれたな。もう少しで泣くところだったぞ?」


軽口かるくち叩けるんなら、まだ大丈夫そうだね」


 だが、タクトはそんなものに興味はなかった。


 即座に視線をエリスに戻す。


「すまん、すぐに終わらせるから聞いてくれ」


「……なに?」


 タクトはひどくく興味がなさそうに振り返った。


 男は親指を自分に向け、野性的な笑顔で言う。


「俺はリヤルゴ。エリスんとこにぐ校内第二位を誇る勢力、アレックス派の特攻者アタッカー部隊の隊長だ」



 特攻者アタッカー



 それはその名の通り、敵への攻撃に特化とっかした者。


 その戦闘スタイルはきんえんちゅうのどの距離レンジで戦うか。


 ほうのどちらを主体しゅたいとするかなど、各々おのおので違う。


 この男は外見だけで判断すれば、武器主体の近距離タイプだろうか。


 だが、見た目だけで判断するのは三流のすること。


 タクトはつまらなそうな顔で男を眺め、平淡へいたんに言う。

 

「へぇ、初めて聞いた」


「今朝は俺の部下が失礼したみてぇじゃねぇか」


「それより、いま授業中じゃないの?」


「……その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」


 タクトのあまりにない態度に、リヤルゴは軽くため息を吐く。


「まぁ、ぶっちゃけお前らの姿すがたが見えたから追ってきただけだ」


「だろうね」


 たまたまリヤルゴのクラスの前を通ったか。


 でなければ、単なるサボりか。


 まぁ、タクトにしてみれば、そんなことはどうでもいい。


 タクトは相変わらず、興味がなさそうに相槌あいづちを打つ。


 リヤルゴはそんなタクトに若干じゃっかんイラつきをみせながら、本題に入った。


「でだ。そのびに、俺等の仲間に加えてやろうかと思ってな」


「わぁ~、なにこれ? これがモテ期ってやつ? 全然うれしくな~い」


 リヤルゴのひたい青筋あおすじが浮き出た。


 だが、なんとか怒りをおさえ、言葉を続けようと、


「リヤルゴさん。なぜそれがお詫びになるのか、聞いてもよろしいかしら?」


 したが、その前にエリスが、少し高圧的こうあつてきに口を開いた。


 エリスの問いに、リヤルゴは自慢げに答える。


「な~に、簡単なことだ。お前の勢力は確かに校内一だが、実力は校内一ってわけじゃねぇ。中には落ちこぼれもたくさんいる。それに比べて俺んとこは、全員が俺か他二人の試験を受けて合格した奴だけだ」


「へぇ~……で?」


 リヤルゴの額に青筋が浮き出た。


 しかし、なんとしても純無魔導師バハムートを引き入れたいのか、怒りをこらえて無理やりな笑顔を作る。


「だから、俺の仲間になった方が得だって言ってんだよ。しゅまじわれば赤くなるって言うだろ? 強い奴と一緒にいりゃあ、テメェも強くなれる」


「ふ~ん」


 リヤルゴの……以下略。


「ふ~んってお前、俺の話聞いてたか?」


「その言葉、そっくりそのまま返すよ。俺たちの話、聞いてただろ?」


「……ああ、敵がいるかもってやつか。それなら心配いらねぇよ。さっき言ったとおり、仲間には試験に合格したやつしか――」


「その試験って、なにすんの?」


「あ? そりゃあお前、実力を調べるために俺様が直々じきじきに相手してやったりだなぁ――」


「それだけで敵がいないって、どうして言える?」


「そりゃあ……」


「確かにあんたの言うとおり、強い奴とは一緒のがいいだろうけどさぁ――」


 タクトは笑う。


「俺はね、色がめずらしいんだよ」


「ッ…………!?」


 笑いながら、その全身から異様なプレッシャーを放つ。


 が、それも一瞬いっしゅん


 すぐにまるでかんの感じられない、だらけきった状態に戻り、


「確実に……いや、少なくとも、迷宮内では味方してくれる奴じゃないと、困るんだよね~」


「……つまり、俺の仲間にはならねぇってことか?」


「そうだと言ったら?」


 やる気の感じられない表情のまま挑発ちょうはつをするタクト。


 それにリヤルゴは、


「……いまから闘技場とうぎじょうに来い。仲間にならねぇっつーなら……俺の敵に回るっつーなら――」


 タクトをするどえ、


「ぶっつぶしてやるよ……!」


 怒りにふるえながら、そう言った。






 ◆◆◆




 走る。


 走る。


 走る。


 消えたアイツを捜して、走る。


 遅刻ぎりぎりで教室にたどり着いたと思ったら、今日来た編入生へんにゅうせいを案内するため、いちげんの授業は中止と言われたのだ。


 さらに、その案内役を買って出たのが、よりによってアイツだと言う。


 いちだいだ。


 折角せっかくの仲間を増やすチャンスを、なにもできないまま、終わらせてしまうかもしれない。


 どころか、アイツの仲間になってしまうかもしれない。


 だから、彼は走っていた。


(……ちゅーか、編入生ってどういうことやねん!)


 彼は編入生がやって来ることなど、まるで聞いていなかった。


 いま思えば、昨日きのうはいつにも増して、がわがままだった気がする。


 そういえば、今朝もそうだ。


 だからこそ、こんな時間の登校になった。


(くそっ……アイツ、パンになんかしおったな!)


 消えたアイツを捜して。


けなんて絶対にさせんで…………エリス!!)


 編入生を連れて教室から抜け出した、エリスを捜して。


 彼は全力で、校内をけた。

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