第3話 エリス

ねん一組いちくみ。ここが今日から君のクラスだ。中で少し話すから、呼んだら入ってきてくれ」


「わかりました」


 タクトの返事にうなずくと、リヴェータは教室へと入っていった。


 一人になったろうでタクトは、


「あ~、意外と緊張きんちょうするなぁ~」


 なんて、まるで緊張感のない顔でつぶやいてみる。


 そして、特にすることもないので、あの先生がなにを言うか耳をましてみると……




「は~い、静かにしろ~」


 パンパンと手を叩きながら、リヴェータが教室全体にひびく声で言う。


 それにタクトは、


(大して声出してないのに、教室全体に響くっていいなぁ~。とおった声なんてわなすぎるから絶対に言わないけど)


 なんて考え、肩をすくめる。 


 その間に教室が静かになった。


 それを確認し、リヴェータが口を開く。


「一部には昨日きのう言ったとおり、今日からこのクラスに新しいしも……お友達ともだちが来る」


(あれ? いま、しもべって言おうとしなかった?)


「なんとそのし……っと~、お友達は、最高で難度四十二の迷宮を攻略したことがあるそうだ。もちろん、一人でな」


『ッ…………!』


 リヴェータの言葉に、教室が一気にざわついた。


 そりゃあそうだろう。


 ほんの十六、七歳で難度四十二をソロで攻略するなど、並大抵なみたいていのことではない。


 それこそ、化け物呼ばわりされても仕方ないほどに……


「……はっ」


 タクトはそう考えて、空虚くうきょに笑い、


「四十二って……どんくらいだ?」


「えっと……エリスさんが確か、三十六さんじゅうろくだよね?」


「ってことは……ケインレベルか?」


「ちょっと、なんでわたくしより上のかたで、さきに彼が出るのかしら?」


(……なるほど。少数でエリス派に並ぶってのは、そういうことか)


 ケインといえば、少人数ながら学園最大勢力であるエリス派に並ぶというばつの名前だ。


 四十二という難度を聞いて思い浮かぶということは、おそらくそういうことなのだろう。


 タクトはやる気のない顔で納得し、


(でも、俺の他にもいるんだな。攻略難度、四十えの奴が)


 と、今度はどこかたのしげに口をゆがめ、


(あの子は俺に、化け物は俺だけじゃないって伝えたかったのかな?)


 なんて、考えてみる。


 ここで『あなたは化け物じゃない』と伝えたかったという風に考えがいかないのが、彼の歩んできた人生せかいだ。


 ざわざわとさわがしくなるクラスメイトたちに、リヴェータが言う。


「ほら静かに、話は教室に入れてからでもいいだろう」


(さすがは先生。俺も長いこと廊下に立たされんのはいやだ)


 と、タクトは感心し、


「ちなみに、私は最高六十だ!」


『…………』


 恐らく、クラスメイトたちもタクトと同じ顔をしていただろう。


「な、なんだその顔は……あれだぞ? チームでなら七十を攻略したことだって――」


「先生。その話はいいんで、早く呼んであげてください」


(ナイス、クラスメイトの誰か。そして、やっぱり期待外れだ先生)


「……はぁ……ったく、つまらん……おい、入ってこい」


 リヴェータは大きなため息を吐くと、つまらなそうにタクトを呼んだ。


 タクトはとびらを開け、中に入る。



 ――瞬間しゅんかん、またも教室がざわついた。



 それにタクトは、


(まぁ、こうなるだろうなぁ……)


 なんてことを、欠片かけらも感じないぼけっとした顔で考えながら、リヴェータのとなりに立った。


 それを確認したリヴェータが、口を開く。


「こいつが今日からしもべになる、タクト=カミシロだ」


「あ、ついにしもべって言われた」


「気にするな、言葉のあやだ」


「さいですか」


 タクトは肩をすくめ、クラスメイトに目を向ける。


 そこには、


「ひっ……!」


 身体からだふるわせる者。


「うわっ、目があった……」


 あきらかに目をそらす者。


「へぇ、ほんとに真っ黒なんだ……」


 興味深そうにながめる者。


 空席もいくつかあるが、それは編入生へんにゅうせいには興味ないということだろう。


 軽く見渡した感じ、こうてきなのは一割といったところか。


 それにタクトは、


(……思ったよりも、こういんしょうだな)


 と、意外そうな顔をしていた。


 タクトは純無魔導師バハムート


 すなわち、むべき対象だ。


 タクトは正直、クラスメイト全員が、というより、校内のほとんどが敵になると考えていた。


 だが、実際にはクラスメイトのおよそ一割が、タクトに好意的な視線を向けている。


 どころか、敵意を向けている奴は一人もいない。


(……もしかしたら、アレのおかげかもしれないけど……)


 と、タクトはちらりと目を向ける。


 タクトの視線の先、そこには、


「…………!」


 今朝会った少女、クレープがいて……


(まさか同じクラスとは……つーか、すげぇ笑顔でこっち見てるんですけど……)


 タクトは少し気まずそうにクレープから視線を外し、教室全体を見る。


 そして、深呼吸をして、口を開いた。


「えー、紹介にあずかったタクトです。できれば名前で呼んでください」


「他になにか、言っておきたいことはあるか?」


「そうですね~……さっき聞いた派閥のこととか?」


「それはめんどいから後にしろ」


「え~……」


先生あんたが言っておきたいことはあるかって聞いたのに……)


 タクトはげんなりと肩を落とし、


「じゃあ、ぎゃくに聞きたいことはあるか?」


 リヴェータはそう言って、クラスメイトに目を向ける。


 すると、


「はい」


 スッと、少女が手を上げ、立ち上がった。


 こしまで届く、まばゆい金髪。


 強い信念しんねんを感じさせる、キリッとした翠眼すいがん


 はくのように、白いはだ


 それは思わず眼をうばわれるほどに、美しい少女だった。


 だから、それを見たタクトは、


「…………」


 目を、細めた。


 なぜなら、その動き一つ一つが、ひどくく、洗練せんれんされていたから。


 だから、タクトにはそれだけでわかった。


 少女が、ただ者ではないと。


(恐らく、アイツが一大勢力の……)


「ん? エリスか。勢力争いの話は後にしろよ?」


「……もちろんです」


(やっぱりか……てか、こいついまその話しようとしたな?)


 一瞬言葉にまったエリスを見て、タクトはそう思った。


 だが、エリスは即座に言葉を続ける。


「では、タクトさん」


「なんざんしょ?」


「このあと、わたくしと校内の散策さんさくをいたしませんか?」


「へ? 散策?」


「ええ。ここに来たばかりで、まだ右も左もわからないでしょう? ですから、わたくしが校内の案内をしてさしあげようかと」


(……あ~、なるほど、そうきたか)


 校内の案内。


 つまり、おんを売る。


 もしくは、案内というたい名分めいぶんにより、じゃされずに勧誘かんゆうをするということだろう。


(にしても、考えたな。校内案内しながら勧誘すれば、失敗しても恩を売ったことで敵にはなりにくいわけだ)


 だがそれは、相手が甘い場合にしか通用しない。


 どれだけ恩を売ろうとも、裏切る奴は簡単に裏切ってくる。


 というより、そういう奴はそもそも、それを恩とは思わない。


 だからタクトは、


「じゃあ、お願いしようかな。どうせひまだし、案内してくれるってのはありがたいしね」


 と言った。


 わざわざ相手のさくに乗ってやると、そう言った。


 それはタクトが甘くないからではない。


 エリスという校内最大派閥のリーダーならば、自分が甘くない場合のことも考えてるだろうから、とかでもない。


 ただたんに、タクト自身が甘いから。


 エリスはそれに満足そうに微笑ほほえむと、教室の扉に向かって歩き出し、


「では、早速まいりましょうか」


「…………へ?」


 けな声を出すタクト。


「ほら、早く行きますわよ」


 エリスはかまわず、扉を開けながら言ってきて……


「ちょっ、いきなり!?」


 ようやく頭が追いついたのか、タクトは驚いたように言う。


 対しエリスは当然のように答える。


ぜんは急げと言うじゃありませんか」


「いやだって、この後授業じゃないの?」


「確かにそうですわ。ですが、休み時間になれば色んな方がここにやって来ます。そうなれば、案内どころではありませんもの。……ですよね? 先生」


 エリスは言いながら、ちらりとリヴェータを見る。


 それにリヴェータは、


「ああ。いいぞ、行ってきても」


 なんて、軽く言ってきて……


 それにタクトは目を丸くした。


「あれ!? 先生思ったよりゆるい!?」


「なるべく自由にが私のモットーだ。面倒を起こさない限り、なにをしたって構わない」


 それに、とリヴェータは続け、


朝一あさいちの授業って、めんどいし」


「それがほんかッ!」


 タクトは叫ぶが、リヴェータはおぼろげな瞳を浮かべたまま、まるで反応しない。


「さて、先生の許可も得たことですし」


 そう言いながら、エリスはタクトに近寄り、手を差し出す。


 それにタクトは、顔を少し引きつらせ、一歩後ずさり、


「……なんか、すげぇグイグイくるね?」


「新しいクラスメイトのためですもの。このくらい当然ですわ」


「……それだけ?」


「他にどのような理由があれば、納得いただけますか?」


「……ケインとレクターってのは、どの人?」


「レクターさんなら、あちらで寝ていらっしゃいますわ」


「じゃあ、ケイ――」


「時間がしいので、早く参りましょう」


(うん、やっぱり勢力争いか)


 なんて思いながらエリスに腕を引っ張られ、タクトは教室を後にした。

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