第2話 派閥

「そういえば、お名前はなんていうんです?」


 少女に連れられて校舎こうしゃに入り、ろうをひたすら歩いているとき、少女が頭だけで振り返って言った。


「ん? 名前?」


 そういえば、ってなかった。


 聞かれなかったし、興味きょうみもなかったから。


 だが、聞かれたのならなおに答えよう。


 少年はそう考え、軽く咳払せきばらいした。


 そして、少女をえ、


「俺はタクト。タクト=カミシロだよ」


 と、名乗るなんていつぶりだろうなぁ~……とか思いながら、そう言った。


 それに少女が、


「タクト……カミシロ?」


 スッと、まゆをひそめた。


 少女はさっきまでの笑顔を消し、タクトを見つめる。


 それにタクトは、


「あ、やっぱり気になる? してかよって」


「え!? い、いえ、そんな!」


 少女はあわてて両手を振るが、


「い~よ、い~よ。それもれてるから」


 と、タクトはなんでもないというふうに、手をヒラヒラと振り、


「んで? 君は?」


「え? あ、ああ、えっと……わたしはクレープ。クレープ=フォカートです」


「クレープね……」


 昼飯ひるめしはクレープにしようか。


 なんて馬鹿なことをぼんやり考えていると、クレープが足を止めた。


(あれ? もしかして、考えてることばれた?)


 タクトはそう思ったが、そうではなかった。


「カミシロさん、職員室しょくいんしつに着きましたよ」


「職員室? ああ、ほんとだ。なんかプレートにそう書いてある」


 タクトがとびらの上に取りつけられたプレートをながめてそう言うと、


「では、わたしはこれで」


 そう言って、クレープがぺこりと頭を下げた。


 そして、きびすを返し、


「あ~、ちょっと待って」


 それを、タクトが引き止めた。


 クレープは立ち止まって振り向く。


「はい。なんです?」


 くびをかしげるクレープに、タクトは苦笑くしょうに言う。


「えっと……俺のことは、できれば名前で呼んでほしいなぁ~、なんて……」


「名前、です?」


 クレープは不思議そうに言う。


 タクトはうなずいた。


「うん、そう。名前」


 それにクレープはしばし黙考もっこうし、


「……わかりました」


 と、どことなく神妙しんみょうな顔つきで言った。


 が、それも一瞬いっしゅん


 クレープはすぐに優しげな笑顔にもどり、


「それではタクトさん、またお会いしましょう」


「そうだね、また会えたらいいね~」


 なんて、クレープにヒラヒラと手を振り、職員室の扉に手をかける。


「……さて、行きますか」


 小さくつぶやくと、タクトは職員室の扉を開けた。






 ◆◆◆




「君がタクト=カミシロだな?」


 職員室に入って早々そうそう、なんかようあつかんのある女性がタクトに近づいてきた。


 それにタクトは、


「え? あ、はい。そうですけど……」


 と、少し引き気味に答える。


 それを気にすることなく、女性は一つうなずき、言う。


わたしはリヴェータ=マルチネス。今日から君の担任たんにんになる」


「へ~」


 リヴェータ=マルチネス。


 そう名乗った女性は、女性にしては少し短い黒髪くろかみに、紺色こんいろひとみをした、女というより男らしいふんの……


「…………ん?」


 と、そこでタクトは首をかしげた。


(いま、なにかかんがあったような……)


 タクトは口元に手を当ててうつむき、さっき思ったことを心の中で反芻はんすうしてみる。


(えっと……女の人にしては短い黒髪に、紺色の瞳…………の、瞳?)


 違和感の正体に気づいたタクトは、バッといきおいよく顔を上げ、目をひらいた。


「すげぇ、初めて見た……」


「ん? ああ、このか。安心しろ。学園ここには君みたいな無属性むぞくせい純属性魔導師じゅんぞくせいまどうしどころか、私みたいな混属性こんぞくせい魔導師もたくさんいる。もちろん、君のクラスメイトにもな」


「マジっすか!?」


 タクトはおどろきの声を上げた。



 混属性。



 それは、複数ふくすうの属性が混じった色。


 純属性と並ぶ希少種きしょうしゅ


 一般に混属性の魔法は、その人の努力と素質次第で後天的こうてんてきとくができ、通常の魔法よりも強力きょうりょくであるとされる。


 だが、その分習得が難しく、また、それを使いこなせたとしても、純属性にはおとるとされている。


 しかし、この世界はほど色に現れる世界。


 つまり、混属性それが色に現れると、またいが変わってくる。


 さすがは世界最高峰さいこうほうというべきか。


「ちなみに、君が一人で攻略こうりゃくした迷宮めいきゅうなんは、最高でいくつだ?」


 いきなりの話題転換てんかん


 それにタクトは、


「えっ? と、たしか…………四十二よんじゅうに?」


 と、まどいながらも答える。


 すると、


「四十二……想像以上だな」


 リヴェータは目を見開き、驚いたような、感心したような顔でタクトを見た。


 それにタクトは、


「まぁ、運がよかっただけですよ」


 なんて、へらへらと笑う。


 それにリヴェータは、


「しかし、そうか……試験もなしに入学とはどういうことかと思ったが、なるほどなるほど……」


 と、瞑目めいもくしてうでを組みながら、うんうんとうなずき、


「まぁ、私は最高で六十ろくじゅうだがな!」


「はぁ!? 六十!? バケモンじゃないですか!!」


 タクトは思わずさけんだ。



 難度六十。



 それは、ニンゲンが一人で攻略できる限界げんかいとされる難度。


 ただそれは、そういうろくがあるというだけのもの。


 実際は数百人の軍隊が万全ばんぜん態勢たいせいいどんだとしても、攻略できるかは運しだいと言われるほどに、それはもうおそろしく難しい超高難度ちょうこうなんどだ。


 それを、たった一人で攻略した。


 そんなの、こんなとこにいていい人じゃない。


 学園に失礼かもしれないが、はっきり言って、こんな場所にいるべき人物じゃない。


(なんで、そんなバケモンがこんなとこに……)


 そんなタクトの胸中きょうちゅうも知らず、


「はっはっはっ。まさか純無魔導師バハムートに化け物と呼ばれる日が来るとはな~。まぁ、初めてでもないが」


 なんて、満足そうに笑うリヴェータ。


 話題を変えたのは自慢のためか。


 タクトはそう思い、げんなりとリヴェータを見つめ、


「…………」


 姿勢を、ただした。


 なぜなら、リヴェータが少し、真面目な顔をしていたから。


 リヴェータはそのまま、どこかおごそかに言う。


「ここはビレイヴおうりつどう学園がくえん。世界最高峰の学園だ。二十歳以下のガキしか入れない年齢制限迷宮の攻略をおもとしてはいるが、だからといって、教員が弱くていいというものではない」


「……なるほど」


 タクトはうなずき、さっきの考えをあらためた。


 世界中から見込みのある子供を集めても、好き勝手されたら、たまったものではない。


 制御や指導のためには、教員にもそれなりの実力が求められる。


 だからこそ、攻略難度六十なんて人物がいなくてはならない。


 つまりはこれが、世界最高峰と呼ばれる理由の一つなのだろう。


 そして、タクトにこれを話したのは、自慢ではなく、警告けいこくなんだろう。


 変なことをすれば、ただではおかないという、


「まぁ、私以外の教員は、せいぜい三十さんじゅう程度だがな」


「…………」


 違った。やっぱりただの自慢だった。


 タクトはげんなりとため息を吐く。


 リヴェータはそんなタクトを一瞥いちべつし、


「それで、君には今日から早速さっそく授業に参加してもらうことになるんだが……」


 と、めずらしく言いよどんだ。


(いや、会って数分で珍しいもなにもないけど……)


 なんてタクトは思ったが、声には出さない。


 リヴェータは若干じゃっかんめんどくさそうに顔をしかめて続ける。


「私のクラスは……というより、校内のほとんどで、勢力争いが起こっている」


「勢力争い?」


(なんか、いきなりめんどくさそうな話になったな)


 なんて考え、続きを待つ。


「特に知っておいた方がいいのは、校内で最大の勢力をほこ。少数ながら、エリス派と並ぶ実力を持つ。そして、そのどちらにもぞくさず、勢力争いに対しては常にわれかんせずをつらぬだ」


(気をつけるのは、主に三つか……)


 エリス派。


 ケイン派。


 レクター派。


 タクトはしっかりと、その三大ばつの名前をおぼえ、


「ちなみに全て、私のクラスだ」


「気をつけようがねぇッ!!」


 思いっきり叫んだ。


 そんなタクトを、リヴェータは鼻で笑う。


「言っただろう。『特に知っておいた方がいい』と」


「確かに言ってたけども、まさかそんな理由なんて思わなかったよ!」


 タクトは取り乱したように声をあらげる。


 しかし、対するリヴェータは落ち着いている。


「教員の中では私が最強なんだ。問題児もんだいじを押しつけ……まかされるのは当然だろう?」


(あれ? いま、押しつけられるって言おうとしなかった?)


「まったく、あのバカップルと昼寝ぞうだけでなく、今度は純無魔導師バハムートを押しつけてくるとは……」


(ねぇ、いま押しつけてくるって言わなかった?)


「ん? どうかしたか?」


「いえ、別に」


「…………」


 タクトの様子を不安と勘違かんちがいしたのか、リヴェータが落ち着いたこわで言う。


「安心しろ。勢力争いとは言ったが、いざという時には協力もするし、普段だって仲が悪いというわけでもない」


「あ、そうなの?」


(なんだ、思ったより安心じゃん)


 タクトはホッとした顔をする。


 が、


「私のクラス内ではな」


 リヴェータはそう断言だんげんした。


「……それはつまり?」


 タクトの問いに、リヴェータが嘆息たんそく混じりに言う。


「言っただろう。『校内のほとんどで勢力争いが起こっている』と。私のクラスは大して心配いらないが、あのハゲど……ほかの先生方の奴等は、ちょくちょくからんでくることがある」


「そうなんですか」


 いま絶対ハゲ共って言おうとしたな~、なんて思いながら、タクトは相槌あいづちを打つ。


 リヴェータはあきれたようにため息を吐き、


「ああ。自分の生徒をきちんと指導できないとは、なんとも残念な奴等だ。君もそうは思わないか?」


(職員室でなんて面倒なことを聞いてくるんだこの人は……!)


 なんて、タクトはまったくやる気の感じられないぼけっとした顔で考え、


(……でも、さっきのあれも、もしかしたら……)


 と、先ほどの出来事をぼんやりと思い返した。


 複数の男たちに絡まれていた少女――クレープ。


 あれもおそらくは、勢力争いだったのだろう。


(弱いやつからつぶすのは定石じょうせきだけど、報復ほうふくとかは考えないのかねぇ……。まぁ、あいつら頭悪そうだったし、考えないか)


 なんて、うわそらで考え……


「…………」


 上の空になったタクトを、リヴェータは答える気がないと判断はんだんし、言葉を続けた。


「まぁいい、とりあえず君は編入へんにゅうしたての学生。しかもソロ最高攻略難度四十超えの純無魔導師バハムートだ。あらゆるところから勧誘かんゆうをされるだろう。もしかしたら、強引な手段をもちいてくる可能性もある」


 強引な手段。


 リヴェータはそう言った。


「君なら心配いらないとは思うが、万が一ということもある。どこに属するか、あるいはどこにも属さないか。早めに決めた方がいいだろう」


「勢力、ねぇ……」


 タクトは呟く。


 そして、


(それ以前に、俺を受け入れてくれる奴がいるのかどうか……)


 なんて考え、頭に手をやる。


 そこには、黒があった。


 それはすべてをつぶすがごとき、深い黒で、


「…………」


 そして、いまこの世界をうつしているのも、同じく、黒で……


「…………」


 タクトの色は、黒髪くろかみくろ


 それは、最凶さいきょう最悪の、むべき対象。


 不吉ふきつあかし


「…………」


 だからタクトは、呆れたようにため息を吐く。


 あきらめたように、ため息を吐く。


 そして、


(こんな俺を、いったい誰が……)


「敵に回すぐらいなら味方に取り込んだ方がいい。そう考える奴は少なくないと、私は思うぞ?」


 と、リヴェータが言った。


 まるですべてを察しているかのように、そう言った。


 それにタクトは、


「……そう、ですね…………」


 と言った。


 どことなくつらそうに、うつむきながら、そう言った。


 確かに、純無魔導師バハムートを敵に回そうと考える奴は少ないだろう。


 でも、ここに来たのは仲間を作るため。


 そんな考えの相手を、はたして仲間と呼べるだろうか。


「…………」


 タクトは無言で考える。


「さて、そろそろ行くか。君も来なさい」


 リヴェータはそう言ってタクトのかたを叩き、職員室を出ていった。


 だからタクトは、


「…………」


 その背中を、だまってついていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る