第1話 色々と変わった少年

 ここは、自身の持つ最も強いほう属性ぞくせいが髪色に、二番目に強い属性がひとみの色に現れる世界。



 ほのおあか



 みずあお



 かぜみどり



 かみなりぎん



 つちちゃ



 ひかりきん



 やみむらさき



 そして――――






 ◆◆◆






「ここ、か……」


 前方に広がる景色と、パンフレットに記載された情報を見比べ、少年はつぶやいた。



 ビレイブ王立魔導学園おうりつまどうがくえん



 そこは、世界中から一流の冒険者ぼうけんしゃを目指す者が集まる場所。


 迷宮攻略めいきゅうこうりゃくに関しては、世界最高峰さいこうほうほこる施設。


 少年の持つパンフレットには、その情報がしるされていた。


「結構でかいなぁ……。俺、こんなとこでやってけんのかな?」


 少年は今日から、ここに編入へんにゅうをすることになっている。


 あの日自分の前から姿すがたを消した、さがし出すために。


「なるべくりつはしたくないけど……」


 と、少年はあたりを見まわす。


 すると、とおきから自分をながめる人と目があった。


 服装からして、おそらくここの生徒だろう。


 その相手はビクッと身体からだふるわせると、すぐに目をそらし、足早あしばやに立ち去っていった。


「……まぁ、どこだって変わんないよなぁ」


 少年は自分の髪に手をやり、呟く。


 赤でもないし、青でもない。


 緑でもなければ、銀でもない。


 茶でも、金でも、紫でもない、自分の、色。


 属性ぞくせいを表す、すべてをつぶすかのごとき、深いくろ


「もうれてるし、どうってことないさ」


 少年は誰に言うでもなくそう言うと、校内にを進めた。




「さて、まずは職員室しょくいんしつだな……ん? あれは……」


 学園の方から、「とりあえず職員室に来い」との連絡がきていたので、もらったパンフレットを見ながら職員室を探して校内をうろついていると、視界のすみに、なにやら言い合っている男女が見えた。


 それに気づいた少年は、


「ちょうどいいや、あの人たちに案内してもらおう」


 そう言って、男女あんないばんの方へ足を向けた。


 少し近づいてみてわかったが、あんじょう、口論の最中さいちゅうのようだ。


 なんか時折ときおりとうのような、馬鹿にするような言葉が聞こえてくる。


 例えば、


「テメェみたいな落ちこぼれが、俺等にさからうってのか?」


 だったり。


「なんだ? あのえらそうにってるお嬢様じょうさまのごがないと、言い返すこともできねぇのか?」


 だの。


 一人の女の子に対して、男たちが寄ってたかってせいびせている。


 それがわかった少年は、


「うん、関わらない方がいい」


 クルリと回れ右をして、そそくさとげ出した。


「あ~やだやだ。入学早々そうそう、面倒事なんて……」


 そう呟きながら、少年はその場から離れようと、


「おい、なんだテメェは?」


「うげっ、見つかった……」


 したけど見つかった。


 このまま無視して歩き続けてもいいが、それはそれでめんどくさそうだ。


 少年はそう考えた。


 なぜなら、


「ん? お前、その髪……無属性魔導師まどうしか?」


 そう、少年の色はめずらしい。


 つまり、いま逃げても捜されたらアウト。


 少年は仕方なく、本当に仕方なさそうに、まったくやる気の感じられない顔で振り向いた。


「えっと……僕になにか、ご用でしょうか?」


『…………』


 振り向いた少年を見て、男たちが息を飲んだ。


 それに少年は、


(……まぁ、仕方ないよなぁ。なにせ、俺の色は珍しいからなぁ)


 なんて、ぼんやりと、まるでやる気の感じられない顔で考えていた。


 無属性を意味する黒は、たしかに珍しい。


 だが、少年はレベルが違う。


 いが違う。


 少年のちは、黒髪黒眼くろかみくろめ


 それに気づいた男の一人が、震えながらさけんだ。


「その髪……その眼…………お前、純無魔導師バハムートか!?」


 男たちに、いや、周囲で眺めていた生徒たちにも、一気に緊張きんちょうが走った。



 純無魔導師バハムート



 それは、あく象徴しょうちょう



 じんの生まれ変わり。



 その名があらわすは、絶望ぜつぼう滅亡めつぼう



 少年は昔から、その色により迫害はくがいを受けてきた。


 自分を必要だと言って拾ってくれた人たちさえ、自分を利用して戦争を起こそうとしていた。


 だが、それもいまはどうでもいい。


 まずはこの状況じょうきょうをどうするか。


 少年は相変わらず、欠片かけらも感じられないぼけっとした顔で考えていた。


(あ~あ、こんな注目されちゃって、どうしたもんかなぁ……)


 一人の女の子を寄ってたかっていじめる男たち。


 それを無視して逃げ出すなど……まぁ、できなくもないが、やりたくもない。


 だからといって、戦ってさわぎを起こすのもめんどくさい。


 さて、どうしたもんかとぼんやり空を眺めながら考えていると、男たちのリーダーっぽい男が鼻を鳴らした。


「ふん、純無魔導師バハムートがなんだっつーんだよ。無属性のろうなんて、ここにはほかにもいんだろうが」


「え? そうなの?」


 なんだよ、だったら立ち止まらずに逃げてりゃよかった。


 少年は心の中でグチる。


 そして、なら早速さっそく逃げようかと考えていると、きの一人が、おずおずと口をはさんできた。


「確かにそうですけど……さすがに、純無魔導師バハムートと同じに考えるのはどうかと……」


 取り巻きの言い分はもっともだ。


 髪と瞳が同じ色をする純属性魔導師じゅんぞくせいまどうしは、他の属性が使えない分、より強力きょうりょくな魔法をあつかうことができる。


 その属性魔法を使えるだけの奴とは、比べるべきではない。


 だが、リーダーふうの男はあきれたように言う。


「んなもんどうだっていいんだよ。俺たちの人間が、こんな観衆かんしゅうの中からなにもせずにけ出せるかってんだ」


 ようするに、プライドがゆるさないということだろう。


 それを聞いた取り巻きたちは、ため息を吐いた。


 恐らく、前にもこういうことがあったんだろう。


 言い出したら聞かない性格せいかく


 ぎわのわからない馬鹿。


 それでもリーダーをやってるということは、実力じつりょくだけはあるんだろう。


 非常ひじょうにめんどくさいタイプだ。


 だがにくなことに、少年はさらにめんどくさかった。


「ねぇねぇ、いまのってほんと?」


「あ゙?」


「だからさぁ、『観衆の中からなにもせずに抜け出せるか』って話」


「……それは、俺を馬鹿にしてんのか?」


 リーダー風の男が少年をにらむ。


 だが、少年はまるで意にかいさず、へらへらと笑って言う。


「違うって。この現状げんじょうにあんた等もこまってるってんなら、俺が逃げ出せばむ話かなって思ってさぁ~」


「……お前は、こいつを助けに来たんじゃないのか?」


 リーダー風の男が、いぶかしげに少年を見る。


 それに少年は、目をぱちくりとさせた。


「え? いや、違うけど?」


『…………』


 男たちは顔を見合わせた。


 少女を助けに来たのでなければ、いったいなにしに近づいて来たのか。


 リーダー風の男は変なものを見るような目をして少年に言う。


「……じゃあ、なにしに来たんだよ?」


 それに少年は、


「いやぁ、ちょっくら道案内をたのもうかと思ったんだけどさぁ。あ、これめんどくさいやつだって気づいて離れようとしたら、あんたに声かけられちゃって」


 なんて、相変わらずへらへらと、笑いながら言ってきて……


『…………』


 それにはさすがの男たちも、なんとも言えない表情で少女を見て……


 リーダー風の男は一つため息を吐くと、少年に目を向けた。


「で? お前は逃げ出して、俺等はさっきの続きをやれと?」


「イエス!」


 リーダー風の男の言葉に、少年は満面まんめんの笑みを浮かべながら、ビッと親指を立てた。


 それにリーダー風の男は、


「あー……なんかもう、馬鹿馬鹿しい……おい、お前等いくぞ」


 深いため息を吐いて、背を向けた。


「え? あっ、はい!」


 少しおくれて取り巻きたちがついていく。


 少年はそれに、


「あれ? 続きしなくていいの?」


 なんて、すごく意外そうな顔を浮かべていて……


 それにリーダー風の男は、心底いやそうに顔をしかめ、


「しねぇよ、ったく……ああ、なんかもう、すげぇめんどくせぇ……なんであんな奴に声かけちまったんだ…………」


 そう言って、とてつもなくダルそうに去っていった。


 取り巻きたちもそれに続き、少年はその後ろ姿を眺め、


「変な奴」


 途端とたんに周りがざわついた気がしたが、そんなのはもはや慣れっこだ。


 思ってたのとは少し違うが、一応穏便おんびんに話を終えられたので、少年は軽くあんのため息を吐き、


「あ、あの……」


 なんて、すぐそばから声が聞こえた。


「ん?」


 少年は声の方向に目を向ける。


 すると、


「ありがとうございました」


 ペコリと、少女が頭を下げていた。


 それに少年は、


「いや、いいよおれいなんて。俺逃げようとしてたし」


 と、困ったような、若干じゃっかんめんどくさそうな顔で言う。


 それに、


「でも、助けてもらったのは本当ですから」


 そう言って、少女は顔を上げた。


 その少女は、なかなかにわいらしかった。


 紫色の、長い髪。


 パッチリとした、金色の瞳。


 とおるような、白いはだ


 少年はその少女を、


(へぇ、この子も珍しいな)


 なんて、感心したように眺めていた。


 闇属性を表す紫と、光属性を表す金。


 属性としてはそれほど珍しくもないが、組み合わせとしてはかなり珍しい。


 だから少年は、


(なんとなくシンパシーを感じる……なんて言ったら、この子に悪いよなぁ……)


 なんて、相変わらずぼんやりとした顔で考え、小さくため息を吐く。


 珍しいとは言っても、純無魔導師バハムートとではレベルが違う。


 意味合いが違う。


 だから少年は、ため息を吐く。


 ため息を吐き、空を見上げ、


(さっきの奴等、無属性はいるって言ってたけど、あの感じじゃあ、純無魔導師バハムートはいないよなぁ……)


 なんて、空を見上げながら、ぼへ~っと、だらけきった顔で考え、


「あの……」


 と、そこで声をかけられた。


 少年は声の方へと目を向ける。


 そこには、少女がいた。


 困惑こんわくした様子でこちらを見ていた。


 それに少年は、


「……ん? あれ? まだいたの?」


 と言った。


 なんでまだいるのと、とても不思議そうな顔でそう言った。


 それははたから見れば、ずいぶんなものいだ。


 だが、少年はそれに気づかない。


 それが変だと思えない。


 少年の世界は、昔からそうだったから……


 それを知らない少女は、ぱちぱちと、数度まばたきをして、


「え? あ、はい。まだお礼もしてませんので」


 なんて、まるで気にした様子もなく言う。


 まるでそれが当然だとでも言うように、平然と答える。


 それに少年は、


「…………」


 軽く、ため息を吐いた。


 少年としては助けたくて助けたわけじゃないし、なんなら逃げようとさえしていた。


 にもかかわらずお礼を受け取るなど、少年としてはありえない。


 相手がお礼をしたいと言っているんだからなおに受け取っとけばいいなんて声もあるかもしれないが、少年としてはありえない。


 だから少年はめんどくさそうにため息を吐き、


「さっきも言ったけど、俺はお礼なんて――」


「道案内、してほしくないんです?」


 少女が、少年の言葉をさえぎった。


 それに、


「…………え?」


 一瞬いっしゅん、少年の時間が止まる。


 それに、少女は笑う。


 ニコニコと笑って、少年に言う。


「まだ時間にゆうがあるので、それぐらいはできますよ」


 数秒。


 少年はそのまま動きを止め、


「マジ!? 案内してくれんの!?」


 時間の戻った途端、ガバッと少女にめ寄った。


 それに少女は微笑ほほえむ。


 少女は優しい微笑びしょうをたたえ、


「はい。困ってる人を見捨てたりしたら、エリスさんに怒られてしまいますから」


 と言った。


 迷子の少年に優しい笑みを向け、そう言った。


 しかし、それははた目には恐ろしく見えただろう。


 なぜなら、迷子の少年は普通じゃない。


 目の前の少年は、普通じゃない。


 そこにいるのは黒髪黒眼。


 それがしめすは絶望と滅亡。


 悪魔の象徴。


 魔神の生まれ変わり。


 能力のうりょくだいでは世界を終わらせられるという、最凶さいきょうにして最悪の化け物。


 純色じゅんしょくの無属性、純無魔導師バハムート


 そんな相手を目の前にして、平然と、自然に笑っていられるなんて、普通では、いや、普通でなくとも、ありえないのだから……


 しかし、少女は一切気にせず、なごやかに話しかける。


「それでは、どちらまで行かれます?」


「職員室までお願いします」


 少年は頭を下げながら言う。


 それに少女は、ニッコリと笑った。


「わかりました。では、職員室までご案内します」


 そう言って、少女はゆっくりと歩きだす。


 まるで警戒心けいかいしんを持たないまま、純無魔導師バハムートに背を向ける。


 それに少年は、


(いや~、親切しんせつな人もいたもんだなぁ)


 なんて、こちらもまるで警戒心を持たないまま、少女の後に続き……






 ――こうして色々と変わった少年は、少し変わった少女に連れられ、職員室へと向かったのだった。

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