第14話 追試(昼休み③)

「あー……ったく、あっちぃなクソ。ちょこまかと逃げ回りやがってウザッてぇ」


 リンダはいらたしげに顔をしかめ、吐き捨てるようにつぶやいた。


 真顔でバカにしてきたタクトになぐりかかっては逃げられ、その度に追い回すということをり返して数分。


 すっかり汗だくになってしまった身体からだを冷ますようにかげに入り、どっかりとこしを下ろした。


 汗で張りついた服をバタバタと動かして風を送るも焼け石に水。


 いっそのこと脱いでやろうかとも思うが、それをするわけにもいかない。


 なぜなら、


「いや~……うん。貴方あなたのことちょっと気に入ったわ。ほんのちょこ~っとだけど」


 なんて、目に涙を浮かべて言うのはパトリシア。


 なぜ涙を浮かべているのかと言えば、ついさっきまで爆笑していたからだ。


 タクトのぼくな疑問を聞いたたんき出すように笑いだし、あろうことか笑いすぎでき込んだりしていた。


 それでも止まらず笑い続けてもういっそそのまま死んでしまえばよかったのに、なんて思いながらリンダはパトリシアをにらむように見る。


 暑いからと服を脱げば、またその話題になってしまうだろう。


 アイツは多分そういう男だ。


 そう考えて、チラリと横目でタクトを見やる。


 タクトは相変わらずヘラヘラと欠片かけらもない笑顔を浮かべ、つかれたように息を吐き、ゆっくりと日影にもぐり込んでいた。


「俺、なんであんな怒られたの? 君らが笑ったのも意味わかんないんだけど」


 なんて言葉にまた爆笑が起こる。


 笑うのはさっきと同じ面子メンツ


 まぁそれはそうだろう。


 クレープやエリスがこの話題で笑うわけがない。


 同族であるはずのパンが興味なさそうにしているのは気にくわないが、アイツはああいう奴だからしょうがない。


 しかしその兄だか弟だかであるテルンが笑っているのはかんにさわる。


 他の奴等は笑っていいとしてもお前はどうなんだとリンダは声を大にして言いたい。


 いやそれよりも、だ。


 リンダはタクトに視線を戻す。


 タクトはまわりの反応が理解できず、首をかしげて困惑こんわくしているようだ。


 実に腹立たしい。


 アイツが真顔でバカにしてきたのもそうだが、それが本当にただ疑問に思っただけというのが。


 そしてなにより、さっきのけん――争いと言うよりはリンダの一方的な暴力ぼうりょく――で一発もまともに当てられなかったという事実が、彼女には許せなかった。


 おおりなりはともかく、コンパクトに打ち込んだこぶしまでことごとくいなされ、かわされる。


 そしてあの余裕だ。


 けにてっしていたからだとしてもムカついてしょうがない。


 リンダはジトリと半眼はんがんでタクトをめつけ、


「……テメェが平然としてんのが気に食わねぇ」


「ん? いや、俺だって暑いよ。口にしてないってだけで」


 リンダが言ったのはそっちのことではないが、その返答がより彼女の神経をさかなでる。


 しかし殴りかかっても結果はさっきと変わらないだろう。


 秘宝や魔法を使えば別だろうが、こんなヤツ相手に体力やら魔力やらをくべき状況じゃない。


「そのたいがムカつくってんだよ」


 リンダは片眉かたまゆゆがめて顔をそむけ、舌打ち混じりに呟き、


「弱いやつほどよく吠えるの典型てんけいよね」


「あ゙あ゙!?」


 パトリシアの感心したような呟きにリンダがえた。


 まさしく、といった様子にパトリシアの口角が上がる。


 見下すような視線を向ける。


 しかしなにかを言うこともなく鼻を鳴らして目をそらすと、


「まったく、馬鹿みたいにはしゃぎ回ってたまな板のせいで、こっちまで暑くなってきちゃったわねぇ~」


「そんなに死にてぇならいますぐ殺してやるよ」


 リンダはゆっくりと立ち上がってパトリシアに詰め寄る。


 パトリシアはひらひらと片手を振って、


「そんなに怒ることないじゃない。貧乳ひんにゅうも美点よ」


「顔がニヤついてんだよ!」


「あ~あ、持つ者の苦労を知ってから突っかかってほしいものよねぇ~」


「お前言うほどデカくねぇだろうが!」


「デカイの基準をあの変態にしてたらそりゃそうなるでしょうよ。まぁそれでも言わせてもらうと、このうるわいやしフェイスに貧乳でもなく巨乳でも、う~ん……って悩むレベルのちょうどいいサイズをした完璧プロポーションである私に死角はない!」


 なんて堂々と胸を張って宣言するパトリシアに、リンダはげんなりと疲れたように肩を落とし、深いため息をついた。


「……なんかもう、どうでもいいわ。むしろその自信がうらやましい」


「コツは相手をかえりみないことよ」


「聞いてねぇよ」


「あらそう? まぁいいわ。それよりも……《鏡花水月きょうかすいげつ》」


 パトリシアがとなえた瞬間、あわい空色のかべが現れた。


 奥がれいに見通せるほどにき通った、氷の壁。


 一メートルほどの高さをしたそれは、その場の全員をぐるりと囲んだ。


 それに満足そうにうなずくと、パトリシアが言う。


「さて、これですずしいわね。ケイン、例の物を」


「はいよ。誰かさんお待ちかねの昼飯や」


「やったぁー!」


 パンはいままでの無表情が嘘のように喜び、爛々らんらんと目を輝かせる。


 それを背後にごそごそと木陰の荷物から取り出した重箱じゅうばこを並べてふたを取ると、鳥や魚の香草こうそう焼きに、ゴマと梅干しの混ぜられたおにぎり。


 みりんを使って甘く仕上げた野菜炒めなどが綺麗に詰め込まれていた。


「はわぁ……全部すごい美味しそうです。どうやったらこういうの作れるんです?」


「やはり経験、なんでしょうか……?」


 クレープとエリスがそれを感心したようにのぞき込み……


 コホン、とせきばらいがした。


 振り返れば、パトリシアが白い箱を手にしていて……


「なんと今回はデザートもあります。もちろん私が作ったものよ!」


 ふふん、と自信満々に言いながらそれを二人に手渡す。


 顔を見合わせゆっくりとふたを開けてみれば、しゅんの果物が閉じ込められた色とりどりのゼリーが入っていた。


 ちょこんと乗せられた小さなハーブは可愛らしく、かついろどりに花をえ。


 こまやかなほうがキラキラと光を反射するその様はまるで宝石のごとく、その見た目だけでも非常に満足感の高いもので……


「きれい……!」


「これが女子力、ですの……?」


「エリスも見習わないと、彼をられちゃうかもよ?」


「そうですわね……ふぇ!? いやわたくしは別にそんなッ――!」


 パタパタとあわてるエリス。


 その反応を楽しそうに笑うココア。


 ケインはあごに手をやり、真剣なまなしでゼリーを見つめていて……


「……バブルポーションか」


「ふっ……流石さすがケイン。よく気づいたわね」


 その呟きに、パトリシアの口許くちもとが意味ありげなシワを作る。


「そう。これはただの水ではなくバブルポーションを使ったことにより、食べれば魔力体力の回復およびそれをうながす効果があるの。そしてもちろんそれだけではないわ。バブルポーション特有のシュワッとした感覚が味わいにアクセントを生み、そのさわやかな後味は全身に冷感を与えてくれるまさしく夏場にぴったりなデザートよ!」


 大仰おおぎょうに両手を広げ、これ以上ないほどのドヤ顔を浮かべるパトリシア。


 実際この料理は相当そうとう代物しろものだった。


 ゼリーという食べやすい形態はこの暑い季節にてきしているし、彩りもあざやかで元気の出るものだ。


 フルーツの酸味もそれに一役買うことだろう。


 上に小さく添えられたハーブもレストハーブという鎮静ちんせい作用がある薬草だし、ては食べる相手が迷宮攻略をひかえていることをしてのバブルポーションときた。


 さすがは援護者サポーター部隊の隊長。


 これほど場に適したデザートはない。


 ケインはその至高の一品フルーツバブルゼリーえ、うなるように言う。


「相変わらず、デザートに関してはレベル高いな」


「冷却に関してはズルしてるようなもんだしね。……まぁそう言う貴方のもただの弁当じゃないみたいだけど」


 肩をすくめて言うと、チラッとケインの作った弁当に目を向け、


「ご飯には酢を加えてるし、生野菜もなし。かといって野菜がないわけでもなく、味のかたよりもない。そしてなにより、香草にもひとふうしてるわね」


 その分析ぶんせき一瞬いっしゅん目を丸くすると、ケインはたのしそうに口を歪める。


「へぇ、ようわかったな。言うてもまぁ、少し薬草とか混ぜただけやけどな」


 肩をすくめてそう答えるケイン。


 しかし、味と効果を両立した最適なブレンドなど、そう簡単なものではない。


 さらにケインは薬草と言った。


 つまりはまだなにかをかくしているということだ。


 それはおそらく、三割ほどの香草焼きにまぶされた赤い欠片。


 トウガラシだ。


 その辛味には食欲を増進させ夏バテを予防し、発汗作用により身体の熱と疲れをとる効能がある。


 薬草や梅干しと合わせることでその効能はより高まるだろう。


 しかもそれが三割だ。


 辛いのが苦手なリンダを気づかっての三割。


 夏場というのを考慮こうりょした料理の数々もらしいの一言にきるが、きちんと食べる相手のことも考えられている。


 パトリシアはジッとその最上の逸品夏対策ばっちり特製弁当を見据え、うめくように言う。


「……流石、と言ったところね」


「お前もな」


 二人は瞑目めいもくしてため息をつき、


((この勝負、引き分けってところか))


 声に出さないながらも、お互いにそう判断していた。


 パトリシアは気持ちを切りえるように小さく息を吐き、にっこりと笑って、


「それじゃあ食べましょうか」


 それにテルンがうれしそうに伸びをし、


「あー……ッし、つまりこれで解放――」


「話は食べながら聞きます」


「……してくれないのはわかってたぜ……」


 一転いってんしてガックリとうなだれるテルン。


 タクトはそれまでのやり取りをボケッと聞きつつ、


(……さっきのとかで知ってたけど、やっぱ色々ふざけてるよなぁ……)


 とか思いながら、ぼんやり空を見上げていた。


 それは二人の料理スキルに、ではない。


 パトリシアの魔法にだ。


 直径五メートルほどの円周上に、一メートルほどの氷壁ひょうへきを生み出す。


 透き通ってもろそうに思えるが、実際はかなり強固きょうこな代物だろう。


 これほどの魔法を、に使用する。


 それも詠唱えいしょうもなく、平然と。


 さらに言えば、氷は水と風の混属性。


 あつかいの難しい混属性の魔法をここまでのせいあやつれるのは、さすがエリス派の隊長と言うべきか。


 この学園が化け物ぞろいなのを改めて実感し、タクトは小さく息を吐く。


(……俺をに入れたのは、やっぱなんかしら理由があんのかねぇ……)


 タクトはこの学園に無理やり編入させられた。


 それは幼馴染みの少女のイタズラだと思っていたが、どうやらそれだけではない気もする。


 一癖ひとくせ二癖ふたくせもある、かなりの実力を持った学生たち。


 なかには政治がらみの思想まで混在し、ばつ闘争とうそうまで起こっている。


 そんなしつな学園で、特にしんな点はやはり、自身に対する風当たりの弱さだ。


純無魔導師バハムートに対するけんも恐怖もうすれた学園。あの子は俺に、なにをしろってのかなぁ……)


 彼女の言葉を信じるならば、仲間を作るため。


 姿をくらませた彼女をさがし出すための、仲間を作るため。


(……いや逆に、あの子はなんで姿を消した?)


 隠れなければいけない理由があった?


 それもタクトを連れてはいけないところへ?


 タクトの実力はなかなかに高い。


 それこそ並みの大人にだって負けはしない。


 なんなら無傷でだって勝てる。


 迷宮も難度四十二をソロで攻略できた。


 そんなタクトすら足手まといというのだろうか。


 それには眉をひそめてしまう。


 しかし確かに、彼女の実力はそれを軽くえていた。


 信じられないほどに強かった。


 そんな彼女すらも隠れなければいけない相手とはなんだ。


 ここで仲間を集めたところでどうにかできるのか。


 仲間を作った場合のてん、それは……


えんを受けれる。まとが増える。攻撃の間隔かんかくを短くできる。火力を集中できる。あとは……)


 あのを、克服こくふくできる……?


 それを思い浮かべて、タクトは首を振った。


 それはあり得ない。


 それは正直、あり得ない。


 片方はまだわかるが、もう片方のは弱点とも言えない常識だ。


 あれを克服するなど、不可能だ。


 だって、あれは……


現実げんじつとうはその辺にして、あきらめた理由を話してくれませんかお馬鹿さん」


 ケインの作った弁当をつまみながら、つとめて冷静に告げるパトリシア。


 タクトは思い出したようにそちらに目を向けヘラリと笑い、


「ん? ……ああ、バレてた?」


「え? あれで隠してたつもりなんですか? だったらなおさら救いようがないんですけど。蒙昧もうまいぺたんこ好きも含めて」


「さらっとこっちまでディスんじゃねぇよ性悪しょうわる女」


「あら、バレてた? 隠してたつもりないんだけどなぁ~」


「だったらバレるもクソもねぇだろうが!」


 流石はエリス派の隊長同士。


 なんとも見事な掛け合いだ。


 タクトはあざけるように口のを歪め、


「諦めた理由とか、そんなの決まってるじゃない」


 言いながらチラッと赤点仲間を見やる。


 その視線を受けた二人は、こくりとうなずいた。


 認めあったわけではないが、やはり通じるものがある。


 赤点三人組はてきに笑い、


『答えがわからないのなら、じつで受かればいいじゃない』


「開き直ってんじゃないわよクズが」


 パトリシアがいつの間にか手にしていたあつい本を思いきり振り上げる。


 そのひど冷酷れいこくな輝きを見せていて……


「まぁまぁ、落ち着いてくださいパトリシアさん」


「これが落ち着いていられますか!」


 後ろからきつくように押さえるエリスを振りほどこうと、パトリシアは怒りくるったように声をあらげてじたばたと暴れ、


「諦めとけパティ。もう休憩時間半分もないで」


「ちょっと嘘でしょ!? どんだけもくしてたのよコイツ等!」


「六十分じゃくじゃないの?」


「そんなな回答望んでない!」


「えー? せっかくパンちゃんが教えてくれたのにー。じゃあなんて言えばよかったのさ~。あたし全然わかんないなぁ~」


『答えがわからな――』


だまれッ!」


 全力でり、さけらして疲れたのか、ハァハァと肩で息をするパトリシア。


 そんな彼女にクレープがおずおずと近づき、手に持ったボトルを恐る恐る差し出す。


「パティちゃん、これ、冷たい飲み物……」


「ありがとう!」


 うばい取るようにかっさらうと一気に飲みし、盛大せいだいにため息を吐き出した。


「あ゙ー……ったくもう、実技はマジでちゃんとしなさいよ! あの二人も来るんだから!」


 ビッと三人に人差し指を突きつけながら言うパトリシア。


 それにリンダが面倒そうにそっぽを向いて、当然とばかりに答えた。


「わーってるよ。いままでだってそうしてきただろうが」


「今まではそうかもしんないけど、難度だって上がってんのよ。また十分で終わらせるつもりなら――」


「大丈夫だって、なんも問題ねぇよ。……だろ?」


 言ってニヤリと、赤点仲間に笑いかける。


 それを受けて二人も軽く笑い、


「たりめぇだぜ」


「まぁ、なんとかなるでしょ」


 そのやり取りをどこか真剣な表情でながめ、パトリシアは小さくため息を吐いた。


「…………ならいいわ。とっとと食べて、追試まで休んどきなさい」


 それは諦めか信頼しんらいか。


 パトリシアがそれ以上テストについて話すことはなかった。


 そして昼食後は各々おのおので休息を取り、ついに午後の追試攻 略 演 習の時間がやって来た。

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