第13話 追試(昼休み②)

 屋上おくじょう


 そこはいくつかの植物が植えられ、ところどころにベンチの設置された、まるで公園のような作りになっていた。


 公園と違うのは植物を植えてある場所以外はすべてコンクリートというところか。


 それは校舎の屋上だから当然とも言えるが。


 そしてそのコンクリートの上。


 ジリジリと照りつける太陽を背に、三人の生徒が正座させられていた。


「それで? せっかく私達が勉強教えてあげたってのに、なんで三人ともサービス問題だけしかかなかったのかしら?」


 かげにあるベンチに座り、ジトッとした目で三人に問いかけるのはパトリシア。


 対してその正面に座らされた三人は、


ぜんの押し売りはんたーい」


 はんたーいと、リンダに続いてタクトとテルンも、そっぽを向いて宣言せんげんする。


 まるで子供のようなお馬鹿たちのたいに、パトリシアのまゆがいびつに形を変えた。


「……私の知らないうちに、随分ずいぶんと仲良くなったじゃない。るいは友を呼ぶってやつかしら」


「どちらかというと、小魚が群れを作るしんに近いんじゃないかな」


 なんてココアの冷静な分析に、ケインはあごに手を当てて、


「せやな。つまりっちゅーことやな」


「ああん? だれが雑魚だコラ」


 リンダが片眉をゆがめて身を乗りだし、


「リンダちゃん、けんはダメですよ」


「…………チッ」


 クレープになだめられ、リンダは不満げながらも腰を下ろした。


 それはクレープが友人だということもあるが、それ以上に彼女がいる限り、なまはんな攻撃は無意味だからでもある。


 冷静な状態の彼女のサポート力、特に結界けっかいによるえんは群を抜いている。


 それこそ学内一といってもごんではない。


 彼女は攻撃を防ぐのはもちろんのこと、使うタイミングや状況に合わせた魔法の選択が的確なのだ。


 先ほどのリンダのことだってそうだ。


 あの時とっさに発動した自爆覚悟の魔法から二人をまもるだけでなく、消費した魔力すらも回復させて万全の状態をたもたせている。


 このたぐいまれな援護者サポーターとしての実力こそが、彼女がエリス派の副隊長たらしめる所以ゆえんなのだ。


 いまここで変に抵抗したところで、軽くあしらわれて終わるだろう。


 そもそも本気の彼女をくずせる者は学園でも片手で足りる。


 そんな相手を前にしてあばれるなど骨頂こっちょうもいいとこだ。


 第一このあと攻略演習という名の追試が待っている。


 これ以上余計な体力は使うべきでは――


「あのさぁ」


 と、タクトがいつも以上にやる気の抜けた表情で口を開いた。


 その場の視線がタクトに集まる。


「長いことこの状態だと、俺らヤバイと思うんだけど」


 タクトがそう思うのも無理はない。


 現在の季節はしょ


 温度も湿しつも高く、かいすうの高いこうが続く。


 もちろん今日もその例外にれず、日向ひなたに、それも熱されたコンクリートの上で正座させられているタクトたちからは、ボタボタと大量の汗が垂れ始めている。


 ただでさえ長時間のテストの後でつかれているというのに、ずっとこの状態ままでは熱中症ねっちゅうしょうたおれてしまうだろう。


 だから早めにその話に移り、あわよくば説教せっきょうタイムも終わらせられるといいな~、なんて考えながら、タクトは相手の反応を待つ。


 しばしの沈黙ちんもくのあと、フッと、あざけるようないきが聞こえた。


 見ればパトリシアがにっこりと、嗜虐しぎゃく的に笑っていて……


「いやですねぇ~。貴方あなた引くって言うから、じっくりと温めてあげてるんじゃないですかぁ~」


「……ほんと、いい性格してるよ、君」


 タクトはてきに回した少女のおそろしさを改めて体感たいかんし、顔を引きつらせた。


 これでは説教終了どころか、拷問ごうもんがスタートしそうな勢いである。


 というか、すでに始まってるんじゃなかろうか……


 えんてんの中にいるにもかかわらず、ブルリと身体からだふるえてしまう。


 それはタクトだけでなく、残りの二人も同じようで……


 それをあわれに思ったのか、エリスがなんとも言えない顔を浮かべて口を開いた。


「パトリシアさん。さすがに少しやり過ぎでは……」


「わかってるわよ。ここで倒れられて攻略演習失敗したーなんてなったら面倒めんどうだし、とりあえず全員日陰に行きましょ」


 軽くため息をついて言うと、立ち上がって大きめの木があるところに移動する。


 他の者もそれに従い全員が日陰に入ると、ひたいの汗をぬぐってテルンが言う。


「あー……やっと解放かいほうされたぜ……」


 少し痛む頭をおさえてへたり込み、ひとつ深呼吸をして、


「いや、解放はしてないわよ。まだなんも聞いてないし」


「うっわマジかよ……容赦ようしゃねぇぜ……」


 ガックリとうなだれるテルンを横目に、パンが肩をすくめて言う。


「テルンたちのごうとくだよね」


「いいだろ、別に……午後で受かれば……」


「……テルン、思ったより重症じゅうしょう?」


「この程度、でも、ねぇぜ……」


 そう答えるテルンはしかし、ぐったりとしていてとても大丈夫そうには見えない。


 パンは一瞬眉をひそめて冷たく見下ろし、


「……ケイン」


「はいよ」


 ケインはかげに置いていた保冷カバンから飲み物を取りだし、パンに放る。


 パンはそれを受けとると、ふたを開けてテルンにわたし、


「無理するのは、カッコ悪いよ」


「…………」


 テルンは無言で受け取ると、半分ほどを一気に飲みし、ボソリとつぶやいた。


「無理なんかじゃねぇ。オレは、強ぇんだぜ」


 その呟きを聞き取れたのかいなか、パンはまゆを寄せて――


「…………」


 しかし、言葉がつむがれることはなかった。


 それは体調不良で暗い表情をしているテルンへの配慮はいりょか、それともただ単純にかける言葉が見つからなかったからか。


 パンは無表情でテルンから目をそらし、


「おいケイーン。アタシにも飲みモンくれー」


 と、リンダがかったるそうに声をあげた。


 リンダはスカートにもかかわらず片膝かたひざを折り曲げた大股おおまた開きでだらしなく地面に座り、ブラウスのボタンをいくつか外してその胸元むなもとを手であおいでいる。


 そのスカートと胸元には、あわいピンク色のぬのがちらちらとのぞいていたりして……


 彼女は平然へいぜんとしているが、場所や相手次第によってはかなりあぶない格好かっこうをしている。


 普通の男ならばくぎ付け間違いなしだろう。


 おそわれたとしても、文句は言えない。


 だから、


「あ、俺もちょうだい」


「オレもあまってたら欲しいぜ」


「おう。多めに用意しとるから好きなだけ飲め」


 この男たちは目もくれないし、特になにかが起きる気配もなかった。


 彼らは普通とはかけ離れているし、リンダに対する(女としての)興味もないから。


 ケインは四人分の飲み物を手にタクトたちへと歩み寄る。


 飲み物を軽く放ると同時に腰を下ろしてボトルのふたを開け、その時ふとかいに入ったリンダをあきれ顔でながめ、


「……お前、ブラけとるというか、普通に下着見えとるで」


「あ? 別にいいだろ。見たきゃ勝手に見てろ」


 てきを気にすることなく、リンダはあぐらをかいて飲み物を豪快ごうかいにあおり、


「…………」


 いやそうに顔をしかめた。


 なぜなら、


「……まさか、マジでガン見されるとは思わなかったよ」


 タクトがジッと、リンダの方を見つめていて……


 リンダは飲み物から口を離し、半眼はんがんでタクトをめつける。


 タクトはあごに手をやり、興味深そうにリンダをえて、


「……いや、女物には詳しくないんだけど、ちょっと気になってさ」


 その発言に、女性陣が目を見開いた。


「タクトさんがそんな人だったなんて、幻滅げんめつです……」


 クレープは身体をき寄せて軽蔑けいべつしたように呟き、


「はっ。これだから男は嫌なのよ。リンダにはざまぁとしか言えないけど」


 パトリシアはうんざりと呆れたように肩をすくめて、


「タクトさんだって殿方とのがたですもの。仕方ありませんわよね。……少々認識が変わりましたけど」


 エリスは嘆息たんそくすると視線がどこか冷たくなり、


欲望よくぼう忠実ちゅうじつな姿、あたしはきらいじゃないぜ?」


 ココアはいい笑顔でビッと親指を立てて、


「見たければ見ろって言ってたし、別に問題ないんじゃないの?」


 パンは飲み物を飲みながら、興味なさげに言う。


 そんな女性陣からの集中ほう? を食らってもなお、タクトの目線も表情も、一切変わることはなく……


「こんなんに欲情よくじょうするとか、いくらなんでもしゅ悪すぎやで」


「ああ、さすがに引くぜ」


「テメェ等それどういう意味だオイ」


 うぇぇ、と気持ち悪そうに顔をしかめる二人に、リンダは片手をももに、片腕かたうでを足に乗せて、前のめりにガンを飛ばす。


 そしてタクトに視線を移し、


「んで、テメェはいつまで凝視ぎょうししてんだ」


 げんなりとした半眼でブンッとからになった飲み物のボトルを投げつける。


 タクトは身体を軽くかたむけ最小限の動きでかわし、真剣な表情を浮かべながら考え込むように腕を組み、


「ん~……いや、なんて言うか……君でもブラって必要なん――」


「殺す」


「断る」


 ぜんとする者たちをしりに二人が喧嘩を始め。


 数名の爆笑ばくしょうが空に溶けた。

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