第12話 追試(昼休み)

 しつな冷たい声が届くと同時、おどが一気にこおりついた。


 その場にいた三人ともが足をいつけられ、リンダとタクトにいたっては足先から首までをれいに氷けにされている。


「んだ、これ……!」


 どうにかして抜け出そうにも身動きを完全にふうじられ、魔法でこわすにしてもこの状況では自分もただではすまない。


 一緒に凍らされているタクトのことはどうだっていいが、ばくなどごめんだ。


 かといってこのまま身体を冷やし続けても余計な体力を消耗しょうもうしてしまう。


 なんにしろこんなことできるやつは、というより、こんなことするようなやつは知り合いに一人しかいない。


 屋上へのとびらふさいだのはてっきり玄関で待ち伏せたり、食堂辺りにでも連れ出す作戦だと思っていたが、むしろ逆だったとは。


 リンダはいらたしげに顔をしかめ、唯一動かすことのできる頭をキョロキョロと左右に振り……


 ――パタン、と階下から本を閉じる音が聞こえた。


 次いでタンタンと、階段を上る音がひびく。


 それは止まることなく足早に、一定のリズムをきざんで近づいてくる。


 そしてその音がやんだとき、事を起こした張本人の姿が見えた。


 その者は階段をはさんだ踊り場に立ち、三人を見上げて、


「さて、言い訳を聞きましょうか」


 そう言ったパトリシアは、にっこりと笑っていた。


 しかし眼が笑っていない。


 その瞳には逃亡もごまかしも許さないと言わんばかりの、確かな怒りがはらんでいる。


 だから、


「……俺を巻き込まないでほしいんだけど」


 タクトは半眼はんがんでそう言った。


「それ言うならオレなんか完全にとばっちりだぜ」


 と、テルンもぜんとした顔で続き、


 ――ガチャッ、と屋上へ向かう扉が開かれた。


 そこから踊り場に二つの影が入ってきて、


「な~にがとばっちりやねん」


「テルンも立派な関係者だよね」


「関係者というか、共犯者きょうはんしゃやろ」


 なんてあきれたように言い合うのはケインとパン。


 二人の登場にテルンはおどろいたように目を見開き、不思議そうに言う。


「兄貴、なんでここに? ついでにパンも」


 ケインは嘆息たんそく混じりに、パンは肩をすくめて、


『自分の胸に聞いてみろ(みなよ)』


 言葉通り自分の胸に手を当ててみるも、答えなんてまるで見つからない。


 それは彼が赤点馬鹿野郎だからではなく、純粋じゅんすいになにをしたのかわからなかったからだ。


 なぜ二人があんなたいを取っているのか。


 パトリシアの方はいつも通りリンダがなにかをやらかしたのだろうが……


 と、そこでかんに気づいた。


(なんでオレも……いや、オレだけじゃない。なんであのクソ野郎まで氷漬けにされてんだぜ)


 リンダだけならまだわかる。


 しかし、三人ともが身動きを封じられている。


 パトリシアの技量ぎりょうであれば、テルンはおろか、タクトだって凍りつかせる必要はないはずだ。


 そして、関係者という言葉。


 ケインはそれをさらに共犯者と言いえた。


 三人の共通項。


 そこまで考えれば、おのずと答えが見える。


 つまり、


「……なんで、知ってんだぜ」


 三人が、ペーパーテストをあきらめたことを。


 その事実までは声に出さず、テルンはジッと相手のかたをうかがう。


 ケインは鼻をらし、当然とばかりに口を開く。


「なんでかって? んなもん決まっとるやろ」


 そしてチラリと、視線を横に動かした。


 テルンもそちらに顔を向け、


「あたしだあああああ!」


「うぉう!?」


 テルンのななめ後方に突如とつじょとして現れたあげく大声で主張するのは死神と呼ばれる少女。


 テルンは顔をしかめ、すべてを察した。


 つまり、かんされていたのだ。


 あるいは面白半分でのぞきに来たのだろう。


 そして知られてしまった。


 彼らのを。


  実に余計なことをしてくれたものだ。


 テルンはにやにやとたのしげに笑うココアを忌々いまいましげにをにらみつけ、


「理解したところでもう一度聞きましょうか。なにか言い訳はあるのかしら?」


 パトリシアがゆっくりと階段を上り始め、じわじわとその距離を詰めてくる。


 それは断罪だんざいへのカウントダウン。


 足が凍っているにもかかわらず、テルンのひたいには汗が浮かぶ。


 それは残りの共犯者たちも同じようで……


「クソッ、なんとかできねぇのか!?」


 リンダはあせったようにタクトを見る。


 タクトは小さくため息をらした。


「無理だよ。普通に吸収するには、たま圧縮あっしゅくする必要があるから」


 でなければ、学園で初めておこなった攻略演習で脱落することもなかった。


 それを見抜いてのことだろう。


 銃ごと手を凍らされてしまっている。


 つまり、いまのタクトにはこの窮地きゅうちを脱する手立てがなかった。


「……お前の魔法は吸収なのか?」


「そうだけど……知らなかったの?」


「魔法にゃ興味ねぇからな」


 ついでにお前にもと続け、リンダはあんするように視線をくうに移す。


 そして、フッと、口のゆがめた。


「……なら、さっき吸収した氷の分で、どうにかできるんじゃねぇか?」


 それはない頭を振りしぼって考えた逆転の一手。


 大抵のことには興味がなく、理解力も低いリンダだが、そのバトルセンスには目を見張るものがあった。


 彼女はこと戦闘においては普段の何倍も頭が回り、かんえる。


 一度脱出してしまえば、逃げるのはようだ。


 本気でらえようとしてるのが、スタミナ皆無の本の虫だけなのだから。


 どう力においてリンダを上回るココアや、速度と体力ならここにいる中で随一ずいいちであるケインも、本気でないなら問題はない。


 しかし、タクトの表情は冴えないものだった。


 それはそうだ。


 タクトだって頭の回転は早い。


 できるのならば初めから行動に移しているというものだ。


 それに、


「さっきからコソコソと、一体なにを話してるのかしらねぇ~? 私にも教えてくれないかしらぁ~?」


 タイムリミットは、切れていた。


 もはや逃げる場も手段もない。


 パトリシアはにこにこと、なにがそんなに楽しいのか満面の笑みを浮かべていて……


 やわらかく細められた両目のすきからは、恐ろしく冷たい輝きを放つ瞳がのぞいていて……


 そしてどこのだと言いたくなるような、おっとりとした口調で続ける。


「逃げ場なんかどこにもないわよぉ~? だってぇ――」


 パキンッ、と音がしたかと思えば、踊り場と階段の間に氷が現れていた。


 それはまるでシャッターのごとくフロアを分断ぶんだんしている。


 徐々に徐々に、その気になればすぐに断罪できるというのに、徐々に。


 逃げ場を、気力を、いでいく。


「ぅ、ぉおおおおお!」


 リンダはたまらずさけんだ。


 もう自爆だなんだと気にしてはいられない。


 質も量も知ったことではない。


 リンダは自身の周囲に光をともす。


 数にして十数個。


 直径三センチほどの小さな光。


 即座に発動するとなればこの程度が限界か。


 それでも破壊には充分だ。


「ぶっ壊せぇええええ!」


 桜色に耀かがようそれは、リンダにおうするかのように一際ひときわ強く光りだし――


「《彩鈴陣さいれいじん》」


 りん――としん的な音色が響いた。


 たん、リンダとタクトの足下に紫色の魔法陣が浮かび上がり、


「《ブライトテンペスト》」


 ゴウッときらめく小さな嵐が、光を挟んでその周りを球状に囲む。


 ――直後、爆発。


 轟音ごうおんを上げ、もうもうとけむる視界が晴れたとき、変わったものは、なに一つとしてなかった。


 ……いや、一つだけある。


「…………」


 リンダの顔が、完全にあおざめていた。


 絶望したように目と口を開き、呆然ぼうぜんと固まっていた。


 その様をながめ、パトリシアの口があやしくを描き、


「屋上にはぁ、ここにいない二人もいるからねぇ~?」


 死刑宣告だった。


 もうなすすべなどない。


 あとを気にせずフルパワーで魔法を使ったところで、逃げるどころか氷の破壊すらままならない。


 リンダがタクトたちを連れてきた時点でんでいたのだ。


 あの氷のかべを取り払ったところで、詰んでいたのだ。


 屋上の方へ目を向ければ、開かれた扉の奥、壁際から紫色の髪が見える。


 もう一人もすぐ近くにいるのだろう。


 天才組の策略さくりゃくに、まんまとめられてしまった。


 リンダは諦めたように天をあおぎ、


「……なんだっていいけどさぁ、いい加減解放してくんないかな。このままだと引くんだけど」


 タクトは相変わらずタクトだった。

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