第11話 追試(午前の部)

かくはいいか赤点共」


 教室に入っての第一声がそれである。


 リヴェータはとびらを開くと同時に言い放ち、教壇きょうだんに立っては彼らをさげすむように見下ろした。


 思わず教師であることを疑うその視線の先には、三人の生徒。


 黒髪黒眼の純無魔導師バハムート


 緑髪銀眼の合法ショタ。


 桜髪茶眼のエセ不良。


「……あいつ等は欠席か。相変わらずくさってるな。……まぁいい、ここはそういうところだしな。で、試験に関してだが、開始の五分前に回答用紙と問題用紙を配る。名前は先に書いてていい。不備があればすぐに言え」


 淡々たんたんと試験についての話を進め、その数分後に紙が配られた。


 回答用紙に名前を書き、問題用紙の表紙に書かれた注意事項に目を通す。


 それが終わり、手持ちぶさたに時計を見上げると、開始まであともう一、二分。


 タクトは精神を落ち着かせるように、静かに深呼吸をし、


「では、試験開始だ!」


 その声と同時に、三人が紙をめくる。


 そしてその問題を見て、


『ッ!?』


 全員が息をみ、目を見開いた。


 なぜなら、そこに記されていたものは、


(なんだよ、これ……勉強会で教わったのと、ほとんど同じじゃないか! )


 そう。


 そこに書かれていた問題は、連日の勉強会で行ったテスト問題と非常にこくしたものだった。


 三人ともに驚愕きょうがくの表情で問題用紙をパラパラとめくり、


(なにこれ、え? なにこれ、ふざけてんの?)


(ったく、相変わらずイカれてやがんなアイツ等)


(スゲェぜ兄貴。どの問題もやったとこと全然ズレがねぇぜ)


 それは恐ろしいことだった。


 戦慄せんりつするほどの、驚くべき所業しょぎょうだった。


 ほぼ完璧にヤマを当てるなど、相当の理解をしていなければ難しい。


 相手の思考を読み、その科目の重要な点をあくし、出してきそうなところを予測する必要があるのだ。


 しかし今回のことはそれだけにとどまらない。


 彼ら三人は赤点組。


 すなわち理解力、どくかい力、おく力になんのある問題児達だ。


 さらに言えば勉強に対する姿勢もよくはない。


 むしろ悪い。


 お前らちゃんと授業聞けよと何度も天才組に怒られたレベルで。


 そんな彼らでもわかりやすいようにくだいて、テストへと還元かんげんする。


 予測は冒険者としては必須ひっすとも言えるスキルではあるが、後者は完全に別物だ。


 彼らは一通り問題をながめると、最初の設問せつもんに戻り、ペンを手に取る。


 実技をのぞいた各科目から十題。


 それに世界常識のサービス問題を十個加えて計百問。


 これを九時半から十二時半までの三時間でく。


 追試だからか少々きびしい気もするが、問題はない。


 あらかじめ天才組の作ったテストで学んでいた彼らには、問題などない。


 その証拠しょうこに、すでに全員の手が止まっていた。


 彼らは一様いちよう瞑目めいもくしては口許くちもとを上げ、鼻で笑う。


 その心はきっと一つになっていたことだろう。


『まったくわかんねぇ』と。


 そう。


 彼らに問題はない。


 要領ようりょうの悪い上に意欲のないに解ける問題など、存在しないのだ。


 彼らはサービス問題を解いた後、その動きが完全に停止していた。


 それはテスト終了まで変わることなく……いや、訂正ていせいしよう。


 動きはあった。


 三人はちらりと互いにアイコンタクトを送り、


「カンニングは禁止だぞ」


「わかってます」


「質問以外でしゃべるのも禁止だ」


 リヴェータにくぎされてしまったが、大丈夫だ。


 すでに用件は伝えあっている。


 連日の勉強会で編み出した意志つうには、アイコンタクト以上のアクションは必要ない。


 たい同心どうしん


 心は一つ。


(((無理だこれあきらめよう)))


 前向きに後ろ向きな作戦を確認しあい、彼らはそれぞれ午後の攻略演習のための行動(睡眠すいみん精神統一せいしんとういつ脱力だつりょくなど)を取り始めた。











「試験終了だ。全員顔を上げろ」


 すずやかに通る声が、教室へとわたる。


 それにうながされ、寝ていたリンダがゆっくりと顔を上げる。


 テルンは組んでいたうでをほどき、静かに目を開く。


 タクトはボ~っと半口を開けた間抜け顔で宙空ちゅうくうを見つめ、


「三秒以内にこちらを見ろ。従わなければなぐる」


「それ教師としてどうなんですかね」


 リヴェータのおどしにタクトは半眼はんがんこうする。


 しかしリヴェータはどこ吹く風。


 まるで取り合わずに口を開く。


「これから紙を回収する。問題用紙は各自好きにあつかえ」


 そう言うとリヴェータは教壇から降りて、三人分の回答用紙を集めた。


 さらっとそれらに目を通し、


「……舐め腐ってるのはお前等もか」


 顔を引くつかせて小さくこぼすと、ため息をついて教壇に上がる。


「これで午前の追試は終わりだ。一時間半の昼休憩きゅうけいはさみ、午後の追試、攻略演習を行う。詳細は……向こうで話そう。残り二人の馬鹿者も来るだろうからな」


 そう言い残し、リヴェータは教室を後にした。


 ろうを歩く音がある程度遠ざかり、


「あー……ったく、ようやく終わったか」


 ぐるぐると肩を回して、リンダがつかれたように言う。


 それにテルンがジトッとした目を向け、


「ほとんど寝てたくせになに言ってんだぜ」


「ずっと同じ体勢ってのは疲れんだよ。寝心地も悪ぃし」


「なら無理に寝ることなかったんじゃない? 午後もあるし、ヘタに体力使うべきじゃないでしょ」


「いいんだよ。その程度でやられるアタシじゃねぇ」


 それに寝といた方が集中できるしな、と続け、リンダは席を立つ。


「やっぱアレ、けっこう集中力いるんだね」


 アレ、というのは先の攻略演習で見た桜色のちょうのことだろう。


 桜色といえば炎と風の混属性――ばくの色だ。


 その扱いがたさは並みの魔法とは比べ物にならないだろう。


 それこそ発動すらままならないほどに。


 混属性の魔法というのは強力な分、とても習得が難しいのだ。


 制御するとなると、より困難をきわめることだろう。


「……まぁな。それだけの話じゃねぇけど」


 リンダは振り返ることなく告げると、そのまま教室の外へ歩いていった。


「さて、こっちも昼にしようかな。君はどうする?」


 タクトは言いながら席を立ち、テルンに言う。


 テルンはいまだに心を許していないのか、不快そうに眉をひそめて、


「どうするって、なにがだぜ」


「そりゃ、食堂行くなら道同じだし」


「……兄貴から、お前を連れて来いって言われてるぜ」


「あ、そうなの。場所は?」


「それは……言わなくてもわかるって……」


「いやいや、言われなきゃわからな……ん?」


 ケインへの不満を口にしようとしたとき、ダダダダッ――と廊下を走る音が聞こえた。


 タクトはヘラヘラとした笑みをひそめ、音の方へ目をやる。


 どうやらこちらに向かってきているようだ。


 どんどんと音が近づいてくる。


 そしてその音がすぐそばまで来たと思ったたん、バンッ! という衝撃しょうげき音が教室にひびいた。


 それは開いた扉へとたたくように手をかけた音。


 それを起こした人物は、桜色の髪を振り乱しながら少しあわてた様子でタクトを見やる。


「おいカミシロお前ッ! 魔法の解除みたいなことできたよなッ!?」


「ん? まぁ、似たようなことなら」


「ならちょっと顔貸せ!」


「なんかあったの?」


「なんかあったじゃねぇ、道塞がれてんだよ!」


「道を、塞がれてる?」


「いいから早く来い!」


 眉根を寄せるタクトの手首を引っつかんで、リンダがもと来た道へと走り出す。


 テルンも首をかしげながらそれについていき……


「……こいつはまぁ、見事にふさがれてるぜ」


「だね……」


 リンダの案内でたどり着いた場所は、分厚い氷にはばまれて通れなくなっていた。


 正確にいうと、階段の上。


 おどからその先へ向かう扉ごと、厚さ十センチほどの氷でさえぎられていた。


「なぁ、なんとかしてくれよ」


 踊り場の残されたスペースで、リンダは懇願こんがんするようにタクトを見る。


 自分で壊すという選択肢はないのだろうか。


 この程度であれば、リンダでもたやすく破壊できる気がするが……


「別にいいけど……」


 タクトは後頭部をき、仕方なさそうに言う。


 しかしその返答が気にくわなかったのか、リンダが眉根を寄せた。


「けど、なんだよ」


 自分で壊さないのか、と言いたいが、なにか理由があるのだろう。


 そしてその理由は推測できる。


 午後の追試を気にかけているのだ。


 混属性の魔法は扱いが難しい。


 消費する魔力だって多いのだろう。


 ならばこの程度のことで使うわけにはいかない。


(だからって信用してないやつに頼むもんかねぇ)


 恐らく、こっちにもなにかしらの理由があるのだろう。


 いや、あるはずだ。


 でなければおかしすぎる。


 タクトはボケッと宙をあおぎ、


「そうだねぇ~……この先って、なんかあんの?」


「なにって、屋上おくじょうだろうが」


「屋上?」


「なんだ、行ったことねぇのか。……まぁ、基本アタシがいるとこだし、近づかねぇ方がいいって話もあるみてぇだしな」


 なんでまたそんなとこに、とタクトは言いたかったのだが、リンダは違う受け取り方をしたようだ。


 かつに近づいてはいけないなど決してほこれるものではないはずだが、リンダはなぜか胸を張っている。


 えらぶれることではないし張ったところで大きさは変わらないし、実に残念な仕上がりだ。


 いや、きっと需要じゅようはあるはずだ。


 彼にとってはまるで興味もないことだが。


 タクトは小さく嘆息を漏らし、


「……テメェさっきからどこみてんだよ」


「ん~? そりゃこの子の姉? 妹? と同じくらいつつましやかな胸を」


「殺す」


「断る」


 殺気を放ちながら強烈な蹴りを繰り出すリンダ。


 予備動作がないにもかかわらず剣閃けんせんのごときするどい一撃だ。


 顔面に迫るそれを上体を反らしてかわし、タクトは左手に黒銃を顕現けんげんさせる。


 そして、


「《業喰ごうしょく》」


 ズガンッ、と一度の銃声が辺りにとどろいた。


 撃ち出された銃弾は氷の壁へ当たり、そのすべてを喰らい尽くす。


 後に残ったのは解放された扉と、静かな怒りをたぎらせるリンダで……


 ダンッ! とリンダはタクトのそばに力強く足を降り下ろし、そのままの踏み込みで殴りかかろうと、


「……確保」


 雪のように冷たい声音が、踊り場に降りそそいだ。

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