第10話 寮長

 それは玄関に取りつけられた呼び出しのベル。


 せっかくの気分に水を差され、リンダは小さく舌打ちをらす。


 いままでわれかんせずとしてぼうかんを決め込んでいたタクトがゆっくりと立ち上がり、玄関に向かった。


 そしてその戸を開き……


「……え?」


 タクトは思わずつぶやいた。


 戸を開いた先、目の前にいたのは、予想外の人物だったから。


 あい色の長い髪に、むらさき色のひとみ


 豊満ほうまんな胸を支えるようにうでを組む女性が、そこに立っていた。


「えー、と……」


 初めて見る相手にタクトはどうしていいのかわからずこんわくし、


「なぜ俺達がここに来たか、わかるか?」


 と、どこかあきれた声音こわねが聞こえた。


 とびらから顔をのぞかせて確認すると、女のとなりにアレックスが立っている。


 アレックスは面倒そうにけんにシワを寄せ、タクトを見やる。


「えーと……なんででしょう?」


 ヘラリと笑うタクト。


 アレックスは頭痛を抑えるようにひたいに手をやり、深くため息を吐く。


「聞いてた通り、ちょっと面白いわねこの子」


「そいつはよかったな」


 妖艶ようえん微笑ほほえむ女に、アレックスがぜんとした声音で返す。


 タクトはまゆをひそめて、


「……あんたは?」


 それに女がにやりと笑い、思い出したように口を開いた。


「そうよね~。あなたとは初めましてよね~。だってこの前の純無魔導師バハムート争奪戦そうだつせんに、三年のかん唯一ゆいいつ参加してなかったものね~」


「まだその話を引きずるのか……」


 いやそうな顔を浮かべるアレックスを横目に、タクトが首をかしげた。


「三年の、幹部?」


 先日の純無魔導師バハムート争奪戦。


 アレックスは反対するエリスをだまらせるため、『副隊長を含め、リヤルゴ以外の隊長を出さない』というルールをもうけていた。


 つまり、この人物は……


 タクトは目の前の人物が何者かをあくし、みするようにその全身をながめ、


「ん? あらいい視線。あなたしつあるわね」


「素質?」


「ええ。よければ今度――」


 その先はアレックスのせきばらいにより聞き取れなかった。


 いやむしろ、聞かなくてよかった気がする。


 タクトはわからないながらもそう直感してあい笑い、


「なぁにアレク? 嫉妬しっとでもしてるの?」


「誰がするか。話を進めろ」


「わかってるわよ。それでよければ今度――」


「そっちじゃない!」


「ッ!?」


 タクトは思わず目を見開いた。


 常に冷静沈着れいせいちんちゃくなはずのアレックスが。


 冒険者ぼうけんしゃとしても一流の人格者が。


 声をあらげてツッコんだのだ。


 彼のこんな姿は見たことがない。


 彼が手玉に取られるというまさかの出来事に目を丸くし、タクトはアレックスから女へと視線を移す。


 女は満足げに微笑びしょうすると、


「ちょっとした冗談じょうだんよ。それで……あー、そうね。まずは自己紹介かしら」


 そう言って、小さく咳払いをした。


「わたしはアケビ=シドウ。彼の援護者サポーター部隊の隊長よ」


 やはりそうかと、タクトは内心で納得する。


 ルールのせいで参加しなかった、アレックス派のもう一人の隊長。


 先ほど眺めたときに、タクトはそれを理解していた。


 ものごしやわらかいのに、それだけではない感じがする。


 妖艶に笑うその顔は、常にこちらをはかっている気さえする。


 いや、実際に錯覚さっかくではないのかもしれないが……


 とにかく、目の前の人物――アケビは、アレックスほどの人物を容易たやすく手玉に取るような危険な相手。


 タクトは警戒を強めてアケビを見る。


 アケビはにこりと微笑み、言う。


「それで、この前のルールは『リヤルゴ以外の隊長を出さない』ってことだったじゃない?」


「そうですね」


 正確には、副隊長もだが。


 タクトは内心つぶやきながら肯定こうていする。


 アケビはふふっと軽く笑い、


「でもね? あの攻略では、わたし以外のが出てたわけ」


「……ん? それって、どういう……」


 それは完全なルールはんではないのか。


 タクトは困惑し、アレックスとアケビを交互に見やる。


 期待通りの反応だったからか、アケビはうれしそうに口角こうかくを上げて、言う。


「わたし達アレックス派はね、一年が副隊長をつとめてるの」


「一年が?」


 意外そうに言うタクトに、アケビがうなずいて答える。


「そう、後継こうけいを育てようってことでね」


 後継を育てる。


 それは、つまり……


「ふ~ん。つまり、が参加してたってわけだ」


「理解が早くて助かるわ。その内の一人はあなたと話したそうよ」


 それはおそらく、地下迷宮で出会った男のことだろう。


 あの男だけ、明らかに手を抜いていた。


 もう一人の元副隊長はリヤルゴとは逆の分かれ道に進んだため会っていないというところか。


雑談ざつだんはその辺でいいだろう。本題に入るぞ」


 いままで静観せいかんしていたアレックスがアケビの前に出る。


 その顔はどこかけわしい。


「お前達はいまが何時か、理解しているか?」


「ん? あ、そういやこの部屋時計ないや」


 タクトの返答に、アレックスは一つ、大きくため息を吐き、


「……そうか。わからんのなら教えてやろう。いまは十一時だこの馬鹿者がぁ!」


 ピシャリと一喝いっかつ


 タクトは思わず圧倒されて、ビクリと身体からだふるわせた。


 アレックスが続ける。


「十時以降は異性側にいるのははっだと言っただろう! あとさわがしいとの苦情もきてるぞ! 遊ぶのは構わんがルールやマナーは守れッ!」


 一通り説教をすると、小さく息を吐き、申し訳なさそうな、バツが悪そうな顔に変わり、


「……なんて、お前だけに言っても意味はないか。むしろがいしゃだろう。とりあえず中に入れてくれ。あと出来ればまどを開けといてくれ」


 うながされ、タクトはアレックスを連れてリビングへと戻る。


 そこにいる全員の顔を一通り眺めると、アレックスがゆっくり口を開いた。


「さて、あらかた聞こえていたとは思うが……なにか反論はあるか?」


 腕を組み、あつするような瞳で問う。


 それにリンダがいらついた口調で返した。


「せっかく面白くなりそうだったってのにじゃすんじゃねぇよ」


「そうよ~。じゃますんゃらいわよ~」


 なんて、パトリシアもふにゃふにゃと反論する。


 アレックスはあきれたようにため息を吐き、かぶりって、


「相変わらずあばれる理由を探してるのか。ならまたリヤルゴとユーチェンにでも相手をしてもらうか?」


 その言葉に、リンダはにがむしつぶしたように顔をしかめた。


 恐らく、以前に戦ったことがあるのだろう。


 その結果は言わずもがなといったところか。


 アレックスは鼻を鳴らしてそれを一瞥いちべつすると、


「他に文句のあるやつは?」


 その問いに、全員が一様いちように視線をそらした。


 ――たった一人をのぞいて。


「リンダったらな~にしんきくさいかおしてんのよ~。よってるとはいえ、でかてるわけないじゃな~い」


 パトリシアがけらけらとかいそうに笑う。


 それを受けてリンダは獰猛どうもうみを浮かべ、その瞳には燃えるようなとうともり、


「……ほう?」


 アレックスが、面白そうに口のゆがめた。


 腕組みを解き、静かにリンダたちをえる。


 そして、


「いやちょっと、ここで暴れんのやめてほしいんだけど」


 タクトが頭だけで振り向きながら半眼で言い、窓を開けた。


「もちろん、暴れるつもりなどない」


 それを確認したアレックスはフッと軽く笑い、


「一方的に、取り押さえるだけだ」


 そう言うが早いか、窓からなにかが飛び込んできた。


「うげっ、あれは……」


 それを見たパトリシアの顔が、サッと青くなっていく。


 いや、それはパトリシアだけでなく……


「うふふ……さぁ、今度はわたしの部屋で、ゆっくりじっくり楽しみましょうか♡」


 その声が部屋に届いたたん、パトリシアが机をたたくようにして勢いよく立ち上がった。


 グラスがたおれるも料理が落ちるも構わずあわててげ出し、


「逃がさないわよ」


 窓からゆっくりと部屋に上がったアケビが、妖艶に微笑む。


 アケビは逃げまどう彼女目掛けて、窓の外から無数のなにかを伸ばした。


 それはえだだ。


 人間の腕ほどもある、太い枝だ。


 それが勢いよく部屋へと飛び込んでくる。


 まるで生きてるかのごとくウネウネとうごめき、彼女たちをらえんと部屋中に広がる。


 パトリシアは背後にせまるそれを眺めつつ、全力で玄関へと走る。


「待って待って私あれ超苦手なんだけどこっち来んなぁ!」


 すっかり酔いが覚めたのか必死の形相ぎょうそうさけび逃げるも、それはむなしい抵抗だった。


 枝はスルスルと巻きつくように身体にからまり、あっという間に捕らえられ、


「あん! ちょっ、やめ……毎度毎度変な巻き付き方すんなバカぁ!」


 まるで女性特有とくゆうのボディラインを強調させるかのようにキツく絡みついたその光景は、なんとも扇情せんじょう的なもので……


 しかもそれは、部屋のいたるところで広がっていて……


「クッソこの……服ん中入れんじゃねぇクズがァ! ……あ、ごめ、ほんと勘弁かんべんしてくださいマジでお願いします」


 まとわりつく枝を振りほどこうと暴れていたリンダは枝が敏感びんかんな部分にれたことで己の危機をさとり大人しくなり、


「あの、優しくしてください……激しいとたぶん吐いちゃいます……」


 いまだ酔いの覚めないクレープは青い顔のままぐるりと巻きつく枝に身を任せ、


「……ココアさん、大人しく捕まっていただけませんか? 抵抗して変に絡ませるのはやめていただきたいのですが」


 最初から逃亡をあきらめていたエリスはちゅうに持ち上げられながら、呆れたように言う。


 その相手は部屋を縦横無尽じゅうおうむじんね回り、


「だって束縛そくばくされるの嫌いなんだも~ん。あたしは自分で帰るよサラバ!」


 言うと同時、とつじょとして現れたぎし色のマントをり、その姿はくうに溶け消え、


「みんなも逃げたいなら逃げていいわよ? じつ美味しくいただいちゃうから♡」


「あの、いまからでもゆるしていただけますでしょうか」


 いつの間にかマントを取り去り足元で土下座していたココアを見下ろすと、アケビは小さくたんそくする。


「最初から素直にそうしなさい」


「はい。以後気をつけますんで、何卒なにとぞを……」


 その嘆息がであるかを察し、ガタガタと震えながら答える。


 アケビはそれを一瞥し、


「ねぇ、ボクまだ食べてんだけど、皿持ってっていい?」


 と、パンは捕まりながらも料理皿を離そうとしてなくて……


 その食欲に呆れたように、タクトは肩をすくめて言う。


「ご自由にどうぞ」


「ありがと。そんじゃ遠慮えんりょなく……あ、オッパイ寮長りょうちょうありがとうございます」


 スルスルと伸びた枝が残った料理皿を器用に持ち上げていくのを眺め、お礼を言う。


 オッパイ寮長呼ばわりには誰もツッコまないので、恐らく本人を含め公認こうにんされているのだろう。


 一通り場が収まったのを確認し、アケビが口を開いた。


「じゃ、わたしは部屋に戻って少しお話ししてくるから」


「ああ、たのんだ」


 アレックスが頷き、アケビは窓からやみへと消えていく。


 それにしたがうように女子全員が外へと運ばれていき……


「……さて、これで静かになったな」


 四人になった部屋で、アレックスが嘆息混じりに言う。


 タクトははんがんで、


「……なにいまの?」


「アケビの魔法だ。あいつは女子寮長でもあるからな。かくして説教せっきょうタイムだ」


 アレックスはやれやれといったように肩をすくめて答え、


「ほんで? こっちはアンタが説教ってか?」


 と、ケインがしらけた目を向ける。


 アレックスは瞑目めいもくして小さく息を吐き、言う。


「まぁ、そういうことになるだろうな」


「オレ別になんもしてねぇぜ……」


 テルンが目をそらしてなげくように呟き、


「だろうな」


 当然のように、アレックスが頷いた。


 テルンは意外そうな顔を浮かべ、それにアレックスがわらった。


「一時期とはいえ仲間だったんだ。お前がどういう奴かは知っているつもりだ。純無魔導師バハムートにも言ったが、お前らはどちらかというと被害者側だろう。……お前は随分ずいぶんと騒いでたようだがな」


 じとりとした目でケインを見る。


 ケインは肩をすくめて鼻を鳴らし、


「はっ。パーティーは楽しんでなんぼやろ」


「楽しむのと騒ぐのはイコールじゃない。あまり迷惑めいわくをかけないようにしろ」


「へぇへぇ。わかっとりますよ」


 面倒そうに身体ごと向きをそらし、どこともなく視線をやるケイン。


 それを一瞥すると、アレックスは小さく息を吐き、その表情がいっそう真剣しんけんなものへと変わって、


「ならいいが……次同じ騒ぎを起こしたら、アケビの折檻せっかんを受けてもらうぞ?」


「……きもめいじておきます」


 途端うげっと嫌な顔をするケイン。


 アレックスは満足げに口の端を歪め、


「では俺はこれで失礼する。遊びすぎて、つい支障ししょうが出ないようにな」


 そう言うと、部屋を後にした。


 その姿が扉の向こうに消えてから数秒、


「はぁ……ったく、嫌みな野郎やな」


 抑止力よくしりょくに向こうの寮長使うなっちゅーんじゃ、なんてぶつくさと文句を言い、ため息を吐く。


 そしてタクトたちに振り向き、


「ほんなら片付けるか。食器類は全部やったるから、ゴミでも集めとけ」


「んふぇ~い」


 なんていう気の抜けた返事から、部屋のそうが始まった。


 ごそごそと後片付けを進めながら、タクトが思い出したようにぼんやりと口を開く。


「そういやあの人、俺らが追試のこと知ってたんだね」


「まぁ、うわさにはなっとるやろな。編入生が赤点やーって」


「お前どうやってここ入ったんだぜ」


盛大せいだいなブーメランをどうもありがとう」


 なんて軽口かるくちを言い合いながら片付けを終え、部屋に一人となった頃には、すでに……


(時計、用意しといた方がいいな)


 空を見上げることでしか現在時刻がわからない現状に、タクトは頭をいて、静かなため息を漏らした。

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