第10話 寮長
それは玄関に取りつけられた呼び出しのベル。
せっかくの気分に水を差され、リンダは小さく舌打ちを
いままで
そしてその戸を開き……
「……え?」
タクトは思わず
戸を開いた先、目の前にいたのは、予想外の人物だったから。
「えー、と……」
初めて見る相手にタクトはどうしていいのかわからず
「なぜ俺達がここに来たか、わかるか?」
と、どこか
アレックスは面倒そうに
「えーと……なんででしょう?」
ヘラリと笑うタクト。
アレックスは頭痛を抑えるように
「聞いてた通り、ちょっと面白いわねこの子」
「そいつはよかったな」
タクトは
「……あんたは?」
それに女がにやりと笑い、思い出したように口を開いた。
「そうよね~。あなたとは初めましてよね~。だってこの前の
「まだその話を引きずるのか……」
「三年の、幹部?」
先日の
アレックスは反対するエリスを
つまり、この人物は……
タクトは目の前の人物が何者かを
「ん? あらいい視線。あなた
「素質?」
「ええ。よければ今度――」
その先はアレックスの
いやむしろ、聞かなくてよかった気がする。
タクトはわからないながらもそう直感して
「なぁにアレク?
「誰がするか。話を進めろ」
「わかってるわよ。それでよければ今度――」
「そっちじゃない!」
「ッ!?」
タクトは思わず目を見開いた。
常に
声を
彼のこんな姿は見たことがない。
彼が手玉に取られるというまさかの出来事に目を丸くし、タクトはアレックスから女へと視線を移す。
女は満足げに
「ちょっとした
そう言って、小さく咳払いをした。
「わたしはアケビ=シドウ。彼の
やはりそうかと、タクトは内心で納得する。
ルールのせいで参加しなかった、アレックス派のもう一人の隊長。
先ほど眺めたときに、タクトはそれを理解していた。
妖艶に笑うその顔は、常にこちらを
いや、実際に
とにかく、目の前の人物――アケビは、アレックスほどの人物を
タクトは警戒を強めてアケビを見る。
アケビはにこりと微笑み、言う。
「それで、この前のルールは『リヤルゴ以外の隊長を出さない』ってことだったじゃない?」
「そうですね」
正確には、副隊長もだが。
タクトは内心
アケビはふふっと軽く笑い、
「でもね? あの攻略では、わたし以外の隊長格が出てたわけ」
「……ん? それって、どういう……」
それは完全なルール
タクトは困惑し、アレックスとアケビを交互に見やる。
期待通りの反応だったからか、アケビは
「わたし達アレックス派はね、一年が副隊長を
「一年が?」
意外そうに言うタクトに、アケビが
「そう、
後継を育てる。
それは、つまり……
「ふ~ん。つまり、元副隊長が参加してたってわけだ」
「理解が早くて助かるわ。その内の一人はあなたと話したそうよ」
それは
あの男だけ、明らかに手を抜いていた。
もう一人の元副隊長はリヤルゴとは逆の分かれ道に進んだため会っていないというところか。
「
いままで
その顔はどこか
「お前達はいまが何時か、理解しているか?」
「ん? あ、そういやこの部屋時計ないや」
タクトの返答に、アレックスは一つ、大きくため息を吐き、
「……そうか。わからんのなら教えてやろう。いまは十一時だこの馬鹿者がぁ!」
ピシャリと
タクトは思わず圧倒されて、ビクリと
アレックスが続ける。
「十時以降は異性側にいるのは
一通り説教をすると、小さく息を吐き、申し訳なさそうな、バツが悪そうな顔に変わり、
「……なんて、お前だけに言っても意味はないか。むしろ
そこにいる全員の顔を一通り眺めると、アレックスがゆっくり口を開いた。
「さて、あらかた聞こえていたとは思うが……なにか反論はあるか?」
腕を組み、
それにリンダが
「せっかく面白くなりそうだったってのに
「そうよ~。じゃますんゃらいわよ~」
なんて、パトリシアもふにゃふにゃと反論する。
アレックスは
「相変わらず
その言葉に、リンダは
恐らく、以前に戦ったことがあるのだろう。
その結果は言わずもがなといったところか。
アレックスは鼻を鳴らしてそれを
「他に文句のあるやつは?」
その問いに、全員が
――たった一人を
「リンダったらな~にしんきくさいかおしてんのよ~。よってるとはいえ、きゅうたいいちでかてるわけないじゃな~い」
パトリシアがけらけらと
それを受けてリンダは
「……ほう?」
アレックスが、面白そうに口の
腕組みを解き、静かにリンダたちを
そして、
「いやちょっと、ここで暴れんのやめてほしいんだけど」
タクトが頭だけで振り向きながら半眼で言い、窓を開けた。
「もちろん、暴れるつもりなどない」
それを確認したアレックスはフッと軽く笑い、
「一方的に、取り押さえるだけだ」
そう言うが早いか、窓からなにかが飛び込んできた。
「うげっ、あれは……」
それを見たパトリシアの顔が、サッと青くなっていく。
いや、それはパトリシアだけでなく……
「うふふ……さぁ、今度はわたしの部屋で、ゆっくりじっくり楽しみましょうか♡」
その声が部屋に届いた
グラスが
「逃がさないわよ」
窓からゆっくりと部屋に上がったアケビが、妖艶に微笑む。
アケビは逃げ
それは
人間の腕ほどもある、太い枝だ。
それが勢いよく部屋へと飛び込んでくる。
まるで生きてるかのごとくウネウネと
パトリシアは背後に
「待って待って私あれ超苦手なんだけどこっち来んなぁ!」
すっかり酔いが覚めたのか必死の
枝はスルスルと巻きつくように身体に
「あん! ちょっ、やめ……毎度毎度変な巻き付き方すんなバカぁ!」
まるで女性
しかもそれは、部屋の
「クッソこの……服ん中入れんじゃねぇクズがァ! ……あ、ごめ、ほんと
まとわりつく枝を振りほどこうと暴れていたリンダは枝が
「あの、優しくしてください……激しいとたぶん吐いちゃいます……」
いまだ酔いの覚めないクレープは青い顔のままぐるりと巻きつく枝に身を任せ、
「……ココアさん、大人しく捕まっていただけませんか? 抵抗して変に絡ませるのはやめていただきたいのですが」
最初から逃亡を
その相手は部屋を
「だって
言うと同時、
「みんなも逃げたいなら逃げていいわよ?
「あの、いまからでも
いつの間にかマントを取り去り足元で土下座していたココアを見下ろすと、アケビは小さく
「最初から素直にそうしなさい」
「はい。以後気をつけますんで、
その嘆息がどういった意味合いのモノであるかを察し、ガタガタと震えながら答える。
アケビはそれを一瞥し、
「ねぇ、ボクまだ食べてんだけど、皿持ってっていい?」
と、パンは捕まりながらも料理皿を離そうとしてなくて……
その食欲に呆れたように、タクトは肩をすくめて言う。
「ご自由にどうぞ」
「ありがと。そんじゃ
スルスルと伸びた枝が残った料理皿を器用に持ち上げていくのを眺め、お礼を言う。
オッパイ寮長呼ばわりには誰もツッコまないので、恐らく本人を含め
一通り場が収まったのを確認し、アケビが口を開いた。
「じゃ、わたしは部屋に戻って少しお話ししてくるから」
「ああ、
アレックスが頷き、アケビは窓から
それに
「……さて、これで静かになったな」
四人になった部屋で、アレックスが嘆息混じりに言う。
タクトは
「……なにいまの?」
「アケビの魔法だ。あいつは女子寮長でもあるからな。
アレックスはやれやれといったように肩をすくめて答え、
「ほんで? こっちはアンタが説教ってか?」
と、ケインが
アレックスは
「まぁ、そういうことになるだろうな」
「オレ別になんもしてねぇぜ……」
テルンが目をそらして
「だろうな」
当然のように、アレックスが頷いた。
テルンは意外そうな顔を浮かべ、それにアレックスがわらった。
「一時期とはいえ仲間だったんだ。お前がどういう奴かは知っているつもりだ。
じとりとした目でケインを見る。
ケインは肩をすくめて鼻を鳴らし、
「はっ。パーティーは楽しんでなんぼやろ」
「楽しむのと騒ぐのはイコールじゃない。あまり
「へぇへぇ。わかっとりますよ」
面倒そうに身体ごと向きをそらし、どこともなく視線をやるケイン。
それを一瞥すると、アレックスは小さく息を吐き、その表情がいっそう
「ならいいが……次同じ騒ぎを起こしたら、アケビの
「……
途端うげっと嫌な顔をするケイン。
アレックスは満足げに口の端を歪め、
「では俺はこれで失礼する。遊びすぎて、
そう言うと、部屋を後にした。
その姿が扉の向こうに消えてから数秒、
「はぁ……ったく、嫌みな野郎やな」
そしてタクトたちに振り向き、
「ほんなら片付けるか。食器類は全部やったるから、ゴミでも集めとけ」
「んふぇ~い」
なんていう気の抜けた返事から、部屋の
ごそごそと後片付けを進めながら、タクトが思い出したようにぼんやりと口を開く。
「そういやあの人、俺らが追試のこと知ってたんだね」
「まぁ、
「お前どうやってここ入ったんだぜ」
「
なんて
(時計、用意しといた方がいいな)
空を見上げることでしか現在時刻がわからない現状に、タクトは頭を
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