第9話 喧嘩上等

 かんぱいおんから一時間弱。


 タクトの部屋は、ごくと化していた。


 なにが地獄なのかと問われれば……


「どうだケインてめぇコラこれで八杯目だオラァ!」


「あぁん? その程度でワイと並べるとでも思ったか! こっちは缶二本一気にいったるわァ!」


「ならこっちは三本一気だオラァッ!」


 なんてリンダとケインが飲み比べを始めていて、


「ら~ったく、うるっさいんだからもぉ……ゆっくりろめないじゃないろよ~」


「いいららいでふかたまには~。げんきがいちばんなんでふかりゃ~」


 パトリシアとクレープは顔を真っ赤にしながらグラスにちびちびと口をつけ、


「あー……ちょい気持ち悪ぃぜ……」


「大丈夫? 水持ってこようか?」


「んあー……大丈夫だぜ。自分で行ける」


「気をつけてね~」


 ふらふらと台所へ向かうテルンを心配そうにながめつつ、パンの手は常に料理へと向かっている。


 そして一番めんどくさいのが、


「いや~、楽しいな~。ところでエリスって好きな人いるんか? ん? どうなんだい?」


「いきなりなんですの……別に貴方あなたには関係ないでしょう」


「ええ~? 関係ないだなんてひっどいな~。そんなこと言われたらついうっかりエリスの秘密ばくしちゃ~うぞ☆」


「ちょっ、秘密ってなんですの!?」


「秘密は秘密~♪ でもまぁ、さっきからチラチラ誰かさんのこと横目で見てたりしてたな~、とか?」


「き、気のせいではありませんの?」


「ん? ああそっかそっか、さっきからじゃなくて、毎日見とるもんな~」


「うう……誰か彼女の相手を変わってください……」


 ココアの脅迫きょうはくじみた言葉にエリスはいまにも泣きそうに手で顔をおおう。


 もしも彼女にからまれたら非常に面倒そうだ。


 タクトは深くため息を吐く。


 うるさいしごこ悪いしひとりだし。


 自分はこの会の主役ではなかったのかと、もそもそと退たいくつそうに料理を口に運ぶ。


 なぜこんなことになったのか。


 それはまぁ、わざわざ説明しなくともわかってもらえるだろうとは思うが……


 タクトはグラスになみなみ注がれた液体をはんがんで見やる。


 それは少し色づいた、れいとうめいをしている。


 においは普通のジュースと遜色そんしょくない。


 味だってそうだ。


 だがしかし、これはジュースではなかった。


 酒だ。


 これは酒なのだ。


 だからこそこんな面倒な景色が広がっているのだ。


 しかしこれは当然だった。


 買い物を疫病神クレープ貴族と思われる人物エリスに頼んだ時点で、こうなることはめいはくだった。


(まぁ、別に間違ってはいないけど……)


 ぼんやりと考え、タクトは酒に口をつける。


 彼らは高校二年生。


 この国では十六歳以上であれば酒を買うことができる。


 だから間違ってはいない。


 間違ってはいないが、買ってきた飲み物酒だというのはどうなのだろうか。


 当人いわく「デザインで選んだ」そうで、酒とジュースの区別が全くといっていいほどについていないようで……


(まぁ、悪ノリが過ぎたり、面倒事にならなきゃいいんだけどさ)


 でなければココアの暴露大会がよりげきになってしまう。


 タクトとしてはある程度気になるところではあるが、逆になにかをつかまれている、あるいははくじょうするまでしつこく絡まれる可能性がある。


 そうなるのは非常に面倒くさい。


 タクトはつかれたようにため息を吐き、


「うらぁッ! 宣言通り三本一気だコラァ!」


 酒を一気にあおったリンダが身を乗り出してさけんだ。


 それと同時にうでるい、缶をぶん投げた。


 それは不運な事故なのか。


 放たれた缶は勢いよくテルンの頭に直撃した。


(うっわぁ、考えてるそばから面倒が起きた……)


 タクトは巻き込まれないよう顔をそらし、


「……ってぇな、いきなりなにすんだぜ……!」


 テルンがギロリと、するどくリンダをにらみつける。


 リンダは口を半開きにし、ぼんやりとした表情でテルンを見る。


「んあ? あー……そこにいたのが悪ぃんだろ」


「んだと?」


 まゆゆがめて言いながら、テルンがゆっくりと立ち上がる。


 その身体からだからは、ほのかな殺気さっきを感じられた。


 いまだ調子が戻っていないのか少しバランスがくずれているものの、テルンはころすような視線を向ける。


 リンダは一瞬意外そうな顔をすると、面白そうに笑った。


「はっ。なんだやんのか?」


「上等だぜ」


 こしを落とし、右腕を引く。


 左手は胸の前にえ、いつでも始められるように、全神経を集中させる。


「いいぞ~、やれやれ~」


 ふわふわと楽しそうにヤジを飛ばすパトリシア。


「ちょっとリンダひゃん。けんかはよくないでふよ~」


 なだめようとするクレープもふやけたように机に突っ伏していて、まるで効力こうりょくがない。


 しっかり止める者がおらずやわらかくピリつく不思議な空気のなか、リンダがあざけるように言う。


「おいおい、二つ名もねぇが、あたしに勝てるってか? あんま調子乗ってっとするぞ」


 直後、テルンの全身からすさまじい殺気があふれた。


「んなもんやってみなけりゃ――!」


 どんどんとヒートアップしていく二人に、ケインは酒を置き、エリスは視線を鋭くし、ココアはこうかくを上げる。


 三者三様さんしゃさんよう、いつでも止めれるようにがまえ――



「やめた方がいいよ」



 パンが、静かに口を開いた。


 テルンは怒りの形相ぎょうそうを浮かべてパンに振り返り、


「パン、お前まで――ッ!?」


 しかし、パンの視線はテルンではなく、リンダに向かっていた。


 どこかたっかんしたようなひとみで、真っ直ぐ静かにリンダを見ていた。


 パンはゆっくりと、言う。


「リンちゃんじゃ、テルンには勝てない」


「あ?」


「テルンは雑魚なんかじゃない。だからあんましそういうこと、言わないでほしいかな。ムカつくから」


 言い終えると興味をなくしたのか、つまらなそうに視線を移す。


 その言葉に。


 その、動作に。


「……おもしれぇ」


 リンダは、口のを歪めた。


 パンは自由人だ。


 ココアとは別のベクトルでほんぽうだ。


 しかし……いや、だからこそか。


 パンはいままで一度も、うそをついたことがない。


 彼女に出会ってから一度も、嘘をつかれたことがない。


 かんちがいで結果的に嘘であったことはあるが、的な嘘は一度もない。


 そんな彼女だからこそ。


 えんりょせず、常に正直に生きている彼女だからこそ、その言葉は面白いものだった。


 リンダのソロ最高攻略なんは三十七。


 ソロではないにしても、難度四十三を攻略したこともある。


 認めたわけではないが、二つ名もある。


 対しテルンのソロ最高攻略難度は二十八。


 二つ名を持っているわけでもない。


 にもかかわらず、テルンはリンダよりも上だと言う。


 これを面白いと言わずになんと言うのか。


(あの野郎が引き入れた時点でなんかあるとは思ってたが……)


 まさか自分以上の実力者だとはじんも思わなかったし、いまだって思わない。


 普段の動きはにぶいし、戦闘中だって悪くはないが興味もかない程度。


 魔力量もリンダの方が上というまつだ。


 なのに、リンダではテルンに勝てないと言う。


 それは買いかぶりの可能性もあるが……


(あんな静かに怒ってんのは、めずらしいしな)


 リンダはごく面白そうに、嗜虐しぎゃく的に笑みを深める。


 久々に、それもこんな意外なやつと面白い戦いができるかもしれないと知って、心が激しくざわつく。


「テメェがあたしより上だってんなら、その証拠しょうこをみせてみなッ!」


 そして、右腕を勢いよく横に伸ばし、





















 ――ピンポ~ン♪







 と、チャイムが鳴った。




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