第8話 乾杯

「みなさんお待たせしましたー!」


「勉強ははかどってらっしゃいますか?」


 なんてタイミングよく入ってきたのは、いくつもの買い物袋をかかげたクレープとエリスだった。


 いままで部屋にいなかった二人は、歓迎会用の食べ物などを買い出しに行っていたのだ。


 勉強会が始まって一時間。


 赤点三人がき始めてきたので休憩を入れ、その際に歓迎会の準備を進めようという話になった。


 そして、タクトとテルンはケインとパンが。


 リンダはパトリシアが。


 買い出しはクレープとエリスが担当となり、再び勉強会がスタートした。


 それから三十分ほどしてからココアが部屋に上がり込み、いまにいたる。


 ココアは二人の登場に、うれしそうに笑って言う。


「お、ようやくごかんだね☆」


「お前はたいして待っとらんやろ」


「なにを言ってるかね。あたしはもう歓迎会モード全開なのだよ!」


「もうっちゅーか、はなからそうやろお前は……」


 なんて、まるで勉強を教えていないココアをあきれたように半眼はんがんながめ。


 その間にクレープたちはソファの横まで歩き、袋を床に下ろす。


 物を大量にめられたいくつもの袋を眺め、パトリシアが口を開いた。


「そんなにたくさんなにを買ってきたの?」


「とりあえず、すぐに始められるようにお菓子と飲み物を」


「あとは食材もいくつか買ってきましたので、二人ともお願いします」


「はいよ。台所借りんで」


 にっこりとほほむクレープにうながされ、ケインがゆっくりとこしを上げる。


 それを一瞥いちべつすると、パトリシアは袋の中をごそごそとぎんするようにのぞき込み、


「あ、わたしみなさんのコップとか用意します」


 そう言って、クレープはケインの後に続いて台所へと向かおうと、


「ちょっと待って」


 それをパトリシアが止めた。


「え?」


 クレープは足を止めてり返り、「なんです?」と首をかしげる。


 パトリシアはため息混じりに袋の中を指さして、


「これ、肉と野菜ばっかじゃない。私はお菓子作り専門なんだけど」


「え、でもパティちゃん、いつもお弁当――」


「あれは自分用に作ってるやつだから誰かに食べさせたりは無理よ。第一しょくにんばりの物作るような人と一緒いっしょになんて、私がおとって見えるじゃない」


 ふん、とうでんで台所へ向かうケインを横目で見るパトリシア。


 それをリンダが鼻で笑った。


「はっ。プライドのかたまりだな」


品格ひんかくは大事なのよ。貴方あなたのプライドはゴミだけど」


「あ゙? なんか言ったかねこかぶり」


「ゴミだと言ったけど木偶でくぼう


 なんて、またしても火花を散らしてにらみあう二人。


 クレープはこまったように苦笑いを浮かべ、


「お二人とも、けんはその辺に」


 と、エリスが二人の間に割って入り、手でこつの辺りを押すようにしてきょをとらせた。


 不意を突かれ少しおどろいたような目を向ける二人に、エリスは優しく微笑んで、


「せっかくの歓迎会ですから、おたがい楽しまなければそんですわよ?」


「……あたしは別に、れ合うつもりねぇんだよ」


「わたしも信用に足ると判断できない限り、仲良くなるつもりはないです」


 リンダは気まずげに視線を横に移し、パトリシアは瞑目めいもくしながらも堂々と言う。


 エリスは小さく嘆息たんそくすると、優しくさとすように口を開いた。


「リンダさん。馴れ合う気はなくとも、どれだけ不本意でつまらないパーティーだろうと、参加した以上は責任がありますわ」


「…………」


「無理に仲良くしろとは言いませんけれど、ふんを悪くするのは法度はっとですわ」


「……わかったよ」


 目をせて小さく舌打ちするリンダから視線を移し、今度はパトリシアを真っ直ぐに見つめ、


「パトリシアさんも、相手が信用できるかどうかなんて、話さずにどうやって知ると言うんですの?」


「……かんとか振るい?」


「では、これまでの貴方の振る舞いを見てきた方は、貴方が信用に足る人物だと思うでしょうか?」


「それは……わたしの見た目ならセーフ?」


 なんて小首をかしげるパトリシアに、エリスは頭痛を抑えるようにひたいに手をやって、


「いまので確実にアウトだろ。どう考えても」


 と、ひどく呆れたような、つかれたような、そんな顔をしてリンダが言う。


 パトリシアはそれを鹿にするように鼻で笑ってむねり、


「ふっ……世界には、『わいいはせい』って格言かくげんがあるのよ」


「……ならてめぇは悪だろ」


残念ざんねんでしたー。があった時点で貴方の負けでーす」


「呆れてただけだっつの」


「ああ、なんだか負け犬のとおえが聞こえるなぁ~」


「……おい、こいつ殺していいか?」


 あっという間に、険悪けんあくな雰囲気が出来上がった。


 それはもう、そんな漫才まんざいなのではないかと思わせる、見事なまでに自然な流れで。


 額に手をやったまま、なにかをこらえるようにけんにシワを寄せて瞑目していたエリスは、気持ちを切り替えるように、一つ、大きく深呼吸をすると、しっかりとパトリシアの目を見つめて、言う。


「パトリシアさん。物事を見た目だけで判断すべきではありませんわ。それは去年のもよおしで、あなたも理解したはずでしょう?」


「大丈夫、そこは心配ないわ。わたしはちゃんと、も見てるから」


「……なんでしょう、どこかズレを感じますわ」


 聞いているぶんには間違っていないはずだが、なぜだろう。


 なにかが――エリスの想定そうていしているとは、なにかが決定的に違う気がするのは。


 切り替えたはずの気持ちをあっさりと呼び戻され、エリスはげんなりとした表情を浮かべる。


 しかしすぐに持ち直し、せきばらいをして、言う。


「……その中身というのがどの部分かは少し気になりますが、いまは置いときましょう。とりあえず、この歓迎会は互いの親睦しんぼくを深めるというもあることを理解しておいてください」


「わかってるわよ。そもそもリンダ以外にみついたりしないし……喧嘩売られなければ、だけど」


 言いながら肩をすくめるパトリシア。


 エリスは嫌そうな面倒そうな、なんとも言えない顔を浮かべ、


「そういえばこの前の乱闘らんとうスゴかったらしいね~。自主退学者が大勢でたって話だよ」


 と、ココアが話に割り込んできた。


 ココアはソファの背もたれに座り、パトリシアとリンダを見やる。


「あれは向こうが悪いんです」


「あたしらは売られた喧嘩を買っただけだ」


 そうぜんと言い放つ二人を、ココアは面白そうに眺めていた。


 二人の友人であるクレープ。


 その二つ名は、やくびょうがみ


 それはクレープが攻撃魔法をあつかうと必ず暴発ぼうはつするという出来事がえんだ。


 しかしこの二人の存在も、彼女が疫病神と呼ばれるえんの一つなのだと、ココアは考えていた。


 ココアはにこにこと楽しげに笑う。


 知ることはたのしいから。


 調べることは、たのしいから。


 だからココアは、にこにこと笑う。


 なぜ彼女をまもるのか。


 なぜ彼女にしゅうちゃくしてるのか。


 この三人の関係性は、自分のにもつながるのではと――いや、繋がるはずだと。


 そう考えて、ココアは面白そうに、探るように、二人を――ケインの手伝いをしているクレープを、眺め……






「はい、どうぞ」


 ゴトン、とテーブルの上に大きめの皿とボウルが置かれた。


 その皿にはタレのかかった分厚いステーキが、ボウルにはドレッシングをかけられた色とりどりの野菜が盛られていて、


「やったぁー!」


 それを目にすると同時、床に寝そべっていたパンが勢いよく飛び起きた。


 喜び勇んで料理へ駆け寄るパン。


 クレープは次の料理を運ぶためか、スタスタと台所へと戻っていく。


 それを横目に、タクトがまゆをひそめて口を開いた。


「……作んの早くね?」


 いぶかしむようにそう言ったのには、もちろん理由がある。


 エリスとクレープが帰ってきてから、まだ三十分ほどしかっていない。


 ケインが調理を始めてからは、二十分経ったかどうかといったところだ。


 にもかかわらず、ケインはすでに、料理を


 クレープは眉をひそめていぶかるタクトに振り向くと、にこりと笑って口を開いた。


「ケインさんは料理がとっても上手なんですよ。なんでも小さい頃から作ってたとか」


 すごいですよね~、わたしも見習わなくちゃ! なんて当然のように答えてはいるが、パンの食べっぷりを見るにそれだけとは思えない。


 仮にそれだけだったとしたなら、そのうでまえは非常に高いだろう。


 それこそ、料理人の中でも一流と呼べるほどに。


(……まぁ、ただ単にパンあの子の食欲が理由かもしれないけど……)


 すさまじい勢いで消えていく料理を眺めながら、止めなくていいのかなぁ~、なんてぼんやりと考える。


 その間にケインが新たな料理を運んできた。


 ケインは皿を置き、ちらりと、視線をエリスたちの方へと向けて、


「話まとまんのに、随分ずいぶん時間かかっとったな」


「全部このけんよくの塊のせいだ」


「空気悪くなるのは貴方のせいでしょ」


「あ? どこがあたしのせいだってガリ勉ぶりっ子」


「いままさにそうでしょうよ低脳ヤクザ」


 なんて、またも睨みあいを始める二人。


 ケインは二人から視線を外し、バクバクと料理を食いあさるパンへと目を向ける。


 するとその視界に映ったのは、あっという間に、それこそ欠片かけらすら残さずれいに食いくされた二つの皿で……


 パンはぺろりとしためずりをすると、新たな皿へと手を伸ばし、


「いい加減食うのやめろや」


「むぐっ!」


 頭をわしづかみされ、そのまま料理から引き離された。


 パンは手をはらおうとじたばたあばれ、


「歓迎会なんだし、せめて乾杯かんぱいまで待とうぜ」


 テルンの言葉で、ピタリと動きを止めた。


 パンはじとりとテルンを見る。


「だったらそう言えばよかったじゃん」


「言ったって聞いたためしがねぇぜ」


「そんなことないじゃん。うそ言わないでよ」


「あ? 嘘じゃねぇぜ」


「嘘だね。だって昔から指示には従ってたし」


「はっ。指示にはだろ? パンは昔っからオレの言うことには耳をかたむけなかったぜ」


「あれ? そうだっけ?」


「そうだぜ」


「……でも、ボクのこと止めたときあるじゃん」


「そりゃオレじゃなくて――」


「はいはいみんなその辺に」


 ココアが部屋にひびかせるようにぱんぱんと手をたたく。


 それによりテルンとパン、ののしりあっていたリンダとパトリシアが口をつぐみ、その場の全員が一様いちようにココアへと目を向けた。


「せっかくの歓迎会だよ? 品も揃ったことだし、いがみ合ってないで存分に楽しもうじゃない」


 にこにことほがらかに笑うココアの言葉を受け、テルンたちはちらりと互いを一瞥しあうと、自身を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いた。


 場が落ち着いたところで、エリスが口を開く。


「ではタクトさん。乾杯のおんをお願いします」


「え? 音頭? 考えてないんだけど」


「なんでもよろしいですわよ? 思いついたことで」


「えーと、お集まりいただきありがとうございます……とかです?」


「言うなら本日は天候に恵まれ~とかからじゃない?」


「なんだそれメンドクセェ」


「んなもんテキトーでええわ」


「なんか言えばそれでいいぜ」


「早く食べようよ~」


「――だそうだよタクトくん」


「えー……」


 アドバイスとも言えない適当すぎる言葉と、全員からの真っ直ぐだったりそうじゃなかったりする視線を受け、タクトは面倒そうに顔をしかめる。


 しかし、すぐにじんも感じさせないへらりとした表情に変わり、


「あー……そんじゃま、なるだけ仲よくしてください。ってことで、乾杯」


 グラスをひかえめに上へと突き上げた。


 それに続くようにして各々グラスを持ち上げ、飲み物へと口をつける。


 そして、


「さぁ、かいなパーリーの始まりだぁ☆」


 なんてココアの宣言せんげんから始まった。











 ごくの、歓迎会が――

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