第7話 勉強会

 完全に陽が沈み、外がすっかり暗くなった頃。


 学生りょうの一室で、


「第一回、鹿と一緒にばか騒ぎ、チキチキ、赤点きゅうさい大勉強会~!」


 ドンドン、パフパフー! と口で言いながら、ココアが楽しげに笑ってさわいでいた。


 タクトたちが赤点を取ったその日、さっそく今日から勉強会をしようという話になり、各々おのおの準備があるからと夕方に集合することになったのだ。


 ではどこに集合するか、という話は、口に出すまでもなく決められていて……


「…………」


 タクトはじと~っと、自分の部屋で騒ぐちんにゅうしゃを見る。


 そしてちらりと辺りを見回して、深くため息を吐いた。


 いま現在タクトの部屋には、六人の男女がすわっていた。


「おいそこ間違っとるで」


「え? あ、ほんとだぜ。さすが兄貴は物知りだぜ」


 なんて、タクトの左隣はケイン、テルンの順に床に座り、テーブルに広げられたプリントと向かい合っていた。


 テルンは答えを消し、プリントに正しい回答を、


「……それも間違いや」


「うぇっ!?」


 おどろいたように変な声を出し、あわてて答えを消す。


 それから数秒。


 テルンはまるで答えがわからないのか、頭を抱えてうなりだし……


「ケインが物知りなんじゃなくて、テルンが知らなすぎるだけだよね~」


 と、床でゴロゴロと寝転がっていたパンが、あきれたように口を開いた。


 テルンはにらむように一瞥いちべつすると、


「うっせぇ、パンはだまってろ」


 それきり口を閉ざし、黙々もくもくとプリントの問題を解き始め……


「……せやから、間違っとるって」


「うぇぇ!?」


 なんてやり取りに、タクトはもう一度深くため息を吐く。


 そして今度は、ななめ向かいでプリントとにらめっこをしている少女に目を向けた。


 桜色の長い髪をガシガシといらったようにきむしり、全っ然わかんねぇと舌打ちをらす少女――リンダ。


 いまこの部屋にいる赤点組の中で最も点数が低く、最も退学に近い存在。


 タクトはその少女に目を向け、


「……あ? なにみてんだよ?」


 その視線に気づいたリンダがひどかいそうにけんへとシワを寄せ、うとましそうな茶色のひとみでタクトを睨み、


貴方あなたは人を気にしてる場合じゃないでしょ。ちゃんと集中して」


 リンダの隣に座る空髪の少女――パトリシアが、リンダの頭をつかんでグイっと無理やりプリントへと向けさせた。


「ってぇな、いきなりなにすんだクソオタク」


 手を取り払いながら振り向き、パトリシアをするどく睨みつける。


 パトリシアはその視線に真っ向からいどむように、わずかなはらませた金色の瞳でリンダをえ、言う。


「自分の立場わかってるのかしらもうヤンキー。貴方が退学になりそうだからわざわざこんなプリント作ってあげたのよ? それも二時間で。さらには勉強に取り組む時間まで用意してあげたってのにそのたいってどういうことよ」


「別にたのんでねぇよかたぶつ女」


「頼まれなきゃ動けないようじゃ援護者サポーターなんてやってらんないわよちゅう女」


 バチバチと火花を散らして睨みあう二人。


 タクトはそれを呆れたようにながめて嘆息たんそくすると、自分の前に置かれたプリントへと視線を移した。


 それは先ほど話に出たように、学年トップのパトリシアを始め、エリスやココアなどのしゅうさいたちがわずか二時間で作り上げた、赤点組タクトたちのための追試対策問題だった。


 それは問題を進むごとに難しさが上がっていき、最終的には資料を探さないと解けないような難問へと変わっていく代物しろもので……


(……こんなん学生で解けるやつほとんどいないってか、解けなくても生きていけるでしょ)


 タクトは目の前のプリントをぼんやりと眺め、再びため息を……


「あれあれ~? みんなテンションひっくいぞ~?」


 と、ココアがおどけたように言った。


 それはもうなにがそんなに楽しいのかわからないほどのテンションで。


 ココアはにこにことソファの上に立ったまま、おおぎょうな身振りで盛大に声をあげ、


「お前のテンションが高すぎんねんアホ」


 いままでそのさまをスルーしていたケインが、半眼はんがんを向けて嘆息混じりにぼやいた。


 ココアはそんなケインを気にすることもなくにこやかに笑い、


「だって~、あたしはついさっきやってきたし~、もう歓迎会モードだも~ん☆」


 なんて言うココアに、ケインはつかれたように深いため息を吐き、


「……にしても、なんでここ?」


 と、タクトが若干じゃっかん面倒めんどうそうに言った。


 ココアはちらりとタクトに目を向け、


へんにゅうせいのタクトくんとしんぼくを深めようっていう、クレープちゃんのいきはからいさ」


 いい子だよね~なんて言いながら、ココアはきょくげいのごとくソファの背もたれで逆立ちをして、そのままくるりとおどるように身体からだを動かしていく。


 そんな軽業かるわざをぼんやりと眺めながら、わざわざこの部屋で親睦会をしなくても……なんてタクトは思ったが、そんなことはいまさらだった。


 仲間になったとはいえなかなかにれ馴れしいケインに、それに付き従うテルンとパン。


 こうなんでなければ迷宮攻略に参加しないリンダとパトリシア。


 ココアにいたってはもはや説明するまでもないだろう。


 そんなあまりに勝手すぎるクラスメイトたちがすでにこうして集まってしまったんだから、それはもういまさらというものだ。


 そう、たとえ本人のきょがなくても。


(というか、そんな話すらでなかったけどね)


 誰が決めるでもなくごくごく自然にタクトの部屋で勉強会をすることになり、夕方からということで各々着替えまでして堂々と上がり込んできた。


 勉強会はタクトのためにもなるのできょぜつするというわけにもいかず、だからといって他の場所を提案しても「いまから移動するのは面倒だ」といっしゅうされる。


 そんな流石さすがすぎるクラスメイトたちに再びため息を吐くと、くるくると体操モドキをしていたココアが動きを止めてソファに立ち、空気を変えるように小さくせきばらいをした。


「こほん。えー、それでですね。今回我がクラスの赤点馬鹿野郎は五人。うち、三人がこの勉強会への参加とあいなりましたー! ……ってことで、馬鹿のみなさん、自己紹介でもいっとく?」


 そんなことをたのしげに笑いながら言い放ち、ココアはちらりと、タクトとテルン、そしてテーブルをはさんで向かい側にいるリンダを見やる。


 それに気づいたリンダが、苛立たしげに口を開いた。


「あ? しねぇよ、うっせぇな。そもそもあたしはそいつらと馴れ合うつもりねぇし」


 リンダは、片手でほおづえをつきながらいやそうに顔をしかめて、ココアを睨むように見上げる。


 それにココアが笑った。


「またまたぁ~。だったらわざわざ来るわけないじゃないのさぁ~」


「……チッ。クレープが行くっつーから、嫌々来ただけだっつの」


 にやにやとイヤらしく笑うココアに舌打ちしながら言うと、リンダはココアの反対側へ顔をそらし、


「……チッ」


「ちょっと、なんでわたしのうるわいやしフェイスを見て舌打ちすんのよ」


「……チッ!」


「ちょっ、さっきよりも舌打ち大きくない!?」


 なんていうリンダとパトリシアのやり取りに、ココアはため息混じりに肩をすくめ、


「にしても、俺らのクラス赤点五人もいんだね。さすがは世界さいこうほうの学園ってやつ?」


 タクトが状況を理解しているのかいないのか、へらへらと笑って言った。


 それにケインが呆れたように嘆息する。


「ちゃうわアホ。他のクラスにはおっても一人か二人や。第一赤点取っとるやつなんて、はなから追試で受かるつもりのやつばっかりやしな」


「あら、そうなの?」


 なんて意外そうな顔をするタクトに、


「当たり前だぜ。がそんなガバガバな試験してるわけねぇんだぜ」


 と、テルンが当然のように言う。


 それに、


「ふ~ん。まぁ、そりゃそうか」


 なんて、タクトはなっとくしたのかよくわからないだらけた顔で応じ、


「でも、平均点で見れば同じくらいなんだよね~」


 というココアの言葉に、


「そら、アイツ等がおるからな」


 ケインがちらりと向かい側に目をやり、今度は部屋の玄関げんかんへと視線を移し――ガチャ、とその戸が開かれた。

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