第6話 遭遇

 場所は変わり、学園近くの、とある場所。


「くそッ! なんだって俺がこんなことに!」


 一人の少年が、いらった様子でかべこぶしを打ちつけた。


 少年はひどかいそうに顔をゆがめ、つぶやく。


「ったく、アイツらまでどっか行きやがって……」


 それは、普段共に過ごしていた奴らのこと。


 少年は今回の試験で、赤点を取っていた。


 それ以来、アイツらはまるで見切りをつけたかのようによそよそしくなったのだ。


 少年は彼らのくだすような顔を思いだし、もう一度、今度はさらにいっそう力を込めて壁を――


随分ずいぶんと、苛立っているね?」


「ッ!?」


 突然背後からかかった声に、少年は身体からだこうちょくさせた。


 はいなど、まるでなかった。


 音さえも、まるでしなかった。


 にもかかわらず、声はすぐ近くで聞こえていた。


 それはほうか、ほうか、それとも……


「……だれだ、テメェは?」


 少年は呼吸を整えると、ゆっくり背後をり向き、言う。


 振り向いた先には、男がいた。


 としころは二十から三十前半といったところか。


 ぐせのようにボサついた、黒色の髪。


 あやしく暗いかがやきをみせる、むらさき色のひとみ


 はだは病的なまでに白く、身体はせぎすだ。


 そいつの左目には黒い眼帯がんたいがかけられており、右目の下には深いくまができている。


 あらゆる薬品がみついたのだろう、ところどころがあざやかに変色したはくを身にまとい、両手をそのポケットに突っ込んでいた。


 それはようじん、とも言えるが、ゆう、あるいはそこになにかをかくしている、とも取れる。


 そんな、てきであやしい人物だった。


 少年はその人物をするどにらえ、


「……あんた、どっかで会ったか?」


 ふと、そんな言葉をこぼした。


 少年は目の前の男と、どこかで会った気がしていた。


 というより、その顔にどこか、感があった。


 少年はいぶかるようにまゆを寄せ、男を見据える。


 白衣の男は意外そうな顔で首をかしげると、まじまじと少年をながめ、口を開いた。


「……いや、君とはおそらく、初対面のはずだよ」


「……そうか」


 少年はすうしゅんめいもくし、一つ、深呼吸をする。


 そして、がまえた。


 ゆっくりと、戦闘せんとう態勢たいせいに入った。


 なぜなら目の前の人物は仲間じゃない。


 白衣を着てはいるが、教員でもない。


 それは初対面という言葉からしてもあきらかだ。


 学園の関係者という可能性もあるが、信用してはいけないと、直感がげている。


 少年は視線を鋭くし、なにをされても対応できるように、身体を深く、深く、しずめていき……


 それに、白衣の男が笑った。


「そうこわい顔するなよ。私はレギン。通りすがりの、研究者さ」


 そう名乗った白衣の男――レギンに、少年は体勢を変えることなく、言う。


「……その研究者が、俺になんの用だ」


 その言葉に、レギンはポケットから両手を出した。


 少年はより一層視線を鋭くする。


 レギンはその様子を面白そうに眺め、肩をすくめた。


「いやね。君が落ち込んでるようだったから、話でも聞いてあげようかと、ね」


「いらねぇ心配だ。とっととせろ」


 少年は苛立たしげに言う。


 それにレギンがたのしげに笑った。


「はは。いいねぇ。その弱いくせにいきがった感じ」


「あ? なんだと?」


じつわたしごのみだと言ったんだ」


「……おっさん。あんまめてっと、マジで殺すぞ?」


 片眉かたまゆを歪め、殺すような視線でレギンを睨む。


 全身に力を込めて、飛び出す瞬間を探り、


「殺す? 君が? 私を? ははッ、これは面白い! どれ、やってみなさい。君にそれができれば、だがね」


 レギンが、酷くしそうにわらって言った。


「ッだとテメェ!!」


 少年はいかりに全身をブルブルとふるわせると、思いきり地面をみ込んだ。


 それはじゅうだんを思わせるほどに、鋭く速い動きだった。


 赤点を取ったとはいえ、少年は学園の――めいきゅうこうりゃくに関してはさいこうほうほこる学園の生徒。


 その実力はがみつきだ。


 それこそ、大人のぼうけんしゃにだっておとらない。


 だからたとえ気配をさっできなかったとしても、このきょでならどうすることもできない。


 たった数歩でめられる距離でなら、どうすることもできない。


 少年は一気にレギンへと肉薄にくはくする。


 レギンはその動きに反応できていないのか、まるで動かない。


 その間に少年は拳を大きく振りかぶり、


だよ。君の拳は届かない」


 レギンが、口のを歪めた。


「それと、足元に気をつけた方がいい」


 ニヤリと、愉しそうな、あやしい笑みを浮かべ、レギンが言う。


 だから少年は、


「はっ。うっせぇんだよ!」


 その顔めがけて、拳を突きだした。


 なぜなら、戦闘中によそ見をするなどありえないからだ。


 それに目の前の相手は恐らく、くちはっちょうにこちらをだまして心理的ゆうを取るタイプ。


 に耳をかたむけるべきではない。


 だから少年は全力で拳を振り抜き、



 ――かいが、青く染まった。



 それが空だと気づいたときには、すでに地面にたおれていた。


 少年はとっさに起き上がろうと、


「ッ……!」


 のどもとに、なにかを突きつけられた。


 目だけを動かし確認すると、刃物ではないようだ。


 突きつけられたのは、つえ


 それこそ、歩く際に使うような形のものだった。


 レギンはそれを突きつけたまま、言う。


「だから言っただろう? 『君の拳は届かない』と」


「…………」


 ごんのまま睨みつけてくる少年にあきれたように嘆息たんそくすると、レギンはゆっくりと口を開く。


「さて、君は確か、こう言ったね? 私を『殺す』と」


「……だったら、なんだってンだよ」


 気持ちだけは負けるわけにはいかないと、はらんだ瞳を向ける。


 レギンはそれを受け、数瞬瞑目すると、


「……そうだね。そのせいは買おう。だが、殺すという言葉は、殺されるかくがあって初めて口にしていいものだ。……君に、その覚悟はあるかい?」


 そう言って、喉元に突きつけた杖をグッと押し込んだ。


 もしもこれが刃物であったならば、少年は喉をつらぬかれて死んでいただろう。


 それを理解してか、はたまた、どうふさがれた息苦しさからか。


 少年はもんの表情を浮かべ、目をそらす。


 それに、


「まぁ、ないだろうね。わかっていたさ。だから君は、ここにいるのだから」


 と、レギンは呆れたように言って、杖を引いた。


「…………」


 少年はレギンの動向どうこうちゅうしながら、ゆっくりと立ち上がる。


 そして、鋭く睨み据える。


 なにをされたかわからない時点で、近接きんせつ戦闘では勝ち目はない。


 げるにしても、背中を見せるのはけんすぎる。


 あと退じさって距離をとるにも、レギンのいがわからない。


 だから、


「…………」


 少年は、小さく息を整えた。


 近接戦闘では勝ち目はない。


 だが、それ以外ならば、わからない。


 少年はレギンのいっきょいちどうのがさぬようにその全身を眺めつつ、魔法の準備を……


「……やはり君は、私好みの子供だよ」


 レギンがふふっと、愉しげに笑った。


「先に言っておくが、君では私には勝てないよ」


 レギンはそう言うと、杖をくるりと回し――フッと、杖が消えた。


 つまりは、秘宝だったのだろう。


 秘宝というものは、しょゆうしゃが望めば現したり、逆に消したりすることができる。


 ただし、それには条件がある。


 現すには、その秘宝の名称を、心の中でもいいからとなえること。


 消すには、その秘宝の一部にでもれていること。


 少年は突然杖を消したレギンを訝るように眺め、


「さて、さっきも言ったが、私は研究者だ」


 と、レギンが言った。


 まるでためすかのような瞳で、少年を見やる。


狂った魔導学者マッドマジカリスト、とも呼ばれてはいるがな。……まぁ、それはどちらでもいい。本題はこれだ」


 レギンはそう言うと、白衣のポケットから小さなカプセルを取り出した。


 片側は赤、もう片側は白の、小さなカプセル。


 それを人差し指と親指で見せびらかすようにして持ち、


「君は、強くなりたいか?」


「ッ……!?」


 少年は目を見開いた。


 レギンはそれに満足そうに口の端を上げると、


「もしもそれを願うならば、こいつを使ってみるといい」


 そう言って、カプセルを投げた。


 少年は放られたカプセルを片手でキャッチし、まじまじと、いぶかしげに眺める。


 レギンが言う。


「それは私の努力とえいの結晶。それを使えばきっと、周りを見返すことも出来るだろう」


「ッ!?」


 少年はもう一度目を見開き、


「ただし、ふくようも強い。一度に使いすぎたり、君がそいつに適合てきごうできなければ、そのまま死ぬ。適合できたとしても、君が君のままでいられるしょうはない」


「…………」


 もう一度、手のひらの上で転がるそれを眺める。


 これを使えば、アイツらを見返せるかもしれない。


 だが、適合できなければ、死ぬ。


 適合できたとしても、自分が自分でいられるかわからない。


 その言葉のしんはうまく理解できないが……


 いやそれ以前に、目の前のしんな人物を、信用していいものなのだろうか……


 少年はけんにシワを寄せ、鋭く目を細めてカプセルを見つめ、


「それでも使うというのなら、一つ、あいことを教えよう」


 と、レギンが言った。


 少年は顔をあげ、眉をひそめてレギンを見る。


「合言葉?」


「ああ。私が言ったことを、そのままり返しなさい」


 レギンはおうようにうなずくと、一つ、大きく深呼吸をし、れたような、くすぶるような、どこか優しく、怪しく光る瞳で、しっかりと、少年を見据え……


「合言葉は――」


 ゆっくりと、その口を開いた。

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