第5話 試験結果

 その日の教室は、ざわざわと色めきだっていた。


「はいはい、静かにしろ~」


 そう言って、きょうだんにあがったリヴェータが数回軽く手をたたく。


 それでざわついていたクラスはシン、と一気に静かになった。


 それは、リヴェータの持つカリスマなのだろう。


 リヴェータはそれに満足そうにうなずくと、丸めてわきかかえた紙を教壇に置き、自身の生徒たちをざっとながわたす。


 そして、


「いまから例のモノを渡す。名前を呼ばれた者から、私のところに来い」


 てきな笑みを浮かべてそう言うと、順次生徒の名前を呼び始めた。


 呼ばれた者はどこか落ち着かないような、おびえたような、あるいは平然とした表情を浮かべながら、リヴェータから小さな紙を受け取っていく。


 そして全員にその紙を配り終えると、教壇に置いていた紙を広げ、黒板にりつけた。


「これが今回の結果だ。お前らでてきとうに見ておけ」


 リヴェータはそう言うと、さっさと教室から出ていき、


『ッ…………!』


 それを確認すると、クラスの生徒たちが一斉いっせいに紙へと近づいた。


 その表情はこわったように固く、落ち着かないのか、あさい呼吸をしながら紙に目をやっている。


 その紙には、こう、書かれていた。



 いち学期がっき まつけん結果けっか



 つまりは、先日行われたテストの結果が、そこに書かれていた。


 生徒たちは一様いちようにそれを眺め、


「……また、二位ですわ……」


 と、エリスが呆然ぼうぜんつぶやいた。


 愕然がくぜんとしたように青い顔で口を開けているエリスの点数は、千百五十三点。


 位置としては、上から二番目。


 すなわち、学年二位だった。


 落胆らくたんし、がっくりと肩を落とすエリス。


 その、となりでは……


「毎回すごいですパティちゃん!」


「ふふ。まぁ、このくらいは当然よ。リーダーやってるエリスとちがって、私は勉学に集中できるんだもの」


 なんて、クレープが満面の笑みで言い、パトリシアがほこらしげに胸をっていた。


 まんげに微笑ほほえむパトリシアの点数は、千百六十点。


 学年一位を示す最上部に、その名がきざまれていた。


 クレープにしょうさんされドヤ顔を浮かべていたパトリシアはしかし、紙の下の方に目をすべらせると、その表情はたんくもり、


「……それよりもこっちよ、問題は」


 そう言ってパトリシアが指で示した場所には、



 リンダ=ロバーツ 九十三点



 なんていう文字が、で書かれていて……


「なんで貴方あなたまた赤点なのよ! というかじゅっもく以上あるのに百点未満ってどういうこと!?」


 パトリシアは憤慨ふんがいしたようにリンダへとる。


 リンダは面倒めんどうそうに顔をしかめ、


「ああ? うっせぇなぁ、そんなの何個か0点があるからに決まってんだろ」


「決まってません! ……え? 0点? ごめん、ちょっとその紙見せて」


 リンダが鬱陶うっとうしげに先ほど渡された紙を突きだすと、パトリシアはそれを勢いよくうばい取り、次々に目を通す。


 そこに書かれていたのは……






 すうがくⅡ 0点


 かいⅡ 0点


 けいざいがく 0点


 ほうろんⅡ 0点


 ほうおうようがく 0点


 せんじゅつろん 0点


 せんじゅつえんしゅう 五点


 ものがくⅡ 三点


 めいきゅうⅡ 0点


 めいきゅうおうようサバイバルがく 六十七点


 めいきゅうぶつがく 0点


 こうりゃくえんしゅう 十八点



 合計 九十三点   学年順位 236/238






 なんていう、さんすぎる点数の詳細で……


 それをひととおり見たパトリシアはわなわなと身体からだふるわせ、


「別にテストなんかどうだっていいだろ? あとでついクリアすれば」


 というリンダの言葉で爆発した。


「そういう問題じゃありません! というか、なんで去年よりこんなひどくなってるのよ!」


 ペシペシと紙を叩きながらさけぶパトリシア。


 リンダはフッとまどの外へ目をやり、


「学年上がると、けいワケわかんなくなるよな」


「わけわかんないのはお前の方だァーッ!」


 クラスどころかフロア中にひびき渡るほどの声でげきじょうあらわにするも、リンダはうるさそうに眉をひそめるだけで、そっぽを向いたまま顔をあわせようとしない。


 それにさらなる怒りをぶつけるパトリシアと、ひどく面倒そうに顔をしかめるリンダ。


 そんな二人のやり取りを、エリスはあきれたように半眼はんがんで眺め、


「……二年になっても、相変わらずですわね」


「おずかしい限りで……」


 なんとも言えない表情で嘆息たんそくするエリスに、クレープは本当に恥ずかしそうに耳を真っ赤にさせて、小さく身をちぢこまらせていた。


 エリスはどこか微笑むようにそれを見ると、


「まぁ今回はそれよりも、こちらの方がおどろきましたけどね」


 ちらりと、再び紙に、その下の方に目をやった。


 そこにはこう、赤文字で書かれていて……






 タクト=カミシロ 百七十六点






「なんっでお前も赤点やねんッ!」


 と、ケインがわけがわからないとばかりに叫んだ。


 それに、


「いや~」


 なんて、タクトは状況を理解していないのか、へらへらと頭をいて笑う。


 パンはタクトから紙を受け取り点数の詳細を一通り眺めると、顔を上げ、どこか感心したようなこわで言う。


「すごいね、テルンといい勝負してるよ」


「オレのが勝ってる科目多いぜ」


「総合点だと負けてるけどね」


「うっせぇ」


 眉をゆがめて言うと、テルンはそのままそっぽを向いた。


 タクトが言う。


「んでも、赤点とったらどうなんの?」


「そら退学たいがくやろ」


「え? マジで?」


 うげっと、いやそうに顔をしかめるタクト。


 ケインは当然とばかりに肩をすくめた。


「マジやマジ。追試で点とれんかったらそのままポイや」


「うへぇ、マジか……」


 タクトは自分の置かれた状況を理解し、げんなりとうなだれ、


「んじゃあ、追試ってなにすんの?」


 それに、


「普段通りなら、迷宮攻略だよ」


 と、パンが答えた。


 それにタクトが首をかしげる。


「ん? ひっじゃないの?」


「筆記ももちろんあるよ? でも、ここでは筆記なんかより実力を求められてるからね。少しぐらい頭悪くても、強ければいいんだよ」


「ふ~ん。なんだ、案外ゆうそうだね」


 タクトのソロ最高攻略なんは、四十二。


 難度四十台を攻略したことのあるタクトの実力ならば、学園の追試程度は余裕だろう。


 ただの迷宮攻略であれば、受かったも同然だ。


 タクトはあんしたように、へらへらと笑う。


 パンはちらりとテルンを見やり、


「でなきゃ、テルンが二年になれてないよね」


「だからうっせぇんだぜ! いちいち馬鹿にしてくんな!」


 みつくように言うテルンを無視し、パンは点数の詳細が書かれた紙をタクトに返す。


 それを受け取りながら、タクトが言う。


「ちなみに、迷宮の難度は?」


 問いながら、


(さすがに四十超えなんてことはないだろうから、大丈夫だろうけどね)


 なんてことを考えていた。


 迷宮攻略のむずかしさを表す難度。


 その四十超えともなれば、大人でも攻略できる者は少ない。


 それこそ、一割程度だろう。


 それでも聞いたのは、なるべく攻略の成功率をあげるため。


 四十未満といっても、めてかかるわけにはいかない。


 迷宮攻略はつねに命がけ。


 事前準備をかした者から死んでいく。


 それに、タクトはこの学園を退学するわけにはいかない。


 タクトがこの学園にきたのは、姿を消した幼馴染おさななじみをさがすため。


 そのために、迷宮攻略に関しては世界さいこうほうたるこの学園で、仲間を作る必要がある。


 だからこそ、退学の可能性はきょくりょくなくす必要がある。


 タクトの問いに、ケインが考えるようにあごに手を当てた。


「そうやのぉ……一年のときで二十前半やったから、今年は二十後半かもな」


「あら、結構高いね」


「そりゃそうやろ。追試なんやから」


「頭悪い上にそのていの実力もなかったら、完全におもつだからね」


 なんて、ケインとパンがそろって肩をすくめ、


「それと、実力重視とはいえ、ある程度は筆記の方もとっとかないと危ないよ?」


 と、横から新たな声が聞こえた。


 そちらに目を向けると、少女がいた。


 おう色のかみに、赤いひとみ


 ほがらかな笑みを浮かべるしょうちょうほういんの少女――ココア=プレッソ。


 タクトは振り向き、ココアの存在に気づくと、


「あ、でた死神しにがみ


 死神、というのは、ココアの二つ名のことだ。


 なんでもこの学園では、相当な実力、あるいはきょう的な力を持った者に、二つ名がつけられることがあるそうだ。


 ただそのほとんどはつうしょういんであって、正式なものというわけではないらしい。


 へらへらと、まるでやる気の感じられない笑顔を浮かべるタクトに、ココアはにこにこと笑みを返しながら、言う。


「あはは。その名前、あんま好きじゃないんだよね。今度ようにその名で呼んだら、ほんとにたましいっちゃうぞ☆」


 なんて、にこにこと笑いながら、身体からわずかなさっを放つココア。


 タクトは若干じゃっかん引いた顔でそれを眺めると、


「そんで? 勉強は必要ってのはまぁわかるけど、危ないってのはどういうこと?」


「うん? それはね、追試の内容ってのは攻略なんだけど、点は攻略だけじゃなくて、たおした魔物の数と、こうけんでもひょうされるんだよ」


 殺気を引っ込め、ココアが人差し指を立てながら言う。


 タクトはいぶかしげに眉をひそめた。


「……それで、なにが危ないの?」


「ソロ攻略じゃないってことさ」


「ん? ……ああ、点の取り合いになるってことね」


「ごめいさつ。まぁ実際にやってみればわかるよ。ただ一つだけ言うと、開始十分以内に三十……多くもって、五十点分は最低でもほしいかな? タクトくんの成績だと」


「……その言い方だと、出てくる数とか決まってる感じ?」


 タクトの問いに、ココアは首を横に振った。


「いや、無制限だよ。ただし、攻略。つまりボスを倒すまではね」


「ふ~ん」


 タクトは気の抜けたあいづちを打ち、


(つまり、十分もすれば誰かにボスを倒されるってことか)


 ちらりと、この間の演習でボスを倒した少女――リンダに目を向けた。


 この間の演習は、難度三十。


 そのボスをいちげきめた彼女ならば、十分で攻略するというのも、確かにうなずける。


 タクトは口元を歪めて、いまだにガミガミと説教を食らっているリンダを見やり、


「あたしは攻略の方は手伝えないけど、勉強教えてほしいなら力すよ?」


 というココアの言葉に、タクトが視線を戻し、意外そうな顔を浮かべた。


「うん? 君って頭いいの?」


 なんて問いに、


「少なくとも、タクトくんよりはね」


 と、ココアは肩をすくめる。


 タクトは面白そうに口元を歪めて、


「へぇ、何位?」


「学年十位」


「…………え?」


 思考が、停止した。


 まさか目の前の少女が。


 いつもにこにこと、まるで読めない笑みを浮かべている自称諜報員が。


 こうしんのためならば、平気で人を高難度迷宮なんていう危険な場所に放り込める、死神が。


 まさかそれほどのしゅうさいだなんて、タクトには到底とうてい思えなかった。


 タクトは貼り出された紙に目を向ける。


 そしてココアの名前を探し、


「…………」


 それは確かに、学年十位と記されていた。


 総合点で言えば、実にタクトの、六倍以上の点数で……


「…………」


 愕然とするタクトに、ケインが同情するかのようにため息を吐いた。


「やっぱ、頭よさそうになんか見えんよな」


「そういうケインこそ、あたしとほとんど変わらないよね~。ま、一度も負けたことないけどね☆」


「そりゃワイがアホっぽい言うことか? ちゅーかわざわざそれを言いにきたんかお前は?」


「さぁどうだろね~? でもアホっぽいかどうかは、タクトくんの表情を見ればいちもくりょうぜんさ」


 そう言われてタクトを見ると、ぼへ~っと、なにを考えてるのかまるで読めない表情をしていて……


「……いつもと同じ、気の抜けた顔しとるけど?」


「つまりはお前なんかに興味ねぇよアホってことさ」


「はっはぁ。言うてくれるやないかボケ神」


 バチバチと火花を散らしてにらみあう二人。


 そんな二人をぼけっと眺め、タクトが口を開いた。


「んじゃ、お願いしていいかな?」


 という言葉に、二人は眉をひそめ、


「うん? ああ、オッケー、オッケー。ついでにタクトくんのかんげいかいでもやっちゃおうよ」


 と、なにをお願いされたのか即座に理解し、ココアが笑って言った。


 それにケインがあごに手をやり、


「歓迎会……そういや、やっとらんな」


「する必要もねぇぜ」


「なに言ってんの? 歓迎会したら食べ物たくさん食べれるんだよ?」


「あはは。これはケインおおいそがしだね」


 なんて、歓迎会の主役であるはずのタクトを置いて、話はどんどんと進められ……


の人って勝手に話進めるよね~)


 タクトはぼんやりとそのようを眺めながら、呆れたように、ため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る