第3話 三年の幹部たち

「私って、結構けっこう苦労してるのよ?」


 それは、しっとりとしたなまめかしい声。


 場所はビレイブ王立おうりつどう学園がくえん――その、生徒会室。


 五つほどのつくえすきなくくっつけ、れいな長方形にされたその一席いっせきに、その女は座っていた。


 綺麗な藍色あいいろをした、サラサラとした長髪。


 あやしげに光る、パッチリとしたむらさきひとみ


 両手で頬杖ほおづえをつきながらあきじりに言うその女は、名をアケビと言った。


「まずほら、私って美人じゃない? それに、胸も大きいのよ」


 言葉の通り、アケビはエリスと比べても遜色そんしょくないほどに美しく、胸もなかなかに豊満ほうまんだ。


「だから、普段から誰かしらの視線をびまくってるのよねぇ」


 嘆息たんそく混じりに言い、湯のみにそそがれた緑茶を一口飲む。


「それでよ? この前純無魔導師バハムート争奪戦あったじゃない。あれ、スゴかったわよね~」


 はふ~、と感嘆かんたんのため息を吐き、湯のみを両手で包みながら、天井を見上げる。


「校内一位勢力のエリスちゃんと、校内でも有数な実力派のケインくん。その二つとアレックスとかいう人のばつがぶつかり合って、突然こうなん迷宮めいきゅうまよい込んで、しかもそれを攻略してきちゃうなんて、ほんっと、スゴいわよね~」


 もう一度、今度は深くため息を吐き、ちらりと目だけで横を見て、


「ええほんと、どっかの誰かさんのせいで唯一ゆいいつ出てない三年のかんクラスが、その時どこで、どんな思いをして、なにをしていたのかなんて、まったく、じんも、これっぽっちすらも気にならないであろうほどに、と~っても、スゴい話よねぇ~?」


 なんて、ジトッとしたでそこにいる男を見る。


 それに、


「……いい加減、本題に入ったらどうだ?」


 さっきから無言でアケビの話を聞き続けていた男が、しびれを切らしたように嘆息して言った。


 ようやく反応をもらえたからか、アケビはうれしそうに微笑ほほえむ。


「あら、女の子の話はいつだって本題よ?」


「……頭が痛いな」


 男はひたいに手をやり、げんなりとうなだれた。


 それにアケビはしょうを浮かべたまま、


「あら、だったらひざまくらでもする?」


「結構だ」


「あ、もしかして膝じゃなくて胸のがよかった? それならそうと早く言ってよ~。ほら、おいで?」


 なんて、両手を広げて言ってきた。


 その顔はじょうだんか本気か、まるで見当けんとうがつかない。


 男はひど面倒めんどうそうにそれを見やり、


「アレク~、鑑定かんてい終わったぞ~」


 ガチャッ、と部屋の横にそなえつけれたとびらが開かれ、二人の男が入ってきた。


 片方はゆるくウェーブのかかっただいだい色の髪に、優しげに閉じられた両の瞳。


 とてもやわらかい笑みを浮かべた、ほその男。


 生徒会の会計をつとめるその男は名を、ラウル=ブレンディア。


 もう片方は、短くそろえられた茶色の髪に、せいあふれる茶色の瞳。


 とてもいかつい外見をした、筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうの男。


 アレックス派の特攻者アタッカー部隊隊長――リヤルゴ=カデンツァ。


 それを見たアレク――学園唯一の純光魔導師セラフであり、容姿端麗たんれいな彼等の総隊長、アレックス=ヴァルフレアは、心の中で助かったと思いながら、男たちに目をやる。


「そうか。どうだった?」


「ん~……まぁ一言ひとことで言やぁ、ハズレだな」


 言いながら、ラウルは手に持った黒い指ぬきグローブと、同じく黒いチョーカーを机に放る。


「ハズレ?」


 まゆをひそめるアレックス。


 ラウルは近くの席に座り、うなずいた。


「ああ。うちの鹿二人のと同じって言やぁわかるだろ?」


「お前のもそいつのも、ハズレってほどじゃねぇだろ」


「あっはっは。馬鹿ってのはお前のことだこの筋肉馬鹿」


「あ゙あ゙?」


 あつするようにラウルへと顔を寄せるリヤルゴ。


 ラウルはまるで気にすることなく、机に置かれた菓子を口に運ぶ。


 アレックスは何事なにごとか考えるように瞑目めいもくすると、一つため息を吐き、納得なっとくしたように言う。


「……なるほど。そういうたぐいか」


「ほんで? アーさんはまだげんなん?」


 と、ラウルがアケビに目を向けた。


 アケビは心外しんがいとばかりに肩をすくめ、


「あら、別に不機嫌なんかじゃないわよ? ただ普段から熱い視線を向けられている私がさらにこうの視線にさらされてたってだけで、怒ってなんかいないもの。それに、私のこと知っているでしょ?」


 と、ためすように妖しく笑う。


 それにアレックスは目をそらし、リヤルゴは顔をそむけ、ラウルは読めない笑顔を浮かべたまま、どうだにしない。


 アケビはどこか意外そうな、やっぱり想像通りなのか、どちらともつかない笑みを浮かべ、


「あらわからない? それなら言うけど……私、部屋に戻ったときはあまりの興奮こうふんで――が――で――ぐらい――だったし、むしろ感謝かんしゃしてるぐらいよ?」


「はっ。相変わらずのド変態だな」


「ええそうなの。そんなとうでも興奮しちゃうくらいよ」


「…………」


「ああ、その酷く冷たい眼! ものすごく込み上げてくるものがあるわ!」


尿にょう?」


「そうね。もしも貴方あなたたちがここでしろと言うのなら、私はするわ。さげすまれ、くだされた眼でみられながらここでそうをするなんて想像しただけでッ――!」


「想像するな。あとするならトイレでしてこい」


「ああ! そんなないたいもなんだか興奮しちゃう! ねぇ、次はどんなことするの? どんなことして私をはずかしめてくれるのッ!?」


「……もう勘弁かんべんしてくれ。謝罪しゃざいはちゃんとしただろう。あの時はああするしかなかったし、暗黒眼鏡くろめがねが来るまでは本当にリヤルゴしか出さないつもりだったんだ」


「あら、つまりこの私をこんなふうにしてしまったことにほんの少しでも罪悪ざいあく感をいだいているのかしら? なら責任をとって、首輪つけて散歩でもする? もちろんつんいよ」


「……首輪というのは、アレのことか?」


 そう言って、机に放られた黒いチョーカーを眼で示す。


「そうよ。あ、もちろんつけるのは私だし、四つん這いで歩くのも私だから、貴方が気にする部分なんて一つもないわよ?」


 そんな格好かっこうのやつがいる時点で気にするだろうというツッコミを飲み込み、アレックスは深くため息を吐く。


 そんなみょうな空気の中、ラウルがなんとも言えない顔で口を開いた。


「あー……これはさすがにやめた方がいいよ? いや、アーさんならまぁ、死にゃしないとは思うけど……」


「……それ、そんなスゴいものなの?」


「スゴいっていうかヤバイ代物しろものだからそんな興奮した顔でこっち来ないでくれるかな!?」


 あわてたようにチョーカーを背後にかくし、ガタガタとを鳴らして後ずさるラウル。


 アレックスはぴくりと片眉を動かし、一瞬だけ意外そうな表情をすると、面白そうに身を乗り出した。


「お前がそこまで言うとは……いったいどんな能力のうりょくなんだ?」


「ふっふっふ。それは――」


 と、ラウルがどことなくまんげに話し出そうとしたとき、


「みなさんオハヨウゴザイマスアルよー!」


 バンッ! と勢いよく生徒会室の扉が開かれ、一人の少女が入ってきた。


 後ろでまれ、一つにまとめられたこん色の髪。


 あさみどり色の瞳は、いまはとても楽しそうに爛々らんらんと輝いている。


 まるで活発かっぱつを絵に描いたようなその少女は、名をユーチェンと言った。


 ラウルがその存在に気づき、言う。


「ん? おー、ユーちゃんおはよ。ってか、この時間だとこんにちはだね」


「アイヤ、そうだったアル!」


 ユーチェンはハッとしたように言いながら扉を閉めると、そのまま近くの席まで歩き、かばんを机の上に置く。


 そして思い出したように口を開いた。


「それより聞いたアルか? 最近また化け物がでたって話があるネ。実際におそわれた人もいるらしいヨ」


「もちろんだ。今日のだいも、それに関連することだからな」


 アレックスはな顔で手元の資料に目をやる。


 内心、


(ありがとうユーチェン。このおんはいずれ返す)


 なんて、空気を変えてくれたことに感謝しながら。


「さて、雑談ざつだんはこれで終わりにして、これが今日の議題だ」

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